THE KEBABSのボーカルであるa flood of circleの佐々木亮介は2日前にツアーファイナルを終えたばかり、ベースであるUNISON SQUARE GARDENの田淵智也はツアーが終わったばかりなのに新しいツアーが始まるという、普通に考えたらTHE KEBABSをやるようなスケジュールとは到底思えないにもかかわらずライブを開催。
しかもこの日の横浜1000 CLUBでのライブは昼の1部が「学生限定ライブ」、夜の2部が「ヒトリエとの2マン」という2部構成であり、リアルに「THE KEBABSは忙しい」という状態。
昨年来た時は敷地の横がポムポムプリンカフェだったのが治安の良くない飲み屋街へと変貌した1000 CLUBは入場前に検温、入場時に消毒をすると、場内の床に立ち位置が指定されている、距離を保ったスタンディング制。前回来た時は椅子有りだったので、柵があるという通常のライブハウススタイルはその時よりもステージが近く、会場がギュッとしているように感じる。(密になっているという意味ではなく)
・ヒトリエ
2部構成ということもあってか、土曜日にしては少し遅めの開演時間である18時30分になると場内が暗転し、アブストラクトなSEが流れる中で青いスウェットを着て腕を高く上げて現れたシノダ(ボーカル&ギター)を先頭に3人がステージに。イガラシはベースを持ったまま登場し、ゆーまお(ドラム)はかつてのトレードマークだったメガネをかけておらず、バンド内で最も爽やかに見える。
シノダがギターを肩にかけると同時にSEが止まり、そのまま歌い始めたのは「ポラリス」。wowakaが作った曲であるが、
「誰が止められるというの 心が叫んだ声を
ああ 今すぐに伝えなくっちゃいけない気がしたんだよ」
という歌い出しからして、今3人になったヒトリエがライブをやる理由をそのまま曲にしたかのよう。シノダもその曲をwowakaのままのボーカルではなく、自分が歌う曲として、でも紛れもなくwowakaが作ったヒトリエの曲として歌う。自分はすでに3人になってからのツアーのリキッドルームでのワンマンを観ているのだが、やはりもともとヒトリエ加入前から歌っていたシノダは歌が上手い。wowakaとは違う声のクセを持っているが、それでもこの声があるからこそ、自分で歌う事でヒトリエを続けていくということを選べたのではないだろうか。
「何処にでも行けるはずだ その光に従って
何も言わずともきっと 君は知っているはずだろう
その一歩、足を踏み出した
あなたはとても強い人
誰も居ない道を行け 誰も居ない道を行け」
というサビの歌詞もまた「wowakaがいなくなってしまってからもヒトリエとして進み続ける意志を示している」かのように響く。今となっては知る由もないが、wowakaは今この曲をこうして3人で鳴らしているのを観てどう思うのだろうか。絶望もしただろうし、誰よりも諦めることも選択肢にあったであろう3人がこうしてヒトリエの曲を演奏している姿を観ると、この3人こそが「とても強い人」であるように思える。
ヒトリエは2月に3人になってから初のアルバム「REAMP」をリリースしているのだが、1年3ヶ月ぶりのライブということはその収録曲もライブで披露するのは初めてということだ。
そのアルバムから先行リリースされた「curved edge」の不穏な重い、しかしリフからしてもヒトリエのものでしかないイントロがバンドの存在を更新しているのだが、やはり「4人で作った曲」と「3人で作った曲」では曲の構造もかなり異なっているというのがライブで観るとよくわかる。
続く、ゆーまおのエイトビートが牽引する「ハイゲイン」含め、シノダは明確に「ボーカル&ギター」としてのギターを弾くようになっているし、同期の音も使いながらもギターが1本であるという音の隙間を埋めるように、イガラシはハイポジションでベースを持ってはリズムというよりはまるでメロディを奏でるかのように演奏する。そうしたサウンドフォーマットの変更に容易く対応しているかのように見えるのがヒトリエの3人のプレイヤビリティの高さゆえである。そもそもwowakaの作った曲を演奏するためのメンバー、という結成の経緯からして、技術が抜きん出ていないと務まらないのであるが。
曲間でシノダが長い髪から滴る汗を拭き、水を飲むという時間が生まれると、そのシノダがMCでマイクに向かうまでのかなり長い時間、客席から拍手が鳴り止まなかった。ヒトリエがこうして目の前で音を鳴らしてくれるのを待っていた人がたくさん会場に来ているということだ。
その想いが伝わらないわけはなく、シノダは1年3ヶ月ぶりのライブであるということを口にしながらも、明らかに感極まったような目をしていた。
「人が、人がいる。夢じゃないよな」
とシノダなりのユーモアを持ってこうして目の前に観客がいるライブかできることの感慨を語ると、そのシノダかハンドマイクで歌う、つまりは同期のサウンド(決してそれがメインにはならず、あくまで味付け程度に)も使いながらも、演奏しているのはイガラシとゆーまおのリズム隊だけ、しかしそのリズム隊の生み出すグルーヴが実にタイトかつムーディーなものになっているのが「SLEEPWALK」。シノダのハンドマイクで歌いながらステージを動き回る様はどことなく挙動的にTHE KEBABSの田淵に通じるところもあるし、少しマイケル・ジャクソンっぽくもある。シノダの多芸っぷりが実によくわかるパフォーマンスであるが、身長が高いだけにこのステージが高い会場での歌唱が実に良く映える。
「声が出せなくても、「トーキーダンス」で踊りませんか!」
と言って超高速ダンスビートへと突入すると、それまではどこか「見守る」というような感覚もあった客席が体を揺らせる程度に踊りまくる。間奏でのイガラシがステージ前に出てきての高速ダウンピッキングも我々の体も心もより踊らせてくれる。シノダはこの曲をレコーディングした時、こんな弾きまくりのギターを弾きながら歌うなんていうことを想像していただろうか。いや、していたらこんなギターフレーズ採用しないだろう。それくらいのバカテクを歌いながらやってのけている。
「THE KEBABSへ、来てくれたみんなへ、wowakaから愛を送ります!」
と言って、
「あたしが愛を語るのなら その眼には如何、映像る?」
と歌い始めたのは、かつてwowakaが
「初めて愛について歌ってみようと思った」
という意識を持って生み出された「アンノウン・マザーグース」。それまではボカロ由来の超高速ダンスビートにフィクションとしての少女の物語を乗せるというスタンスであったヒトリエが歌うこと、歌いたいこと、歌えること、伝えたいことを大きく広げた曲。
曲中に大きく展開していくと、今までは観客が合唱していたコーラスパートでは観客は両手を上に挙げる。wowakaにもこの景色が見えるように。そこにはもちろん観客の声はないのだが、シノダは
「聞こえてるぞ!」
と叫んだ。それは観客が歌えないからこそよりハッキリと聞こえるイガラシとゆーまおの声ではなく、自身の脳裏に焼き付いている、これまでのライブでこの曲を歌ってくれた人たちの声だろう。「愛」を初めて歌ったこの曲は、今はバンドとファンそれぞれの愛を確かめるための曲になった。またいつかそれを観客の声でも確かめることができるように。
「もうちょっとで終わるって言うのに、ようやく取り戻してきた感じがある(笑)
対バンするのなんて本当に2019年以来やってなかったんだけど、もっと懐かしく思うのかと思ってた。楽屋での「俺たちが1番カッコいい!」っていうバチバチした感じも含めて。
でも…やっぱり自分が1番正常でいられるのはライブなんだなってことが改めてわかった」
と、久しぶりの、この状況下での初めてのライブだからこそ、自分たちがこれからもライブをやっていく意味をシノダが見出すと、タイトル通りに真っ青な照明に照らされながらメンバーが演奏する「青」へ。
「馬鹿みたくあどけなく
変われないままでいいよ
嘘みたく嘘じゃない
僕らの唄を」
というwowakaが書いた歌詞もまた、変わることを選ばなかった、ヒトリエのままで生きていくことを選んだ今の3人のための言葉であるかのようだ。
前回の3人でのツアーでも、3人(イガラシは喋らないので主にシノダとゆーまお)はツアー中の思い出を本当に楽しそうにステージ上で話していた。とても大きな喪失を経験したバンドとは思えないくらいに。それは3人になってもなおこのバンドは青春を謳歌し続けているからだ。使命も、やらなくちゃいけないこともある。でもメンバーがバンドを、ライブを楽しんでいる。それがわかるのが本当に嬉しいし、これからもヒトリエは大丈夫だなと思う。
「ライブハウスでまた会おう!って前に言ったんだけど、その言葉が嘘になるかもしれなかった。またライブハウスに立たせてくれた、THE KEBABS本当にありがとう。4月22日から俺たちもツアーをやります。またそこで、ライブハウスで会いましょう!」
と再会を約束をするように演奏されたのは「REAMP」の最後に収録された、ゆーまお作曲、シノダ作詞による「YUBIKIRI」。その中にはこんな歌詞がある。
「だからまた声聞かせて
もし、消えたくなったら
誰より先に
僕に知らせてくれ」
声を聞かせてと願う相手はもちろんwowakaであろう。しかしこうして今の状況で聴くことによって、それはwowakaだけではなく、観客の声でもあるように響いていた。ライブハウスで目の前にいる人の存在が、3人でもバンドを続ける理由の一つにもなっているはず。生身のバンドとは違う形で始まったヒトリエは、ライブハウスで生きる3人のバンドになった。
ライブをやらないと勘は鈍ってしまう。THE KEBABSの2人、亮介のフラッドも、田淵のユニゾンも最強にカッコいいバンドのままなのは、彼らがこの状況でも止まらずにライブを続けて重ねることによって、経験値やレベルが上がって進化しているからであるが、1年3ヶ月ぶりのライブであってもヒトリエが鈍った感じが全くしなかったのは、その凄まじい演奏技術を持っているということはもちろん、「もう1回新しく始める」ということをすでに経験してしまっているバンドだからだ。シノダはライブ後に
「やっぱりバンドっていいよなと思った」
とツイートしていた。きっとこれから先、また少し止まることもあるかもしれないけれど、それでもヒトリエは何度だって新しく始めることができるはずだ。
このライブの少し前、イガラシはツイッターで
「ライブをやることに悩んだ時もあったけれど、友達が誘ってくれたんだ」
と書いていた。ヒトリエはその出自からはイメージできないくらいに、4人だった頃にa flood of circleやビレッジマンズストアという濃いロックンロールバンドと何度も対バンをしてきた。
きっとそうしたバンドたちの持つ人間性やライブでの熱量がバンドに大きな刺激や影響をもたらしてきたのだと思うけれど、自分の愛するロックンローラーと友達になってくれて本当にありがとうと思う。それがこういう楽しい日に繋がっているのだから。
1.ポラリス
2.curved egde
3.ハイゲイン
4.SLEEPWALK
5.トーキーダンス
6.アンノウン・マザーグース
7.青
8.YUBIKIRI
・THE KEBABS
素早い転換の後に場内が暗転すると、SEが流れる中でいつものフラッドのライブでの革ジャンとは違ってスタジャンを着て、酒を2本手に持った佐々木亮介を筆頭にメンバー4人が登場。配信されているということを意識しているのか、ステージ中央に4人揃ってヤンキー座りをしてポーズを決めてからそれぞれの持ち場へ着く。もうこの時点でめちゃくちゃ自由である。
爆音でありながらもどこか優しさを感じるロックンロールサウンドが奏でるのは、このライブ後にMVが公開された新曲「うれしいきもち」。もうそのタイトルが全てを表しているというくらいに、どこか春が来て暖かくなったこの季節に良く似合う曲であり、メロディが実にキャッチーだ。1度聴いたらすぐに口ずさみたくなってしまうくらいに、もしくは何か嬉しいことがあったら「うれしいきもち〜」と歌いたくなってしまうくらいに。田淵のボーカルがいきなり聴けるというのもファンにとっては嬉しいところだろう。
その「うれしいきもち」も含めて、THE KEBABSは絶賛連続シングルリリース中(ホームページから通販のみで買えるという、サブスク全盛の時代に敢えて逆行するように手工業的な手法)なのだが、その連続リリースの皮切りとなった「ベガスでカジノ」と、新しい曲が続く。ギターソロを弾き倒しつつ、時には飛び跳ねまくる新井弘毅のネックにはカメラが取り付けられているというのもこれまでに配信ライブなどを行ってきたバンドならではであるが、もう本当にビックリするくらいに歌詞にそれ以上の意味はないというくらいに、「ラスベガスのカジノで大儲けする」ということ以外の意味がない、深読みしようのない歌詞である。以前に亮介はインタビューで、
「他の人が書いた歌詞は覚えられない」
と、かなりの歌詞の分量を持つフラッドのボーカリストとは思えないことを口にし、だからこそ歌詞がシンプルになるとも言っていたが。
亮介がギターを弾かずにハンドマイクになると、歌詞に合わせるようにステージに寝転びながら歌うというこのバンドならではの自由さを体現するのは「ロバート・デ・ニーロ」。なんじゃそりゃ、なタイトルであるが、歌詞も
「ロバート・デ・ニーロの袖のボタン」
という、なんじゃそりゃなものなのだが、「これを歌詞にするのか?」という作詞の手法はヤバTやキュウソに近い。もっと遡れば少年ナイフのような。しかしそれらのバンドよりももっとひらめき重視というか語感重視のような感もある。配信でこの曲をやって大丈夫なのかという感じもあるが。
それは「オーロラソース」という「ぼんやりと存在は知っていても歌詞に使おうと思った人はいないだろう」というタイトルもそうであるが、それがこんなにカッコいいロックンロールになってしまうというのはTHE KEBABSとしてのこの4人が楽しくバンドをやろうとしている成果と言えるだろう。こんなにも合唱できるような曲で全く声が出せないというのもなかなか予期していなかったことかもしれないけれど。
そんな、歌詞やタイトルの偏差値は著しく低いのにやたらとキャッチーかつカッコいいという、むしろザ・クロマニヨンズに通ずるところがあるんじゃないか?とすら思えるのは
「すごくやばいギター!」
と振られた新井が強烈なソロをかまし、飛び跳ねながらギターを弾く「すごいやばい」。こうして観ていても亮介は本当に声が良く出ている。とはいえ「ライブ後に打ち上げができないならライブ中に飲んでやろう」というくらいにアルコールを摂取しながらであるが。
これもまた「配信でやって大丈夫か?」という「メリージェーン知らない」では
「新井さんメリージェーン?」
と亮介が問いかけると新井が声を変えるようにファルセットで「No」と答えるのだが、サビでのメロディの飛翔感は本当にクセになる。この曲はその新井が作曲をした曲であるが、世間には評価されなかったとしても、serial TV drama時代に名曲を生み出してきたソングライターとしての片鱗を感じさせてくれるし、その男がこうして心から楽しそうにまたバンドをやっている姿を見れるのが嬉しい。
それはかつてART-SCHOOLのメンバーであった鈴木浩之(ドラム)が田淵と新井が接近して寄り添うように演奏している姿を見て笑いながら演奏しているのもそうであるが、個人的にはTHE KEBABSの裏テーマは「新井と鈴木がバンドマンでいられるように」というものであると思っている。志半ばでバンドを辞めざるを得なかった2人がバンドをやる喜びをまた感じられるようにと。
その鈴木の速いビートが牽引する「THE KEBABSは忙しい」は亮介と田淵のスケジュールを踏まえても、まさに今のこのバンドのテーマソングと言っていいだろう。
「ヒトリエ最高!でも俺たちはあんな風にはできない!マネする必要もない!人それぞれが最高!」
とヒトリエを称えると「猿でもできる」では田淵も新井も自分の位置から大きく動き、最終的には上手側で田淵が寝転ぶようにしてマイクの位置も下げて歌い、そこに新井と亮介が寄り添うように集まるという、亮介いわく「動物園バージョン」に。そうしたライブにおける決まりが一切ない、その場その時のテンションでライブが変わっていくというのがTHE KEBABSというバンドの持つ自由さそのものである。
その自由さはしかし意外なところでも現れる。なんとセトリをここまでしか決めておらず、ここまで決めたところでヒトリエのライブが始まってしまったためにみんなでライブを見ていて、この後に何をやるか決めていないという。
田淵は実際に8曲目までしか書いていないセトリの用紙を配信のカメラにも見せて、ステージ上で急遽セトリ会議へ。
田淵「配信見てる人に聴きたい曲をリクエストしてもらおう」
亮介「みんなも今はステージよりスマホ見た方がいいよ(笑)」
田淵「全然リクエスト来ないな〜。俺たち人気ない(笑)」
亮介「「学生」(1部)のチケットが売り切れなかった段階でそれは薄々感じていたけど(笑)」
田淵「(笑)「学生」の時にやってない曲やろうか」
亮介「学生の時にやってないことやろう、ってヤバいね(笑)」
田淵「新井さん、あれできます?」
新井「いやぁ…(笑)」
と、メンバー全員がキャッキャしながら急遽この後に演奏する曲を決め、そのセトリを鈴木のドラムセットのバスドラの上に貼り付ける。
亮介「わからなくなったら鈴木さんのドラム見ればいい(笑)」
ということで、新井がギターを微妙に覚えていないという「台風ブンブン」を演奏するのだが、意外と覚えていたということで自信になったようだ。
「やさしくされたい」は「うれしいきもち」に通じるところもある曲であるが、この曲から亮介がギターを弾くということも考慮された曲順になっているのはさすがセトリおじさんこと田淵である。
「THE KEBABSの新曲作る〜」
と歌詞を自在に変えて歌われる「ピアノのある部屋で」は随一のキャッチーさを持ちながらも、
「何気ない今日こそ 何気ない今日こそ
何気ない今日こそ とっても楽しい」
というフレーズがこうしてライブハウスでライブを見ることができる何気ない今日がとても楽しいという真理を歌っている。意味がないようでいて、こうして今の我々の心境にシンクロする。だからTHE KEBABSをこうしてライブで観るのが楽しくて、好きなのだ。
そして最後に演奏されたのは、新井もTBC(田淵)も鈴木も可愛がるバージョンで演奏された「THE KEBABSのテーマ」。亮介も新井も飛び跳ねまくり、その分田淵も飛び切りの笑顔で歌うのだが、観客も本当に楽しそうに飛び跳ねまくっていた。その光景にこのバンドのライブがどういうものであるかということが凝縮されていたようだった。
客電が点き、配信も終わったということもあってこれで終わりかと思いきや、
「今日は君たちの勝ちだ!」
と田淵が言いながらメンバーか再び登場。その田淵もアルコールを飲んでおり、すでに2本目に突入している亮介は
「ちょっと酔っ払ってる」
という状態であるが、
「スタッフからリクエストがあった「学生」でもやってない曲」
と言って「お願いヘルプミー」を演奏すると、
田淵「今日は本当に楽しかったな〜」
と過酷なスケジュールを全く感じさせないというか、むしろこうしてTHE KEBABSのライブを挟むことがリフレッシュになっているかのようにこの日を振り返りながら演奏されたのは、その田淵をはじめとしたメンバーのthe pillows愛をキャッチーなメロディで形にした「枕を変えたら眠れない」。最初は「ジャキジャキハート」か?とも思ったのは久しぶりかつ全く練習しないで演奏されただけに構成が混ざってしまった感じになってしまったということもあるだろうけれど、本当にかなり酔っ払っているようで声が体と連動しなくなっている感じすらした亮介の姿を見れるのもこのTHE KEBABSのライブだからだ。曲が終わるとメンバーはすぐにステージから去っていったが、田淵も新井も鈴木も本当に自分たちが1番楽しむことができたという表情で何度も観客に手を振っていた。
a flood of circleもUNISON SQUARE GARDENも「何も考えずに頭空っぽにして楽しむ」というのは実に難しい。それはこの日のヒトリエのライブがそうであったように、これまで観てきたことによる思い入れであったり、歌詞が今の状況や状態に呼応して聞こえることで、いろんなことを考えてしまうからだ。
でもそんなフラッドとユニゾンのメンバーがやっているバンドであるTHE KEBABSのライブにはそうしたことは全く考えられない。ただひたすらに目の前で鳴っているロックンロールが、それを鳴らしているメンバーの姿が楽しくて仕方がないというただそれだけ。そう思っているのは我々だけではなくメンバーもそうなのだろう。
「ロックバンドは楽しい」
ということを田淵のユニゾンは掲げてきたけれど、THE KEBABSはその思いだけで動いているように感じる。そんなバンドのライブを見れて、うれしいきもち。
1.うれしいきもち
2.ベガスでカジノ
3.ロバート・デ・ニーロ
4.オーロラソース
5.すごいやばい
6.メリージェーン知らない
7.THE KEBABSは忙しい
8.猿でもできる
9.台風ブンブン
10.やさしくされたい
11.ピアノのある部屋で
12.THE KEBABSのテーマ
encore
13.お願いヘルプミー
14.枕を変えたら眠れない
文 ソノダマン