この日、というか前日の夜中から関東地方は過去最強レベルと言われる台風15号が直撃していた。夜中に何度も鳴る避難警報に度々目を覚ましながらも普段起きる時間になってテレビをつけてみたら、どうやら電車が動いていないようだ、と思って2度寝した。
自分が住む地域は「新京成線」「東武アーバンパークライン」とこれまでに何度となく台風が直撃しても遅れることなく平然と運行している路線があり、SNSなどでもディズニーランドのアトラクションであるスプラッシュマウンテンのごとくに水しぶきを上げながら走る様子が話題になり、「千葉最強の砦」と言われるほどに自然災害で止まったことはなかった。
しかしこの日はその2つのラインに加えてJR総武線、武蔵野線、京葉線などの地域の人の使う路線がことごとく運休していた。津田沼駅のとんでもない乗車待機列の長さはニュースでも報じられるくらいの状態だった。
50分くらいかけて会社に到着したら案の定半分くらいの人数しか出社できていなかった。普段なら「まぁ仕方ないな」くらいにしか思わないのだが、この日ばかりは「これはヤバい」と思った。この日、大事なライブがあったからである。
その大事なライブとは9mm Parabellum Bulletの15周年記念の2マンライブ「6番勝負」。すでに7月の浜松でのthe telephonesとの対バンにも参加しているが、この日の対バンは凛として時雨。これまでに何度も対バンしてきたし、常に比較されたりしながら続いてきた同志というかもはや兄弟的なバンドである。
ましてやこの日は9月9日、9mmの日。10年前のこの日にバンドは初の日本武道館ワンマンを行なっており、さらにはこの日はニューアルバム「DEEP BLUE」の発売日。間違いなくアルバム収録曲を初めてライブで聴ける日である。
そんな大事なライブにもかかわらず、間に合わない可能性が高い。当然ながら自分のみではなく、関係会社の方々などの状況であるとか、諸々の処理を全て終えて会社を出た時にはもう19時になろうとしていた。
この日のライブ開始時間は18:30。もうすでに凛として時雨のライブは始まっている。千葉から向かったのではもう間違いなく見れない。それどころか9mmさえも観れるか微妙な時間だ。正直、行くかどうするか迷った。千葉から昭和女子大学はかなり遠い。それにこの日の交通状況からして、帰りがどうなるかもわからなかったから。
それでも少しでも行かなきゃ、と思ったのはこの日のチケットの席が最前列のど真ん中という自分にはもったいないくらいのものだったからである。とはいえ誰のせいでもない天災による遅延と遅刻であるけれど、強いて言うならばこの日に有給休暇を使わなかった己のせいでそんな良い席を空けてしまうという事態だけはなんとか避けたかった。
この昭和女子大学人見記念講堂は9mmは2年前にも「モバイル会員限定ライブ」というのを行なっており、その時にはthe telephonesの石毛輝がサポートでギターを弾いたりという特別な瞬間もあった。さすがに凛として時雨のメンバーとのコラボはないであろうとはいえ、それでも時雨側も特別な思いを持って臨んだであろうこの日のライブを1曲たりとも見れなかったというのは悔しくて仕方がない。
昭和女子大学の最寄り駅である三軒茶屋駅に着いたのは20時過ぎ。18:30スタートということを考えると間違いなく9mmは始まっている。それでも駅から猛ダッシュした。せっかくここまで来たんなら1曲でも多く、1秒でも長くライブを見たいと思った。朝からのドタバタで疲れていたが、足はものすごく軽く動いた。何かアドレナリン的なものが出ていたのかもしれない。
2年前にここに来た時は「女子大学か〜」と無意味にそわそわしていたのだが、そんなことを思う間も無く敷地に入ってすぐのところにある人見記念講堂へ。チケットのもぎりの女性も、案内係であろう人も自分が物凄く急いでいるのを感じ取ったようで、すぐに席まで案内してくれた。ライブに行き始めてから15年くらい経つけれど、こんなに急いで会場に入れてくれたのは初めてかもしれない。
案内係の人にチケットを見せて席まで連れて行ってもらう。ドアを開けると薄暗いそこには轟音が鳴っている。「Bone To Love You」だ。案内された席に着く。本当に最前列のど真ん中。菅原卓郎の目の前だった。
汗を9mmタオルで拭きながら荷物(仕事帰りなもので)を椅子に置く。ようやくだな、と思ってステージに見渡すと、黒い衣装の滝善充(ギター)と中村和彦(ベース)、おなじみの要塞のようなドラムをぶっ叩くかみじょうちひろ、そして2年前はこの会場の客席でライブを見ていた、HEREの武田将幸がサポート。メンバーの後ろには15周年のどデカイバックドロップがそびえる。
全体をチラッと見回した後に白いシャツを着て歌う卓郎の方を見た。目が合った。その瞬間、卓郎は歌いながらニヤッと笑ったように見えた。完全に自分の気のせいというか、自意識過剰なだけかもしれないが、その顔は
「そこの席の人、来てくれたんだね」
と言っているように見えた。涙が出そうになった。ライブは半分くらい見れなかったけれど、そう思えた、感じられただけで来て良かったと思えた。9mmのライブで感動したことは何度かあったが、それはメンバーの「バンドを続ける」という強い意志が見えたことによってのものだった。この日はそれとはまた違う、自分自身がこうしてここにいることを肯定されたかのように感じて泣きそうになってしまった。
「黒い森の旅人」を演奏すると、卓郎によるMC。
「凛として時雨と俺たちは10年前に「ニッポニア・ニッポン」っていうタイトルのツアーを一緒に回ったことがあって。「なんだそのタイトル」って思うけれど、「ニッポニア・ニッポン」ってトキのことで。絶滅危惧種っていう意味。
当時、9mmや時雨みたいなことをやってるバンドっていなかった。だからそういうタイトルをつけたんだけど、10年間、生き残りましたよ」
と言うと当然のように大歓声が上がる。
確かに、当時9mmや時雨が出てきた時は「突然変異系」という括られ方をされていた。明確に「ギターロック」「ダンスロック」「ロックンロール」など、同時代のバンドたちがわかりやすいくらいに一聴しただけでどういう音楽に影響を受けていて、どんな音楽をやろうとしているのかがわかる一方で、この2組はそれが見えづらかった。いや、曲ごとによく聴いたりすればどんな音楽に影響を受けているのかはよくわかるのだが、その影響を受けた音楽の種類、自分たちがやりたいサウンドがあまりに多く混ざり合っていた。そしてそれをそのまま出すのではなくて、自分たちというフィルターで何度も漉したり、あるいはさらなる味付けをしまくることによってこうした「突然変異」と呼ばれるサウンドになった。よく両者の音楽を語る時に「闇鍋でごった煮にしたような」という例えも使われていた。
その両者の関係を卓郎は、
「同じ温泉でも、腰痛に効くとか、肩こりに効くとか」
と自ら「迷言」という例えで話していたが、やはり時雨のことを同じ「温泉」であると思っていることは明らかだ。それは温泉ではなくても、例えばキュウリとかニンジンでもいいかもしれない。「食べ物」ではなくて同じ「野菜」に属しているというか。両者に示し合わせたりしているところは全くないけれど、それでも本人たちが「同じところに属している」と思っている。そういう仲間が最前線で戦い続けてきて(ずっと稼働していたバンドではないけれど)、同じ道を走ってきた自分たちが15周年を迎えられているというのは何よりも頼もしいことなのだろう。浜松ではthe telephonesとの絆を語っていたけれど、やっぱりそれとはまた違う。それぞれに違う種類の絆や思い入れを持っていて、それを演奏するメンバーの姿から感じることができる。この6番勝負が単なる対バンライブではない空気を発している最大の理由はそこだ。
そして卓郎、和彦、滝、武田が愉快な動きをしながら演奏する「ハートに火をつけて」からはクライマックスへ。ちょうど10年前の2009年にリリースされた「Black Market Blues」で卓郎は、おなじみのこの会場に歌詞を変えて歌い、まるで新曲を演奏するかのようなライブならではの繋ぎのイントロから始まったのは今年リリースのシングル曲「名もなきヒーロー」。
9mm初のストレートな応援歌、というと少し安っぽく聞こえてもしまうけれど、
「また明日 生きのびて会いましょう」
というフレーズには9mmファン誰もが生きる力をもらってきたはずだが、この日自分はその前の
「明るい未来じゃなくたって 投げ出すわけにはいかないだろ」
というフレーズを、まるでこの日の自分のために歌っているんじゃないかと思いながら聴いていた。
もちろん誰しもがそう思うことがたくさんあるし、自分が勝手にそう思っているだけである。
でもこの日来る前にライブに間に合わないこと、先日も仕事でチケットを持っていたライブに行けなかったこともあって、かなり凹んでいたというか、もうかなり投げ出したくなっていた。それでも、目の前にいる、投げ出したいことが何回もあったであろうバンドのメンバーがそう歌っている。その姿を見ていたら、「ああ、まだだな。いきなり投げ出すわけにはいかないな」って思えた。それはすでに何度も聴いてきたこの曲が、いつもとは違う聴こえ方をした瞬間だった。
そしてラストは滝のタッピングが「もう何の心配もいらないんじゃないか」と思うくらいに冴え渡る「ロング・グッドバイ」。思えば、2年前のこの会場でのライブで、負傷離脱していた滝が復帰して最初に演奏したのがこの曲だった。あの時の待ってたぞ!というような歓声は今でもよく覚えている。それが今や滝が当たり前のようにステージにいて、こうしてギターを弾いている。
9mmは4人全員が曲を作れるバンドだし、それぞれの作る曲の違いを聴くのも楽しい。でも2年前の「BABEL」は、滝が作曲して卓郎が作詞をするのが最も9mmらしいということを証明するようなアルバムだった。そして今年の「DEEP BLUE」も同じように滝が作曲、卓郎が作詞という形で作られている。果たしてそのスタイルを続けたということは何を証明しようとしているのだろうか。6番勝負の6本目を終えた後から始まるツアーはそれを感じることができるものになるはずだ。
アンコールでも卓郎は誕生日を迎えたかみじょうに言葉を投げかけてから(珍しくかみじょうがマイクを通して卓郎と会話する場面も)「DEEP BLUE」について触れ、
「たくさん聴いてやってください。そしてツアーでまた会いましょう」
と言った。そしてバンドの恩人と言っていい武田が参加しない、4人だけの9mmによる「Punishment」「Lovecall From The World」という9mmのメタル魂を強く感じさせる高速ナンバーを連発した。そんな暑苦しくすら感じる曲たちなのに、演奏が終わった後の心境はどこまでも爽やかだ。
すぐにステージから去った滝を除いた3人が丁寧に観客に頭を下げたり、ピックを投げたりして感謝の意を示すと、最後に卓郎がステージ中央、つまり自分の目の前に立ってゆっくりと頭を下げた。
自分は運が良いのかなんなのか、何回か卓郎と会ったことがある。その時のイメージは「本当に背が高いな」「髪型もそう感じさせるのかな」というようなものだった。でもこの日は
「なんてカッコいい人なんだろうか」
と思えた。ライブが半分しか見れなかったことや、投げ出したりしたいことの自分の抱えたネガティブな感情全てを、その挙動を持って吹き飛ばしてくれたからだ。
来月のTHE BAWDIESとの6番勝負の6本目を終えたら、バンドは新たな時期に突入していく。この日、自分が聞けなかった「DEEP BLUE」というアルバムはライブでどう映るのか。やはりそれは楽しみでしかないし、9mmの良いライブを見た後に感じる「何に勝ったのかは全くわからないけれど、間違いなく今日は勝った」と思う感覚。完全にぼろ負けだと思っていたこの日でさえ、それを確かに感じることができた。やっぱり、投げ出すわけにはいかないんだ。こうしてライブを観に行くことも、9mmとこれからも一緒に歳を重ねていくことも。
1.(teenage) disaster
2.新しい光
3.DEEP BLUE
4.Beautiful Dreamer
5.ガラスの街のアリス
6.Bone To Love You
7.黒い森の旅人
8.ハートに火をつけて
9.Black Market Blues
10.名もなきヒーロー
11.ロング・グッドバイ
encore
12.Punishment
13.Lovecall From The World
文 ソノダマン