ハヌマーンというバンドは、閃光だった。
花火のように誰よりも輝いて、花火のように散っていった。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゲストアクトとなり、15分しか持ち時間のない、開場間もないCOUNTDOWN JAPANのオープニングアクトとしてムーンステージをパンッパンにし、その3か月後に活動を休止、そのまま解散した。
ロッキング・オンのフェスのオープニングアクトが会場を満員にしたケースをハヌマーン以外に知らない。
いまでも多くの大学の軽音サークルでは、ハヌマーンの曲がよくコピーされているそうだ。
軽音サークルでは、誰もが知るスタジアムクラスのバンドよりも「音楽通だけが知るバンド」が好まれるように思う。
それに加えハヌマーンには、青春のにおい、実際に彼らの活動を目にした者の少なさ、映像からも伝わってくる圧倒的なオーラ、彼らが成し遂げた偉業が「真の音楽通だけが知るバンド」という地位を不動のものにしているように思う。
ハヌマーン解散後、山田亮一はバズマザーズというバンドを始めるが、ハヌマーンはハヌマーンであり、バズマザーズはバズマザーズなのだ。
そのバズマザーズも2018年からは活動が止まっている。
山田亮一はふとしたときにツイキャスに現れ、生存報告をしてくれるものの、ツイートからは精神面の不安定さがにじみ出ていた。
山田亮一はもう音楽活動をしないのだろうか。
そう思っていたころ、山田亮一が新バンドを始めるにあたり、メンバー募集のツイートをした。
その後、山田亮一とアフターソウルの結成が発表。
「PSYCHIC FES 2024」への出演を皮切りに、さまざまなイベントへの出演が発表された。
山田亮一とアフターソウルは、ハヌマーンのコピーバンドであるという。
あの山田亮一がとうとう見れる! しかもハヌマーンの曲をやる!
タイムラインは歓喜に沸き立っていた。
7月23日、山田亮一が大麻取締法違反で逮捕された。
山田亮一とアフターソウルとして初のライブを行うはずだった「PSYCHIC FES 2024」は参加が叶わず、8月19日と8月21日に出演予定だった渋谷La.mamaのイベントも中止となった。
2024年4月に山田亮一は同会場で弾き語りワンマンを行っているが、同じく8月21日も山田亮一ひとりでの出演だったこともあり、ファン垂涎のチケットとなっていた。
逮捕当時、その後に控えていたTHE NEATBEATSとのツーマンはチケットに余裕があったが、みんなワンマンの長時間での山田亮一を浴びたがっていた。
山田亮一の近況は誰にもつかめず、情報源はアフターソウルのベーシストとなったジャパのツイートのみ。キャンセルされていくイベントの数々。
山田亮一が新たにバンドを組む! 音楽活動を再開する! と活気立っていたタイムラインには絶望感が漂い始めていた。
ただ、初犯なら早いうちに出てこれるだろうし……。そんな淡い期待で僕はチケットを取った。もし会えたら「ワリに合わないだろ~笑」と笑って話しかけたかった。愛いっぱいのハグで抱きしめたかった。中止なら払い戻しすればいいだけだ。
8月15日、山田亮一が逮捕後初のツイート。
山田亮一とアフターソウルの初ライブは8/30新宿レッドクロスでニートビーツとツーマンから。関西は9/1の二条ナノにバンッドで出演します。最高のライブを約束する。興味あれば来て欲しい。
期せずして山田亮一とアフターソウルの初ライブを拝むことになった。
8月30日 新宿レッドクロス
雨がまばらな会場前には人、人、人。
山田亮一のツイート直後、チケット即完、当日券もなし。
山田亮一とアフターソウルの初ライブ、そして山田亮一はなにを語るのか。どんな精神状態なのか。そもそも山田亮一は現れるのか。
そんな緊張感が会場に漂っていた。
先行、THE NEATBEATSが登場。
「みんな出所祝い持ってきた?」「初犯でよかったねえ。初犯は早いからねえ。20日くらいで出てこれるからねえ」と山田亮一をいじりまくる。
会場が割れんばかりの大拍手、大歓声、大爆笑。
観客の緊張がほどけていく。
ラストに『タイマーズのテーマ ~Theme from THE TIMERS』のカバーを披露。
≪Timerを持ってる≫≪Timerが大好き≫と大合唱で大団円。
会場が完全にウェルカムムードに一変した。
山田亮一とアフターソウルが先行だったら、もっと緊張感のある、探り探りの雰囲気になっていたと思う。
先輩の愛あるいじりに感謝。
山田亮一とアフターソウルの機材がスタンバイされていく。
ステージ前方にはマイクが3本。
山田亮一は、アフターソウルを「ハヌマーンのコピーバンド」だと語っていた。
一本はアコギ用だろうか。そんなことを思っていた。
スタンバイも終わったころ、山田亮一が登場。白いテレキャスターを抱える。大喝采。
観客の「出所おめでとう!」の声に口角を上げて応える。
大丈夫そうだ。
ステージ上には山田亮一、ドラムス、ベース、ギターの4人。
4人が向き合い、山田亮一がギターをつま弾いていく。そこにベース、ドラム、ギターが重なっていく。
4人のセッションがメロディとなり、曲となり、マイクに向き直った山田亮一の口が開く。
≪彼女の寝息を確かめた≫と歌いだす。
この4人が「山田亮一とアフターソウル」なんだ、と思った。
4人なのは、ハヌマーンのコピーバンドであることを標榜しつつも、ハヌマーンではできなかったことをやろうとしているのかな、と思った。
『アパルトの中の恋人達』が終わり、山田亮一がMCをする。
「原宿 414番……いや、山田亮一。犯罪は犯すな! だが人は過ちを犯す生き物だ。犯罪を犯してもニートビーツとツーマンはするな!」と愛あるいじりを返す。「お前たちにこの『リボルバー』を捧げます」とあのドラムが響き渡る。
『アパルトの中の恋人達』ではどこか大人見の雰囲気があった会場の見えない壁が崩れモッシュの嵐!
みんなこの瞬間を待っていたんだ!!!!
「歌ってくれる?」と問いかけると山田亮一の帰還をたたえるように≪常に愛を 常に希望を≫の大合唱!
そのまま『ネイキッド・チャイニーズガール』に突入!
ハヌマーンの曲が、山田亮一の声で、ギターで、バンドサウンドで聴けているという奇跡!
山田亮一はメンバーと向かい合いながら、幸せそうに音を奏でていく。
「まだ出てあまり経っていないので、山田亮一と呼ばれることに慣れていなくて……414番と呼んでください」
すぐさま飛ぶ「414番!」のヤジ。「ハイッ!」と応える山田亮一。
ギタリスト、タナカコウヘイを紹介し、タナカコウヘイは拳を突き上げる。彼も山田亮一の音楽に魅せられたひとりなのだろう。
山田亮一とタナカコウヘイが向き合い、ギターを鳴らす。
「踊れレッドクロス! 演奏アフターソウル! ワンナイト・アルカホリック!!」
狂騒につつまれる会場。
この前口上が聴けるなんて!
狂騒が終わり、間をおいて、山田亮一が口を開く。
「みなさま、山田亮一というミュージシャンをご存知でしょうか。みなさまの中で山田亮一は、いま一体なにをしていますでしょうか。山田亮一は、みなさまの中で、白いシャツを着てハヌマーンをやっていますか。あるいは、黒いスーツを着てバズマザーズというバンドをやっていますか。あるいは死んでしまったんでしょうか。あるいは神様になってしまったんでしょうか。僕のなかの山田亮一は、いまここに立って、アフターソウルというバンドを始めました。みなさまの中の山田亮一も、いつの日かアフターソウルというバンドを始めてくれることを心から祈って次の曲を贈ります。アフターソウルで作った曲を演奏します。最高のラブソングです。タイトルは『最低のふたり』」
≪史上最低のふたりが通ります≫という歌詞は、いまの山田亮一だからこそ歌えるラブソングだった。アフターソウルが4人である意味が詰まっていた。歳を重ねた、声もしゃがれたいまの山田亮一が歌うのにふさわしい曲だと思った。
ライブはツイキャスで何度か歌われた『アバンチュール』へ。
ツイキャスで披露されるやいなや大絶賛された、平成の阿久悠の異名が存分に発揮された一曲だ。
山田亮一が「ギター、タナカコウヘイ!」と叫び、タナカコウヘイの泣くようなギターソロが落とされる。
弾き語りではなくバンドサウンドで披露されることで、曲がまた違った色を持つ。
バンドメンバーの紹介。「ドラム、ミズノケンタ。スーパーギタリスト、タナカコウヘイ。ベース、ジャパ・ザ・グルーヴィ。アフターソウルと申します。新しくバンドを始めて見ると、青春のようなものが胸にこみあげてきて、毎日が楽しいです。毎日が学生気分で楽しいです。とはいっても、僕40歳なんで、青春なんて胸にあっても意味がないことやと思うんで、これ全部みんなにあげます!僕の青春、僕たちの青春、受け取ってくれますか? 今から演奏する曲は、僕の青春そのものです」
ドラム、ミズノケンタが「ワン、ツー、スリー、フォー」と怒鳴りを上げる。伸びやかなアルペジオが広がる。『若者のすべて』が始まる。
青年に俯瞰されていた25歳の山田亮一が、青年を俯瞰する40歳の山田亮一になる。
山田亮一ほど身をさらけ出しているミュージシャンはいない。
俺は山田亮一が好きだ、と思った。
「本日はご来場いただきましてありがとうございます。次の曲を持ちまして我々アフターソウルはこのステージを去ります」沸き起こる大ブーイング。こっちは何年も待ってたんだ。まだ7曲だぜ。山田亮一が続ける。
「このステージを去りますが、これからもこの4人でたくさんライブをやっていきたいと思っておりますので、またどこかでお会いできたらいいなと心より存じます。ありがとうございました」
ねぎらいの拍手が沸き起こる。
「『ハイカラさんが通る』でお別れしましょう」
観客全員が「ワン、ツー!」と叫ぶ。
ハヌマーンをリアルタイムで見たことのない人たちが、いつかハヌマーンに会えたら叫びたいと思っていた願いが放たれる。
ラスト、メンバー全員が向き合い、アウトロで音を重ねる。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12回。
メンバーが退場してもアンコールを求める拍手は鳴り止まない。だってまだ8曲だぜ。
ドラムのミズノケンタがひとりで登場しビートを刻む。袖から現れた山田亮一が、タナカコウヘイが、ジャパ・ザ・グルーヴィが音を合わせていく。
『幻によろしく』の音になっていく。
歌いだしから観客全員が大合唱。
全部出し切るかのように声を上げる。
それは、山田亮一のいうところの、青春の力なのだと思う。
ハヌマーンの曲はどうしても青春を想起させるのだと思う。
山田亮一が「歌って?」という。
我々は「ラララ」と大合唱する。10代も20代も30代も40代も50代も大合唱する。
これがハヌマーンの力なのだと思う。
メンバーがステージを去っても、またもアンコールを求める拍手。
もう大満足だけど、でもまだまだ見たい。あの曲もこの曲も聴きたい。
ステージが明転する。
山田亮一がギターを携えながら、逮捕について語る。「留置所で白い壁を見つめながら、それ以外にやることは『罪と罰』の上・中・下を読むこと。こんなひどい場所はないと思っててさ。みんなの笑顔が見たかったし、ライブハウスが恋しいとずっと思ってた。やっとライブハウスに来れて、楽屋が狭いのなんの。留置所に戻りたかった俺は!」よかったよ、冗談を言えるくらいになって。
「大事な曲なんでもう一回やります。踊れレッドクロス! 演奏アフターソウルで ワンナイト・アルカホリック!!」
もうぐっちゃぐちゃ。
この幸福は味わったもん勝ちだ。
山田亮一が『ワンナイト・アルカホリック』を演っているんだぜ。
気付けば夜に変わり、ハヌマーンは解散し、バズマザーズも止まり、でもまたハヌマーンの曲を演る時代がやってくるんだぜ。山田亮一が帰ってくるんだぜ。昨日さえも昔のようです。
演奏が終わり、満身創痍のメンバーに万雷の拍手と、「ありがとう!」の声が贈られる。
山田亮一が音楽をやってくれてよかった。
バンドを始めてくれてよかった。
アフターソウルがひとりも欠けることなく山田亮一を待ってくれてよかった。
40歳でも青春してもいい。
50歳でも。60歳でも青春してもいい。
阿久悠は70歳まで青春し続けたんだから。
山田亮一とアフターソウル 「red cloth 21st ANNIVERSARY 『GOLD SOUNDZ』2024.8.30
1 アパルトの中の恋人達
2 リボルバー
3 ネイキッド・チャイニーズガール
4 ワンナイト・アルカホリック
5 最低のふたり
6 アバンチュール
7 若者のすべて
8 ハイカラさんが通る
en 幻によろしく
en2 ワンナイト・アルカホリック
(高橋数菜)