進行方向別通行区分とモーモールルギャバンによるツーマンライブ「池袋崩壊 vol.3」が2018年8月3日に東京・新宿LOFTにて開催された。
開演時刻の19:30を少し回り会場が暗転、モーモールルギャバンが登場し奇跡の一夜の幕が開けた。「POP! 烏龍ハイ」や「Dr.PANTY」といった人気曲の惜しみない披露に、会場からは自然と腕が上がり、歓声が沸き起こる。
進行主催のライブでは珍しく、コール&レスポンスが巻き起こった「パンティー泥棒の唄」では、ゲイリー・ビッチェが「今日の主催者の長州くんから『進行のファン、めっちゃ冷たい目で見てくるから頑張ってね』って言われたんだけど……俺は冷たい目で見られれば見られるほどビンビンきちゃうタイプだからいいんだけど……今もシーンってなるの期待してたんだけど……ありがとうございます!」と嬉しそうに語る一幕も。その勢いのまま60分間、客を躍らせ続け、モーモールルギャバンはモーモールルギャバンであることを全うした。
20:30、モーモールルギャバンがステージを去り、いったん緞帳が下りる。裏からは転換とサウンドチェックの音が聞こえる。しばしドラムとギターだけの音が鳴る。果たしてあの4人は来るのだろうか。少し遅れてからもう1本のギターが聞こえ、真部が来ていることを確信する。そしてベースが鳴る。アンソニーが来ていることを確信する。しかし実際にこの目で見るまでは、まだ進行の4人が揃っているという確信ができない。もしかしたらメンバーが変わっているかもしれない。そんな、大きな期待と少しの不安が入り混じった気持ちで幕が上がるのを待つ。
20:50、『となりのトトロ』劇中曲「風のとおり道」が鳴り響く。そして西浦、真部、アンソニー、田中が登場。まぎれもなく正真正銘の進行方向別通行区分の4人が揃っている。モーモールルギャバンが暖めまくったフロアと、2年ぶりの奇跡の復活というトピックが万来の大喝采を呼ぶ。「客は地蔵」が暗黙のマナーといっても過言ではない進行のライブだが、どうしようもなく奇跡的で感動的な出来事にフロア中から歓喜が爆発している。そう、この復活ライブは本当に奇跡としか言いようがないのだ。
進行方向別通行区分は2016年10月1日、夏の魔物でのライブをもって解散した。それも、いつもおなじみの形式上の解散ではなく、含みのある解散だった。田中と親交のある水中、それは苦しいのジョニー大蔵大臣がTwitterで
「進行方向別通行区分のファンの皆様へ。
進行ボーカル田中さんより伝言です。
10/1の青森の夏の魔物2016には来たほうがいいとのことです。
こんなことは初めてなのでぜひ行きましょう。」
とツイートしたり、田中の別プロジェクトである古都の夕べから真部が完全に脱退したことがクロスロードスタジオのTwitterでアナウンスされたりしていたからだ。
夏の魔物の後、西浦もブログで「進行方向別通行区分は名曲も数多くライブもごくたまに素晴らしい当たりがある私の母体バンドでした 本当に長い間お世話になりましたさようなら~」と綴っていることから、この解散は決定的で覆りようのない事実だったことが見て取れる。
さらに真部と西浦は新バンド・集団行動を結成。集団行動で売れることが彼らにとって至上命題になり、進行に割ける時間は事実上なくなっていった。田中も古都の夕べをまったく別のメンバーでバンド化し、真部&西浦のリソースを使わない手段で自分の音楽を表現し始めた。
進行方向別通行区分は、集団行動がある限り再結成は難しいというの大方のファンの予想だった。
しかし前述の夏の魔物のステージは真部が欠席したため、夏の魔物に駆け付けた進行ファンには不完全燃焼なところがある解散だった。また、メンバーが一人でも欠席すると、大幅に曲数を削る田中だから、田中にとっても不完全燃焼なラストライブだったかもしれない。
ともかく、再結成するはずがないと思われていた進行方向別通行区分が完璧な形で再結成したのだから盛り上がらないわけがない。
ずいぶん長い間、称嘆の拍手が鳴りやむことはなかった。
田中は何故か野村萬斎の(もしくはなだき武の)「ややこしや」をしきりに連呼しながらギターをかき鳴らしていく。
ステージの緊張と興奮が最高潮に上り詰めた瞬間、「リンとして電話」からライブがスタートした。
田中が力強くかき鳴らすギターに真部のミニマルなギターが重なり、西浦の手数の多いドラムが加わり、アンソニーの力強いベースが混ざり、まぎれもなく『進行方向別通行区分の音』がフロア中を満たしていく。2年間のブランクをまったく感じさせない、最初から完成された完璧な音像がそこにあった。やはりこの4人でないと味わえない感動があった。
最初は無表情で直立不動だった真部も次第に体を悶えさせギタープレイが熱を帯びていく。目にも光が宿っていく。
同じく無表情だったアンソニーも涼しい顔ながら、極太のベース音を轟かせていく。
西浦は1曲目から超絶的なテクニックで力強いドラムを鳴らし続けている。
田中も2曲目に突入するころには顔から汗が滴り落ちている。
ライブは終始、オールタイムベストなセットリストで進んでいった。
1曲1曲のイントロが鳴るたびに会場から感嘆の溜息が漏れる。
この日を待ちわびた550人のそれぞれの想いのこもった幸せな溜息が1曲ごとに会場を満たしていく。
「梅を吸いすぎた男」では実に3年ぶりとなる真部ダンスが炸裂し、一際大きな歓声が沸き起こった。
MCは群馬県と栃木県の島に住んでいて、島と外を唯一結ぶエスカレーターが外から内に来るものしかないから出られないという話。
この支離滅裂でアドリブ満載の思い付きでしかないMCを至近距離で聞いていても微動だにしない進行メンバーはやはりすごいと思う。古都の夕べのメンバーは思わず噴き出すことが少なくない。
しかし今回のMCでは田中自身が噴き出すことが何回かあったように思う。田中も久しぶりの進行ライブになにか思うものがあったのかもしれない。少なくとも機嫌がいいことは十分すぎるほどに伝わってきた。
ライブでは田中が激しく鳴らしたギターをどこかにぶつけ弦を切ってしまい、その間は真部がギターを貸し出し楽屋で弦の張替えをする、というのが進行の定番ハプニングだが、この日は最初からステージに予備のギターが用意してあるのがグッときた。「最初から最後まで4人でステージに立ち続ける』という田中の決意表明に見えたからだ。
12曲目「ダイナマイト・卒業式」を終えると、真部が「空中元彌チョップ~!はあ~!!(激似)」とマイクに向かって叫び、他のメンバーがそれにやられてハケていった。真部もハケていった。
もちろんこの奇跡の一夜を、この日を待ちわびた観客たちが40分そこそこで逃すわけがない。
アンコールをもとめる拍手が満員の新宿LOFTに大きく鳴り響く。
一息つく暇もなかったであろう短い時間でメンバーがステージに戻り、「あわのよう」で長い長いアンコールが始まった。
アンコール2曲目は「バリボー」。今年の5月に古都の夕べでも披露していたナンバーだが、進行のメンバーがコーラスを添えるバリボーはなんて豪華で美しいのだろうか。
3曲目の「左ハンドル右折します」では、アンソニーによる「そこにいるお前のことだ!」というシャウトが懐かしく嬉しい。
4曲目は「森の妖精ペチャパウナー」と、ファンからの人気が高い曲が立て続けに披露されていることに気付く。そのまま、アンコールはキラーチューンだけがただひたすらに鳴らされ続ける、ただひたすらに幸福な時間が流れていった。
7曲目「池袋崩壊」では「それでは最後の曲です」という前口上がなされたため、『今回のイベント名でもあるし、本当に最後の曲なのかな……』と残念に思った。多くの人が同じことを思ったのか、フロアからもこの瞬間を楽しまんと多くの腕が上がった。しかしその心配は杞憂に終わり、すぐに「白兵戦」へと突入。会場はわけのわからないくらいの興奮と感動でぐちゃぐちゃになっている。
途中、MCで田中がメンバーのほうを向き、「15年前のあの日もあんな感じだったね」と語りかけた。
やはり進行にとってもこの日は特別なものだったのだろうか。
そしてこのライブが正真正銘、本当に最後の解散ライブになるのだろうか。
「小さい先輩が大きい先輩にキュン」では田中がとうとうギターをマイクスタンドに強打し、弦を切ってしまう。
次の曲ではすぐ予備のギターに切り替えるも、その次の曲では弦の切れたギターに戻し、演奏を続行した。
弦の切れたギターを真部に託すことはなかった。
「バイバイ名古屋県」では<Monday Tuesday 時々Wednesday Love 星集め>の部分を<坊主が 上手に 坊主の絵を描いた あとの祭り>と歌詞を変えて歌った。
何度も何度も<あとの祭り>と歌った。
1時間40分、全28曲。彼らは誰一人欠けることなく、ステージに立ち続けた。
幕が下りてもしばらくの間、歓声がやむことはなかった。
誰もが興奮していた。誰もが感動していた。
誰もが紅潮した顔で家路についていった。
今回のライブはやはり奇跡だったと思う。
4人の気まぐれとサービス精神が産んだ奇跡だったのだと思う。
次回の「池袋崩壊vol.4」は古都の夕べが行うとアナウンスされ、西浦は「今までありがとうございました」とツイートした。
「池袋崩壊vol.4」のゲストは現時点では未定だが、ここに進行方向別通行区分が出ないのであれば、進行のDNAは古都の夕べがすべて引き継ぐということなのだろう。
だがあの日、新宿LOFTにいたすべての人、新宿LOFTに行きたくても駆け付けることができなかったすべての人は、この奇跡がまた起きることを、それが日常になることを願ってやまない。
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セットリスト
1.リンとして電話
2.夕暮れビーチ、駆け込みキッス
3.ヤマネ・オコナウワー・ガタシ
4.自治会長鬼山
5.海の王者シャチ
6.大盛りダルタニャン
7.恋泥棒サム
8.メールぽいぽいが現れた!
9.理論武装
10.梅を吸いすぎた男
11.チョコレートスキャンダル
12.ダイナマイト・卒業式
13.あわのよう
14.バリボー
15.左ハンドル右折します
16.森の妖精ペチャパウナー
17.かほちゃん
18.世界は平和島
19.池袋崩壊
20.白兵戦
21.大塚娘
22.仔犬大佐、挙兵。
23.独身ボクシング
24.タイフーン17
25.小さい先輩が大きい先輩にキュン
26.バイバイ名古屋県
27.You say ? 民営化
28.三千世界
文 高橋数菜