ベースの梅津が脱退後、柴田隆浩は1人きりになっても忘れらんねえよというバンドの名前を背負って活動することを選んだ。
そんな忘れらんねえよも昨年で10周年を迎え、「がんばれ柴田」というプロジェクトの元に、豪華出演者たちが集結したオールナイト主催フェスの開催、そして年末には限定版に柴田の2万字インタビューや両親へのインタビュー、対談や漫画などを過剰なほどに詰め込んだ本がついたアルバム「週刊青春」をリリース。
その「がんばれ柴田」プロジェクトのラストを飾るのが実に久しぶりのワンマンとなるこの日のZepp DiverCityでのライブである。
この日は物販で値段の割にほとんどハズレ的な景品がないくじが販売されていたりすることもあり、開演直前まで物販が長蛇の列となっている中、開演前の会場にはキュウソネコカミのライブなどでもおなじみの、BAYCAMP主催者であるP青木による影アナ前説が行われたのだが、案の定滑舌が悪すぎてちゃんと伝わっているのかイマイチよくわからない。
そんな場内にはキュウソやCzecho No Republic、ハンブレッダーズという忘れらんねえよにとっての「ツレ」的なバンドの音楽が流れている。それは柴田がそうしたバンドの音楽を本当に好きであり、音楽へのリスペクトを持って対バンしたりフェスに呼んでいることの証明でもある。
19時を過ぎると機材がセッティングされ、バンドロゴが背面にかけられたステージに柴田が1人で登場。ギターを肩にかけると、
「10年やってきたよ。そしたらこんな景色が見れるんだな。この曲から始まったんだ」
と言ってギターを弾きながら
「渋谷の飲み屋でボコボコにされた」
という今聴いてもかなり衝撃的な歌詞から始まる「ドストエフスキーを読んだと嘘をついた」からスタートし、最初の1フレーズを歌い終わったところでステージに合流したロマンチック☆安田(ギター)、イガラシ(ベース)、タイチ(ドラム)の3人が加わってバンドサウンドに。近年のものと比べるとかなり書きっぱなし感の強い歌詞であるが、それがバンドを始めた頃ならではの衝動や青さのようなものを感じさせる。逆に今ではもうこの歌詞は書けないだろう。
その頃の少し前、くすぶっていた頃の自分に語りかけるような「バンドやろうぜ」はサビで一気にエモーションが爆発するのだが、
「あいつのバンドがMステに出てるから」
のフレーズの後に
「打首(獄門同好会)はヤバい気がする」
と仲間がまた先にMステに出そうなことに危機感を抱いている様子。実際に柴田がこうして口に出すと結構な確率でその後にMステに出ている気がする。
ただこの曲のポイントはそこではなく、最後に観客全員で
「さあバンドやろうぜ」
というフレーズを合唱するところにある。きっとバンドをやっていない人の方が圧倒的に多数だと思われるが、それでもこうしてライブでこのフレーズを歌うことによって、我々も忘れらんねえよというバンドの一員であるかのようにすら思える。そしてそうしてみんなで歌えるのは何よりもメロディの良さあってこそ。
このメンバーは全員演奏技術が非常に高いメンバーたち(安田とタイチの爆弾ジョニーやイガラシのヒトリエを見ていればすぐにわかる)なのだが、そんなメンバーたちも技術の高さは遺憾無く発揮しながらもパンクなサウンドに振り切れている。それは今の忘れらんねえよが、柴田がやりたいことがちゃんとメンバーに共有されているということ。
だから高速4つ打ちの「犬にしてくれ」、元からシンプルなパンクの「この街には君がいない」もこのメンバーによってさらに情けない男の心情の逆噴射的なサウンドに転じている。時には柴田はギターソロを弾く安田のことを
「変な服を着ている」
といじったりしながら。
「菅田将暉です!…似てるってよく言われるんだよ。今日は顔の調子が良くないからあんまり似てないけどな!(笑)」
と最近おなじみの挨拶から、この日の物販でタイトルがプリントされていたTシャツが販売されていたことによって久しぶりに演奏されるんじゃないかと言われていた「夜間飛行」ではドラムセットの後ろに置かれたミラーボールが美しく輝く。基本的に忘れらんねえよのライブは照明以外の演出はない、シンプルなものであるが、それは何よりも楽曲とそれを演奏する姿を第一にしたものであるということなのだろう。
「10年以上前、俺は音楽をやってなかった。いわゆる営業の仕事をしてた。でもびっくりするくらいに仕事ができなかった。毎日怒られて夜中の2時とかにミニストップで弁当とアサヒスーパードライを買って帰って。
そんな生活をしていた俺は音楽に救われたんだよ。俺を救ってくれた音楽があるんだよ。チャットモンチーを聴いて確かに救われたんだよ」
と柴田の人生を語る上では避けて通れない、忘れらんねえよを結成したきっかけになったチャットモンチーとそれ以前の生活のことを振り返ってから演奏されたのは、チャットモンチーのトリビュートアルバムに収録された「ハナノユメ」のカバー。原曲よりもちょっと速く、ちょっとパンクな忘れらんねえよならではのアレンジを加えたものになっているが、基本的には原曲の形は崩していないという柴田なりのリスペクトを見せる。
そんな曲の中で最も忘れらんねえよならではのアレンジが施されたのがアウトロでの柴田がチャットモンチーへの思いを叫ぶ部分であるが、某音楽ライターからは雑誌のレビューで「蛇足」と一刀両断されていた。しかし柴田はそうした他の人からしたら無駄のように感じることにこそ美学や情熱を感じるタイプのアーティストであるし、たとえ蛇足だとわかっていても、チャットモンチーの曲を自分が演奏するからには自身の最もチャットモンチーへの思いを全て込めなくてはならない。そんなカバーのどこが蛇足だというのだろうか。これは紛れもなく忘れらんねえよにしかできない形のカバーである。
かつて柴田が
「銀杏BOYZがこの曲を歌ってたら100万枚売れる」
と自信を持って発言していた「僕らチェンジザワールド」、初期のシンプルなパンクサウンドによってダイバーが発生するくらいの盛り上がりになった「北極星」と、さすが10周年記念ライブ、フェス的な代表曲はもちろんのこと、最近はあまりライブではやっていなかった、10年間で生まれた名曲も惜しみなく演奏してくれる。
ここで柴田からメンバー紹介をすると、ステージの上では全く喋らないイガラシも、普段楽屋ではよく喋る男であり、なんならCDJのトリとしてのライブが終わった後に昼まですしざんまいに一緒にいたというエピソードを話す。その話を振られても全くリアクションを取らなかったイガラシは実に徹底しているけれど。
「結構みんなから「あの曲が聴きたい」みたいなことを言われる。レア曲っていうか。
でも梅津くんが辞めたワンマンの時に3時間半くらいやったら終わった後にめちゃくちゃ怒られた(笑)
だからあんまり長くはできないけどそういう曲をやるにはどうしたらいいか、メドレーにすればいいんだ!」
と言うと、レア曲メドレーへ。確かに普段なかなかライブではやらない曲ばかりなだけに貴重な機会であるが、この次々に繋いでいくバンドのアレンジはかなり練ってきたものであるというのはよくわかるし、この中に入らなかった曲の中にもまだまだ聴きたい曲があるだけにこれからもこうしたレア曲ゾーンは期待したいところである。
自虐的に情けない男としての歌も歌う反面、忘れらんねえよは実にドラマチックな、というか純粋過ぎるくらいに純粋な曲を作ってきたバンドでもある。それが「世界であんたはいちばん綺麗だ」、さらには最新アルバム収録の「喜ばせたいんです」というミドル〜バラードと言っていいようなタイプの曲を聴くと実によくわかる。その対象となっているのが柴田が好きな異性だけでなく、こうして目の前にいてくれる人たちだということも。
しかしヤケクソパンク的な「ばかばっか」では柴田が間奏部分でギターを置いて観客の上を転がってPAブースの前までビールを買いに行くという小芝居があるのだが、すでに1000円持っているにもかかわらず誰かが途中で1000円渡して所持金が2000円になって柴田がビックリしていたのが実に面白かった。PA卓の前でバンダナを巻いてビール売りを装う格好になったP青木からビールを受け取ると、客席の真ん中で見事に一気飲み。そこまでほとんどビールをこぼさないというのは柴田のボディバランスの絶妙さと、そうならないように支えたり運んだりする観客との信頼関係あってこそ。そうした普通のバンドからしたらどうでもいいような部分にこそ、忘れらんねえよの真髄のようなものが見えるし、そうしている間もずっとセッション的な演奏を続けるメンバーたちも凄い。
そのパンクさは己の道を突き進みながらも今の世の中や社会の流行りや流れを自分の音楽や表現として昇華することができるという、忘れらんねえよの表現が唯一無二のものであることを示すような柴田の感性によって作られた「Youtuberになればモテると聞いた」はもうタイトルだけで勝ちである。いや、歌詞の内容的には紛れもなく負け組の歌であるが、こんなタイトルの曲を書ける男は柴田しかいない。それはかなり初期の頃から忘れらんねえよが失っていないものである。
タイチによるダンスビートともにハンドマイクで歌う柴田も観客も踊りまくり、飛び跳ねまくる「踊れ引きこもり」では曲途中の西野カナっぽい女性ボーカルのパートでスペシャルゲストが登場することを予告。例によって、赤飯(オメでたい頭でなにより)かカナタタケヒロ(LEGO BIG MORL)というおなじみの盟友かと思いきや、登場したのはまさかの、かつては能年玲奈という名前で一世を風靡し、今はシンガーとしても活動している、のん。
西野カナを意識しているのか金髪のカツラを被っていたためにイマイチ「本物なのか?」という感じもあったが、カツラを投げ捨てた後の黒髪は間違いなくのん本人である。
しかしながらなんでこんな大物が忘れらんねえよのライブのゲストに?と思っていたのだが、現在のんが出演しているCMで歌っている曲を手掛けたのが柴田であり、この日はその曲「わたしは部屋充」までも披露されるという実に貴重な機会にもなった。
確かに近年はのんは銀杏BOYZなどともライブで一緒になったりしている。だがNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の主演で大ブレイクした後にバラエティのトーク番組に出たりすると全然喋らなかったりしていて、「トークダメなんじゃないか?」とか「ちょっとおかしい子なんじゃないか?」とも言われていた。
でもこの日ステージで笑顔で歌い、飛び跳ねまくる姿は実に楽しそうだった。きっと、いわゆる華やかな芸能界的なところに居心地の悪さを感じていたのだろう。「あまちゃん」に出ていた頃から比べたら実に大人っぽくなったが、一応ドラマを全部見ていた身からすると、そうした楽しそうな姿、しかもそれを忘れらんねえよのライブで見れたというのは本当に嬉しいことであり、少し感動的にすら感じていた。
何よりも、いじりまくっている菅田将暉をはじめ、そうしたビッグネームにも柴田の作る音楽がちゃんと評価されているということも嬉しいし、そうした曲提供などの活動はきっと忘れらんねえよにもフィードバックされるはずだ。
そしてライブは終盤へ。普段は高速ダウンピッキングの名手であるイガラシが指弾きで温かいリズムを奏でるのが曲タイトルにも通じるような「花火」から
「好きにやりまくれよ
好きにやりまくるよ
好きにやりまくればいいのさ」
と自分自身のスタイルを示しながら観客のことも鼓舞するような「週刊青春」のオープニング曲「ロックンロール体操」、さらにエモーションが爆発するような、今聴いてもタイトルが秀逸すぎる「ばかもののすべて」と続くと、
「1人になって2年くらい経つのかな?こうして仲間がいてさ、力を貸してくれるスタッフがいて、時間と金を使って来てくれるあんたらがいて。
俺は1人になってから、自分のことが前よりももっと好きになれた。きっとガキの頃の俺が今の俺を見てもそう思ってくれると思う」
と1人きりになってもバンドを続けてきたからこそこうして10周年を迎えることができた感慨を語る。
忘れらんねえよをデビューした時から聴いてきて、ライブを見てきた自分もこうして柴田1人になってからのライブを見てきて、前までよりもさらに忘れらんねえよを好きになれた。そうじゃなかったら梅津が抜けた時のタイミングで離れていてもおかしくなかったはず。でもそうならなかったのは、忘れらんねえよの表現がさらに純粋なものに、さらに覚悟が決まったものになったから。
それがしっかり届くべき場所まで届いているからこそ、「だっせー恋ばっかしやがって」は関ジャムのいしわたり淳治が選んだ2019年の曲の2位になった。自分が日本で1番凄い作詞家だと思っているいしわたり淳治が、こんな歌詞は柴田にしか書けないよな、と思って聴いている忘れらんねえよの歌詞や音楽をちゃんと評価してくれている。それもまた続けてきたからこそ届いたのだ。
そして柴田の直球な思いが爆発するかのような「俺よ届け」は個人的にはサビの
「だからそんなさ つまらないやつを好きにならないでよベイベー ねえ」
というフレーズのメロディが本当に素晴らしいと思うし、ステージに膝をつくようにしてギターを弾く安田、頭が床につくんじゃないかと思うくらいに屈んでベースを弾くイガラシ、長い髪を振り乱しながらドラムを叩くタイチというメンバーの一心不乱な演奏っぷりと柴田の声の張り上げ方に思わず感動してしまっていた。そこには本当に「俺よ届け」という意識が込められているからであるが、それがしっかり届くようなライブができているからこそ感動を与えることができる。
そしてラストはおなじみ「忘れらんねえよ」。柴田が促すと観客がスマホライトを掲げ、その光によってステージが照らされる。最後にはメンバーも演奏を止めて合唱となるが、その歌声は何万人も人がいるようなフェスでのライブよりも大きく聞こえた。それはこの日の客席には本当に忘れらんねえよのことが好きな、歌詞も曲も覚えているような人しかいないから。男性の方が多いわけでも女性の方が多いわけでもない客層だからこそ高音と低音が絡み合うハーモニーは、スマホライトの光よりも美しいものだったかもしれない。
アンコールで再びメンバー全員で登場すると、話したりすることもなくすぐに楽器を持ち、「週刊青春」に収録された、柴田がたった1人の女性のことを思って作ったという「なつみ」を演奏。さすがにこの名前は本名ではないということがインタビューでは明かされているが、こうして曲にしなければならなかったこと、その曲が何よりも美しいメロディであることに、情けない男としての歌なんかじゃなく、本当に柴田が心の底から思っていた人へ向けた歌であるということが伝わってくる。もう20曲以上、2時間くらい歌っているにもかかわらず、柴田の歌声はこの曲によって一層ノビを増しているかのようだった。
そして「この高鳴りをなんと呼ぶ」では
「明日には名曲が俺たちに生まれんだ」
と柴田は歌詞を変えて歌う。この日柴田は何度もMCで
「何もないって思ってるような人もいるかもしれないけど、きっとこれからなんか大事なものが見つかるから」
と言っていた。それは柴田が大事なものを見つけたからこそ言えることだ。それはロックンロールと、こうして忘れらんねえよのことを好きでいてくれる人たち。だから柴田も我々も、
「この高鳴りを信じてる このメロディを信じてる」
と大きな声で歌うことができるのである。
それでもまだアンコールを求める声はやまず、すぐさまメンバーが急いで登場してダブルアンコールへ。
「勢いよく始まる曲!」
と言って演奏されたのはデビュー曲である「CからはじまるABC」。
「爆音でチャットモンチーを聴いた
涙が もう涙がぼろぼろ溢れた
そんなことブランキー以来だから
思い切ってファンレター書いた
拝啓、俺のエレキギター
いつか聴いてくれませんか」
という歌詞を柴田は見事に叶えた。10年経って、自分がチャットモンチーに抱いていたものを、ファンに抱かれるような立場になった。そんな10年間の歩みを凝縮したような「がんばれ柴田」プロジェクトの終着地点だった。
でもこれは終わりではない。また新しい始まり。11年目の忘れらんねえよの始まり。客席を背に写真撮影をすると、スクリーンには4月からはじまる「がんばる柴田」という新たな全国ツアーのスケジュールが映し出された。
それはこの日の記念的なライブとはまた違う、柴田の持てる全てを注ぎ込んだアルバム「週刊青春」を軸にしたものになるはず。また、そのツアーのどこかで。
柴田はトリを務めたCOUNTDOWN JAPANのステージにおいて、
「俺は好きな人とうまく喋ることができないような、そんなやつにとってのヒーローになりたい」
と言っていた。その意志を確かなものにしたことにより、忘れらんねえよとしての方向性は完全に固まった感がある。過去には童貞偽装謝罪会見やドミノギネス記録に挑戦という音楽とは関係ない部分で話題を作り出そうとしていたこともあったが、もうそうしたことは必要ないだろう。
それは忘れらんねえよならではのパフォーマンスもありながらも、ひたすらに音楽の、バンドの、ロックンロールの力だけを見せるような、それが何よりも素晴らしいものであるというこの日のライブが証明していた。最初に出会った時、こんなに凄いバンドになるなんて思ってなかった。
1.ドストエフスキーを読んだと嘘をついた
2.バンドやろうぜ
3.犬にしてくれ
4.あの娘に俺がわかってたまるか
5.この街には君がいない
6.夜間飛行
7.ハナノユメ
8.僕らチェンジザワールド
9.北極星
10.メドレー
アワナビーゼー 〜 中年かまってちゃん 〜 だんだんどんどん 〜 慶応ボーイになりたい 〜 俺の中のドラゴン 〜 いいから早よ布団から出て働け俺 〜 バレーコードは握れない
11.世界であんたはいちばん綺麗だ
12.喜ばせたいんです
13.ばかばっか
14.Youtuberになればモテると聞いた
15.踊れ引きこもり w/ のん
16.わたしは部屋充 w/ のん
17.花火
18.ロックンロール体操
19.ばかもののすべて
20.だっせー恋ばっかしやがって
21.俺よ届け
22.忘れらんねえよ
encore
23.なつみ
24.この高鳴りをなんと呼ぶ
encore2
25.CからはじまるABC
文 ソノダマン