進行方向別通行区分が2023年9月9日、新宿BLAZEにて解散ライブを行った。
彼らはこれまでもすべてのライブを解散と位置づけ、ライブごとに復活と解散を繰り返してきたが、今回は本当の解散だという。
田中と近しいバンドマンである水中、それは苦しいのジョニー大蔵大臣はX(Twitter)に「田中の諸事情により本当にラストライブになるかもしれないので、これまで進行方向別通行区分に心を打たれた全ての人に来て欲しいです」と綴っている。
結成以来20年にわたり活動を続けてきた進行方向別通行区分の最後かもしれないライブを見届けるためにこの日は800人のオーディエンスが会場に詰めかけた。
開場および開演が17:00のため、開演前からBLAZEの前には多くの人。さらに当日券を求め数十人が列をなしていた。
その様子をオフィシャルのカメラが撮影していた。
4月の渋谷WWWX公演からプロのカメラクルーがライブ映像を撮影しており、WWWX公演はDVDにもなった。
本公演もなんらかの形で発表されるのだろうか。
ライブ活動が再開したら物販で売ってくれるのだろうか。
会場に入ると、DJ澤部渡セレクトの音楽がフロアを盛り上げる。
物販や列形成では古都の夕べのさと子、ハコ、やお、高野メルドー、はらだおにいちゃんらの姿を見かけた。
彼女たちも進行方向別通行区分に心を奪われてしまった面々だ。
膨大な物販列をさばくために懸命に声を上げている。
その姿は、進行方向別通行区分の解散を意識しないよう気丈に振る舞っているようにも見えた。
17時45分頃、照明が暗転しパスピエが登場。
結成時のパスピエは進行方向別通行区分の真部脩一に影響を強く受けたであろう音楽性だったが、結成14年のパスピエはジャムバンドのような即興性を纏い、ライブバンドとして大きく成長していた。
成田ハネダは汗をかき目をギラギラ輝かせ、パスピエ全員がエネルギッシュな熱演をしていた。
「進行方向別通行区分とライブをやるのはもちろん初めてなんですが、出逢おうと思ってもなかなか出会えないバンド。見つけた! という感じ。超テンション上がっています」と語った。
パスピエのライブが終わり、幕が閉じる。
幕の裏ではサウンドチェックの音が聞こえる。
このライブが終わったら進行方向別通行区分が終わってしまう、誰もがそんな気持ちで待っていた。
DJの澤部渡がどんなに素晴らしい曲を流そうとも全員が心ここにあらずだった。
転換は30分ほどで終わり、暗転。幕が上がる。
となりのトトロ『風のとおり道』が流れる。青色の暗い照明がステージを照らす。
メンバーの入場が大歓声で迎えられる。
西浦謙助は神妙な顔つきで、田中はいつもと変わらない表情で腕をストレッチしながら、真部脩一はステップを踏みつつ手を振り上げ客席を煽る。橋本アンソニーは粛々とベースを抱えスタンバイ。真部が片手を上げSEを止める。
西浦は黒いTシャツ、田中はいつものドット柄黒Yシャツ、真部は白いポロシャツ、アンソニーはジャケットスタイル。
オリエンタルなアルペジオが流れる。
『アーケードテンプテーション』だ!
このライブの数日前、古都の夕べがXで最後に演奏してほしい曲をリクエストしていた。
そこで圧倒的な投票数を集めていたのがこの『アーケードテンプテーション』だった。
Xの声が反映されている! と思った。
真っ白な照明に変わり、伸びやかな光景が広がる。ステージが広い。
メンバー間のスペースがそれぞれ2mほど取られている。
照明がメンバーの背後から照らされているからか、音楽そのもののパワーが可視化され、活火山の火口を覗いているような、エネルギーに満ち溢れた光景だった。
バンド・マジックだった。
楽器を肉体的に鳴らし、メンバーのコンディションが、意志が音にそのまま反映され、それが全員同じ方向を向いている時にだけ見られる奇跡的な瞬間。
ダンスグループやDJでは得られない音楽体験。
俺はバンドが好きだ! と思った。
だから、唯一無二かつ最高峰のこのバンドがもう見られなくなることが本当に残念だった。
パスピエの熱演ですでに暖まった会場は、いつもの地蔵の観客ではなく矯声が飛び交う観客を生み出していた。
2曲目は『池袋崩壊』
この選曲に、解散ライブの3曲目に『OMOIDE IN MY HEAD』をぶち込んできたNUMBER GIRLが重なった。
アウトロでメンバー全員が大暴れする。
間隔が広く取られているから、思う存分暴れている。
どの曲も大歓声を持って迎えられ、終わりには大拍手が起こる。
やはりこれは解散ライブなのだ。
田中はいつもより声を張り上げ、叫びのようなボーカルを上げている。
真部は時折笑みを浮かべる。
西浦はとんでもない手数を、とんでもない強さで叩いている。
いつも冷静なアンソニーもこの日ばかりはエモーショナルが上回っている。
『凛として電話』では《ハロー ナカヤマ ナカヤマ出てきた》を口ずさんでいた真部と西浦の目が合い、ニッと笑い合う。
真部は体を西浦の方に向き、そしてアンソニーも体ごと西浦に向き直る。
笑い合って演奏している。
なんだよ! めちゃくちゃ仲いいなあ!
バンドの解散は不仲とかそういうものではなく、田中の個人的な事情――例えば転勤とか、家庭の事情とか――なんだな、と思った。
9曲目『オーストラリア』のアウトロ、田中が退場し西浦のドラムとアンソニーの《カンガルーっぽい》のコーラスを残しメンバー全員退場。
アンコールを求める拍手のなか、再び『風のとおり道』が流れる。
軽くチューニングを終え、古都の夕べの『夏休み』から再開!
伸びやかなアルペジオが夏の青空を思わせる。
この『夏休み』もセトリ募集のなかにあった1曲だ。
「古都の夕べの曲ですが『夏休み』が聞きたいです!」というコメントがあった。
進行が『夏休み』を演奏するのは、私が知る限り初めて。
数日前にセトリ募集のツイートを見たときには50ほどリプがついていた気がする。
50曲やるのか、と思った。
ちなみに私は、最近聴いていなかったという理由で『サカナクション(届け!80親等)』に投票。だがここまでの鬼気迫るライブを見て「今日には絶対ふさわしくないから選ばれるな!」と思っていた。
進行の『夏休み』は原曲にはないアドリブの一節が素晴らしく、このバージョンでの再レコーディングを聴きたいと思った。
12曲目の『ネギジャーノンに花束を』が終わり、ようやくこの日初MC。
「上からポトポトポトポト。あれはなにが落ちてくるんですか。あれはね、上の階の人の食べてる火鍋のトリクルです。トリクルとはトリクルダウンです。3階には高級な火鍋屋さんが入っているんです。それで私の食べている鍋に火鍋が落ちてくるんですね。あなた、私の火鍋のスープ飲んだでしょ。飲みました。でもぜんぜんなくならない。いくらスープを飲んでもなくならない。3階にいるお金持ちの食べているパイタンのおかげなんだね。しかし上にいる人のパイタンはいったいどうなっているのかな。お金持ちのすることですから、わたしにはわかりません。きっとパイタンがなくなってもどんどんパイタンを買っているのよ。と思ったら止まりましたね。あ、上に言ってきたんですか。上のパイタンと俺の火鍋を繋いでいるところに、上のホタテが引っかかっているようです。あのホタテもいつかは落ちてくるんですかね。ホタテもうすぐ落ちてきそうですよ。……あれホタテじゃないですね。ホタテ用のなにかです。改めまして進行方向別通行区分です」
はじめて田中がバンド名を名乗った。大歓声。そのまま『理論武装』へ。
『かほちゃん』や『海の王者シャチ』など人気曲を挟み、田中の弦が切れるハプニング。高野メルドーの黒いストラトキャスターからジョニー大蔵大臣の青いテレキャスターに持ち変える。いつもは真部がライブ中に弦を張り替えていたものの、袖から飛び出した高野がギターを抱え速攻で弦を張り替えて戻ってきた。そうだよな、1秒でも長く4人の演奏が見たいよな、と思った。
『梅を吸いすぎた男』へ。近年のライブでは封印されていた真部ダンスが炸裂! いつもの《いえいえ そうはいいますものの 私の彼女は48です》の口上のあともマイクを離さず「俺が真部だ!そして田中!そしてアンソニー!西浦謙助! 進行方向別通行区分だ!進行方向別通行区分なんだよ!」と叫んだ。
田中はうつむいたままギターを弾いていた。演奏が『森の妖精ペチャパウナー』に入っても顔をあげることなくギターを弾いていた。田中が歌い出さなかったからだろうか、前奏が繰り返されたあと、真部が《ディズニーランドに行きたいな》と歌う。アンソニー、西浦、真部に加え観客までも《それは無理》とコーラス。田中は口角を上げ、真部の方を向いた。Aメロが終わるまで、田中は子供の成長を目にした父親のように真部を見つめていた。サビの《いまでも 好きよ》でようやく歌い出した田中は鼻を紅潮させ目には涙を浮かべていた。真部は「おやっ」という顔をした。アンソニーと西浦は気づいただろうか。
24曲目『ダイナマイト・卒業式』のアウトロで田中はアンプの後ろからポスターを入れるのに使うような120センチほどの細長いダンボール箱を取り出し、それを分かれ道の行き先を占う木の棒に見立て、ダンボール箱の倒れる様を見守った。ダンボール箱が下手側に倒れる。「北か、それもよかろう」そう言い残し田中が去っていく。続いて西浦も同じダンボール箱を立てて倒れる方向を見守る。下手側。「北か、それもよかろう」西浦も退場。さらにアンソニーも続く。「北か、それもよかろう」。その間も真部はずっとアウトロを弾き続けていた。田中、西浦、アンソニーが退場すると「そしてめいめいが自分の進むべき方向に向かったのです。進行方向別通行区分だけに」と真部。バンド名の回収に沸き立つ会場。「アンコールもやりますよ。進行方向別通行区分だけに」熱っぽく真部が語る。
少し間を置き、本日3度目の『風のとおり道』。
この日いちばんの大歓声。
25曲目『自治会長鬼山』で第3部の幕が開けた。
間には5分に及ぶセッションも繰り広げられた。
田中の目には相変わらず涙が浮かんでいる。
進行方向別通行区分が本当に解散してしまう。
進行方向別通行区分がすべてのライブを解散と言い続けてきたのは、今回のような本当の解散のダメージを和らげるための田中の自己防衛だったんじゃないかなと思う。
だが、田中のこのバンドに対する愛はそんな自己防衛では乗り越えられるものではなかった。
20年間愛情を注いできたものが理不尽な力によって断絶してしまう。
ユニコーンの『大迷惑』の歌詞ような、田中の力の及ばないところでの不本意な解散。
アンソニーの脱退時も、真部・西浦が集団行動に注力するために長い間バンドを止めざるを得なかったときも田中がステージ上で涙することはなかった。それは、メンバーの意志で決まったものだったから。
しかし今回は田中の預かり知らぬ理由で、それも田中本人の事情でバンドが止まってしまう。
それは、田中に受け入れられるものではなかったのだろう。
もし自分が20年間愛し続けてきて、いまも愛情があるものを奪われてしまったら、田中のような行動ができるだろうかと思った。
最後の3曲は『大塚娘』『You say? 民営化』『三千世界』と、2005年リリース『谷間の世代』の収録曲が披露された。曲順も『谷間の世代』と同じだった。
『三千世界』を歌い終え、田中が両手を合わせ一礼、退場。西浦はドラムセットから立ち上がりスケッチブックを取り出す。西浦がスケッチブックの中をチラと見やり、上下を確かめる。
真部、アンソニー、西浦がスケッチブックをめくる。
「20」と書かれている。それを観客が読み上げる。
「年」
「間」
「あ」
「り」
「が」
「と」
「う」
「!!」
「!!」のスケッチブックがめくられ、会場は4人を称える万雷の拍手に包まれた。
真部は二度、深く礼をした。その目には涙が浮かんでいた。
スケッチブックをめくる演出はアンソニーの脱退時にも行われたものだ。
とうとう終わってしまった、と思った。
でもどうしても諦められず、アンコールを求める拍手に加わった。
拍手は5分経っても鳴り止まず、澤部渡がクロージングDJをはじめても拍手は続いた。
曲のボリュームに押され拍手が鳴り止んでも、大半の観客はフロアに留まり続けた。
私はもう泣きすぎて頭が痛かった。
ふと、スタッフたちはどうライブを見ていたのか気になり物販を見に行った。
そこにはさと子、ハコ、やお、高野メルドー、はらだおにいちゃんがいた。
『三千世界』が終わって30分は経っている。彼女たちは泣き止んだあとだろうか、物販スタッフとして、スタッフ然として涙を見せることなく振る舞っていた。
ジョニー大蔵大臣がビラ配りをしていたので話しかけた。
「3曲目わかります? 田中がドラムの方向いてさ、そこでもう涙が止まらなかったよ! メンバーが仲いいのも知ってるからさ!」
そうですよね、泣きますよね。
またフロアに戻る。いまだ500人くらいが待っている。
幕の裏からはドラムセットをバラす音が聞こえる。
アンコールはないだろう。
でもここを離れてしまうともう二度と会えない気がして、しばらく会場を出る気にはなれなかった。
進行方向別通行区分「スティーブン・せがれ」レコ発ライブ 新宿BLAZE 2023.09.09
1 アーケードテンプテーション
2 池袋崩壊
3 ホワイI`m美人
4 サンキュメリカ
5 宇宙警察サクラ・ダーモン
6 鏡よ鏡よ、しお
7 リンとして電話
8 左ハンドル右折します
9 オーストラリア
10 夏休み
11 シャンプーシンドローム
12 ネギジャーノンに花束を
13 理論武装
14 夕暮れビーチ、駆け込みキッス
15 自分のこと猫ちゃんっていうんだよ、おかしいね
16 井荻の中のマリオネット
17 ハッピーチューズデー
18 かほちゃん
19 世界は平和島
20 海の王者シャチ
21 独身ボクシング
22 梅を吸いすぎた男
23 森の妖精ペチャパウナー
24 ダイナマイト・卒業式
25 自治会長鬼山
26 課長になった風鈴
27 白兵戦
28 バイバイ名古屋県
29 小さい先輩が大きい先輩にキュン
30 真・海の王者タコ
31 大塚娘
32 You say? 民営化
33 三千世界
(高橋数菜)