新しいスタートを切る1年になるはずだった。去年の悲しい出来事と別れを経て、それまでの5年間を総括して新しく前に進むためのベストアルバムを3月にリリースした、KANA-BOON。
そのベストアルバムのリリースツアーはバンドにとって初のホールワンマンとなり、チケットが瞬殺で手に入らないという状況からも、これまでKANA-BOONの音楽に支えられてきた人、これからのKANA-BOONに期待をしている人がたくさんいるということが伝わってくる、これからもう1回、今度は勢いではなくて、自分たちのやりたいことを自分たちでしっかりと考え、それを実践しながらバンドとして進化して、右肩上がりの曲線を描いていくことになるはずだった。
しかし新型コロナウイルスの影響によって、ホールツアーは全て開催見合わせとなってしまった。(まだ振替公演がどうなるかもわからないという状況)
そんな中で他のバンドやライブハウスが徐々にではあるが活動を再開している状況からか、ファンクラブ会員限定で、今のイベント開催のガイドラインに則ったベスト盤リリース記念のワンマンライブを、六本木EX THEATERで開催するはずだった。
だがそれすらもこの数日の都内の感染者数の拡大と、それに伴う連休中の外出自粛要請によって有観客でのライブを断念し、オンラインでの開催となってしまうなど、メンバーやバンド側は全く悪くないにもかかわらず、政治というか行政の曖昧な判断や態度のせいでまたしてもバンドに会うことはさらに先になってしまった。
というわけで配信ライブとなったこの日は19時過ぎからメンバーの様子が映し出されるのだが、いきなりライブではなくて新しいグッズ紹介をしているという和気藹々さが実にKANA-BOONらしいというか、こういう姿は20歳くらいのバンドよりもどこか幼く見える。それはメンバーの見た目がほとんど変わってない(古賀と小泉は特に)からというのもあるだろうけれど、バンドが持つ空気感や雰囲気がそう感じさせるものも強いと思う。
開始時間の20時の5分前くらいになると、まさに楽屋からステージに向かうメンバーの姿が映し出される。
古賀「今日のシャツの生地、シルクやねん」
鮪&小泉「知らんがな!(笑)」
と、ライブが始まる直前までも実にKANA-BOONらしいが、日頃からライブハウスに行ってライブを見ることを人生における至上の楽しみだと思っている身としては、EX THEATERのステージ裏を見ることができるというのが地味に嬉しい。
カメラが回っているからという理由で古賀によるライブ前の円陣はなんだか堅めであり、鮪もストレッチをしながら何度も「緊張する〜」と口にしていたあたり、普段のライブとは違う緊張感があるのだろう。
サポートベーシストのエンドウマサミを含めた4人がステージに移動すると、すぐさま鮪のギターが刻み始めたのは「ないものねだり」のイントロのギターリフ。
「KANA-BOONです!よろしくー!」
と鮪が元気良く挨拶すると、登場時に衝撃を与え、ロックシーンを変えたと言ってもいい軽快な4つ打ちのリズムが鳴り響き、早くも古賀とエンドウはいつものライブと全く変わらないようにステージ左右に展開していく。観客がいないために、端の観客の方へ寄っていくという行為ではなくなっているだけに、もはやこれはこの曲の演奏時に染み付いているものと言っていいのかもしれない。
間奏では古賀が前に出てきてギターソロを決めながら手拍子も決めると、
「数年ぶりに原曲のバージョンでやります!」
と言って、ライブではおなじみのコール&レスポンスはやらずに原曲の尺で演奏される。もはやこの曲はライブで観客がいる時は違う曲になっていると言ってもいいことがわかるし、それはつまりライブにおけるこの曲はもはやバンドだけのものではなく、みんなの曲になっているということである。
イントロでのメンバーが向かい合ってキメを連発するのはバンド屈指の名曲だと個人的に思っている「さくらのうた」。鮪のボーカルはキーが原曲よりも下げられて歌われていたが、そのアレンジで
「国道沿いを走って」
という歌詞を歌うことによって、歌詞のとおりに走っていた少年の曲から、その走っている少年の姿を見つめている大人の曲に変わっているかのよう。今となってはKANA-BOONをコピーしているバンドもたくさんいる。そういう若いバンドたちをメンバーが見守っているかのような。
「寂しいねぇ」
と挨拶がてらに本来ならば少なからず観客がいるはずだったのが、誰もいないことになってしまった客席を見渡しながら鮪は言うが、
「でも僕らは観客がいようがいまいが、バンドで演奏するのが1番楽しい。昔の客がいなかった三国ヶ丘FUZZを思い出しながらやりましょう(笑)
みんなも今日はマナーだとかモラルだとかを気にしなくていいと思うんで、飛び込みたいと思ったら布団にダイブしたり、踊ったり歌ったりしても誰にも言われないんで、好きに楽しんでください」
という言葉からは、鮪やメンバーが普段からそうしたライブにおけるマナーやモラルに関するファンの意見を全て目にしていて、それを受け止めながらこれまでのKANA-BOONのライブを作ってきたのであろうということがわかる。もしかしたらそうしたマナーやモラルに対してファン同士が言い合っている様に心を痛めている時もあるんじゃないかということも。
その鮪の言葉通りに、ライブ会場ではなくて自宅であっても歌いたくなるのは「盛者必衰の理、お断り」であり、踊りたくなるのは「1.2. step to you」である。近年においてもライブで主力を担い続けている曲であるだけに、ベストアルバムを提げたライブでこうして演奏されているのも当然な曲たち。
小泉のドラムソロから鮪の歌い出しに入るというアレンジがなされた「ウォーリーヒーロー」というあたりで、これはベストアルバムのリリースライブなので、バンドの歴史を辿るような流れであることがわかる。なのでここまではいわゆる初期曲と言っていいような曲たちだけである。もちろんバンドの演奏と鮪の歌唱のクオリティは当時とは全くレベルが違うけれど。
激しい曲では全くなく、むしろ聴き手の心にそっと寄り添うような「結晶星」でドラムの強さを感じるあたりは小泉のドラマーとしての確かな成長を感じさせるし、配信という形だからこそ、古賀とエンドウの2人がハイトーンコーラスをしっかりとこなしながら演奏していることもわかる。
そもそも、KANA-BOONのコーラスは多分めちゃくちゃ難しい。それは鮪のボーカルが実はめちゃくちゃ難しいからで、カラオケで歌うだけでそれはよくわかる。かつて東京藝大出身のパスピエのメンバーが鮪のボーカルの上手さを絶賛していたことからもそれは明白だが、ボーカルがあんなに難しい曲のコーラスが簡単であるわけはなく、エンドウがそれができるベーシストであるというところにバンドが知り合いでありながらも高い技術を持った人を探してきたんだろうなという、これから新体制で進んでいくための入念な準備と覚悟がこうしたところからも垣間見える。
「寂しいなぁ。ボタン押したら歓声が鳴るようにしておけばよかった」
と、鮪はやはり曲が終わっても歓声が起こらない=観客がいないということに寂しさと違和感を感じていたようであるが、そうした状況だからこそ普段のライブではあまりしないようなメンバー紹介をして、ベースのエンドウを紹介した際にはメンバーたちが感謝を込めるように拍手をする。
この外出できない期間に何をしていたか?という問いに対しては小泉が
「めちゃ料理してた。だし巻き卵ばっかり作って。憧れのアジカンの潔さんみたいに(笑)」
と、もはやドラマーであり料理人という立ち位置になりつつある、アジカンの伊地知潔に憧れて料理をしていることを明かす。バンドとしてだけではなく、一個人としても憧れを抱いているとは。
古賀は普段からやっているコール&レスポンスをやろうとするも、当然ながら観客がいないために通常の状態ではできず、メンバーそれぞれとコール&レスポンス対決をすることに。
エンドウの意外にもめちゃくちゃ大きい気合いの入ったレスポンスに古賀がビックリしながらも、最後の小泉のレスポンスとともに次のイントロへと繋がり、「フルドライブ」ではその古賀のギターソロがさらにパワーアップしているというか、自信に満ち溢れているようにすら見える。
そのまま曲と曲を繋げるようなアレンジの演奏から「ディストラクションビートミュージック」へと突入していくが、シングル曲ではないこの曲がベストにも収録されて、こうしてベストアルバムのライブでも演奏されているというのはバンドにとって(主にライブという場面で)大事な曲になっているということがわかる。
鮪は歌詞通りにアッパーなこの曲では感情を放出できるのか、最後には叫ぶような姿も見られた。すでに1度配信ライブをやっているとはいえ、そうしたことができるのもこうやってステージに立てているからこそだ。
それはアッパーという意味ではないが、「涙」も同様にバンドにとって大きい曲であるというか、やはりどうしてもその歌詞にバンドが辿ることになったエピソードを重ねてしまう。もちろん曲を作った時にはそうなることなど全く予期していなかっただろうけれど、今となってはリリース当時とは違う意味を持って聞こえてくる。
鮪が手拍子してからポップなイントロが鳴らされる「なんでもねだり」は夏用の化粧品のCMタイアップ曲だったこともあって、聴いていると今年の夏もいろんな各地の夏フェスに出演して演奏するKANA-BOONの姿を見れたのだろうな、と寂しくなってしまう。そんな夏を過ごしたことがないだけに。
鮪「普段どれだけみんなに助けられているか。古賀にももっとMCを磨いてもらわないと(笑)」
と観客のリアクションにバンドが助けられていることを語ると、さらに
鮪「僕らももう30歳になるんで、もう少しみんなを引っ張れるようになりたい」
とも。もう今でもKANA-BOONに引っ張ってもらっている人はたくさんいる。それは彼らよりも先に30歳を超えている自分ですらそうであるし、年齢問わずにKANA-BOONに引っ張ってもらっている人は多いはず。
早くからデビューして、一気に駆け上がるところも、その後の変わろうとしている姿も、こうして新たな形で再スタートを切ろうとしている姿も、全て見てきたから。そんなバンドの姿と、バンドが作ってきた曲を聴いてきた人は間違いなくKANA-BOONに引っ張ってもらってこれまで生きてきた。それでもバンドはまだまだそれでは物足りないと自分たちが感じているのだろう。
「シルエット」からの流れはそうした思いを炸裂させるというか、「バトンロード」も「彷徨う日々とファンファーレ」も、どこか鬼気迫るようなものを感じさせる。それは「絶対このバンドを続けてやる」というメンバーたちの意志だ。
それを自分は以前にも感じたことがある。それはチャットモンチーが高橋久美子が脱退して2人になった直後のライブだ。あえてサポートメンバーを入れずに2人だけであらゆる楽器を演奏するという形でライブをしていたあの頃のチャットモンチーは「絶対このままじゃ終わらないからな」というオーラが満ち溢れていた。それがあまりにも強すぎて、ライブを見ていると毎回泣いてしまったりしたのだが、今のKANA-BOONからもそうした思いを感じさせるし、
「覚えてないこともたくさんあったけど
きっとずっと変わらないものがあることを
教えてくれたあなたは消えぬ消えぬシルエット」
「未来を君と追い抜いて
見たいのさ この目で新章を」
「きっといつかメロディーに変わって
涙ぐんだ日々を笑って
これでよかったんだと
自分を騙してしまうような気がした」
というこの3曲の歌詞は、図らずとも全てが今のバンドにとってのテーマソングであるかのようだ。
すると鮪は叫ぶようにしてギターを弾き始める。バンドの新たなスタートと呼応するような「まっさら」だ。去年はフェスなどでもこの曲はライブの最後を担うことが多かった。それはそのタイアップアニメに向けたメッセージが今の自分たちの姿に重なったからということもあるだろうし、勇壮なコーラスはこれから先の日々を力強く歩いていくかのような宣誓そのもの。願わくばまた一緒にそのコーラスを歌える日が少しでも早く来ることを。
そして名曲しかないベストアルバムの曲から、視点は現在のバンドのものへ。ベストアルバムと同時にリリースされた最新シングル「スターマーカー」。フジファブリックの金澤ダイスケを迎えて制作されたこの曲は間奏部分で打ち込みのきらめくサウンドと古賀の手拍子という今までとは少し違う、KANA-BOONのポップさを突き詰めたような曲であり、だからこそこれからの可能性を感じる。
それにしても、かつてアジカンが「マジックディスク」期の厳しいスケジュールに疲弊し、メンバー間の関係性が良くなかった時期にツアーのサポートメンバーとして参加したのが金澤ダイスケであり、ゴッチも
「ダイちゃんが俺とメンバーとの緩衝材的な役割をライブ以外の部分でもしてくれて本当に助かった」
と金澤の人間性に感謝していたが、そのアジカンに憧れ続けてきた、弟子バンドと言えるようなKANA-BOONの再出発のタイミングを助けたのもまた金澤ダイスケだったというのはどこか運命的なものを感じる。そのコラボはこのタイミングで来たるべくして起きたことのような。
「またライブハウスで会いましょう!」
とライブハウスのステージからライブバンドが口にして終わりかと思いきや、メンバーはステージに止まり、
「本当はお客さんが入っていたらアンコールでやるつもりだった。
大事な春や、夏フェスが今年はなくなってしまった。でもずっと、春が来るのを待っている」
と、不安ではなくてあくまで希望を音楽に託すように演奏されたのは、ベストアルバムに収録された新曲「春を待って」。
「何回も もう何回も
見慣れた景色に新しい足跡をつけて
燦然と光る日々へ繋がりますように
淡い願いだけ抱いているよ」
その歌詞の通りに穏やかに春を待ち続けるような、いわゆる高速4つ打ちロック的なイメージとは全く異なるサウンド。この曲を聴きながら、こうしてライブを観に行けない状況であっても、KANA-BOONが前に進んでいることがわかるのならば、また会える春を待ち続けていられるような。最後にそう思えたこの曲は、きっと聴きたい人がたくさんいたであろう「眠れぬ森の君のため」ではなくて、この日最後に最も演奏されるべき曲だった。
2月に開催された、スペシャ列伝ツアー「同騒会」に出演した時は鮪は明確に飯田のことを口にしていた。かつてそのバンドたちで同じようにツアーをした際は確かに飯田もいたし、できることならまた同じメンバーたちで旅を回りたいと思っていたはずだ。
(共にツアーを回った中ではSHISHAMOもgo!go!vanillasもかつてとはメンバーが変わっている。そう考えるとキュウソネコカミだけが当時と変わっていない)
でもこの日はそれを口にしなかった。いつまでも引きずったままでは自分たちが前に進めないし、飯田は飯田で新しい生活がある。いつか飯田がライブを観にきてくれたりするようなことがあれば、また口にすることもできるかもしれない。
きっと、これからも寂しさはつきまとってしまうけれど、KANA-BOONはその経験をこれからの自分たちの力に変えていくことができるはずだ。この日、画面を通してでも最も強く感じたのは、メンバーたちの「これからもKANA-BOONというバンドを続けていく」という執念のような強い意志だったから。
1.ないものねだり
2.さくらのうた
3.盛者必衰の理、お断り
4.1.2. step to you
5.ウォーリーヒーロー
6.結晶星
7.フルドライブ
8.ディストラクションビートミュージック
9.涙
10.なんでもねだり
11.シルエット
12.バトンロード
13.彷徨う日々とファンファーレ
14.まっさら
15.スターマーカー
encore
16.春を待って
文 ソノダマン