10年前の2009年、あるバンドのメジャーデビューアルバムがリリースされた。その直前にはプレデビュー盤というべき300円シングルもリリースされていたし、そのアルバムのプロデュースを務めたのは、すでにチャットモンチーと9mm Parabellum Bulletを世に送り出していたヒットメイカー、いしわたり淳治(ex.スーパーカー)であったことからそのバンドのメジャーデビューはかなり華々しいものであった。
しかしそのデビューアルバムのリリースツアーのファイナルの代官山UNIT(ゲストはUNISON SQUARE GARDENだった)のライブ直前にギタリストが突如として失踪。急遽サポートギターに奥村大(wash?)を迎えてライブは敢行されたが、そんな状況なのにバンドはその年にもう1枚フルアルバムをリリースするという信じられない暴挙に出た。奥村に加え、菅波栄純(THE BACK HORN)、安高拓郎(椿屋四重奏)、竹尾典明(FoZZtone)というギタリストたちの力を借りて制作されたその2ndアルバムは、何があっても立ち止まらないという今なお貫かれているバンドの意思表明となった。
そのa flood of circleの「BAFFALO SOUL」と「PARADOX PARADE」の2枚のアルバムがリリースされてから10年。バンドのホームである新宿LOFTが20周年というタイミングで2枚のアルバムの再現ライブが行われることに。
かつてフラッドは2014年に東京キネマ倶楽部3daysで「レトロスペクティブ」と題された当時の持ち曲全曲演奏ライブをやっているのだが、そのライブまで長きに渡ってバンドを支えたサポートギタリストの曽根巧が卒業し、ギタリストが入れ替わっていく中でバンドが次々に新作をリリースしてきたことで、その時以来ライブでやっていない曲もたくさんあるだけに実に貴重なライブである。それだけにフラッドには珍しく(?)チケットは即完。
なので新宿LOFT特有の柱がこんなにも邪魔に思うことはない、というくらいの満員の観客が、いつものフラッドのライブとは少し違う独特の緊張感に包まれる中、ステージにかかっていた幕が上がると、主に黒い衣装でまとまったメンバーがステージに登場。なので佐々木亮介(ボーカル&ギター)も当然のように黒の革ジャン。
再現ライブとはいえ曲順をその通りにやるのか、2枚のアルバムの曲を混ぜてやるのか、など様々な予想が頭をよぎる中、
「おはようございます、a flood of circleです」
と亮介が言って演奏されたのは、いきなりの「シーガル」。普段はライブのクライマックスを担っている曲であるが、こうしていきなり演奏された理由はただ一つ。この曲が「BAFFALO SOUL」の1曲目に収録されているからである。
なのでいきなりダイブが起きたりもするのだが、それでも積み重なってきたものが爆発するといういつもの「シーガル」よりは少しおとなしめ。
とはいえ「Thunderbolt」から亮介がバッファローの角を指で自らの頭に掲げ、歴代ギタリストたちが担ってきたこの曲の象徴と言える「アワワワワワ」というインディアンのコーラスを青木テツが新たに務める「Baffalo Dance」で愚か者たちのダンスフロアになると、やはり今回はアルバムの曲順通りに演奏する完全再現ライブになるんだな、ということがわかってくる。
「10年前から愚かなロックンロールをやっている」
と亮介が口にしてからの「エレクトリックストーン」も本当に久しぶりなだけに感慨深いが、この曲を聴くとリリース月のロッキンオンジャパンの裏表紙が「BAFFALO SOUL」だったことを思い出す。それくらいに当時のフラッドはいろんなところから推されている若手バンドだったのだ。
するとインストのセッションまでも演奏され、本当の完全再現であることがわかる。亮介に促されてテツがギターを弾きまくる様は再現のその先、今の最強のフラッドによるアップデートバージョンとなっていた。
フラッドのブルースの部分の核であり続けてきた「ブラックバード」では
「未来 未来 未来 未来」
というひたすらに未来を願うサビのフレーズを亮介が歌うのだが、その部分のコーラスを渡邊一丘が務めている。「CENTER OF THE EARTH」のツアーの「ハイテンションソング」などでフラッドはメンバー全員がコーラスができることを証明したが、この時期の曲のコーラスを亮介とともに当時からのメンバーである一丘がやっているというのが2人の絆とフラッドが続いてきた意味を感じさせる。
亮介「10年前、テツは生まれてた?」
テツ「高校2年生。ちょうどギター始めたくらい」
亮介「姐さんは…生まれてるか」
HISAYO「なんならその時にもう会ってるからね」
一丘「どうせその時に俺が姐さんに挨拶しなかった話をするんでしょ?(笑)」
と当時を振り返るMCもこうした特別なライブならではであるが、亮介は歌声がかなりキツそうというか、高音があまり出ていない。ツアーが本当によく声が出ていただけに、こうして声が出ていない状態を見るのは久しぶりだ。ソロもツアーをやるし、THE KEBABSのライブもあるしで少し心配になってしまう。酒を飲み過ぎているだけという可能性もあるけれど。
激レア曲「陽はまた昇るそれを知りながらまた朝を願う」、亮介がHISAYOの方を指差してリズム隊のイントロがグルーヴする「僕を問う」と普段は滅多に聞くことができない曲も演奏されるアルバム後半だが、このあたりの曲は今の4人になってからは演奏されていないはずなのに違和感が全くない。もちろん当時のフレーズをただなぞるだけではなく、テツならではのギターに変換されていたり、亮介がメインのギターを弾いたりというように変わった部分もあるのだが、それが再現でありながらも今のフラッドとしての最適解として鳴らされている。きっとこれから先、この日のこのメンバーでの演奏が「BAFFALO SOUL」の基準になっていくのだろう。
セッションを挟んでからは「CENTER OF THE EARTH」のツアーでも演奏されていた「春の嵐」へ。モッシュとダイブにまみれながらも、やはりツアーで何度も演奏されてきたことによってどこか安心感を感じる。ツアーが主に春だったからの選曲だったのかもしれないけれど、もしかしたらあのツアーでこの曲を演奏していたというのがこの日のライブへのヒントになっていたのかもしれない。
これもまたこういう機会じゃないと演奏されないであろうレア曲「ラバーソウル」では「オーイェー」のコーラスが合唱となって響く中、
「帰り道はないよ 転がるだけなのさ」
というフレーズが今のフラッドの姿勢としても響く。というよりもやはりフラッドの芯は10年前から全く変わっていないということがこの時期の曲を聴くことでわかる。
亮介も
「懐かしいっていう感じはしない」
と言っていたが、それはそうした変わらない部分があって、かつこの4人になってから初めて演奏する曲ということもあるのだろう。
そして「BAFFALO SOUL」の最後の曲は「ノック」。今でこそライブで聴ける機会は少なくなったが、東日本大震災が起きた後のライブではよくこの曲を演奏していた。
「何度でもノックする やがて開く時を待っているんだよ」
という歌詞は亮介なりの失ってしまったものがあっても何度でもやり直せるという姿勢を感じさせた。それは今でもそうだ。
「虫けらのような俺たちにも 明日は待っている」
というフレーズの持つ我々の背中を押す力は10年前から全く変わっていない。
演奏を終えると楽器を置いてステージから去っていくメンバーたち。そのまま幕も一旦閉じるというまさかの2部構成。普通に10分〜15分くらいの休憩と言っていいような時間だった。
幕が開いてメンバーがステージに再び登場すると、まさかの衣装替え。全員が黒から赤に衣装チェンジしており、亮介も赤い革ジャンに変わっている。
本来はアルバムの中盤に入っているインストのブルージーなセッションからスタートすると、いきなりメンバーの音がバチバチにぶつかり合う「博士の異常な愛情」から「PARADOX PARADE」のモードへ。高音コーラスもメンバーがしっかり務めていて、久しぶりに演奏される曲というような空気は薄い。もう何度もこのメンバーで演奏されてきたかのような完成度である。
テツの前にこのバンドのサポートギターを務めていた、爆弾ジョニーのキョウスケが難しすぎると嘆いていた「Paradox」の複雑なリズムも見事に乗りこなし、かつて「BAFFALO SOUL」のツアーファイナルで何の前フリもなく演奏されて観客に「なんだこの曲は?」と思わせた「Ghost」では
「さよなら 光あふれる未来よ」
というサビのフレーズに合わせてダイバーが飛んでいくが、みんなこの曲を待っていた、聴きたかったと思っていたのがよくわかる。初めて聴いた時から「なんだこの良い曲は」と思っていたが、10年経った今でもそう思える。
きらめくようなサウンドの「アンドロメダ」、フラッドのバラード曲の素晴らしさ(それはつまりメロディの素晴らしさ)を知らしめた「月に吠える」…改めて曲の良さを実感することができる。
自分にとってはこの「PARADOX PARADE」はバラードのアルバムだ。ひたすらにロックンロールなバンドだと思っていたこのバンドの違った魅力に気づかせてくれたのがこのアルバムに入っているこの曲であり「水の泡」だった。それ以降もフラッドは名バラードをたくさん書いてきたが、そういう意味でも「PARADOX PARADE」は実に大きな作品だ。
「もう二度と書けないな、って思う曲」
と亮介が言って演奏されたのは「Forest Walker」。どの部分が「二度と書けない」と言わしめているのかはわからないが、物語のような歌詞は確かに亮介の作家性の高さを感じさせるし、ロッキンでSOUND OF FORESTのトリを務めた時にこの曲を1曲目に演奏していたのは忘れられない光景。あまり演奏されないとはいえ、もう10年も経てば様々な思い出や思い入れが刻み込まれている。それはこれからもこの4人で活動していくことで増えていく。
音源では菅波栄純が弾いていたが、今はテツのギターがタイトルの通りに火を噴くようなロックンロール「噂の火」からは亮介の言葉数も多くなっていき、それに伴ってバンドのサウンドもさらに迫力を増していく。
「焼き付けるぜ」
と亮介が愛してやまないLOFTでこの曲たちが鳴らされる様を記憶に焼き付けるように演奏された「Flashlight & Flashback」、
「帰りたくなくなってる。でも時間は過ぎていく。時間うぜぇ(笑)」
という亮介の言葉が曲の歌詞とリンクしていく「水の泡」ではそれまではキツそうに感じていた亮介のボーカルがこの日最高のノビを持って響いていく。この日のこの熱演と我々が見た光景は決して水の泡になることはない。
そして「PARADOX PARADE」のラストを飾るのはテツのギターフレーズがきらめくような「プリズム」。この曲も「春の嵐」同様に「CENTER OF THE EARTH」のツアーで毎回セトリに入っていたが、初日の千葉LOOKで演奏された後に観客から
「テツえらい!」
という声が上がっていた。みんなこの曲を聴けるなんて思っていなかったからだが、テツはこの日のライブをもってそれ以上にえらいと言われることをやってのけた。
今のフラッドが1番最強である、ということをツアーやフェスのレポで自分は毎回書いてきたが、この日をもってテツは本当の意味でフラッド史上最強のギタリストになった。バンドを前に進める最大の推進力になりながらも、過去の曲をこうしてほとんど演奏できるようになった。以前、テツは
「もう心配ないぜ〜」
と言ってからステージを去ったことがあるが、本当に心配しなくていいんだな、と思った。
これまでに何度となくメンバーが変わってきたがゆえに定番曲以外を演奏するところまでなかなか行けなかったフラッドが、ついにあらゆる時代のあらゆる曲をライブで演奏できるようになったのだ。それが本当に嬉しいのは今の曲も昔の曲もどちらも素晴らしいものだから。
アンコールではテツと一丘がこの日のライブTシャツに着替えて登場すると、はやくも11月にリリースされる新作「HEART」の告知をし、タイトルを決めたテツは
「HEARTの発音はラードと同じ(笑)」
と解説して笑わせながら、その中に収録される新曲「Lucky Lucky」を披露。パンクに近いビートのリズムで
「ラッキー ラッキー 生きてるラッキー」
とどストレートに歌うサビは一度聴いたら忘れられないが、この曲はテツが作った曲ということでテツがコーラスのみならずボーカルを取る部分もあるというバンドにとっての完全な新境地。
「HEART」は各メンバーがそれぞれ曲を書いているらしいが、すでに何曲かを手がけてきた一丘だけでなく、テツとHISAYOも曲を作るようになったら今以上にリリースペースが上がっていくだろう。それがフラッドの曲でしかないクオリティになっている。これからのフラッドがさらに楽しくなると同時に、振り返るだけではなく新たな姿を見せ続けるのがやはりフラッドだよな、と思った。他の収録曲も本当に楽しみである。
そしてさらに演奏されたのはこの日の本編最初に演奏された「シーガル」。テツが客席の柵に身を乗り出して演奏したアンコールバージョンは、本編が「BAFFALO SOUL」の「シーガル」だったのと比べると、今のフラッドの「シーガル」だった。だからこそ本編以上に激しい盛り上がりとなったが、亮介は最後のサビではなく2コーラス目のサビを観客に大合唱させた。それはもしかしたら喉の調子的な要素もあったのかもしれないが、歌詞を間違えることなく歌う観客の姿はどれだけこの曲を聴いてきたか、歌ってきたかというのが完全に染み付いていた。その日の始まりの曲ではなくて、紛れもなく我々の明日に捧げられた1曲だった。
亮介の声の調子を考えると、ライブの出来としてはツアーの方がはるかに良かった。でもそれ以上に大事なものをこの日のライブでは得ることができた。もう聴けない曲なんかフラッドには1つもないということ。亮介は
「2度とやらないからな!」
と言っていたが、「レトロスペクティブ」をやったことを考えればこういうライブは2度目だ。だからきっとまたやるはずだし、この日やった曲たちはこれからもまたどこかで聴ける。
それにこの日は客席のムードもツアーの時とはちょっと違ったというか、こうした企画のライブだから久しぶりにフラッドのライブに来たという人も多かったようにも感じた。それは無理もないことだ。前に進み続けてきたバンドであるがゆえに、凄まじいスピードで形が変化してきたから。形が変われば当然鳴る音も変わるし、ライブも変わる。それについていけなくなる人だって必ずいる。
でもそういう人たちが今のフラッドを見て、「やっぱりフラッドってめちゃくちゃカッコいいな」って思ってくれたら嬉しいし、実際にあの頃よりも今のフラッドの方がはるかにカッコいい。それはこれからは形が変わることなくそう思い続けられるはず。今までフラッドを少しでも聴いてきた人たちを全員連れて、もっと大きなところでロックンロールを鳴らして欲しいのだ。
フラッドに出会ったのはインディーズの時の「泥水のメロディー」がリリースされた時だった。でもその時はカッコいいとは思っていたけれど、あまりピンときてなかった。まだハマるというところまでは行ってなかった。
しかしそんな自分を毎回ツアーに行くように変えたのが「BAFFALO SOUL」と「PARADOX PARADE」だった。2009年の自分の年間ベストの1位と2位もその2枚だった。それは今でも色褪せることなく自分の頭の中で鳴り続けていて、メンバーはステージでその曲たちを鳴らし続けている。
「僕らを救うのは愚かなる このロックンロール」
それは10年前も、今も。救ってくれてありがとう。これからもよろしく。
BAFFALO SOUL
1.シーガル
2.Thunderbolt
3.Buffalo Dance
4.エレクトリックストーン
5.-session #1-
6.ブラックバード
7.陽はまた昇るそれを知りながらまた朝を願う
8.僕を問う
9.-session #2-
10.春の嵐
11.ラバーソウル
12.ノック
PARADOX PARADE
13.-session3-
14.博士の異常な愛情
15.Paradox
16.Ghost
17.アンドロメダ
18.月に吠える
19.Forest Walker
20.噂の火
21.Flashlight & Flashback
22.水の泡
23.プリズム
encore
24.Lucky Lucky
25.シーガル
文 ソノダマン