今週、フレデリックとしては最大アリーナのワンマンとなった横浜アリーナでのライブの映像作品が発売された。
その横浜アリーナのライブが開催されたのは2月25日。その翌週、3月に入ってからのライブがことごとく延期や中止になってしまったことを考えると、現状においては最後に見れた、行われたアリーナワンマンということになる。
当然ながらフレデリックもその後に出演が予定されていたフェスやイベントなどのライブはすべてなくなり、およそ5ヶ月近くライブを行っていないという状況の中、バンドとしては初めての無観客配信ライブを開催。
今回の配信ライブはこれまでにもワンマンやCDの特典DVDなどで披露してきた、FAB(フレデリック・アコースティック・バンド)の形態によるもので、オンラインということでさらに「O」を加えて「FABO」というタイトルに。
19:30開場の20時開演という時間設定であるが、開場時間になると過去のライブ映像に加えて、オシャレなレコードプレイヤーが開演待ち中のBGMを奏でているように回っている。ライブ中のリアルタイムコメントでも
「フレデリックのレコードが欲しい」
というものがあったが、そう思っている人はたくさんいそうだし、それはバンド側のアイデアや想いが詰まったアイテムになりそうだ。
20時になると待機画面から会場の画面に切り替わるのだが、ライブハウスではなくてこれまでにもCDの特典映像で演奏されていたようなスタジオからの配信ライブであるが、間接照明と「FABO」というオブジェ、ダイヤル式電話にメンバーが座るためのソファーなど、普段のライブと比べると圧倒的にオシャレな空間になっている。フレデリックとしてではなく、FABとしての秘密基地であるかのような。
その空間にメンバー4人が登場すると、三原兄弟と高橋武(ドラム)は5ヶ月ぶりのライブでも見た目にほとんど変化はないが、赤頭隆児(ギター)は髪がかなり短くなり、さらには髭も濃くなって少しワイルドさが増しているようなイメージ。とはいえ全員ソファーに着席しての演奏というスタイルなので、出で立ちだけでギターを弾く姿からは今回はワイルドさは感じることはできないのだが。
「フレデリック・アコースティック・バンド、始めます」
と健司(ボーカル&ギター)が挨拶すると、1曲目は「ナイトステップ」。健司はアコギを弾きながら歌うという形こそアコースティック形態ならではであるが、アコースティックライブとなるとドラマーはカホンを叩くということも多いのだが、高橋は通常のドラムセットであり、康司もエレキベースと、ただ単に楽器をアコースティックのものに変えて演奏するというものではなく、FABならではの形態やアレンジを施したものであるというのがメンバーの編成からもよくわかる。この辺りは事務所の先輩であった、NICO Touches the Wallsのアコースティック編成である、ACO Touches the Wallsを見てきた影響もあるんじゃないかと思う。とはいえサウンドが通常編成よりも繊細であるということもあるからか、いつも以上にメンバー同士が入念にアイコンタクトをして呼吸を合わせているような印象だ。
とはいえアコースティックという名の通りにBPMは原曲よりもかなり遅めになっており、それは全員が座って演奏しているために当たり前と言えば当たり前であるが、「KITAKU BEATS」はBPMこそ遅くなっているけれど、赤頭のギターリフが原曲同様なだけにすぐにこの曲であることに気づく。
普段のライブではこの曲はライブという場で遊びきってから帰宅するという、健司も
「遊びきってから帰れよ」
と歌詞をライブバージョンにアレンジして歌うだけに、出来ることならば家でライブを観るのではなくて、少しでも早くフレデリックのライブを観に行って遊びきってから家に帰宅したいと思う。
一転して最初は「何の曲だろう?」と思ったのは「リリリピート」。それは原曲よりもはるかに健司のボーカルを立たせ、演奏は控えめにそれを引き立てるというアレンジになっていたからであるが、間奏で赤頭と健司が笑顔を見せ、その間に高橋が細かくドラムを刻み始めるという姿には思わずこちらも笑顔にさせられてしまう。
「やってまいりました。初めての無観客ライブです」
「今の進化したフレデリックを見せていきたい」
と、語り口こそいつものライブよりも穏やかであるが、言葉の奥からは確かに漲るものを感じさせる中で演奏されたのは「まちがいさがしの国」。
フレデリックはMCやSNSで社会に言及するようなことを言うようなタイプではない(そもそもMCをそんなにしない)が、その分自分たちの音楽なり歌詞に自分たちなりの主張や言いたいこと、問いたいことを込めているし、それは今の世の中や社会・政治的な情勢だからこそより説得力を持って響くな、と思っていたら曲中にいきなり「イマジネーション」に切り替わるという、「配信だからいきなり自動的に早送りされたのか?」と目と耳を疑ってしまうくらいに見事なつなぎを見せる。それはFABではない通常の編成でのライブでやってきたことがそのまま生きているし、FABにおいてはこの2曲が合体して1曲になっているかのような感じすらする。
健司はこのライブについて
「いろんな形で演奏するので」
と言っていたが、それが顕著に現れていたのは「VISION」。高橋がデジドラを叩くという、およそ普通のアコースティックでのライブはあり得ないようなアレンジでの演奏となり、さらには健司はアコギを持たずにハンドマイクでの歌唱。それがより一層歌い上げる感を強めていたこともあって、「VISION」という曲が持つ新しい一面を垣間見られたような感じがした。
するとそれまでは明るく照らされていたスタジオが急に暗くなり、よりアコースティックライブらしいムーディーな雰囲気で演奏された「もう帰る汽船」は健司がほぼアコギに専念して康司がメインボーカルを務める曲。
「VISION」での歌い上げ方からして、健司のボーカリストとしての覚醒っぷりはまだまだ底が見えないレベルで続いているが、双子であるということも含めて、ブルージーであり渋い康司のボーカルは健司との良い対比になっている。ROYという絶対的なボーカリストを持つTHE BAWDIESのライブにおけるTAXMANボーカル曲のような立ち位置になっていくのかもしれないとすら思う。
「楽しい。めちゃくちゃ楽しい」
「気持ちいいな〜」
と、普段とは形態は違えど、やはり久しぶりとなるライブをメンバー自身も楽しんでいる率直なコメントを発しながらも、
「こういうところで生きている人間なんやなって感じる」
という健司の言葉からは、フレデリックが常にライブハウスをはじめとした現場からのし上がってきたバンドであるという自負を感じさせた。
「イントロドン的な感じをみんな持ってるっぽい」
と高橋が言う通りに、チャットでは「イントロを聴いただけでは何の曲なのかすぐにわからない」というコメントも寄せられていた。それはきっとバンドからしたらしめしめというか思惑通りなのだろうが、見ている側からしても健司が歌い出したりするまで何の曲なのかわからなかったりするのは何度もフレデリックのライブを見ていてもドキドキできる要素である。
かと思えば赤頭が6月に誕生日だったことをいきなりアピールし始め、健司は以前ZOOM会議に寝坊した高橋に目覚まし時計をプレゼントしたことを明かしたりという誕生日トークを始めるも、赤頭自身が康司からまだプレゼントを貰っていない(理由は「海外から取り寄せてるから時間がかかっている」)ということで段々赤頭の話が適当になってきたところで、待機時間にも映し出されていた、4人のちょうど真ん中に位置するテーブルの上に置かれたレコードプレーヤーが再び映し出されると、健司が
「せっかくだからまだワンコーラスしかできてないけれど、夏フェスでやる予定だった新曲を」
と言って「センチメンタル・サマー」を披露。
「夜はずっと短くなって」
というフレーズは真夏というよりもむしろ夏の終わりを感じさせるし、健司のハイトーンと康司のロウトーンとの対比、健司のボーカルだけになるフレーズの差し引きの仕方も含めて、まだこのFABバージョンでしか聴いていないけれど、夏フェスでも炎天下というよりは夕方から夜にかけての時間に聴きたくなるようなチルなサマーチューン。もはやフレデリックは各地の夏フェスにおいてもメインステージに立つようになってきているだけに、その時間帯に聴ける時にはメインステージのトリやトリ前で…という妄想は止まらない。
そのまま康司のベースと高橋のドラムの掛け合い的なイントロで始まった「ふしだらフラミンゴ」では健司だけではなくて赤頭もアコギになることによって、フラメンコの要素すらも感じさせるような情熱的な仕上がりになっているし、照明もいつのまにかそれに合わせて赤を基調としたものになっている。
健司が再びハンドマイクで歌う
「切り裂いていけMUSIC」
という「シンセンス」のフレーズは心ない人から「ライブハウスなんかいらない」と言われてしまうような今の状況だからこそ、音楽の力を信じたくなるように響いていたし、通常のライブでは健司がハンドマイクであることによってステージを動き回りながら歌う「パフォーマー」としての表情も見せてくれるのだが、座って歌うこの形態では「シンガー」としての役割に徹しているかのような。
そして高橋がマーチ的なドラムのイントロを叩き始め、そのリズムをキープして演奏されたのは「オドループ」。メンバーみんながカメラ目線で笑顔が映る中、通常の形態での体が踊るというよりは、心が踊るというようなアレンジに。どちらにしても踊ってない夜が気に入らないのである。
健司が
「音楽が好きな人たちが、より音楽を好きになってもらう方法を考えます」
と、自分たちが楽しめることややりたいことをやりながらも、音楽を好きな人の間口を広げたい、そうした人を増やしたいというフレデリックとしての変わらぬ姿勢を示す言葉とともに演奏されたのは「終わらないMUSIC」。
こんな状況であっても、音楽は終わることはなくまだまだ続いていく。それはフレデリックのようにひたすらに音楽の力を信じ続けて音楽を鳴らすバンドがいるからだ。自分自身が音楽に救われたと思っているし、フレデリックのメンバーたちもそうだと思っているからこそ、フレデリックの音楽とこれからの活動を信じたくなるのだ。
これでライブは終わりで、メンバーは一度スタジオから去るのだが、すぐに戻ってくると、
「俺の頭の中にずっと「アンコール!」って鳴ってた(笑)」
と、我々視聴者の想いがメンバーに伝わっていたかのよう。
「今後もフレデリックらしく遊びながら」
「やっぱりオンラインでも遊びたいやん」
と、オンラインライブにおける自分たちなりの可能性ややり方に手応えを感じたようでいて、この先もこうして会場でライブは見れなくても配信という形で会える、しかもただライブをやるだけじゃなくて考え抜いた上での我々の予想の斜め上を行くやり方で、ということを期待させながら演奏された「かなしいうれしい」は健司の歌のみで始まると、1コーラスは健司の歌とギターのみ、2コーラス目から赤頭のギターが加わり、Cメロでドラムがフィルインしてバンド編成となり、ラスサビでは康司もコーラスとして参加するという、一つ一つ音が重なっていくという形なだけに、それぞれの鳴らす音がどんな役割を果たしているのかが実によくわかる形に。
「終わりたくない、終わりたくないね。音楽を鳴らせていることが幸せだから。みなさんに本当に感謝」
と、久しぶりのライブを心から楽しみつつ観客への感謝も告げながら、
「一手間も二手間もかけたら気に入らない人もいるかもしれん」
という言葉には、自分たちがやりたいことと、音源通りの形で聴きたいという人の間でリアルに悩むメンバーの正直な心境が感じられた。それでもきっとフレデリックはこうして曲にアレンジを施して形を変えることをやめることはないだろう。それが新しい音楽との出会いや楽しみ方になるということをこれまでの人生においてメンバー自身が体験してきたから。自分自身、そうしたフレデリックの挑戦をこれからもずっと観ていたいと思う。
そんなフレデリックが最後に演奏したのは「CLIMAX NUMBER」。アコースティックという爽やかさを感じさせやすいアレンジを最大限に活かすようなアレンジは、これから先の音楽業界にきっと春はやってくるという希望を自分たちの音で抱かせてくれるようだった。この日はこれが「最後のナンバー」だったけれど、どんな状況に見舞われても、この4人がこの4人である限り、フレデリックの音楽は鳴り止むことはないんだな、と改めて思わされた。
やはり世間的にはフレデリックと言えば「オドループ」というイメージがまだ強いだろうし、フレデリック=速いBPMのダンスロックバンドというイメージを持っている人も多いかもしれない。
でもこのFAB形態でのライブは、フィジカル的に踊れるようなものではない。それでもフレデリックがワンマンやこうした配信ライブでアコースティックという形のアレンジでライブをやるのは、自分たちの曲がただ踊れて楽しいというだけのものではない、もっと普遍的な魅力を持っていることを信じているからだ。
もちろん踊りまくって憂鬱を吹き飛ばしたい時には通常の形態でのアレンジで聴けばいいけれど、人生はそういうメンタリティの状況だけではない。そんな時にスッと心に染みてきて寄り添ってくれて、でも確かに聴いた後には希望や力が微かにでも湧いてくるような。
フレデリックがそうして様々な状況や心境にもフィットできる音楽を生み出しているということを実感させてくれるようなFABOだった。
通常のライブも大好きだけれど、この形態でのワンマンをビルボードなどのちょっと格式高い会場で強めの酒を飲みながら見たくなった。
そしてフレデリックは次にどんなことを企んでいるのだろうか。それはきっと我々では想像ができない。メンバーにしかわからないことなのだろう。
1.ナイトステップ
2.KITAKU BEATS
3.リリリピート
4.まちがいさがしの国 〜 イマジネーション
5. VISION
6.もう帰る汽船
7.センチメンタル・サマー
8.ふしだらフラミンゴ
9.シンセンス
10.オドループ
11.終わらないMUSIC
encore
12.かなしいうれしい
13.CLIMAX NUMBER
文 ソノダマン