今年はコロナ禍によって好きなバンドのライブを見ることができる機会が減った。そもそもライブをやってないバンドすらいるわけであり、年間100本以上ライブをやって、毎月のようにライブを見ることができていたバンドでも今年はまだ1本もライブを見れていないバンドすらいる。
そんな中であるのにメレンゲはボーカルのクボケンジの弾き語りも含めてライブを見れる機会が増えているのはなんなんだろうかと思うけれども、去年までは数えられるくらいしかライブをやっていなかったメレンゲがこんな状況の中で活動してくれているというのは実に嬉しいことである。
9月にはバンドと弾き語りの2daysでライブを行っただけに、青山月見ル君想フは今やメレンゲにとってホームと言えるライブハウスとなっており、その独特な内部の景観を含めてもメレンゲに実によく似合うライブハウスであるとも言える。
9月は椅子ありの自由席という形であったが、この日はキャパを減らしてのスタンディング。なので前後の人とは少し距離があるが、「演奏後にメンバーがピックを投げても奪い合いが起きないどころか譲り合いが起きる」というくらいの密にならなさを誇るメレンゲのライブらしいスタンディングの光景である。
19時半を少し過ぎた頃、ステージ背面の満月の前にはクボケンジ、タケシタツヨシ(ベース)のメンバー2人に加えて、もはやおなじみのサポートメンバーである松江潤(ギター)、山本健太(キーボード)、小野田尚史(ドラム)の合計5人がステージに登場。
サポートメンバーの前には譜面台があるし、クボの前の譜面台にもiPadが置かれているのだが、それを操作しながらなかなか演奏を始めようとしないクボの姿にタケシタと山本が笑い合いながら鳴らされた、それだけで名曲であるとわかる美しいイントロによって始まったのは実に久しぶりの「カメレオン」。髪を切ってさっぱりとした出で立ちのタケシタがベースを弾きながら客席を見渡すとその表情には笑顔が浮かぶ。その姿を見るだけでなんだか泣き出しそうになってしまう。ましてやクボの儚さをたっぷりと孕んだ歌声のこの曲との親和性たるや。
「月をテーマにした曲を」
と、この月見ル君想フのステージの象徴的なメンバーの背面に輝く満月を前にして演奏されたのは「ムーンライト」。9月の弾き語りライブ時には演奏されず、「なんでこの会場で「ムーンライト」をやらないのか」と思ったりもしたが、メンバー(というかクボ)がそうしたこの会場だからこそやるべき曲を、という意識を持ってこの日のライブに臨んでくれているという事実に思わず胸が熱くなるし、暗闇の中で月が輝く日比谷野音でのワンマンでこの曲が聞けたことは今でも強い印象でもってこの脳内に焼き付いている。
前半はメンバー(というかクボ)自ら「最近やってない曲をやります」と言っていたように、まさかの2006年リリースの不朽の名盤アルバム「星の出来事」収録の「へび坂」というレア曲に。
ギターロックバンドでありながらアーバンなイメージのポップサウンドを奏でるというのは今の音楽シーンに通じるものでもあるが、だからこそこの当時のメレンゲが評価されなかったのは普遍性を通り越してあまりに先を行き過ぎていたからだろうか。今はそこにサウンド面で大きな貢献を果たしているのは、あいみょんなどのサポートメンバーを務めている山本健太のキーボードである。
さらには同じく「星の出来事」収録の「バスを待っている僕ら」という久しぶりにライブで聴く曲へと続いていくのだが、近年(と言っても最近のライブ定番曲すらももう10年以上前の曲だったりするのだが)の曲では歌に寄り添うようなドラムを叩いていた小野田のパワーの強さと手数の多さを活かしたアレンジには、今のメレンゲのライブのロックな部分をこの男のドラムが担っていると実感できるし、曲後半にバンド全体のサウンドが一気に激しくなると、ポップな歌モノバンドではなくて、ギターロックバンドとしてのメレンゲを感じさせてくれる。
「この想いを伝えたいな でも答えは想像できる
その答えのせいで僕らもっと遠くに離れるのかな
いつもここでそれが邪魔をする そして今日も言葉を飲みこむ」
という歌詞からはこの曲の登場人物である男女2人の微妙な距離感や心象風景が想起できる。それはまるで小説のようであるし、「星の出来事」の帯に書いてあった「ジョバンニも憧れた純文学ギターロック」というコメントは実に言い得て妙である。
という冒頭からの流れは「これは今日はまさかの「星の出来事」の曲をガンガンやるライブなのか?」と思った。リリースはもう14年も前。様々なアーティストの新作が次々にリリースされている今ではそこまで聴くことはないけれど、今でもリリースされた当時にヘビーローテーションしていた頃のことを思い出すし、今でも全曲歌詞が完璧に頭の中に入っている。例え世間からは評価されなくても、自分の人生の中では本当に大切な存在のアルバムであるし、一生そう思える名盤である。
そんな「星の出来事」よりもさらに前。2002年にリリースされた、メレンゲ最初の全国流通盤である「ギンガ」の最後に収められている「ストロボ」がクボの切々としたボーカルと重いバンドサウンドで鳴らされ、それがサビで一気に月の光に照らされるように開いていく。
「外は真夜中のシーンで月を2人追いかけて」
というフレーズを歌い、鳴らすメンバーの背後には大きな満月が輝いている。それは目を離した隙には消えてしまいそうなくらいに美しい光景であった。
そんな中で挟まれた「hole」は
「窓一つない真っ暗な部屋 どんな声も届きそうにない部屋
朝も夜もここにはない 手を触ってよ そばに来てはくれないか」
というあまりに孤独な歌詞がポップなメロディとサウンドに乗る。こうして初期の曲の後に聴くと同じポップという言葉の意味がだいぶ違うと思うくらいに洗練されている。それでももう8年も前の曲であるのだが、その間にはメンバー脱退があってクボとタケシタの2人だけになったり、クボの親友が居なくなってしまったりした。こうして時期が違う曲が並ぶことによって、そんなバンドの歴史と変化を短い時間の中でも感じることができる。
そこからさらに時間軸を昔に巻き戻し、季節さえも冬から夏に巻き戻すように演奏されたのは至上の名曲「初恋サンセット」。
この曲をライブで聴くと、今でも思い出す2006年のROCK IN JAPAN FES.のWING TENTにメレンゲが初出演した時に最後にこの曲を演奏していた時のこと。セミの泣き声すら聞こえる最後のサビ前のわずかな静寂からクボの歌声が入ってきた時の震えるような感覚。あの日は「夕凪」で始まって「初恋サンセット」で終わるという、まだ若手スリーピースバンドだったメレンゲの夏そのものだった。あの頃は翌年以降にもっと広いステージで何回もメレンゲがこのフェスに出る姿を見れると思っていた。
「どこまでも続くヒコーキ雲をみて
「空が割れちゃうわ」って君が言う」
「途切れはじめてるヒコーキ雲をみて
「子供騙しだわ」って君が言う」
という、今でもどうやったらこんな歌詞をこんなに美しいメロディに乗せることができるんだろうと思う。今年の夏が例年通りにライブをやれるような夏だったら、もしかしたらこの曲を夏空の下で聴けていたのかもしれない。今年のメレンゲの活動を見ていると、そう思わずにはいられない。
するとここで15分ほどの換気タイム。地下の小さなライブハウスであるこの月見ル君想フだからこそのコロナ対策。実際にライブ中は暑くすら感じた会場内が一気に涼しくなった。
未だにクボもタケシタも「自分の顔が映るのが嫌だ」という飛沫飛散防止のためのマイクに取り付けられた丸いアクリルボードもまたこのライブハウスならではの感染対策だろう。
再びメンバーが登場すると、小野田が手で叩くパーカッションの音が一層新たな始まりを感じさせる「CAMPFIRE」からの「アルカディア」という流れはここからライブが新しく始まっていくような感覚にすらなる。
山本によるシンセが神聖な響きで鳴る「ミュージックシーン」ではタケシタや松江に合わせて観客もリズムに合わせて手拍子をする。もとからバンドと観客がみんなで一緒に歌うというようなタイプのバンドではないけれど、だからこそこうした些細なことでも確かに自分たちの目の前で音が鳴らされていて、それにリアクションを取ることができるという幸せを感じる。
後半戦はバンドのディスコグラフィー的には後期にあたる、ギターロックバンドという枠組みからさらに広いところへ向かうような、近年のライブでもおなじみの曲が演奏される流れとなったが、そんな中で松江のギターのイントロが前半のように再びギターロックバンドとしてのメレンゲを感じさせてくれるのは「チーコ」。
歌詞における一人称が「俺」であることもまた初期ならではの若さや無軌道さも感じさせるが、
「ここはアトムが夢に見た星 昼と夜のオセロの世界」
というフレーズなど、すでにこの時期からクボの作家性は際だっていることがわかる。
ハイパーなシンセのサウンドによって始まる「バンドワゴン」では観客たちの腕が一斉に上がるというメレンゲのライブにおいては珍しい場面も見れるのだが、クボは歌詞に「月見ル」とこのライブハウスの名前を入れるだけに気持ちが高まるのも無理はないところ。とはいえやはりメレンゲにとっては数少ない観客とのコーラスパートではクボがいつもの癖で煽っても観客の声は聞こえないわけであるが。
するとタイトル通りに楽しげなのは観客の手拍子によるものでもある「ビスケット」のイントロではクボとタケシタが接近して向かい合って音を鳴らし合う。その姿は2人だけではあるけれども紛れもなくバンドそのものだった。いろいろあったけれども、この2人がこうして今でもメレンゲの看板を背負ってメレンゲの曲をライブで演奏しているという事実が目の前に広がっているというだけで我々は幸せだ。
普段はMCが長くなることも多いバンドであるが、この日は時間的な制約があるからか、ほとんどMCはなかったのだが、クボは
「もう見てくれる人が増えるとは思っていない」
と口にした。クボが言うと少し自虐的というか、冗談まじりにも聞こえるけれど、メレンゲはワーナーミュージック所属時代には平山あや主演ドラマや田中麗奈主演映画の主題歌を、ソニー移籍後には「宇宙兄弟」や「ピンポン」のアニメのテーマソングなど、大きなタイアップをたくさん担ってきたバンドだ。
だがそれでも思い描いていたようにたくさんの人に聞いてもらうことはできなかった。そんな現実を知っているバンドなのである。だから今の自分たちの置かれている状況も、これからのバンドの行く末もある程度はわかっている。かつて渋谷公会堂や日比谷野音でワンマンをやった時のようにはいかないことも。
それでも、というかだからこそ、この2人が諦めることなくメレンゲを続けてライブを行っているということが重ね重ね本当に嬉しいし、
「これからもバンドはずっと続けていくんで!」
と言葉にしてくれるのも嬉しい。それは決して数は多くはなくてもこうしてライブを見に来てくれる人の存在があるからだろう。クボはギターを新しいものに変えていたというのもあるが、こうしてライブをしていることをこの日は本当に楽しんでいるような表情に見えたし、
「もっと曲をたくさん用意してくれば良かった」
というのは偽らざる本音だろう。
ということであっという間の最後の曲はこの季節ならではの「ユキノミチ」。渋谷AXワンマンやCOUNTDOWN JAPANのGALAXY STAGE(今では信じられないが、埋まっていると言っていいレベルの集客っぷりだった)というメレンゲが1番右肩上がりの曲線を描いていた時や、3月に渋谷公会堂でのワンマンをやったら季節外れの雪が降り積もった時。最後にはこの曲を演奏していた。
そんなシーンを覚えているからこそ、この曲を聞くといつも切なさが加速して飛び散るような気持ちになる。楽しかったな、あの頃。いや、今も楽しいな。こうしてメレンゲのライブを今も見れていて、大好きな曲たちが目の前で演奏されているのだから。
アンコールで再びメンバーたちがステージに現れると、やはり曲をもっとたくさんやった方がみんなは嬉しいんじゃないか、という話をして、客席から大きな拍手が起きる。そりゃあそうだ。今でもメレンゲのライブに来ている人たちは、このバンドがどれだけたくさんの名曲を生み出してきたのかをちゃんと知っているのだから。それを出来る限りたくさんライブで聴きたいというのは至って自然なことである。
さらには1月24日に数少ない盟友と言えるバンドのGOING UNDER GROUNDと対バンをすることを発表。それはつまり来年もメレンゲは活動をしていくということ。それがわかるのは本当に嬉しいし、最後に鳴らされた「クラシック」はこのバンドの来年以降が雑な未来できらめいていることをあくまで楽しく証明していた。
3月に新代田FEVERでワンマンをやった時、他にライブはもうほとんど開催されていなかった。しかしクボは
「全ての経済活動が中止になるまではライブをやる」
と宣言していた。4月からの緊急事態宣言下ではライブ予定がなかったというのは不幸中の幸いであったが、今年になってからの去年までを上回るアクティブな活動っぷりは、音楽や芸術が軽んじられていることへのクボなりのアンチテーゼでもあるんじゃないだろうか。
昔からこのくらいのペースででもライブをやり続けてくれていたら…とも思ってしまうけれど、当時聴いていたりライブを見ていた他のバンドが小さい会場で地道に今も活動していることを知っていても、当時ほどライブを観に行ったりすることはあまりない。
でもメレンゲはこうして今もライブに行き続けている。それはメレンゲの曲の色褪せないエバーグリーンさはもちろん、今でも「カッコいいな」と思えるようなライブを見せてくれているからだし、何よりもいろんな場所で見てきた様々な景色や思い出を共有してきたバンドだからだ。そしてそれはバンドが活動して自分が生きている限りこれからも増えていく。また来年、と約束できることの幸せをライブ後に噛み締めていた。それはそう言えない時期もあったバンドだから。
1.カメレオン
2.ムーンライト
3.へび坂
4.バスを待っている僕ら
5.ストロボ
6.hole
7.初恋サンセット
8.CAMPFIRE
9.アルカディア
10.ミュージックシーン
11.チーコ
12.バンドワゴン
13.ビスケット
14.ユキノミチ
encore
15.クラシック
文 ソノダマン