3日目。この日も前日に続いての晴天。もはや夏フェスのような気分であり、Tシャツに短パンというフェススタイルな姿の観客も実に多く見える。
10:30〜 OKAMOTO’S [SUNSET STAGE]
SUNSET STAGEではロッキンオン社長の渋谷陽一による前説があるのだが、この日はメディアがヘリまで飛ばしてこのフェスを外側からだけで報道していることへの怒りを口にしながらも、参加者は逆に
「絶対にこのフェスから感染者を出さない」
という意識を持って駅から会場に向かって歩いている姿に涙が出たということを話す。フェスを作り始めてから20年以上経つ渋谷陽一ですらそう思えるような光景を我々が作っているのだ。
その渋谷陽一に
「このバンドがラインナップにいることによって、このフェスの音楽の部分が保証されていると言える存在。
CDJでデビューした時はまだ10代で、「恐るべき10代」って言われていたけど、30代になっても「恐るべき」っていう部分は変わっていない。我々のフェスの顔と言えるバンド」
と最大限の賞賛を受けて登場した、OKAMOTO’S。サポートキーボード&ギターを加えた5人編成である。
髭を蓄えて大人っぽさが増したオカモトショウ(ボーカル)がギターを弾きながら歌い始めた「History」は爽やかに始まって、途中から濃厚なグルーヴへ、という構成であるのだが、朝イチからの選曲としては意外な「Dance To Moonlight」と続くと、第1回の富士スピードウェイで開催された時から出演している「Mr. JAPAN JAM」ことハマ・オカモト(ベース)はステージ端のカメラマンに近づいていって、カメラ目線でベースを弾くのだが、その表情が飛びきりの笑顔であるのは、やはりこうした会場で演奏できるのが久しぶりだからだろう。
渋谷陽一が言っていた10代の頃はガレージロック、ロックンロールというイメージの強いサウンドだったのが、音楽マニアとして世界中の様々な音楽を吸収して自分たちのものにしていった結果、今ではファンクやヒップホップというブラックミュージックの要素が強い、抜群の演奏力を持っているからこそのグルーヴで朝から観客を激しくというよりは浸るように踊らせる。シンプルでありながらも力強いオカモトレイジのドラムはその象徴であるが、やんちゃなイメージがまだ残っているレイジもすっかり大人っぽくなった。
ショウ「ボス(渋谷陽一)からあんな紹介をしてもらえるなんてね」
ハマ「ねぇ。フェスの顔だって!」
と、渋谷陽一に評価してもらっていることが実に嬉しそうだ。
音楽の力を信じ、救われてきたメンバーによるバンドだからこそ、
「音楽が聴きたいよ(聴いて歩いてく街の中)
大きな音がいいよ(怖がりの神様と)
俺を無敵に変えてなにも気にならないよ」
という「Young Japanese」の歌詞とともにショウは
「音楽がないと生きていけない人の前でライブができて誇りに思っています!」
と、普段のフェスでは言わないようなことを言ったのも、今このフェスが世の中からどんな見られ方をしているのかわかっているからだろう。音楽がないと生きていけないというのはきっとメンバーたちもそうだからこそ、同じ価値観を持った人たちの前でライブが出来るのを誇りに思ってくれている。
オカモトコウキのシャープなギターと濃厚なコーラスがバンドから今なお消えないロックンロールさを感じさせてくれる「BROTHER」から、ラストは
「とっておきの曲をみんなに!」
と言って演奏された、今のバンドの代表曲である「90′S TOKYO BOYS」。メンバーのことを1人ずつショウが紹介して、それぞれのソロ回しを見せてから再びメンバーの音が重なり合い、溶け合っていくのを聴きながらショウは先にステージを後にし、残ったメンバーはアウトロの演奏を続ける。久しぶりに見たOKAMOTO’Sのライブの、OKAMOTO’Sだからこその締め方。それはそれぞれの演奏だけで主役になれるバンドだからできることだ。
1.History
2.Dance To Moonlight
3.Welcome My Friend
4.Complication
5.Young Japanese
6.BROTHER
7.90′S TOKYO BOYS
11:15〜 ゲスの極み乙女。 [SKY STAGE]
前日にはindigo la Endでも出演していた、川谷絵音(ボーカル)率いる、ゲスの極み乙女。。この連日のライブ三昧なスケジュールも川谷にとっては例年通りの日々が戻ってきたと言えるものかもしれない。
サポートコーラスの2人を含めて赤い衣装でメンバー全員が統一されていると思いきや、1人だけいつものスーツ姿なのが浮いているというか逆に目立っているのは休日課長(ベース)であるが、メンバーたちの声が川谷に重なっていく大ヒット曲「猟奇的なキスを私にして」からスタートするというあたりはフェスだからこその選曲というか、名前は知っているけれどライブは見たことがないという人もたくさんいるであろう場での立ち上がりとしてはうってつけと言えるだろう。
去年の状況でもライブは行っていたとはいえ、久しぶりにこのバンドのライブを見ると、始まりを鳴らした、今や女優業すらもこなしている、ほな・いこかのドラムも本当にタイトかつ手数が多いし、デビュー時から「天才」と称されていたちゃんMARIのキーボードも含めて本当にこのバンドは演奏が上手い。その上手さを最大限に活かしたライブならではのセッション的なアレンジもたびたび挟まれるだけに、ステージから全く目が離せない。
川谷もキーボードを弾きながら歌う「ロマンスがありあまる」ではちゃんMARIの流麗なピアノの音が観客の心を洗うように流れ、タイトルからして切ない雰囲気が漂う「はしゃぎすぎた街の中で僕は一人遠回りした」はたくさんの人がいるフェスの場であっても人は1人であるということ、それゆえに1人1人の意識がフェスを作っているということに向き合わされる。
タイトルからして川谷の策士っぷりを感じられる「キラーボールをもう一度」で観客を踊らせると、さらにその上を行くかのように踊らせまくる「パラレルスペック」では休日課長のベースソロから、それぞれのメンバーのソロ回しで改めてスーパープレイヤーの集まりであることを示してくれるのだが、何故か休日課長は川谷に
「JAPAN JAMを表現するダンス」
を要求され、どのあたりがJAPAN JAMなのかあんまりよくわからない、社交ダンスのようなダンスを披露する。同じようにピアノでそれを求められた、ちゃんMARIの演奏はどこかJAMらしさを感じさせるものになっている。
そしてラストは「キラーボール 」で最後の盛り上がりを見せるのだが、昨年アルバムをリリースしているだけに、もっとそうした最新の形を見せるようなライブになってもいいものであるが、あくまでみんなが聴きたい曲を外すことはしないというのは、紅白歌合戦にまで進出したこのバンドならではのフェスの戦い方と楽しみ方であろうし、当時いろいろとメディアで叩かれまくっていた絵音がこうして今も素晴らしい音楽を生み出してこんなに大きなステージに立っている姿を見ていると、どれだけメディアや世間から叩かれようとも、結果を出しさえすればこのフェスも大丈夫だと思える。絵音のあの経験がこんなに頼もしく感じられる日が来るなんて。
1.猟奇的なキスを私にして
2.デジタルモグラ
3.ロマンスがありあまる
4.はしゃぎすぎた街の中で僕は一人遠回りした
5.キラーボールをもう一度
6.パラレルスペック
7.キラーボール
12:00〜 さユり [LOTUS STAGE]
ロッキンではSOUND OF FORESTで、 CDJではCOSMO STAGEでおなじみの存在である、さユり。2年ぶりのこのフェスにもやはり戻ってきたのである。
広いステージにはアコギを持ったさユりと、サポートキーボードの2人だけ。バンドもいなければ、ワンマンの時のような映像の演出もない、剥き出しの編成である。
その編成でさユりがアコギを弾きながら歌い始めたのは未発表の新曲「フラン」。断片的に聞き取れた歌詞からは、
「ギター一本抱えて」
など、今この状況でさユりが歌う意思や意味が込められているように感じる。さユりなりに2020年以降の心境を反映させた内容であるというような。
この編成であってもバンドでのライブのようにダンサブルに聴こえるのはこの曲の持つメロディであるということが逆にわかる「るーららるーらーららるーらー」から、さユりが曲の主人公である少女になり切るかのように歌う「フラレガイガール」はこうして聴いていても、その曲の向こう側にいる、こんなにも素晴らしい曲をさユりに託したRADWIMPSの野田洋次郎の気配が感じられる。だからこそ洋次郎にも会いたくなってくる。それくらいにさユりの歌でありながらも、洋次郎の歌であるということを感じさせる。
3月に配信リリースされたばかりの最新曲「かみさま」もそうであるが、装飾と言えるようなサウンドもリズムもないだけに、さユりの歌がリズムとしてそのまま今のさユりのメロディの持つ力を伝えてくれる。それは弾き語りアルバム「め」でも感じたことであるのだが、そうした力を持っているからこそ、こうしたフェスにこのシンプルな編成で出演することができるのだろう。
タイトルは「ねじこぼれた」という意味を込めているということを語ってから歌い始めた「ねじこ」の、
「あぁ ねじこぼれた自由を歌え
手にあるもの以外は何もないぜ
喜びで愛しさで恐れを今破壊せよ
宜候 宜候」
という歌詞が、同期のバスドラのリズムとともに力強く聴き手の足を前に進ませてくれるし、そう思えるのはさユりの歌にそうした力強さが宿っているからである。
そして不器用ではあるが、必死に込めた思いを伝えようと
「歌詞には「新宿駅前」とか、具体的な単語が出てくるんですけど、この曲で歌っていることはフィクションなんです」
と曲の内容について話してから最後に歌ったのは、さユりの言う通りにフィクションであっても確かに聴き手の脳内に情景が浮かび上がってくる「葵橋」。
この曲もそうであるが、最近配信でリリースされている曲はどれも本当に良い曲だ。(この日は演奏されていないが「summer bug」をひたちなかで夏に聴きたいくらいに)
デビューアルバム「ミカヅキの航海」でいきなりのオリコンデイリーチャート1位獲得という結果を出しながらも、なかなか今に至るまでアルバムとしての新作が出ていない。だからこそライブを定期的に開催していてもどうにも消化不良感というか、もったいない感じがしていたのだが、こうして素晴らしい曲をリリースし続けている今だからこそ、まとまった形でさユりの音楽に浸りたい。今年、それが叶うだろうか。
1.フラン
2.るーららるーらーららるーらー
3.フラレガイガール
4.かみさま
5.ねじこ
6.葵橋
12:45〜 SUPER BEAVER [SKY STAGE]
今やあらゆるフェスでメインステージに出演するような存在になった、SUPER BEAVER。前日には四星球のモリスが渋谷龍太(ボーカル)のコスプレをしていたが、本家はこのフェスでも初のメインステージへ進出。ど真ん中を行くバンドがたどり着いた、ど真ん中のステージだ。
メンバー4人がステージに現れると、渋谷の言葉に合わせて観客に両腕を上げて手を叩く音に導かれて始まったのは「美しい日」。
「JAPAN JAM、見せてくれ!」
と柳沢亮太(ギター)はサビでも観客の両手を求めるのだが、誰にどんなになにかを言われようとも、こうしてSUPER BEAVERのライブが見れて、この景色を見ることができている。それだけでもこの日は「美しい日」だと思える。
「今にある幸せは 今生きる自分で 気がつくものだったんだ
優しさも 楽しさも 愛しさも 笑い声も
誰かにとって「たかがそれくらい」の ありふれた歓びでも
嬉しいと思えたら 特別じゃない今日はもうきっと
美しい 美しい日なんだよなあ
特別は そうだ 普遍的な形をした 幸せだ」
という歌詞の、今こそ本当に沁みること。誰かにとっては音楽が「たかがそれくらい」とか「不要不急」とか言われるようなものであっても、こうしてここに来ている我々にとっては生き甲斐であり、普遍的な形をした幸せなんだよな、とこの瞬間を噛み締めていた。
そんな日すらも、このライブすらもあっという間に終わってしまうことを曲によって告げる「閃光」もまた、だからこそ後悔しない人生を、とも思うし、そう思ったからこそここに来たんだとも思う。
「今をやめない やめない やめない
最低条件だって もうわかっているから
今をやめない やめない やめない
やめてしまえば 叶わないから
挑まないと 味わえないや 過去一番に楽しいこと
足りない もっと 足りない もっと ねえ 飢えてるんだろう?」
という歌詞もまた今この状況を歌っているかのような「突破口」。上杉研太(ベース)が観客が声を出せないことがわかっていても「オイ!オイ!」と煽るのだが、普遍的なことを歌い続けてきたバンドだからこそ、どんな時でも響くものになっているのだが、まさかこの状況でこんなにも響くようになるとは。そう思えるのはバンド自身が今をやめずにステージに立っているからだ。
「音楽は誰かの空腹を満たすこともできないし、病気を治すこともできない!それでも、我々の音楽で何かしらあなたに日々の活力を与えられると信じているから、こうしてステージに立っています!」
と、渋谷が自身がこうしてステージに立っている理由を語ってから演奏されたのは、再び観客が両手をステージに向ける「青い春」。その観客の手が拍子になっていく
「何かを責めなきゃ立ってられず 互いに互いのせいにした
あの日の涙は忘れたくないよな この先も」
というフレーズもまた今この状況だからこそいつも以上に強く響く。何なんだろうかこのバンドの今だからこそという言葉しか出てこないくらいの説得力の強さは。
藤原”32才”広明(ドラム)の4つ打ちのドラムに柳沢のハイトーンなギターの音が重なっていくイントロによって始まる「予感」においても、
「予感のする方へ 心が夢中になる方へ
正解なんて あって無いようなものさ 人生は自由
今 予感のする方へ 会いたい自分がいる方へ
他人の目なんて あって無いようなものさ 感性は自由
名も無き感動に 感情に 想うがままの名前をつけていこう」
という歌詞はまさに「心が夢中になる方へ」「会いたい自分がいる方へ」行くためにここに来たという自分の意志を改めて確かめることができる。
すると渋谷はそんなこの日のこのフェスが置かれている状況について、
「めちゃくちゃ叩かれてると思うぜ?ニュースになってたもんな。それでも音楽大好きなあなたの気持ちを守ってくれたこのフェスに、音楽に携わる人の生活を守ってくれたこのフェスに拍手!」
と語り、このフェスへ賛辞を送る。ビーバーのメンバーはわかっている。我々が、このフェスが世の中やメディアからどう思われているのか。でもそれ以上に我々の気持ちや、メジャーからインディーになったことによって自分たちで出会ってきた、音楽で生きている人たちの存在や生活をわかっている。
だから叩かれていることをわかっていて、そこに出演しにいくということは自分たちも叩かれる対象になってしまうこともわかっていても、こうしてステージに立つ。自分たちは誰に何を言われても守りたいものがあるからである。
そんな感情を音楽にして放つかのような、最新アルバムのタイトル曲「アイラブユー」はまさに鳴らしてきた音楽、歌ってきたこととバンドの人間性が完全に一致している、だから全てがストレートに心に刺さるのだ、ということを証明し、最後に演奏されたのは2分ほどの短い曲でありながらも、ネガティブなことを全て取り払うかのように絶望に爆音で別れを告げるための「さよなら絶望」。
「さよなら絶望 絶望 何のための爆音だ
抗ってやろうぜ 抗ってやろうぜ 抗ってやろうぜ
涙目でもいい さよなら絶望」
という歌詞が我々の存在と思いを肯定してくれる。音だけではなく人が鳴っていた。SUPER BEAVERというバンドの強さとして。
渋谷はあくまでこのフェスに拍手を送っていたが、そんな状況のフェスに出演して、我々やフェスに携わる人の存在を肯定してくれていたこのバンドにこそ最大限の拍手を送りたい。ロッキンオンのスタッフも、会場で働くライブパワーなどのスタッフたちも、音響や照明や楽器班などのライブがないと仕事がなくなってしまう人たちも、このライブを見て渋谷の言葉を聞いていたらきっとそうしてバンドへ拍手を送っていたはず。
絶望を経験している人たちはこんなにも強いのか、とも思うし、17年に及ぶ長きにわたるバンド歴のすべての経験がバンドの力になっている。それはつまり、これからSUPER BEAVERはもっと強いバンドになっていくということだ。
1.美しい日
2.閃光
3.突破口
4.青い春
5.予感
6.アイラヴユー
7.さよなら絶望
13:30〜 ハルカミライ [SUNSET STAGE]
2020年7月にアルバム「BAND STAR」をリリース。本来ならツアーも含めて数え切れないくらいのライブをそのリリース後に行ってきたであろうし、今自分が最も「1本1本のライブ全てが伝説であり事件」だと思っているバンドがハルカミライであるだけに、少しでも多くライブを観たいと思っているにも関わらず、リリース後に見れたライブは今年2月のSaucy Dogの日本武道館での対バンライブのみ。それが今のライブシーンの置かれている状況を物語っていると言ってもいいだろう。
開演時間前にすでに関大地(ギター)、須藤俊(ベース)、小松謙太(ドラム)がスタンバッているというのもロッキンオンのフェスでのこのバンドのライブではおなじみの光景だ。
時間になると髪を赤く染め、目元にもラインを入れた橋本学(ボーカル)が現れ、
「よっしゃ行くぞー!」
と気合いを入れて「君にしか」「カントリーロード」という最強のライブ始まりを告げるコンボを繰り出すのだが、関はアンプの上に立ってスタッフに支えられながらギターを弾き、須藤は開演前に持っていたベースをわざわざ下ろして客席を見渡すようにしてステージを歩き回っているというくらいのやりたい放題っぷり。もちろん橋本学も着ているTシャツを脱ぐのか着るのかという状態でステージを暴れ回る様にして歌う。
ライブで何回も鳴らされるショートチューン「ファイト!!」も含めて、ハルカミライの曲は観客がメンバーと一緒に思いっきり大合唱するのが当たり前の光景であるし、それがしやすい曲だ。あるいはモッシュもダイブも、メンバーがステージに飛び込むことも日常茶飯事。そんなスタンスのバンドであるのに、観客は決められた場所から動かずに声を発することも絶対にしない。それは自分たちがかっこいいと思っているバンドに恥をかかせたり、自分たちのせいでバンドが苦言を呈されることのないように、という思いであり、ハルカミライがライブをする場所を守りたいという思いでもある。
とはいえ橋本は
「ロッキンオンのフェスに出るといつも怒られる(笑)」
というくらいのギリギリを攻める。ステージから落ちそうにもなるし、マイクスタンドだって倒す。それでも絶対にダイブ禁止、ステージから降りるのも禁止というロッキンオンのルールを破るようなことはしない。それが
「高いスポーツカー買ってスピードめちゃ出して乗り回すんじゃなくて、車が傷つかないように丁寧に大事に運転する」
というハルカミライとしての価値観だからだ。
少し痩せたようにも見える上半身裸の小松もステージ前に招いて「世界を終わらせて」の歌い出しを全員で歌うと、再びメンバーが暴れまくるように演奏する「PEAK’D YELLOW」から、橋本は
「眠れない夜に私 JAPAN JAMに来たんだ」
と「アストロビスタ」を歌詞を変えて歌い始める。
「本当は酒飲みながら好きなバンド見たいのを我慢してるのにめちゃくちゃ楽しんでるお前たち超カッコいいぜ」
とも。こんなにカッコいいバンドが我々のことをカッコいいと言ってくれて、
「いろいろ言われてんだろ?それでも勇気出して来てくれてありがとう。勇気もらったぜ」
と、我々がここに来たことに勇気をもらったと言ってくれている。本当に涙が出そうだった。というか完全に涙が出ていた。
この年になってもパンクって本当にカッコいい音楽だな、最高な音楽だな、って思わせてくれるバンドに巡り会えて、いつもライブを見ては勇気や力をもらっている。そんなバンド側も我々の姿を見て勇気や力を得ることができている。俺たちのファンはこの状況でも、この形でも大丈夫だ、って思ってくれていたら、こんなに嬉しいことはない。そして最後には
「ここに来た俺とお前ならわかるのさ」
と歌った。そう、世間になんて言われようと、ここにいた我々がわかっていればいい。ロックやパンクに対する旧来的なイメージで批判されたとしても、今のロックやパンクはそういうもんじゃないんだぜ、って言えるバンドがいるということを、我々がわかっていて、我々が信じていればそれでいいんだ。この光景や言葉以上の真実なんてどこにもないのだから。
しかしそんな感動的なパフォーマンスの後に、
「用意したセトリ、あと1曲しかないのにまだあと13分も時間あるって(笑)ライブ初心者かよ!(笑)」
と、時間が余りまくったことによって急遽「ファイト!!」をもう一回やるのだが、ショートチューンゆえに
「この曲じゃ1分しか埋まらないんだよね(笑)」
とまだまだ時間があるので、「Tough to be a Hugh」「フュージョン」とショートチューンを連発する。ライブではほぼ欠かさずに演奏する、しかもワンマンでは複数回演奏することもあるだけに、やる予定がなくても体が覚えていて演奏することができてしまうのだろう。
そして用意されていた最後の曲は、まさかのフェスで聴けるとは思っていなかった「ヨーロービル、朝」だった。バンドの地元である八王子の景色を歌った、徐々に熱量が高まっていき、関のギターと橋本のボーカルが最後には爆発するかのように音量が増す曲。
それを橋本は、
「これは希望の歌だ」
と言った。
「朝になったら眠る
明けない夜は無いだろう」
と歌うそれは日常のこと。ハルカミライにとっての日常というのはこうしてライブをするステージに立つということ。それを繋げていく、その場所を守っていくことがハルカミライの日常を繋げていくことになる。この状況で開催されたフェスであるが故に、その場所を守るという希望の思いが確かにこの曲には込められていた。
「人をぶん殴るんじゃなくて、そいつを優しく抱きしめてやる。それが俺にとってのパンク」
人を攻撃したり、傷つけても何も得られるものはないし、負の連鎖が続いていくだけだ。もうロックもパンクもそういう価値観を持つ時代じゃない。ルールを守る、ガイドラインを守ることが何よりも大切な今だからこそ、ロックやパンクは反抗の音楽じゃない。大切な人や大切なものを守るための音楽だ。それがどんなにカッコいいことかということをハルカミライのライブやメンバーの生き様は教えてくれる。この40分間のライブもやっぱり伝説であり、事件だった。
1.君にしか
2.カントリーロード
3.ファイト!!
4.俺達が呼んでいる
5.春のテーマ
6.世界を終わらせて
7.PEAK’D YELLOW
8.アストロビスタ
9.ファイト!!
10.Tough to be a Hugh
11.フュージョン
12.ヨーロービル、朝
14:15〜 スキマスイッチ [SKY STAGE]
この日は出演者の中に中島美嘉やWANDSという面々もいるが、このフェスにおいてJ-POPを代表する存在と言っていいのがスキマスイッチだろう。実はロッキンオンのフェスでは今や常連とも言えるアーティストである。
ホーン隊やパーカッションも含めた総勢9人の大所帯編成というのはフェスの短い持ち時間でも普段と全く変わらないライブをするというアーティスト側の意思を感じさせるが、いざスタートした「ユリーカ」「吠えろ!」という曲たちはスキマスイッチの持つロックさを感じさせるというか、こうしたロックフェスに実によく似合う選曲である。それを意識したものなのかもしれないが、初めてライブを見る人にとっては驚いたことだろう。もちろんサポートメンバーたちの豪華なサウンドがどれを取っても非常に上手いのは間違いない。
常田真太郎の弾くピアノに寄り添うように大橋卓弥(ボーカル)が歌うのはスキマスイッチの名を世に広く知らしめた名曲バラード「奏」。やはり大橋の歌は独特のクセのようなものを持っているだけに、普通に歌が上手い人が歌ってもこういう風には響かないよなと思う。もちろん大橋はめちゃくちゃ歌が上手いのだが。
そんな大橋は最近は雨男を自認する機会も多かったというだけにこうして晴れたことにホッとしていたようだが、それでも
「スキマスイッチのライブを初めて見る人?」
の問いに8割以上の人が手を挙げていたことには、
「毎年ツアーやったり、フェスに出たりしてるのにな…(笑)」
とショックを隠しきれない様だったが。
本来ならば観客の合唱も起こっていたであろう「Ah Yeah!!」では声が出せない代わりに客席ではタオルがぐるぐると回り、大橋は普段やっているコール&レスポンスが出来ない代わりに、手拍子でのコール&レスポンスをする。だんだんリズムが複雑になってついていけなくなる人が続出するというのは、歌うのが難しくてレスポンスが出来なくなるというコロナ禍以前のコール&レスポンスを彷彿とさせる。
そしてサポートメンバーたちを1人1人丁寧に紹介するというあたりには、自分たちがライブができているのはこの人たちがいるからであるという音楽に関わる人たちと共に生きていることを窺わせると、たくさんの観客が待っていたであろう「全力少年」では大橋がスマホで観客の姿を撮影し、
「素晴らしい景色だ〜」
と口にする。日本中のいろんな場所でライブをしてきて、いろんな景色を見てきたであろうスキマスイッチでもそう口にする景色がここには広がっている。最終的にはメンバーが演奏する姿を撮影していたのが面白かったけど。
そしてそんなライブの最後はこれまたスキマスイッチを代表する曲である「ボクノート」。言わずとしれたドラえもんの映画の主題歌になった曲であるが、ドラえもんがいたらこの世界を覆う疫病をもしもボックスあたりを使って消し去ってしまって、元のみんなで歌ったり、誰かにとやかく言われることなくフェスやライブに行ける世界にすることができるのに、と思っていた。そんな想像ができるのは、スキマスイッチがこのステージに立ってライブをしてくれたからだし、今よりもドラえもんに思いを馳せていたあの頃の僕らはきっと、全力で少年だった。
1.ユリーカ
2.吠えろ!
3.奏
4.Ah Yeah!!
5.全力少年
6.ボクノート
15:00〜 秋山黄色 [SUNSET STAGE]
このJAPAN JAMはどのステージも3万人規模の大きさであるが故、ロッキンやCDJでも大きなステージに出演しているアーティストじゃないとなかなか出演することができない。秋山黄色はロッキンにもCDJにも出演してきたが、ようやくこのJAPAN JAMにも出演できるような規模の存在になったのだ。
おなじみの井手上誠(ギター)、神崎峻(ベース)、片山タカズミ(ドラム)のサポートメンバーたちに続いて、秋山黄色がステージへ。井手上は2日前のビッケブランカのサポートに続いてのこのSUNSET STAGEへの出演である。
「秋山黄色です!よろしくお願いしまーす!」
という挨拶というにはあまりに絶叫過ぎる声からは秋山黄色の気合いが伝わってくるが、キメ連発によって始まる「猿上がりシティーポップ」から井手上は高くジャンプをし、神崎も振り下ろすようにベースを弾き、片山もドラムが破れるんじゃないかと思うくらいの強さで叩く。秋山黄色が今抱えている衝動が同じ温度でこのメンバーに共有されているのがわかる。ずっと昔からこのメンバーでやってきたわけではないどころか、まだ1年半くらいしか経っていないけれど、もう秋山黄色という名前のバンドであり、そのメンバーたちだ。もちろん秋山黄色は喉が裂けるんじゃないかと心配になるくらいに叫ぶ様にして思いっきり歌う。それこそSKY STAGEの方にいる人にまで届けるかの様に。
イントロが鳴ってタイトルコールをするだけでたくさんの手が上がり、手拍子が起きた「アイデンティティ」はアニメ「約束のネバーランド」2期のオープニングテーマでもあっただけに、この曲で秋山黄色を知ったという人もたくさんいたのだろう。そういう人たちはここまで衝動をぶつけるような、音源の何百倍ものエネルギーを放出するような歌と演奏を聴いてどう思ったのだろうか。
こちらもドラマ主題歌、さらにはCDTVライブライブ!に出演して演奏したことによってより話題になった「モノローグ」はどちらかというとミドル・バラードという枠であるし、そういう意味ではバンドサウンドからはみ出したようなトラックのようなサウンドをこのバンドメンバーで演奏する「Caffeine」もそうであるが、そうした曲たちがすべからくロックでしかないような熱量を帯びている。自分は3月にツアーのZepp Tokyoワンマンも見ているが、その時とも全く違うタイプの衝動を炸裂させている。
それはきっと少しでもここにいた人たちが「今日ここに来て良かったな」と思えるための全身全霊のパフォーマンスだ。そう思ってもらいたいくらいに観客側もライブを楽しむ以外にいろんなことを考えたり悩んだりしなければならない状況であることを秋山黄色はきっと理解している。
コロナ禍前は大合唱が響いていたし、この規模のステージのこの人数の人が歌ってくれる景色を秋山黄色本人も見たかっただろうなと思う「とうこうのはて」では歌詞を
「コンビニで安酒買うのも我慢してJAPAN JAMに来たんだろ!」
と変えて叫ぶ。青空の下でアルコールを飲みながら友達や知り合いと一緒にライブを楽しむ。そんな彼自身がロッキンなどに出演した時に見てきたであろう楽しみ方ができない状況であること、メディアや世間からそうやって無秩序状態で開催されていると思われているだろうということ。そうした参加者の責任を掬い上げるようだったのは、普段のライブなら「安酒」をなんらかのアルコール飲料の銘柄に変えて歌うだけということからも察せられる。秋山黄色は間違いなく我々の抱える思いを代弁するかのような意識を持ってステージに立っている。間奏のギターソロでステージ前に出てきた井手上を後ろから押そうとするお茶目さも忘れていないけれど。
「俺だって今すぐステージ降りてそっちに飛び込みたいよ!でもそれを我慢して、全部音に込めてライブします!」
と、衝動を全て音に変えることの決意を語るも、「クソフラペチーノ」では広いステージをドラムの後ろまで回り込む様に走り回っていたので、音にするだけでは抑えきれない思いがあったのだろう。もうその姿はパンクすら感じるし、山崎洋一郎が
「多くのロックバンドはロックをやろうとしてロックをやっているけれど、秋山黄色はやっていることがそのままロックになっている」
と最大限の賛辞で紹介していたくらいのナチュラルボーンロックンローラーっぷりである。きっと山崎洋一郎もこのライブを見ていて、自分がそう書いたことを誇りに思ってくれているはず。
そんな凄まじいライブのラストはやはり秋山黄色のリフが唸る「やさぐれカイドー」なのだが、間奏では秋山黄色がステージの1番前で寝転び、ステージからギターのみを投げ出すようにして演奏する。その後先を何も考えていないであろうパフォーマンスからは、いやいや、ギター落としたりしたらもう出してもらえなくなっちゃうかもしれないから!とロッキンオンの厳しいルールを知っている側としてはドキドキしてしまうのだが、そんなパフォーマンスがあったからこそ、
「この4文字を頭に刻み込ませてやる!秋山黄色だー!!!」
という叫びとともに、見ていた人全ての脳内に焼き付くような、衝撃的なライブだった。しかも去り際に秋山黄色は側転をかましてステージから去っていった。初の主催ライブの時には変わらないくらいの持ち時間の後に
「体力なさすぎてアンコールできない」
と言っていたのが遠い昔のように、秋山黄色は心身共に強いアーティストになった。
音源のイメージだけを持って初めてライブを見た人はビックリしていただろうか。「Hello my shoes」リリース後から、見れるライブは出来る限り見てきた、しかも2ヶ月前に見たばかりの自分ですらもビックリしたのだ。そのもはやメインステージのトリをやってるかのような凄まじいライブに。
自分はロッキンのLAKE STAGEが大好きなだけに、今年は秋山黄色にそのステージで会えたらいいないいないいなって思っているのだが、もうすでにさらにその先のステージに立つ姿がイメージできている。そう思うことができるのも、こうして秋山黄色がライブができる場所があって、それを守り抜こうとしている人たちがいるからだ。それはもちろん我々も。何より愛したいんだ、こういう居場所くらいは。
1.猿上がりシティーポップ
2.アイデンティティ
3.モノローグ
4.Caffeine
5.とうこうのはて
6.クソフラペチーノ
7.やさぐれカイドー
15:45〜 KEYTALK [SKY STAGE]
2日前にVIVA LA ROCKで久しぶりに生のライブを見ることができた、KEYTALK。もちろんこっちのJAPAN JAMにも当然出演。ライブハウスで生きてきたバンドであることはわかっているが、フェスの盛り上げ番長的な存在でもあるだけに、野外フェスで見れるのが嬉しく思う。
「物販」のSEで登場するのは変わらないが、なぜか小野武正(ギター)はけん玉をしながら登場し、しかもカメラの目の前でけん玉を落とすという実に幸先の悪いスタートとなるのだが、1発目から天気の良い野外ということもあって我々の気分を夏フェスにしてくれる「Summer Venus」からスタート。巨匠(ボーカル&ギター)はもちろん、首藤義勝(ボーカル&ベース)のボーカルも晴れ渡る空に向かって伸びていく。
やはり武正がこれでもかというくらいにギターを弾きまくるというサウンドのアンバランス感がKEYTALKなりのロックバンドとしての矜持を示すダンスポップな「BUBBLE-GUM MAGIC」、春フェスの季節だからこそこの曲を聴くのが実に愛おしく感じる「Love me」と、ここまではビバラでも演奏されていた、フェスではおなじみの曲たちである。
「僕はTHE ORAL CIGARETTESが大好きなんで、僕らの後にオーラルっていうタイムテーブルが本当に嬉しいです!今までは同じ日に出ててもステージが違ったりとかしていたんで!」
と、武正がオーラルへの愛情を炸裂させるのだが、このMCでかつて武正が山中拓也らとともにスペシャのドラマに出演していたことを覚えている人がどれだけいるだろうか、ということが頭に浮かんだりしていた。
その武正がこの日はあまりに目立ちまくっているだけに、その武正がセトリを決めたのか?とすら思ってしまうのは、武正が手掛けた、フェスではまずやることがなかった曲であるギターロックバンドとしてのKEYTALKの姿を見せる「DROP2」が演奏されたからである。武正はthe band apartから多大な影響を受けているし、作る曲からもそれを感じることができるだけに、自分は武正曲だらけのKEYTALKのライブを見てみたかったりする。定番曲は全くなくなるけど。
さらには「OVERTONE」収録という、ここからメジャーシーンに打って出て行こうとする当時の気概を思い出す「MURASAKI」と、本当にこれはフェスのセトリなのか?と思うような曲が飛び出してくるのだが、コロナ禍になる前はKEYTALKはフェスに出るのもツアーを回るのももちろんのこと、先輩後輩同世代問わずいろんなタイプのバンドと対バンを重ねてきた。その対バン相手に合わせるようなセトリでライブをしてきては、いついかなる時でも持ちうる曲全てを演奏することができるライブバンドであることを示してきたのだが、コロナ禍以降はそうしたライブができる機会もほとんどなくなってしまった。それだけに、今まで我慢してきた分、フェスであってもいろんな曲を演奏したいんだろうなと思った。それは夏フェス以降もこのバンドのセトリに反映されてくる変革となるはずだ。
野外フェスの、しかもまだ明るい時間に客席を燃やし尽くすようなギターロックサウンドを鳴らす「太陽系リフレイン」はビバラではサウンドチェックで演奏されていた曲だが、2日間でこうもセトリが変わるとは、とフェスセトリがあまり変わらないバンドだっただけに驚きである。
しかしながらもちろん2010年代のダンスアンセムにしてフェスアンセムの「MONSTER DANCE」はもちろん演奏され、義勝はやはり叫ぶようにして歌い、八木優樹(ドラム)がホイッスルを吹き、武正はビバラの時ほどではないにしてもギターを弾かずにMVの振り付けを踊っている。なんなら客席も含めて1番楽しんでいるのは武正かもしれないと思うくらいに。
そんなライブで最後に演奏されたのは、この日はもう演奏されないんじゃないかとすら思っていたライブ定番曲の「桜花爛漫」。しかしこの曲を春と呼べる季節に聴くことができるのは、今年はこれが最後だろう。
「MATSURI BAYASHI」も演奏されなかっただけに、夏はどんなセトリで、どんなライブを見せてくれるのだろうか。GRASS STAGEに出ているバンドでこんなにも夏を感じさせてくれる曲をたくさん持っているバンドは他にいないだけに、夏の楽しみが一つ増している。八木は最後に何か言うのかと思ったら特に何も言わずにステージを去っていった。
1.Summer Venus
2.BUBBLE-GUM MAGIC
3.Love me
4.DROP2
5.MURASAKI
6.太陽系リフレイン
7.MONSTER DANCE
8.桜花爛漫
16:30〜 ストレイテナー [SUNSET STAGE]
ロッキンオンのフェスの象徴的なバンドの一つである、ストレイテナー。2010年のJAPAN JAM初年度から出演し続けているだけに(その時はACIDMAN大木伸夫とのコラボをしていた)、2年ぶりに帰ってきたこのフェスにももちろん出演。
メンバー4人がステージに登場すると、ホリエアツシ(ボーカル&ギター)が
「JAPAN JAM 2020 2021、2年ぶりの思いを込めて、ストレイテナーよろしくお願いします!」
と、やはりその言葉からもこのフェスを背負っているバンドとしての責任やプライドを感じさせるのだが、ナカヤマシンペイ(ドラム)が鳴らすウインドチャイムの音が晴れ渡るこの空に実によく似合う「Melodic Storm」からスタート。観客は飛び跳ねながら腕を上げているのだが、コーラス部分をロッキンオンのフェスだけでこれまで何回歌ってきたのだろうかと思う。なんならいつぞやのロッキンではDragon Ashのkjがそのパートを歌うために乱入してきたりもしていた。そんな様々な記憶が刻まれている曲。
昨年12月にはアルバム「Applause」もリリースされており、その中からタイトルだけでこれまでのストレイテナーのギターロックど真ん中的な曲になることがわかる「叫ぶ星」を演奏して序盤は突っ走るのだが、ホリエがアコギに持ち替えての「彩雲」からは少しギアが変わる。
ライブでの定番曲ではあるのだが、やはり野外のフェスで実際に雲が流れていく景色を見ながら聴くこの曲は感じることができる感情が全く違う。それはひなっち(ベース)の演奏しながらのとびっきりの笑顔も含めて。
タイトル通りにこれまでのバンドがたどってきた道のり、見てきた風景が脳内で映像化される「Graffiti」、ホリエがキーボードを弾きながら歌う最新の枠に入る曲であるバラード「さよならだけがおしえてくれた」、OJこと大山純のギターのリフが曲のイメージを決定づける「Parody」と、「Applause」収録曲の中だけでここまでバラエティに富んだセトリを組むことができるというのは、「Applause」がそうしたテナーの多面性を表した最新アルバムであることを示している。ツアーに参加したであろうファンが着ている、アルバムのアートワークがプリントされているTシャツも実に美しい。
「こっから後半、さらに盛り上がっていきましょう!」
とホリエが再びギアを入れ替えると、シンペイのドラムを軸に曲中にガラッと温度が変わることが季節感を超えて響く「冬の太陽」から、観客が
「バイバイ」
のフレーズで手を振る仕草を見せる「羊の群れは丘を登る」と、MCほとんどなしでなるべくたくさんの曲を演奏する、それでいてフェスの持ち時間とは思えないくらいの緩急を生み出すというのはさすがフェスに出続けてきたバンドならではの戦い方である。決してアッパーな曲だけで押しきらないという。
そしてホリエはラストの「シーグラス」を演奏する時に、
「また夏に会えますように」
と言った。このフェスのステージで言う「夏」というのは間違いなくロッキンのステージだ。テナーはLAKE STAGEが大好きなバンドであり、かつてはGRASS STAGEに出れる集客力があるのに敢えてLAKE STAGEのトリを志願したというくらいのバンドであるが、自分が大好きなフェスのステージをテナーくらいキャリアがあるバンドが同じように本当に大切にしてくれていることが本当に嬉しくて泣きそうだった。
「今年最後の海へ向かう 夕焼けが白いシャツを染める」
というフレーズを海の近くのあのステージで今年は聴けますように。
あまりに曲を詰め込みすぎて時間がギリギリだったからか、おなじみの演奏を終えた後のメンバーの肩を組んでの一礼もかなり急ぎ気味に行われ、シンペイはサザエさんのエンディングのように急いでメンバーをステージ袖まで誘導していた。そのくらいに時間ギリギリになってもたくさんの曲を演奏したい。それは2年分の思いをぶつけたストレイテナーだからこそだ。
1.Melodic Storm
2.叫ぶ星
3.彩雲
4.Graffiti
5.さよならだけがおしえてくれた
6.Parody
7.冬の太陽
8.羊の群れは丘を登る
9.シーグラス
17:15〜 THE ORAL CIGARETTES [SKY STAGE]
バンド自身も常連なのはもちろん、山中拓也(ボーカル&ギター)はかつてこのステージでの9mm Parabellum Bulletのライブのコラボ相手としてゲスト出演したこともあるだけに、そうした意味でもTHE ORAL CIGARETTESにとっては特別な瞬間を生み出してきたフェスであると言える。
メンバーが登場して「Dream In Drive」からスタートするというのはビバラで見た時と同じ立ち上がり方なだけに、もしかして今年の春フェスはそういう感じかな?とも思っていたのだが、そんな思いがすぐに塗り替えられたのは鈴木重伸(ギター)によるギターリフがバンド全体を引っ張る「5150」というビバラでは演奏されなかった曲であり、やはりこのバンドはその場所ごとの思いによって演奏する曲を変えていることがわかる。ビバラではダークヒーローさを感じさせる曲が多いのは同じ日にONAKAMA勢揃いという要素があったからだろうけれど、そうしたテーマをライブごとにしっかり設定して挑んでいるというか。
「JAPAN JAMなんでジャムりまーす」
という山中の言葉とともに鈴木だけではなく、独特のステップと奏法によるあきらかにあきら(ベース)と要塞のようにシンバルが多数配置された中西雅哉(ドラム)のソロ的な演奏から曲に入っていく「Shine Holder」から、キッズだちをブチ上げながらも仕切られたマスの中でルールを守って観覧させる「狂乱 Hey Kids!!」と、この日のセトリのテーマはどうやらストレートなギターロックであるということがわかってくる。しかしこのバンドにとってのストレートは他のバンドにとっての変化球であるかもしれない、というくらいに一筋縄ではいかない構成なのだが。
すると山中が少し神妙な面持ちで口を開く。
「春フェスが始まって、俺たちは槍玉に挙げられやすいバンドなんやなって思った。ついてしまった悪いイメージは音楽で取り返していくしかない。
でも夏フェスももしかしたらこのままなのかもしれん。みんなでルールを守って繋げていくしかない」
という言葉は、ビバラ出演時にファンのマナーによって叩かれまくったことをバンド側もわかっているのだろう。このフェスをはじめとしたロックフェスが置かれている状況も。
でも自分はオーラルのファンに決して悪いイメージを持ってはいない。それはTwitterのフォロワーでオーラルのファンである人たちはみんな節度や思いやりをちゃんと持っている人たちであるからだ。ビバラ初日に行ってこのバンドのライブを見ていた身としても思うのは、
「あのバンドはファンのマナー悪いみたいだから叩いても平気だろう」
と思っている人も少なからずいるんじゃないかということ。でもそれで傷つくのはファンじゃなくてバンドだ。匿名のTwitterアカウントじゃなくて、顔も名前も公開しているバンドのメンバーたち。だからこそこうして少し弱気な部分を吐き出してしまったりもする。どんなにメンタルが強かろうと、その言葉の先にいるのは人間だから。
もしかしたらバンドのイメージがそうしたファンのマナーに対するイメージに繋がっていたところもあるのかもしれない。ただでさえ見た目もカッコいい、しかも高学歴なメンバーによるバンドであるだけに。
そうしたイメージを塗り替えるには何にも言えなくなるくらいの音楽を作り、ライブをやり、ファンに自分たちの置かれている立場を呼びかけていくしかないが、山中の言葉の後に起こった、大きくて鳴り止まないくらいの拍手の長さは、山中も自分たちがどう思われてしまっているかをわかっているけれど、ファンもオーラルのメンバーたちがどんな人たちなのかをちゃんとわかっているように感じられた。だからこそ、山中は本当に深く、長い時間観客に向かって頭を下げていた。俺たちのことを理解してくれていて本当にありがとうございますと言っているように。
その山中が
「初心に帰った気持ちで演奏します」
と言って演奏したのはデビュー曲である「Mr.ファントム」。まさか今フェスでこの曲をやるとは思わなかったが、それもまたついてしまった良くないイメージを音楽でもってリセットするためなのだろう。鈴木とあきらのラストサビ前でのハイジャンプはこのバンドがデビューした時の衝撃を思い出させてくれる。もしかしたらバンドもあの頃の何も考えなくともよかった頃の気持ちを取り戻そうとしているのかもしれない。
さらにはそのイメージからの逆転を狙うような「起死回生STORY」と、宣言していないにもかかわらずキラーチューン祭りじゃないかという曲が続くと山中は
「今ロックバンドが元気がないって言われてる。新しく出てくるアーティストはソロの人ばかり。俺たちはロックバンドとして面白いことをやっていきたいし、ロックバンドに元気がないなんて言われたくない」
と、世界の音楽の情勢も踏まえながら、これからのロックシーンを背負っているのはフォーリミだけではないということを示すと、最後に演奏されたのは「BLACK MEMORY」。これまでにも様々な角度からロックバンドとしての新しい可能性を探る取り組みをしてきたオーラルは、世界的に見たらロックバンドが死んでいるこの時代をこれからどうしようと思っているのだろうか。
主催フェスなどはそうしたバンドのやりたいことや作りたいシーンを表すのにうってつけのものであるが、「PARASITE DEJAVU」は毎年やるようなものでもないだろうし、それは誰にでも考えつくことだ。それだけにオーラルならではのロックバンドの盛り上げ方を、ロックバンドを何よりも愛する人間として期待してしまうし、この日の山中の姿を見ていたら、このバンドの描こうとしている未来にベットしたくなった。
どうか、悪意のある声に惑わされたり、傷ついたりすることだけはしませんように、と切に願う。この状況でのこのフェスに出て、ロックバンドの未来を誰よりも考えているバンドなのだから。
1.Dream In Drive
2.5150
3.Shine Holder
4.狂乱Hey Kids!!
5.Mr.ファントム
6.起死回生STORY
7.BLACK MEMORY
18:00〜 Base Ball Bear [LOTUS STAGE]
本来なら有観客で開催されるはずだったZepp Tokyoでのライブも無観客の配信になってしまっただけに、こうしてBase Ball Bearが目の前で演奏する姿を見ることができるのは多分CDJ19/20以来だ。昔は毎月見ていたというくらいにライブを見まくっていたバンドだっただけに、こうしてまた目の前で見れるというだけで泣きそうになるくらいに嬉しい。
おなじみのXTCのSEでメンバーが登場すると、小出祐介(ボーカル&ギター)は薄めのサングラスをかけている。ステージのトリであるだけに、あまり陽射しは強くないけれど、小出なりの野外フェス対策だろうか。今までロッキンの真っ昼間でもサングラス姿を見たことはないけれど。
恒例の堀之内会議をしてから、小出のギターが鳴らしたイントロのフレーズは「17才」。そのギターの音も、関根史織(ベース)の音やコーラスも、堀之内大介(ドラム)のライドシンバルの音も、前日のホルモンのナヲではないけれど本当に「これだ〜」と思える。配信ライブは何回も見たけれど、やっぱり目の前で鳴っている音は格別だし、メンバーが10代の頃から見てきたバンドだからこそ、その音からはいろんな思いを感じることができる。
「どうもこんばんは、Base Ball Bearです」
とサングラスをかけたままの小出が挨拶し、堀之内のドラムの曲の入りが名曲感を伝える「short hair」へ。
「変わり続ける君を 変わらず見ていたいよ」
というフレーズはファンである我々が今バンドに対して抱えているものだったりする。
有観客のライブこそ実に久しぶりであるのだが、配信ライブも様々な手法で定期的にやっていたし、リリースもしている。ということでベボベのギターロックの王道的な曲である「SHUUU」を披露。
「フレー!フレー!遠くできこえる
声 心の近くで
ありがとう ばかやろう」
というフレーズは居なくなってしまった友人への思いが滲んでいる。今回の件だけではなく、もう15年をとっくに超えたバンドだからこそ、様々な人への想いがあるのだろう。
このライブが本当に久しぶりの野外フェスでのライブであること、2年前のこのフェスでもこのLOTUS STAGEに出演したことなどの記憶を辿り、噛み締めるような3人のMCから、「すべては君のせいで」、さらには3人アレンジでよりタイトなサウンドとなった「changes」と代表曲が続いていく。特に「changes」の
「変わったのは 僕自身だ」
というフレーズにはグッときた人も多かったんじゃないだろうか。
関根のゴリゴリのベースのイントロで始まり、やはりこちらも3人でのアレンジになったことで小出のギターの演奏の上手さがよくわかる「Stairway Generation」で観客をさらに盛り上げると、小出はこの日サングラスをかけている理由を、
「なぜサングラスをかけているかというと、テンションが上がるからです。こういう時しかかけないから。でも今までかけてなかったのは「あいつサングラスかけて調子乗ってる」って思われるのが嫌っていうところもあったんだけど、こういう時代だし、もうテンションが上がるならやっていこうと、やりたいことだけをやっていこうと思いました。皆さんも自分がやりたいことをやっていって欲しいと思います」
と説明した。この日ステージに出てきた時、小出の姿を見て「懐かしいな」と思った。それはインディーズ時代は小出はメガネをかけていたから。同じメガネキャラである堀之内との差別化も考えてメガネをやめたのかもしれないが、これからはそうしたイメージや戦略みたいなものよりも、自身の衝動を優先して活動していくのだろう。
それが感じられるのが今年リリースされた「ドライブ」。滋味深さも感じるミドルテンポに乗せて歌われる
「生きている 音がする やんでも また再生しよう
生かされる 音がする 何度も 心の手を取ろう
忘れ物だけ気を付けて」
という歌詞。「生かされる音がする」というのは本当に今目の前でベボベが鳴らしている音そのものだ。いろんなこともあったりしたけど、毎年ロッキンオンのフェスでライブを見て、もうロッキン、CDJ、JAPAN JAMだけで30回以上ライブを見ている。そうやって毎年積み重ねてこれまで生きてきたのだ。それはこれからも自分にとっては何があっても、どんな時代になってもやりたいことである。
「ありがとうございました、Base Ball Bearでした」
と言って最後に小出がギターを鳴らして歌い始めたのは「BREEEEZE GIRL」。
その瞬間、本当にゾクっとした。体も心も震えたのがわかった。このフェスでも毎回演奏されている曲だけれど、明確に夏の情景を歌ったこの曲は、バンドがデビュー以来1度も欠かすことなく出演し続けてきた、ロッキンのひたちなかでの記憶や光景や風を思い起こさせてくれたから。それは自分にとっては、消せそうな気がしないレモンスカッシュ感覚そのもの。全てを見てきたからこそ、自分にとって最もロッキンといえば、というバンドはベボベだ。これから先、10年でも20年でもずっとそう思い続けていたい。そのためにも、今年はまたあの場所で、今年は浴衣を着て演奏するという2年前の約束が果たされますように。
1.17才
2.short hair
3.SHUUU
4.すべては君のせいで
5.changes
6.Stairway Generation
7.ドライブ
8.BREEEEZE GIRL
18:55〜 ASIAN KUNG-FU GENERATION [SKY STAGE]
アジカンはこのフェスが幕張のビーチでの開催となって以降は毎年のようにこのフェスに出演している。それは会場がこの蘇我に移動してからも変わらないし、なんならこのフェスのトリと言えばアジカンというくらいの存在感を持っている。去年はZepp Yokohamaでライブを見ているけれど、それ以来ということで久しぶりな感覚も強い。
サポートキーボードのシモリョーを加えたおなじみの5人編成で登場すると、おおらかにかつ雄大な音が広がっていく「ダイアローグ」で始まる。パーマの当たり方がより強くなったゴッチ(ボーカル&ギター)は噛み締めるように、いつも以上に丁寧に歌っているようであるし、コーラスを加える山田貴洋(ベース)も客席の方をしっかり見つめるようにして歌う。2000年代から日本のロックシーンを牽引し、様々な景色を見てきたであろうアジカンにとっても久しぶりの視界であるはずだ。
「どうもこんばんは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONです」
とゴッチが挨拶すると、間奏では喜多建介(ギター)のソロが炸裂しまくる「荒野を歩け」で手拍子とともに観客の腕も上がる。みんながアジカンのライブを待ち望んでいたことがよくわかる。
こうしたフェスで演奏されるのは実に久しぶりな感じがするのは、そもそもフェスがなかったからだよなとも思う「ループ&ループ」から、ソリッドなギターによって始まる「リライト」ではおなじみのダブっぽくなる間奏部分でコール&レスポンスこそできないものの、ゴッチは
「例年この「リライト」が終わるとものすごくたくさんの人が帰ろうとしていって。それを入り口で堰き止める「リライト警察」っていうのをやってたんだけど、今年はこういうご時世ですので、それも混雑を分散して緩和できるからいいかなと。なので「アジカン聴きたい曲聴けたな」と思ったら好きなタイミングで抜けて大丈夫です(笑)」
と、このフェスでは毎年このパートで観客を笑わせていた「リライト警察」を今年はやらないことを告げる。そんな2年前までのネタがこうして今年の状況でも笑えるものになるとは。果たしてどのくらいの人が抜けていったのかはわからないが。
ラウドなギターロックとしてのアジカンを感じさせる「Easter」の骨太なサウンドで毎年トリを務めるベテランとしての風格を音で感じさせると、かつてはフェスでイントロが流れただけで歓声が上がっていた「ソラニン」も声が出せない(漏れる声すら我慢していたのはみんな本当に偉いと思う)ということで、観客は拍手で応える。そんな状況だからこそこの曲の持つメロディの美しさを改めて噛み締めることができる。
自身がプロデュースした飲食ブースがこの日も長蛇の列(並ぶ人が間隔を空けて並んでいたからよりそう見えたのかもしれない)を作っていた伊地知潔(ドラム)の土着的なリズムによって始まる「今を生きて」は合いの手的なコーラスを観客が歌うことができないが、ゴッチはこの曲を歌うことによってより精神が解放されていっている感すらある。
近年のライブではおなじみの、シモリョーのバンド、the chef cooks meの「Now’s the time」のフレーズをゴッチが口ずさんでから歌い始めたのは、フェスという長い祝祭空間を締め括るにふさわしい壮大なバラード「ボーイズ&ガールズ」。
「まだ始まったばかり We’ve got nothing」
「いつか老いぼれてしまっても 捨てずに
新しい扉を開こうか」
というフレーズが、まさに新しい1歩を踏み出したこのフェスへの賛歌であるかのように響く。ああ、やっぱりアジカンがいれば大丈夫なのかもしれない。それは音楽や音楽にまつわる人も。そう思う説得力があるのは、これまでにアジカンがやってきたことの上で今のシーンが成り立っているという歴史や様々なトライアルを見てきたからだ。
アンコールで再びメンバーが登場すると、伊地知が4つ打ちのリズムを刻む「君という花」。観客は決められた場所の中で自由に、楽しそうに踊るのだが、
「らっせーらっせー」
を大声で叫ぶことはできないし、ゴッチもそこを口にはしなかった。観客それぞれが心の中で叫んでいるのをわかっているかのように。近年のこの曲のアウトロでゴッチが歌う「大洋航路」の
「大丈夫(オールライト)」
というフレーズは、いつも以上に目の前にいる観客と、このフェスの未来に捧げられているかのようだった。
自分はゴッチを心からリスペクトしている。それはミュージシャンとしてというよりも1人の人間として。炎上することもあるけれど、音楽やロックバンドの未来のことを常に考えて行動し、それを背負い、社会へもあくまで市井の生活者としての目線から意見を発し、少しでも弱い立場の人たちが生きやすくなるような世の中を作ろうとしている。
そんなゴッチがいろんなことを言われている状況でいろんなことを考えた結果、このステージに立っている。そしてアジカンがいてくれて良かったと思うようなライブをしてくれている。その事実にどれだけこちらが勇気づけられていることか。
夜の野外というこれまでに数えきれないくらいに見てきた、でも久しぶりなアジカンのフェスのトリの景色は、これまでに同じシチュエーションで見てきたロッキンなどのライブを自分の脳内にフラッシュバックさせてくれた。この景色はあの日の未来だったのかもしれない。
1.ダイアローグ
2.荒野を歩け
3.ループ&ループ
4.リライト
5.Easter
6.ソラニン
7.今を生きて
8.Now’s the time 〜 ボーイズ&ガールズ
encore
9.君という花
長いような春フェスもあと1日となった。例年なら「もう明日で終わっちゃうのか〜」というようなことを思いがちであるが、今年ばかりは「あと1日、こうしてみんなでフェスを最後まで走って成功させられますように」ということを思いながら最終日への意気込みを新たにしていた。やはり、誰になんと言われようとも自分にとってこの日は美しい日だった。
文 ソノダマン