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宇宙はやくしまるえつこを中心に廻り始めた。相対性理論の武道館公演を観て

公開日: : コラム


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2016年7月22日、僕は武道館にいた。相対性理論の「前人未到の完全インディペンデントによる武道館公演」を見届けたかったからだ。

現在、日本の音楽界は「相対性理論以前」と「相対性理論以後」に分けることができる。相対性理論の1stEP『シフォン主義』が世間に与えた影響は計り知れず、多くのフォロワーを生み出した。今でもウィスパーボイスの女性ボーカルが現れると、レコード店のPOPに「ポスト相対性理論」と書かれたりする。

その後も相対性理論はメディアの力、メジャーレーベルの力を借りることなく、完全インディペンデントで己の活動を貫き通した。そして結成から10年、武道館公演までたどり着いた。

多くのミュージシャンは、武道館を夢の舞台に設定することが多い。2015年のKEYTALKは憧れの武道館にメンバーが思わず感激して涙ぐんでいたし、同じくフラワーカンパニーズの武道館はファンがフラカンに夢を重ね合わせ、会場には涙するお客さんばかりだった。

だが、相対性理論にとって武道館は目標でもなんでもなかった。最新アルバム『天声ジングル』の楽曲が武道館のような大きなステージで鳴らされることを想定して作られた音楽だったから、『天声ジングル』を鳴らすのに最適な箱として武道館が選ばれた、ただそれだけだったように思えた。広い武道館のステージでも、いつもと同じ必要最小限のスペースにセッティングされた機材がそれを物語っていた。

しかし武道館のようなメガステージにおいてもやくしまるえつこのカリスマ性は全く失われなかったどころか、武道館という巨大空間すら掌握していたのは流石の一言だった。

相対性理論の武道館公演は、武道館で演奏したバンド史上初めてであろう、お客さんが全員座りっぱなしのライブだった。やくしまるえつこの圧倒的存在感に、皆、立ち上がることができなかった。

普通であれば、アーティストがステージに現れたら、オーディエンスは総立ちでアーティストを迎えるものだ。ましてや歌い手はあのやくしまるえつこ。あまりの神話性に実在するかどうかも疑わしい彼女が本当に現れたのだから、会場はパニックになってもおかしくないはずである。だが、彼女のカリスマ性にたじろいだ観客は、誰一人として立つことも声を上げることもできなかった。武道館を静寂が包み、神秘的な空気が会場を満たしていった。

それを見た僕は、「相対性理論は宗教だ」と思った。やくしまるえつこは神になる気はさらさらないだろうが。だが、この空間では、まぎれもなく「神」だった。やくしまるえつこは、そのカリスマ性をもってして、神と同等の地位にまで押し上げられた。奇しくも頭上に光る八角形のライトが天使の輪のように見えた。

ライブは『天声ジングル』の楽曲を中心に、ときどきレアな旧曲を織り交ぜながら進んでいった。最後は、彼女たちのワンマン公演では珍しく、アンコールで2曲披露した。最後に初期メンバーの永井聖一が観客の写真を撮って、公演は大団円を迎えた。

僕はこのライブを見て思った。それは真部脩一と西浦謙助が在籍していたころの相対性理論は完全に風化してしまったことだ。相対性理論の初期の楽曲のほとんどは、元メンバーの真部脩一が手掛けている。真部が相対性理論を脱退したことに対する悲しみは大きく、今でも「真部さん戻ってきて」といった悲痛な声がそこら中にあがっている。

真部脩一は天才だ。この日も演奏された“スマトラ警備隊”の疾走感あふれるキャッチーなサウンド、“LOVEずっきゅん”のナンセンスな歌詞など、常人には考え付かない名曲を多数生み出してきた。
だが、真部脩一の圧倒的な創作センスは、相対性理論を結成する前から組んでいたバンド・進行方向別通行区分の影響が大きいことはあまり知られていない。

進行方向別通行区分は、全曲の作詞作曲を手掛けるボーカル&ギターの田中、そして元相対性理論の真部脩一と西浦謙助からなるバンドで、結成は相対性理論よりも1年早い。
進行方向別通行区分の曲は、意味不明な歌詞、キャッチーなメロディなど、初期の相対性理論に通じるものが山ほどある。
真部は田中と一緒にバンド活動をする中で、田中の作詞作曲センスを学び、相対性理論に流用した。いわば、田中メソッドを相対性理論に当てはめたのだ。
だから、初期の相対性理論と進行方向別通行区分の曲構成はとても似ている。
田中メソッドを利用した曲はとてもキャッチーかつナンセンスで、相対性理論がファンを獲得する大きな原動力となった。そしてキャッチーでナンセンスな楽曲を作り続けることが初期の相対性理論のアイデンティティにもなっていた。しかし、いつまでも耳触りのいい曲だけを作り続ける真部をやくしまるえつこはよしとしなかった。

やくしまるえつこは、ミニマルでナンセンスな音楽ではなく、説得力を持った音楽を求めるようになっていく。『シフォン主義』では全曲の作詞作曲を真部が手掛けていたのに対し、『シンクロニシティーン』では半数の曲をやくしまるえつこと永井聖一が手掛けている。そして両者が作る楽曲には、相対性理論に対する理想像の差異を感じることができる。真部はこれまで通りのミニマルでナンセンスで世間を振り回すような相対性理論であろうとしたし、やくしまるえつこは相対性理論を単なる1バンドの枠を飛び超えて「相対性理論」という概念を宇宙に築きあげようとした。次第に真部の作る曲は、やくしまるえつこが求める相対性理論に必要でなくなっていき、脱退劇が起きた。

そして脱退劇を経て4年、相対性理論は説得力の塊のような名盤『天声ジングル』を完成させる。『天声ジングル』はあの坂本龍一をもってして「相対性理論には変わらない悲哀がある。この文明に絶望しながら生きている人間の声だ。しかし、このアルバムではそれに加えて、宇宙的、天空的なものを感じる」と言わしめた。『天声ジングル』は天地創造、すなわちビッグバンから宇宙の終焉までを44分の円盤で描き切る重厚なアルバムになった。

先述のように、武道館では『天声ジングル』の曲を中心に、時折、真部曲を織り交ぜて演奏された。しかし、武道館で真部曲を聞いた僕は違和感を覚えた。耳にした者をその場にくぎ付けにする、天空的で壮大なサウンドスケープを聴かせるやくしまる曲、対称的にYouTubeで聞いた者の心に引っ掛かるような、小さな仕掛けをいっぱい施したミニマルな真部曲。楽曲の振れ幅に差があり過ぎて、別バンドの曲を聴いている錯覚に陥った。はっきりと言えるのは、真部曲は今の相対性理論に求められていないことだ。まるで宇宙を創造していたようなあのライブにおいて、真部曲は幻想的な空間から現実へと引き戻す、気付け薬のような存在だった。僕はあの日、とことんまで宇宙を突き詰めた相対性理論を観たかった。僕は真部曲も大好きだが、あの武道館公演に彼の曲は相応しくなかった。

相対性理論の変化を目の当たりにして、一つの時代が終わったことに一抹の寂しさを覚えた。みんなが真部&西浦のいた相対性理論を失った悲しみに包まれていた時、やくしまる&永井による相対性理論は大きく羽ばたいて、遥かなる高みに昇っていたのだ。

やくしまるえつこは、真部の持っていた田中メソッドを吸収して、さらにアップデートさせ、唯一無二のサウンドを作り上げた。前作『TOWN AGE』では真部の残していったグルーヴが作品全体を覆っていたものの、『天声ジングル』は天才である真部でさえも到達できなかった境地にまで相対性理論を連れて行った。

「世界は去年ぐらいから完全に、 やくしまるさんを中心に回り始めている。」
これはスチャダラパーのBoseが5年前に『ユリイカ』に綴った言葉だが、当時、誰もこの言葉を本気にしていなかった。
しかし『天声ジングル』を作り上げたやくしまるえつこは、本当に世界どころか宇宙を廻し始めた。それが確信に変わった武道館公演だった。

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