お盆期間とはいえこの日は普通の平日、さらにはロッキンの最終日の翌日、というかなり厳しい日程である。ましてや開催発表時に「まだ武道館でやるのは早いんじゃないか」と言われていた、yonigeの初の武道館ワンマンはしかし、そうした逆風を全て跳ね除けるようにソールドアウトを果たした。
平日でありながらもお盆期間中ゆえに休みの人も多かったのか、物販のアイテムも開演ちょっと前にはほとんど完売しているという大盛況っぷり。やはり客層的には学生くらいの若い人の方が圧倒的に多いけれど、yonigeを聴いてバンドを始めたりしているんじゃないかという女子のグループがとても多い。
さらには入り口前に多数の仲間のバンドからの花が贈られているのに加え、関係者入り口にも見たことのある顔が並んでいる。みんなyonigeの晴れ舞台を見届けに来たのだ。
なので客席はステージ両サイドの2階席まで、さらには最上段の立ち見部分まで人がいるという満員っぷりであるが、そのステージの威圧感にビックリする。どこかヨーロッパの外壁を想起させるかのような、武道館ならではの高い天井を最大限に生かしたセット。これまではライブハウスで生きてきたバンドならではのシンプルなステージでライブをしてきたバンドなだけにこの視覚的な効果には先制パンチを食らったかのよう。
そんな中で19時ぴったりくらいにステージが暗転すると、牛丸ありさ(ボーカル&ギター)、ごっきん(ベース)の2人に加え、サポートメンバーであるホリエ(ドラム)、土器大洋(ギター&キーボード)の2人もステージに。サポート2人は男性であるが、ステージにいる人の髪の毛が総じて長い。
その4人が顔を見合わせるようにして音を鳴らし始め、去年の夏にライブ会場限定でシングルリリースされた「リボルバー」からスタート。夏フェスにこそほとんど出演していないが、春フェスには精力的に出演しまくり、そのあとも小さいライブハウスを中心としたツアーを回ってきているだけに、バンドの演奏の強さはさらに増しているし、何よりも5月から新たに4人になったこの編成がしっかり馴染んできて、呼吸が噛み合っているのがよくわかる。牛丸のボーカルもこの広い武道館にしっかり響いているし、歌が上手いなと思えるレベルになっているが、最初のフレーズでいきなり声を詰まらせたのはこの景色が自身の想像を超えるものだったというのもあるのだろうか。
しかし始まったからといっても急激に盛り上がったりしないのがyonigeのファンでありライブのあり方。ポップな「our time city」では腕が上がる姿もたくさん見られたが、ごっきんが激しく体を揺さぶりながらベースを弾く、激しいギターロックサウンドの「最終回」も高揚しながらもステージに魅入るというような。盛り上がらないわけではないけれど、しっかり演奏する姿をこの目で捉えていたいと思わせてくれる。
一応バンドの活動的には昨年10月にミニアルバム「HOUSE」をリリースしているので、現状での最新作であるそれに収録されている曲が軸になるのは予期していたが、タイトル含めて牛丸の独特な日本語のセンスと場面の切り取り方が秀逸な「顔で虫が死ぬ」ではようやくスクリーンに映像が。この後には度々2人をはじめとするメンバーたちが演奏する姿も映し出されたが、ここでは夜の街の中を歌詞の通りに自転車に乗って疾走しているかのよう。
すると同じく「HOUSE」収録の「2月の水槽」ではなんとステージを覆うように紗幕が出てくる。まるでサカナクションのライブのようにステージ丸ごと紗幕に包まれると、まさにメンバーが水槽の中で演奏しているかのように紗幕には水中を思わせる映像が映し出される。間違いなく武道館でしかできないような演出であるが、ついにyonigeがこうしているので映像や演出を使って自分たちの音楽をより伝えようとする姿勢になったことには驚くしかないし、そうしようと思ったのは「HOUSE」というアルバムとそこに収録された曲があってこそだ。
思えばyonigeは春フェスに出演しまくりながら、初見殺しと言うかのように「HOUSE」の曲を中心とした、いわゆる代表曲をほとんどやらないようなセトリを組んでいた。それは4人編成になったことによるモードの切り替わりを感じさせたが、こうしてこの日その曲たちが演奏されているのを見ると、全てはこの日に繋がっていて、この日に向けて「HOUSE」の曲を鍛え上げていたのだということがよくわかる。
紗幕が外れていく中で演奏された「バッドエンド週末」ではハイトーンな牛丸のボーカルが伸びを見せるとともに本当にボーカリストとして頼もしくなったな、と感じさせるが、MCで挨拶的なことのみを喋って
「チャキチャキ行きましょう」
とごっきんが早く曲を演奏しようとするも、ホリエが立ったまま。最初はポーズを決めているようにも見えたので、何かホリエがやるのだろうか?と思っていたが、なんとホリエが座る椅子が壊れてしまったということで急遽ごっきんがMCを伸ばすことに。
出鼻をくじかれた、と言いながらもどこか遠いところからここまで見にきた人を聞いたりと、こうしたアクシデントが起きた時のアドリブ的な対応力も上がっている。ごっきんは気さくな大阪の姉ちゃんという感じだが、普段はそこまで喋らないバンドなだけに。
ようやく椅子が修復されるとより高速化した「アボカド」から「センチメンタルシスター」というバンドの代表曲を思いっきりロックに演奏するが、4人になったことによってサウンドの再現性は大幅に向上している。
さらに「悲しみはいつもの中」「ワンルーム」とギターが激しく鳴らされるようなギターロック曲に続いて演奏されたのは、配信リリースされたばかりの新曲「往生際」。福岡晃子(チャットモンチー済)プロデュースのこの曲はその前に演奏されたギターロックな曲とは全く手触りが違う、複雑な構成と展開の曲。だからこそ福岡晃子の力を借りた部分もあるのだろう。
「ジャケットが気持ち悪くて聴けないっていう人がいる(笑)どれだけ繊細やねん(笑)
でも4人になって、こうやって曲を作ったり、バンドをやることが本当に今楽しいし、やりたいことがまだまだたくさんある」
とごっきんは言った。音楽的にさらなる広がりを見せているのはそれが自分たちのやりたいことであるという意識に基づいてのものだし、その充実した言葉と表情からはかつて
「ライブは好きじゃない」
と言っていた牛丸の姿はもうない。
牛丸らしい前向きな諦念の姿勢を見せる歌詞の「どうでもよくなる」からはyonigeの濃い部分を見せていくのだが、又吉直樹の小説からインスパイアされた「沙希」ではステージ上のミラーボールが美しい光を放ちながら回る。決して踊るようなタイプの曲ではないが、そうした一夜のきらめきのようなものを表現する演出というか。
するとバンドの鳴らす激しいサウンドに合わせてスクリーンには様々な街の写真が次々に映し出されるが、時折挟まれるyonigeのライブ時の写真から、この写真は全てこれまでにyonigeが訪れた場所で撮られたものであり、これまでの旅を経てここにたどり着いた、というバンドの決して短くはない歴史を短時間に一気に凝縮したかのよう。
その際に鳴らしていた音からは後半はさらに激しく、という感じになるのかとも思ったが、その後に演奏されたのは「サイケデリックイエスタデイ」という意外な選曲。タイトルの通りに揺蕩うようなサウンドが広い武道館で聴くからこその陶酔感を与えてくれる。
スクリーンに夕景などの写真が映し出される中で演奏された「ベランダ」、「しがないふたり」という曲ではここまではギターとしてサウンドの再現力の向上に貢献してきた土器がキーボードで切ないサウンドを鳴らすのだが、そうしてマルチな活躍ができるというのはさすがにかつてLILI LIMITというロックとエレクトロミュージックを融合させたバンドの音の部分を担っていた男であるし、5月から一緒にやるようになっただけにまだ付き合いは長いとは言えないが、こうして見ているともはやバンドにとって欠かせない存在になってきている。
灰色の煙の中に包まれるかのようなサイケデリックなギターサウンドの「最愛の恋人たち」、牛丸がアコギを弾くという土器の存在があるからこそより曲のポップさが引き立つ「トラック」と終盤になっても畳み掛けるというよりは曲を丁寧に演奏するというような雰囲気が強かった中(牛丸はカポの位置を間違えたりして演奏をやり直す場面も何回かあったけれど)、牛丸がエレキの弾き語りのようにサビのフレーズを歌い始めたのは「さよならアイデンティティー」。自分にとってもそうだが、ここにいた多くの人にとってyonigeとの出会いのきっかけになったであろうこの曲が、こんなにも牛丸の歌を前面に押し出した形で演奏できるようになっている。
正直、初期の頃にまだ200人くらいのキャパのライブハウスでyonigeのライブを見ていた頃は、曲も演奏も良いけれど、歌が良くなればバンドはもっと良くなると思っていた。それからいろんなフェスの広い会場でライブを見るたびに牛丸の歌はその場所に見合うようなスケールを獲得していった。その現在の最高到達点がこの武道館だ。牛丸の歌でこんなに感動できるなんて昔は想像していなかった。
そして最後に演奏されたのは「HOUSE」収録曲にして春フェスでのライブでもクライマックスを担ってきた、「春の嵐」。嵐と言うには実に穏やかな曲に乗せて
「外では春の嵐が 通り過ぎていった」
と歌う牛丸らメンバーの立つステージからは桜の花吹雪が舞う。そのあまりに美しさと儚さを感じさせる演出は、この日のライブが「一世一代のお祭り」と言うには充分過ぎるものだった。
アンコールで再びメンバーが登場すると、本編よりもどこか晴れやかな表情に見えるのはライブをやり切ったという感覚もあったのだろうか。そんな中でごっきんは
「武道館、9月から改修工事するみたいやねんけど、バンドのライブとしてはうちらが改修前最後やねんて」
と語る。大阪で生まれ育ったバンドであるし、同世代でやはり東京の出身ではない04 Limited Sazabysやあいみょんという先にこの武道館のステージに立ったアーティストたちも話していたが、きっとそこまで武道館に思い入れがあるバンドではないだろう。でもこの日のライブで武道館はyonigeにとって間違いなく忘れられない場所になった。それはバンドの演奏がそうしたのである。
自分自身、今までこの武道館で何回ライブを見てきたかわからない。最初に見たKREVAの「ソロヒップホップアーティストとしては初」の武道館ワンマンで始まり、自分の人生を変えた存在でありながらもこのステージに立つことはないだろうな、と思っていた銀杏BOYZやサンボマスター、同世代であるNICO Touches the Walls、Base Ball Bear、UNISON SQUARE GARDEN、SEKAI NO OWARI、the telephones、THE BAWDIES…。人生の岐路のタイミングだったチャットモンチーの初武道館。その全てが特別だった。やはりこの武道館には特別な魔力が宿っていたし、いわゆるライブハウスで生きてきたバンドたちをこのステージで見る景色が好きだった。
改修されたらまた新しい武道館としての景色を見せてくれるだろうけれど、そんな大好きな景色を最後に見れたのがこの日で本当に良かった。
そして牛丸も口を開く。
「武道館が決まってから、yonigeすごいねって言ってくれる人がたくさんいるんですけど…私たちがこうしてここに立ってるのは支えてくれる人たちと、こうして見にきてくれるみんなのおかげです。本当にありがとうございました」
言葉だけを見れば至って普通の感想というか、武道館に立った感謝の言葉とすれば至ってスタンダードなものだ。でもこの言葉を発した時に牛丸は声を詰まらせているかのようだった。だからこそその言葉に少し感動してしまったのだ。
そんな言葉の後に「さよならプリズナー」でアッパーなギターサウンドで別れを告げたかと思いきや、その後に演奏された「さよならバイバイ」は牛丸がアコギを弾くという、原曲のギターロックなアレンジとは全く違う、歌とメロディを前面に出した、より別れの切なさを倍増させるようなアレンジで演奏された。
「いろんなもの奪って いろんなもの失って
もうこれ以上いられない さよなら」
と歌うyonigeはここに至るまでにどんなものを失ってきたのだろうか。それはこうして見ている我々には知る由もないが、我々はyonigeというバンドに出会ったことによって失ったものよりも得たものの方が多かったはずだ。この日のライブのこともきっとそうして、こびりついて離れないし。
演奏が終わると牛丸は深々と観客に頭を下げた。それは体感的にかなり長い時間のように感じた。確かに長かったし、何よりも牛丸が普段のライブではそうした仕草を見せないからこそより長く感じた。そんな彼女にそこまでさせたこの景色から何を感じていたんだろうか。それはきっとこれからの活動で明らかになっていく。そう、その姿からはyonigeがこれからもっと凄いバンドになっていくような予感と期待を感じさせたのである。
メンバーがステージを去ると、スクリーンには映画のような映像が。町工場で働くおじさんが責任者に叱責されるような導入から始まったそれは、牛丸、ごっきん、ホリエもその町工場の従業員という形で出演している「往生際」のMVだった。
仕事ができないそのおじさんが「蛍光灯を交換する」ということを世界を変えるかのような壮大さで描いたMVのシュールさは今のyonigeのモードをそのまま示しているかのようだった。
牛丸の歌も、バンドの演奏も、演出も、動員も。全てが武道館で鳴るべき、見るべきスケールで響いていた。何よりも、
「バンドでやりたいことがたくさんある」
という言葉に、これからのyonigeには期待しか抱かせなかった。君が行きたがらない街で見る、君が聴くことのないバンドのライブは、君が知ることのないプライドを刺激するには充分過ぎるものだった。
1.リボルバー
2.our time city
3.最終回
4.顔で虫が死ぬ
5.2月の水槽
6.バッドエンド週末
7.アボカド
8.センチメンタルシスター
9.悲しみはいつもの中
10.ワンルーム
11.往生際
12.どうでもよくなる
13.沙希
14.サイケデリックイエスタデイ
15.ベランダ
16.しがないふたり
17.最愛の恋人たち
18.トラック
19.さよならアイデンティティー
20.春の嵐
encore
21.さよならプリズナー
22.さよならバイバイ
文 ソノダマン