もう2019年も半年が終わってしまっているわけで、まだ1年を総括するには早すぎるが、前半というか上半期というか、そうしたタームで総括することはできる。上半期のベストディスクみたいな。
前半戦を終えたプロ野球界においては新人王という立ち位置に最も近い活躍を見せたのは、ヤクルトスワローズの村上宗隆であるが、自分が現在の音楽シーンで選ぶ今年の暫定新人王は、今年早々にデビューミニアルバム「Hello my shoes」をリリースしてシーンに登場した、宇都宮のフリーターこと、秋山黄色。
最近は様々なフェスやイベントにも出演してその存在感は増している一方だが、そんな中でこの日の2マンライブ「Encounter」はこれまでの秋山黄色のライブの中で最も長尺の内容になるという。さらには今まではライブで販売されることがない日も多かった物販(Tシャツとタオル)が本格的に販売開始され、何やら他にも新しい要素があるという告知にはワクワクせざるを得ない。
・FINLANDS
この日の2マンのタイトルは「Encounter」ということで、対バンに呼ばれたのはFINLANDS。これまでに絡みらしい絡みはほとんどない(ともにJAPAN’S NEXTに出ていたくらい)が、経緯は全く違えど正式メンバーは1人だけという1人でそのアーティスト名を背負っているという共通点はある。
19時過ぎに会場のBGMがいきなり大きくなるとそのままSEなどもなく塩入冬湖(ボーカル&ギター)をはじめとする4人がステージに登場。JAPAN’S NEXTで見た時は男性だったベーシストがこの日はTHE LITTLE BLACKの彩になっており、それに伴ってか立ち位置も彩が上手、これまでは上手に立っていた澤井良太が下手に変わっている。
塩入がギターを手にして目を見開くとそれがスタートの合図、澤井と塩入のソリッドなギターの音が鳴る「ウィークエンド」からスタートし、塩入のロックバンドをやるために持って生まれたようなハスキーなボーカルが炸裂。SAWAIもいきなりサビ前で大ジャンプをするという荒ぶりっぷり。演奏している時以外は実に落ち着いて見えるのだが。
招かれた側と言ってもそこにアウェー感は全くなく、インパクトの強いギターリフがFINLANDSらしさを際立てる「バラード」ではイントロで手拍子が起こる。そのFINLANDSのライブの時は男性ファンが多かったイメージ。
前半はそうしたアッパーなロックチューンを連発していくのだが、コシミズカヨ脱退後のこのバンドのサポートを担う上で女性メンバーである彩の存在は非常に大きい。それはベースの重いサウンドを担っていることもそうだが、コシミズカヨが務めていたコーラスをすることができるから。そこは男性のサポートでは担うことができないものである。彩はFINLANDSのメンバー特有のファーのついた北欧の民族衣装的なものこそ纏っていないが、このバンドに合わせてなのか、THE LITTLE BLACKのライブやかつてのWHITE ASHの時よりもはるかにフォーマルな出で立ちという印象。
ものすごく落ち着いた出で立ちと立ち振る舞いで必要最低限のシンプルな機材のドラムを叩く斎藤秀平による4つ打ちのイントロの演奏から始まった「UTOPIA」は激しいギターロックだけではないこのバンドのポップかつキャッチーな部分を見せてくれるが、コシミズカヨ在籍時の最後のリリースのタイトルが示している「UTOPIA」という場所は間違いなくFINLANDSというバンドそのものであるし、最後の
「幸せだったわよね」
というフレーズもかつての恋人に向けた失恋ソングのようでもありながら、コシミズカヨにこのバンドでの日々を問いかけるかのよう。
「秋山君とは今日初めて会って、挨拶をしたくらいの会話しかまだしてないんだけど、「なんで秋山黄色っていう名前なんですか?」って聞こうとしたけど、自分が「なんでFINLANDSっていうバンドなんですか」って聞かれたら何回も同じこと聞かれてるから「またかよ…」って思っちゃうなと思ってやめました(笑)当たり障りのない会話をしたいと思います(笑)若い子と何を話したらいいのかわからないから(笑)」
とやはり秋山黄色とはまだほとんどコミュニケーションを取れていないことで笑いを取るが、そのコミュニケーションを取る能力がそこまで高くないというのは秋山黄色がこれまでに歌ってきたことと通じるものがあるし、こうしてこの日にこの2組の対バンになった理由が少しわかった気がする。
「人はなぜ良いことがあるとその後に悪いことが起こるって考えてしまうんでしょうか。良いことばかりを願ってもいいんじゃないでしょうか」
と言って演奏された「PLANET」に続き、
「人が選んだどんな選択も、それを選んで良かったと思えるようになりたい」
と言って演奏された「衛星」もこのバンドのポップな部分が際立つ曲であり、塩入の歌い方もどことなく優しさを強く感じさせるものになっている。
この「衛星」の最後の
「衛星を離れていこう」
という自身の支えが居なくなっても前に進んでいくという決意のフレーズは彩だけでなく澤井と斎藤もコーラスに参加し、形としては1人になったFINLANDSが決して塩入1人だけのものではないということを示しているし、その後の9月のDVDの発売と11月のリキッドルームのワンマンの日付をいつも間違えるという塩入が告知をした後に
「合ってるか?完璧か?」
と澤井に確認する様は実に微笑ましかった。
タイトルに合わせた黄色い照明が眩しくメンバーを照らし、激しいサウンドを文字通りさらにブーストさせる「yellow boost」からはさらに加速。
「UTOPIA」収録曲の中でも最もアグレッシブなロックナンバーであるが、やはりどこか「別れ」を感じさせる「call end」ではギターを弾かずに歌う部分で塩入がマイクスタンドを手で掴んで観客に「もっと来い!」と言わんばかりのアクションで煽りまくる。
そして特に最後の曲であるということを告げることなく演奏された「クレーター」ではミラーボールが回る中で塩入は客席最前列の柵に身を乗り出してギターを弾きまくり、演奏を終えると
「ありがとうございました」
とだけ言ってすぐに全員ステージを去っていくという潔さだった。
「もう把握しきれないくらいに夏の予定が入っている」
と塩入も言っていたが、今年このバンドは本格的に夏フェスシーズンに挑んでいく。その出で立ちからして「夏の野外の暑さは大丈夫なのか?」とも思ってしまうけれども、どんな場所であっても塩入の声も立ち振る舞いもロックンロールでしかないこのバンドのカッコよさは全く変わらないだろうし、そこに立った時に見た景色が曲になるのを聞いてみたい。今のFINLANDSは塩入の生き様がそのままバンドの音になっているから。
1.ウィークエンド
2.バラード
3.electro
4.UTOPIA
5.PLANET
6.衛星
7.yellow boost
8.call end
9.クレーター
・秋山黄色
そして秋山黄色なのだが、まずステージのセッティングからこれまでとは明らかに違うことに気づく。あれ?今日2マンだったはずだけどもう1バンド出るんだっけ?というくらいに今までのステージとは何もかもが変わっている。
すると開場時間前からロビーを歩いていて、「今日なんでいるんだろう?」と思っていた、Benthamの鈴木敬がドラムセットをセッティングし始める。これは?もしかして?と思っていると、BGMが大きくなって場内が暗転して登場したメンバーはこれまでの秋山黄色を含めたスリーピース編成から、鈴木、amazarashiや黒木渚でもギターを弾いている井手上誠、かつてSiM主催の「DEAD POP FESTiVAL」にも出演したことがあるNo gimmick classicsのShnkuti(ベース)を従えた4人編成に変わっている。
なのでこれまでのライブを見たことがある人はいつものように白い大きめのTシャツに前髪が隠れるくらいの長い金髪という出で立ちの秋山黄色本人が登場しても戸惑いを感じていたようだが、4人が楽器を構えて目を見合わせてからイントロのキメを放ち始めたのは、これまではライブの最後に演奏されてきていた「猿上がりシティーポップ」。秋山黄色の中でも1番のキラーチューンであるこの曲を敢えて最初に演奏したということ。それはこの4人のライブで最初にやる曲はこの曲だと決めていたのかもしれない。
しかしながら音の圧力がとんでもない。これまでのソリッドなスリーピースでのライブも素晴らしかったが、秋山黄色と井手上によるギターを2本にすることによって音源の再現性を高めるという狙いもそもそもはあったかもしれないが、このモンスタークラスのメンバーが揃ったことによって、再現どころか、ライブで音源をはるかに超えるという次元にまで達しているのがこの1曲目の時点でものすごくよくわかる。
秋山黄色は様々なアーティストからの影響を包み隠さずに公言するタイプだし、JAPAN’S NEXTの時も自身の出番の時間以外はひたすら客席でライブを見ていた。それは自分が憧れたり凄いと思うアーティストたちの姿を見て、「ライブが良い」という要素が音楽をやる上で何よりも大事なことであると本人がわかっているからだろう。だからこそこうして音源を超えるようなライブができる編成へ思い切って踏み出したのだろう。
秋山黄色は早くもその無垢かつ澄んだ高音の声に荒々しさを加えるように、というかそうせざるを得ないような衝動が溢れているからか、叫ぶようにして歌うフレーズもあったが、最後のサビの前のキメでイントロと同じようにメンバー4人が向き合うと、井手上がフライング気味にギターを鳴らしてしまったのは緊張感やまだ完璧に合わせきれているわけではないのだろう。
しかしコーラスも務めるというバンドにとってものすごく重要な位置を担うことになった井手上を始め、ライブ経験豊富なメンバーはその表情から実に楽しそうなことがわかる。すでに音楽における初期衝動という時期を過ぎていると言ってもいいキャリアを持つメンバーたちであるが、この日は確かに衝動が発する音や演奏する姿に宿っていた。それは秋山黄色が持っている音楽への衝動が引き出した部分もあるのだろうし、その秋山黄色の音楽や人間性を3人がすでに心から信頼しているからこそ見ることができたものだ。
イントロのギターリフが印象的な「やさぐれカイドー」は秋山黄色がそのリフを弾くが、スリーピースの編成よりもサウンドが良い意味で軽やかになっているような演奏に。あまりに荒ぶりすぎた秋山黄色は「オイ!」とサビ終わりで観客を煽るように叫ぶのだが、その際に自身のエフェクターに躓いて転んでしまい、マイクスタンドにぶつかりながらステージから転げ落ちそうになってしまう。なのでマイクが完全に客席の方を向いてしまったのだが、そこはスタッフが素早く直したことによって歌には影響せず。
その新メンバーによるライブの素晴らしさはアッパーな曲だけではなく、
「薄暗い 部屋 今日も一人」
という秋山黄色の本質とも言える内省的な暗さを描いたバースデーソング「クラッカー・シャドー」でも同様であり、特に裸足でステップを踏みながら五弦ベースを弾きまくるShnkutiは凄まじい。自身のやっているバンドもグルーヴの塊であるが、海外や日本のスタープレイヤー的なベーシストたちの姿をも彷彿とさせる。
「1年前にこのO-nestで東京で初めてのライブをやったんですけど、まぁ大爆死でした。ギター弾いてたらなぜか手から血が出てるし、ほとんど床しか見えないっていう。…でも今日はソールドアウトで、こんな景色が見れて本当に嬉しいです。今日は来てくれてありがとう!」
とソールドアウトで満員の客席を見渡して秋山黄色が言うと、そんなかつての自身の姿を回想するかのように「日々よ」を演奏。
2月のO-Crestでのリリースライブの時も演奏していた曲であるが、こうして長い持ち時間のライブでは毎回演奏されているということは本人の思い入れも強い曲なのだろうし、何よりもこんなクオリティの曲があるんならば早く音源化してくれないか、と思うのはファンのワガママなんだろうか。
秋山黄色のハイトーンなボーカルの伸びの良さがミドルテンポのロックソングだからこそより一層発揮される「Drown in Twinkle」と未発表だけではなく「Hello my shoes」の収録曲もこの4人でのアップデートされた形で演奏されると、
「前までのライブを見てくれてた人はビックリしたと思いますが、4人になりました!俺は1人で音楽をやる面白さってこういうところにあると思っていて。いろんな人と一緒に音楽をやることができる。バンドって解散とか活動休止とかいろいろあるじゃないですか。でも1人だと、解散とかないから。俺が辞めない限りは続くから。
今日までに母親がいきなり10匹くらい猫を拾ってきたのに面倒を見ないとか、俺のくだらないツイートがバズったりとか色々あったし、学校で必修科目をちゃんと受けなかったからギターを弾いたり曲を作ったりする時間ができた。そうやって転んだりしたこともちゃんと今日につながってるっていうことを俺は歌っていきたい」
と、この新しい編成になった理由を語ったが、そこにはスリーピースでのライブを支えてくれた2人への感謝と愛を感じさせたし、これでメンバーが変わったから終わり、というのではなくて、これからまたいつか一緒にステージに立つ日が来るかもしれないということも。
そしてそうした日々の積み重ねがこの日に繋がっているということを、井手上のアコギの温かい音が包み込むような、8月に配信される新曲「夕暮れに映して」でしっかり曲にしていた。こうした切ない情景を描いた曲というのは今までにないタイプであるだけに、これからもきっと様々な曲が生まれてくるのだろう。
「Zeppとかでできるようになったら、ストリングスの人をズラーッと並べて、俺は端っこでギター弾いてる」
というのはさすがに言い過ぎなような気もするが。
そしてストレートなパンクソング「スライムライフ」は鈴木の手数を増やしたドラムによってメリハリとともに疾走感が生まれ、
「今 現在の残金の総額と 溢るる夢の数がスレてて笑っちまう」
という2019年度最高レベルのキラーフレーズで幕を開ける「とうこうのはて」ではさらにバンドのグルーヴが一段階上に。それはただ単にバンドの音や呼吸が合ってきたのではなく、秋山黄色が
「声を聞かせてくれ!」
と言うとそのバンドの音に観客による大合唱が重なっていたから。さらには井手上だけでなく鈴木もコーラスに参加し、この曲のポテンシャルをさらに引き出している。JAPAN’S NEXTではまさかの演奏されないというセトリにビックリしてしまったが、できるならこの曲は毎回ライブで聴きたいし、もっと大きな会場でもっとたくさんの人の声が重なる瞬間を体験したい。
そして、
「またもっと大きなところで!9月に初のワンマンライブが決まりました!」
と嬉しい告知をすると、最後に演奏されたのはシュールなMVも面白いパンクナンバー「クソフラペチーノ」。
「スタバに行ったって コーヒー飲んだって
お洒落な事とかできないんだ 僕だしな」
というフレーズは共感しかないし、だからこそ自分は秋山黄色の音楽にこんなにもドキドキするんだろうな、とも思うけれど、最後の最後にバンドが見せた、井手上もShnkutiも大きく飛び跳ねまくる激しすぎる演奏はまるでパンクバンドのようで、これから秋山黄色のライブで見える景色が変わるような予感がした。
いや、もちろん「明日になったら変わるかな」というようにすぐには変わらないが、最初に「Hello my shoes」を聴いた時から、自分は秋山黄色はすぐにデカい会場でワンマンをやるようになるだろうな、と思うくらいに楽曲のクオリティが飛び抜けているし、その予感は最初から確信と言っていいレベルだった。
でも、大きなところで見るようになるのはもちろんだけど、その大きなところで見える景色は今とまた変わるんじゃないかと思った。まだ客席は押したりモッシュが起きたりということはないが、もしかしたらこれからそういうことが起きたりするようになるんじゃないか。しかもそれははしゃぎたいからそうするんじゃなくて、気づいたら音に体が反応してそうなっていた、という衝動的な感情によって。それくらいに秋山黄色が超絶的な進化を果たした一夜だった。
メンバーがすぐにステージを去ると、アンコールはなかった。「ドロシー」まだやってないからやるかな?と思ったけれど、それは9月のワンマンの時の楽しみに。果たしてこの男はどこまで凄くなって、どこまでたくさんの人に刺さるような曲を作って、どこまで大きな、広いところまで行くんだろうか。
日々たくさんのアーティストの音楽を聴いていても、ここまでそう思わせてくれるような存在はそうそういない。帰りにiTunesで「Hello my shoes」を聴いていたら、再生回数が2019年リリースの作品の中でダントツでトップだった。
一生一緒なんて思えるようになりたいんだぜ。
1.猿上がりシティーポップ
2.やさぐれカイドー
3.クラッカー・シャドー
4.日々よ
5.Drown in Twinkle
6.夕暮れに映して
7.スライムライフ
8.とうこうのはて
9.クソフラペチーノ
文 ソノダマン