様々なアーティストのライブが中止・あるいは延期を余儀なくされる中でも、これまでと同様にライブを行おうとしているバンドもいる。
女性4人組の東京初期衝動もまたそんなバンドの一つであり、この状況下でもなんとかしてライブを行えないかということを模索した結果、もともと予定されていた会場よりも大きな会場に変更することによって、観客の距離を保ってライブをするという手法を選んだ。
元々は新代田FEVERで予定されていた「全国逆ナンツアーファイナル」は恵比寿LIQUIDROOMにキャパを変更しての開催。今年2月に下北沢SHELTERで観て以来のライブとなるが、事情は特殊とはいえこんなに早く東京初期衝動がリキッドルームでワンマンをやるのが観れるとは。それくらい、リキッドルームはその後に赤坂BLITZや渋谷AXなどの大規模なライブハウスの前の段階という位置付けとして数え切れないくらいのライブを見てきた、思い入れがある会場なのである。
入場時には検温はもちろん、個人情報を記入、アルコールは販売しない、密にならないために客席に立ち位置がバミってあるという徹底したコロナ対策っぷり。すでに大阪でもワンマンをやっていたり、もともと新代田FEVERでワンマンをやるはずだった日に、医療従事者であるボーカル&ギターのしーなちゃんが医師とともにPCR検査をしたり、緊急事態宣言が発令される中でもライブをしようとしていたのは、ただ自分たちがライブをやりたいからというだけではなく、この状況でもライブをやるためにはどうしたらいいのかということをメンバー、スタッフともに話し合ってきた結果と言える。
なのでこれまでに数え切れないくらいに見てきたリキッドルームの客席は、観客同士に距離的なゆとりがある中で、開演時間の18時を少し過ぎると、キュウソネコカミの前説やBAYCAMPの主催者としてもおなじみのP青木がステージに登場し、この状況下のライブならではの注意事項を観客に伝えていくのだが、一瞬その口が止まったのでどうしたのかと思っていたら、
「……電話かかってきちゃった」
という、これまでに何度となくP青木の前説を聞いてきていても信じられないようなことを平気で口にする。こんな時に電話をかけてくるのが誰なのか気になったりもするが。
そんな愛すべきポンコツっぷり(とはいえ新代田FEVERからこのリキッドルームに会場を変更できた臨機応変さはP青木のイベンターとしての能力の高さに感嘆せざるを得ない)を見せたP青木の前説が終わってから少しすると、場内が暗転してTommy february6「Je T’aime☆Je T’aime」のSEが流れる中に、なお(ドラム)、かほ(ベース)、希(ギター)の3人が先に登場して、リキッドルームに爆音を鳴らす。まだそこに言葉は乗っていない。ただギターとベースとドラムの音だけ。でもその音はどんなに音質の良い環境で配信で見ていたとしても絶対に伝わらない大きさと圧力。ライブハウスで目の前にバンドがいて音を鳴らしているからこそ感じられるもの。もうこの段階で体と心が震えていたが、すでに自粛明けに先月から2本ライブハウスでのライブを見ている自分でもそう思うということは、久しぶりにライブハウスでのライブを観に来た人にとっては凄まじい衝撃であるとともに、「やっぱりこれだ、これなんだ」と思えた瞬間に違いない。
するとTシャツにジャージ姿のしーなちゃんもステージに登場してギターを手にすると「Because あいらぶゆー」を歌い始める。穏やかなサウンドかと思いきやいきなり爆音になり
「殺しておけばよかった」
というサビをメンバー全員で歌い始める。そんな歌詞の曲であっても、こうして実際にその場にいるからこそ伝わるような音の迫力に感動してしまうし、
「ハロー素晴らしい世界なんて見えないよ」
という銀杏BOYZ「銀河鉄道の夜」へのアンサー的な歌詞が実に違和感なく入っているあたりはバンドの影響源を感じることができる。
冒頭からしーなちゃんは叫びまくるように歌っていたのだが、ハンドマイクを持って歌う「高円寺ブス集合」ではステージを動き回っていたかと思いきや、最前列の柵に足をかけてサビに使われている「バニラの求人」のフレーズを歌う。そうしたパフォーマンスがあるとついつい観客はしーなちゃんの方へ押し寄せる…という感じになってしまいそうなのだけど、しっかりソーシャルディスタンスを守ったままというあたりには観客それぞれのこのライブへの意識の高さを感じさせてくれる。ライブが始まったらそうしたルールはどうでもいいっていうんじゃなくて、自分たちやバンドのこれからのためにちゃんと遵守するという。その姿を見ていると、これからこのバンドはもっといろんなルールがあるようなフェスやイベントなどのステージに立つ姿が見れるんじゃないかと思う。
希がサビのフレーズをイントロ的に鳴らしてから始まる「流星」に象徴的だが、爆音と轟音と叫び声の中には確かにきらめくような美しいメロディがある。そのコントラストこそがこのバンドの魅力の一つであるし、石野卓球が認めるくらいに音響が抜群のリキッドルームということもあるだろうし、他のバンドがライブができなかった時期にもライブをしてきたという、積み上がってきたものしかないこのバンドの経験やスキルの向上によって、半年前に見た時よりもボーカルもそれぞれの楽器の音も実にクリアに聴こえる。だからこそそのメロディの良さが際立つのである。
ライブでは定番の「商店街」で再びパンクに振り切れた後に、サビの言葉遊びがポップさをさらに増す「BABY DON’T CRY」、
「世界が壊れても泣かないでいてね」
というフレーズが今この世界情勢の中で聴くとこのバンドがタイトル通りに我々の隣にいてくれるのが頼もしく思える「STAND BY ME」、ライブで演奏されている、タイトルはこのままで大丈夫なのだろうか?といらん心配をしてしまう新曲「スタバ」と、次々に曲を畳み掛けていく。
ツイッターなんかを見ていると、しーなちゃんはライブでもよく喋りそうな感じがするし、なんなら神聖かまってちゃんみたいなMCが長いタイプのライブをやりそうな感じもするのだが、実際には全くMCなしでひたすら曲を連発するというストイック極まりないライブをする。
峯田和伸やの子がそうであるように、いわゆるカリスマ的なボーカリストというのはステージから発する言葉によってそうしたイメージが作られていく部分が大きいのだが、しーなちゃんはひたすらに曲を演奏することによって生まれるオーラによってそうしたカリスマ性を感じさせるという実に稀有なタイプだ。それにこうしたライブを見たら、初めてライブを見るような人でもこのバンドの音楽に向き合う真っ直ぐな姿勢を認めざるを得ないだろう。
そんなパンクな流れが変わるのはしーなちゃんの弾き語り的な歌い出しからバンドサウンドになる「中央線」なのだが、明らかにしーなちゃんは歌いながら泣いていた。その後に自身の右側にいる人物の方を見る。実はベースのかほはこの日をもってバンドを脱退する。
「さよならは言わない さよならは言わないで さよなら中央線」
というフレーズがこの4人での最後のライブという現実を実感させてしまう。この世の中の状況下であってもこのツアーを中止や延期にしなかったのは、このツアーだけはこの4人で最後まで廻りたかったのだろう。
今の状況で解散したり、メンバーが脱退するバンドも多い。でもやっぱりこんな状況だから、バンドにもその人にも最後に会うことができないままで終わってしまって、もう会えなくなってしまう。
でも東京初期衝動はこうして今の4人での姿を最後に見せてくれた。それは自分たちに正直でありながらもファンに対しても誠実な姿勢だと思う。コメントだけを画面上で見てもう会えなくなるなんてあまりにも寂し過ぎるから。
そのかほとなおの強力なリズム隊がこのバンドの土台を支えてきたし、若手パンクバンドにありがちな単調なリズムというところとは全く違う曲の構成をもたらしてきたのは間違いないだろうし、こうしてライブを見ると、そうしたリズムの強さと安定感を見せながらもコーラスを務めるという、かほの貢献度の高さが改めてわかる。同じ音楽が好きで、こうしてその音楽をさらに高いレベルにまで引き上げてくれるメンバーのいる最後のライブを見れるというのは幸せなことだったと後々になるとより一層そう思えるのかもしれない。
しーなちゃんがギターを弾きながら1人でサビを歌うという歌い出しで空気がガラッと変わるくらいの名曲感を放つのは「再生ボタン」。しかしながらしーなちゃんは曲中でギターを下ろすと客席の柵に立ってハンドマイクで歌い、さらにはなんと客席にダイブしてそのまま客席の中を歩きながら歌ってステージへ戻っていく。
前回ライブを見た時はそうしてしーなちゃんが客席にダイブしまくっていたが、この日はさすがにそれはないだろうと思っていた。それは今の世の中の概念としては褒められたパフォーマンスではないかもしれないから。
でも、どんなに世界が変わってしまったとしても、ロックやパンクにはどうしようもなく抑えきれないような衝動を呼び起こす力がある。その力をわかっているからこその東京初期衝動というバンド名なのだろうし、自分は実際にその姿を見ていて感動してしまった。その変わらない衝動をこの目で確かめることができたから。ライブの在り方が変わるということを言う人もたくさんいるけれど、今までのこうしたライブの景色に心が震えたからこそ、自分はこうやってライブに来るような人生を選んだのだ。どんな正論や道徳的正しさをも上回るような、自分の目で見ているからこそ湧き上がるような感情。そんな、ロックバンドのライブハウスでのライブに求めるものがこの日この場所に確かにあった。
そんな感動的な光景の後に演奏された曲が「黒ギャルのケツは煮玉子に似てる」という曲であるという振り幅もまたこのバンドの魅力である(なぜならこんなタイトルの曲は他のバンドには絶対に作れないからである)。
ハンドマイクで歌うしーなちゃんはかほと肩を組んだり、希を突き飛ばしたりと、この4人であることを最大限に楽しむようなパフォーマンス。それができるからこそ、
「峯田和伸大好きー!」
という歌詞を
「東京初期衝動大好きー!」
に変えて歌うことができる。できることならそのフレーズをみんなで大声で合唱できるような状況になればなお良いのだけれど。
シンセのようなギターのフレーズから始まるイントロが早くも新しいモードに突入したことを知らせる最新シングル「LOVE&POP」のリード曲「愛のむきだし」はしーなちゃんが今までで1番レコーディングに苦労した曲と言っていたこともあり、サウンドが段違いにクリアになっているし、それはそのままライブでのサウンドにも繋がっているはず。決してそれまでの曲のようなパンクというサウンドではないが、それがこれからのこのバンドの音楽性の広がりと、そうなったとしても失われることはないであろうメロディの輝きを予感させる。
このバンドの曲の中でラジオなどで最もオンエアできない曲であろう歌詞の爆裂パンクナンバー「兆楽」ではしーなちゃんが希に近づいてキスしたりするというパフォーマンスも。こうした部分もバンドとしての衝動あってこそのものであるが、それはラストの「ロックン・ロール」で極まる。
「ロックンロールは鳴り止まないって
誰かが言ってた」
と彼女たちの影響源を感じさせる名曲に引けを取らないくらいのロックンロールをさらに次の世代へと継承させていく曲。
「ロックンロールを鳴らしているとき
きみを待ってる ここで待ってる いつかきっと」
というフレーズにはこれから先もどんなことがあってもロックンロールを鳴らし続けるというバンドとしての強い覚悟を感じさせた。
観客の手拍子によるアンコールに応えて再びメンバーがステージに現れると、特に何か喋ることもなくしーなちゃんがアコギを手にして「SWEET MELODY」を歌い始める。1コーラス歌い終わってからバンドサウンドになるというアレンジは銀杏BOYZ「人間」からの影響も感じさせるが、しーなちゃんはかほの方を頻繁に見ながら歌っているように見えた。彼女が自分たちの曲を演奏している姿を自分の目や頭に焼き付けるかのように。
だいたいこういう、メンバーの誰かが脱退する最後のライブという状況だと本人もそのことについて語ったり、メンバーがその人への感謝やこれまでの思い出を語るというセンチメンタルにならざるを得ないようなことになるパターンが多い。
でも東京初期衝動は最後までMCをしたりすることはなかった。これまでの自分たちのスタイルを貫いたのだ。その自分たちのスタイルのライブで、これまでで最高のライブをする。そんな覚悟が感じられた。
それをさらに強く表現したのが、ノイジーな轟音ギターサウンドに包まれる中で白い照明がメンバーを照らす、バンドタイトル曲「東京初期衝動」。その姿、サウンド、メロディ、歌詞はまさにこのバンドならではの最高の初期衝動を体現していた。
結果的には全く曲間なし、15曲をひたすらに突っ走るというアスリート的なライブだった。そんなライブができるくらいにメンバーたちは普段から自らを体力的にも精神的にも鍛え上げているんだろうな、と思いながら終演BGMの森田童子「僕たちの失敗」を聴いていたら、しーなちゃんがステージに現れて曲を歌い始めた。
曲に合わせて手を振る観客たち。その姿を見届けたしーなちゃんは
「今日が東京初期衝動、第二章の始まりだ!」
とだけ口にしてステージを去っていった。その言葉はやはりこのバンドに立ち止まる意思が全くないことを示していた。果たして、どんな新章がこのバンドに待っているのだろうか。
「再生ボタン」の歌詞に
「自分の居場所は自分で守れよ」
というフレーズがある。この世界や日本の状況下で今このフレーズをライブで聴いた時に浮かぶ自分の居場所は、バンドやファンにとっては間違いなくこうしてライブを観ることができるライブハウスだ。
東京初期衝動自身はまだそこまでたくさんのライブハウスに立ってきたわけではないけれど、しーなちゃんをはじめとしたメンバーがその意識を持って今もライブハウスに立っているというのがわかるのは、まだ彼女がこのバンドを始める前から銀杏BOYZのライブの客席で彼女の姿を見ていたからである。(銀杏BOYZのファン界隈では当時から割と有名な人だった)
銀杏BOYZのライブを見て、同じように衝撃を受けて、彼女たちは自分たちで音楽をやることを選び、自分はこうして生きている時間や手に入れた金銭のほとんどを音楽に費やすような人生を選んだ。
その原点である銀杏BOYZの衝撃の上に積み重ねてきたものはファンそれぞれが違うし、銀杏BOYZファンの全てと友達になれるかと言われたら決してそういうわけでもない。
でもやっぱりどのバンドのファンの人よりも、根底にあるものが同じということは同じような人間であると思えるのだ。それは今も自分の銀杏BOYZに対してのツイートをしーなちゃんが見てくれていたりすると改めてそう思う。
で、我々が銀杏BOYZのライブをみていたような視線と同じように、今東京初期衝動のライブを見ている若い人がたくさんいる。そういう人たちがこの日のライブで受けた衝撃が、その人をバンドや音楽で生きていく道に進ませることになっていくかもしれない。そうやって音楽は継承されていく。もしもその音楽を作った人がいなくなるくらいの年月が流れても、その音楽や意志が継承されていった人の音楽によってその人やその人の音楽は生き続ける。そのために自分の居場所は自分で守らないといけない。自分や、かつての自分のような奴らのために。
どうあっても形を変えてライブをせざるを得ない世界の中で、ほとんど以前までと変わらないような感覚を思い起こさせてくれたこの日の東京初期衝動のライブは、後になって振り返った時に「コロナ禍での伝説的なライブ」として語り継がれていくことになるかもしれない。そう思わせてくれるバンドがいてくれることに心から感謝したい。
1.Because あいらぶゆー
2.高円寺ブス集合
3.流星
4.商店街
5.BABY DON’T CRY
6.STAND BY ME
7.スタバ
8.中央線
9.再生ボタン
10.黒ギャルのケツは煮玉子に似てる
11.愛のむきだし
12.兆楽
13.ロックン・ロール
encore
14.SWEET MELODY
15.東京初期衝動
文 ソノダマン