常に様々なアウトプットで多種多様な音楽を作り続けてきたナカコーことKOJI NAKAMURAも、やはりコロナ禍になって以降はなかなかライブを見る機会がなくなっていた。
そんな中、SUPERCARで始まってNYANTORAやiLL、LAMAや現在の本人名義などのたくさんの活動形態を総括するようなライブを下北沢440にて3daysで開催。この日は3日間のうちの初日。
決して広いとはいえないというか、同じ敷地の地下にあるライブハウスCLUB251に比べるとカフェというかバーのような雰囲気の強い440の中に検温と消毒を終えてから入ると、やはり客席には椅子が敷き詰められている。それだけに落ち着いた雰囲気の木目の床やランプ、絵画などが飾られていることも含めて、こんな状況の中であってもジャズバーに来たかのようである。
19時を少し過ぎた頃に会場がゆっくり暗転すると、ステージにはナカコー、沼澤尚(ドラム)、345(ベース)の3人がステージに登場するのだが、観客が椅子に座っているのと同様にナカコーと345も椅子に座っている。生のライブでこうして座った形で演奏するナカコーの姿を見るのは初めてかもしれない。凛として時雨でのライブの姿からは345も座って演奏するのは想像できないかもしれないが、geek sleep sheepではそうした形で演奏していたかもしれない。
「沼澤さんが退院しました」
と、SUPERCARが解散してiLLとして活動するようになってから以降ナカコーのライブを支え続けてきた沼澤が腹痛で入院していたこと、復帰したことによってこうしてライブができるようになったことを告知するという、基本的にライブではほとんど喋ることがないナカコーが曲を演奏する前に喋っている。なんならNYANTORA名義のDJ SETでもひたすら音を出し続け、去り際に「あ、終わりです」とだけ言うようなライブをしてきたナカコーがである。この日の雰囲気がそうした緩いものであるのはもちろん、ナカコー自身がライブに向き合う姿勢、観客に向き合う姿勢も変わってきていると感じた。
そんなナカコーがギターを爪弾くようにしながら歌い始める、KOJI NAKAMURA名義での「I Know」からスタートするのだが、実は今回の3daysは事前に演奏するセトリを公開しているだけに、基本的にはみんなどのタイミングでどの曲が演奏されるのかを知っているはず。
ということでかつてKOJI NAKAMURA名義で初めてライブをやった時(リアム・ギャラガーのバンド、Beady Eyeの横浜アリーナのオープニングゲストだった)の、「SUPERCARの曲やるの!?」という驚きこそないが、1曲終わるごとに沼澤に話しかけて喋る(沼澤はマイクがないために言葉の全部は聞き取れないけど)、音源では若かりし頃を思い起こさせるように瑞々しいギターロックであった「B.O.Y.」もこの形態であるがゆえにアコースティックにも似たアレンジとなっている。ナカコーは座っているということもあってかギターのストラップを肩にかけないでギターを弾いて歌うのだが、声は非常に良く出ている。このコロナ禍の中でも新たな曲を作っては歌っていたんだろうなということが伝わってくる。
過去の曲を聴けるのも嬉しいけれど、2019年にこの名義でリリースされた「Epitaph」収録の「Open Your Eyes」という今のナカコーの形と言える曲を聴けるのもまた嬉しいところだが、コロナがなかったらこの曲をはじめとした近年のナカコーが世に送り出してきた曲を何回もライブで聴けていたんだろうか、と思う。それくらいにナカコーのライブを見るのは久しぶりだからである。その長い髪と見た目は近年はほとんど変わらないけれど。
「間違えたら間違えた人が挙手してやり直すっていうシステムにしている」
と言ってギターを弾き始めたのはSUPERCARが1997年に鮮烈なデビューを飾ったシングル曲「cream soda」。あのイントロの瑞々しいギターサウンドもナカコーの弾き語り的に始まることによってガラッと変わっていて、おそらくこのギターの音だけを聴いたら「cream soda」だとはわからないくらいであるが、ナカコーが歌い始めてすぐに歌詞を飛ばすというか、
「歌を入れるのを忘れた」
というとんでもない理由でやり直すことに。
今は観客が声を出したりすることはできないし、そもそもSUPERCARもナカコーのライブもみんなで歌うようなものではない。それでもきっとここにいた人たちはみんな心の中で口ずさんでいたはずだ。ナカコーの作る音楽を聴いてきた人からしたらそれくらいに刻み込まれている曲のはずだから。
「自動車なら僕の白いので許してよ」
のラストサビ前のブロックはなぜか丸々カットされていたが、かつて石毛輝の新バンドのlovefilmのデビューライブ時に出演した際に、
「再デビューおめでとう」
と言ってこの曲を演奏した時の驚きと感激を今も思い出すのは、自分がSUPERCARのライブを見ることなくバンドが終わってしまったからだ。そもそも自分がライブに行くようになってから、SUPERCARがやったライブはフジロックと解散ライブのみ。あまりにも狭き門であった。そんな、人生において見ることができなかった、でも自分の人生に多大な影響を与えているバンドの曲を今こうしてそのボーカリストが歌っているのを見ることができている。どれだけ曲のアレンジが変わっていても、これまで生きていて本当に良かったと思える。音楽以外にここまでそう思わせてくれるものの存在を自分は知らない。
SUPERCARはアルバムごとにビックリするくらいガラッとサウンドが変わっていったバンドであったし、そのサウンドの変化を担っていたのは間違いなくナカコーだったわけだが、初期のギターロック(それはチャットモンチーやBase Ball BearというSUPERCARを聴いて育ったバンドたちに引き継がれることになる)から、後期はロックとデジタルサウンド、ダンスミュージックを融合させた、イギリスのRadioheadと同時代的にロックを進化させたサウンドまで。(今や当たり前となったダンスロックの日本における礎は間違いなくSUPERCARが作り上げたものだ)
その後期SUPERCARというか、アルバムとしては最終作となった「ANSWER」収録の「SUNSHINE FAILY LAND」ではナカコーがギターのボディを叩く音や爪弾く音をその場でループさせて音を重ねていく。そのサウンドが曲のタイトルのような幽玄な世界観を生み出していく。まさか「ANSWER」の曲をこんなにもシンプルなバンドサウンドで聴けるとは思っていなかったし、そもそもSUPERCAR時代にライブで演奏されてもいないはず。それを今のナカコーが見事なまでのファルセットボイスを駆使して歌いこなしている。まるで当時見ることが出来なかったものを今我々に見せてくれているかのように。
文字通りにナカコーのソロとしての集大成的なアルバムだった「Masterpiece」(2014年リリース)からも「Rain」「Cry」という曲が演奏されるのだが、やはり1人多重録音で音を重ねていきながら、リズムはいたってシンプルかつ、そのギターの音を邪魔しないようにささやかなものになっていく。この辺りのサウンドは曲リリース時の名義こそKOJI NAKAMURAであるが、NYANTORAを思わせるようなアンビエントなものとなっている。それもまたナカコーの持つ音楽性の一つであり、ディープなナカコーワールドサイドと言える。
沼澤尚が、高橋幸宏のドラムの叩き方を実演すると、その高橋幸宏がドラムのYMOのカバー「Key」を演奏するのだが、そもそもこの曲の原曲はドラムは打ち込みであり、ライブでも高橋幸宏はギターを弾きながら歌う曲であるという。それをYMOと同じ3人とはいえ、至極シンプルな形で演奏し、ナカコーによるカバー曲の歌唱が聴けるというのは実にレアなシーンと言っていいだろう。
SUPERCARのラストライブでも演奏された「WARNING BELL」はロックとデジタルサウンドの融合を文字通り崇いビジョンで果たした傑作アルバム「HIGH VISION」収録曲であるが、その曲もこの編成でアコースティック感が強く生まれ変わり、音源ではフルカワミキが務めていたコーラス部分をナカコーがファルセットで再現する。345は凛として時雨でも歌っているし、きっとそこをお願いすれば歌ってくれそうでもあるのだが、ナカコーのバンドでは全く歌うことをしない。それは345なりにナカコーとフルカワミキ、さらにはSUPERCARのファンにリスペクトをし、気を遣っている部分もあるのかもしれない。ボーカルもする女性ベーシストというバンドのスタイルを作ったのもまたSUPERCARであるだけに。
セトリが事前に公開されているにも関わらず、ナカコーが原曲のピアノの音をギターで奏でた瞬間に一部から多大な拍手が巻き起こったのは、SUPERCAR「JUMP UP」収録の「Love Forever」。タイトルからも察せられるように、完全にバラードのラブソング。それでも聴けて感情が昂るのも無理はないのは、この曲を人生においてナカコーが歌う姿を見れるなんて全く思っていなかったからであろう。それだけに、
「泣けるだろう?」
と曲中で問われる必要もないくらいに泣けてきてしまう。もうこうしたSUPERCARの名曲たちをライブで本人が歌う機会が来るなんてことをほとんど諦めていたから。
「涙で描くこの絵は紙に並ぶ嘘の笑顔。
はだかの王様にはあたかも本当の笑顔。」
という、今や「関ジャムに出演しているプロデューサー」としておなじみになった、いしわたり淳治が描いた歌詞も本当に見事だ。いしわたり淳治はSUPERCAR解散後は本当にジャンル問わず様々な人に歌詞を提供してきた(それこそSuperflyからB-DASHやFLOW、さらには栗山千明までという凄まじい振れ幅)けれど、そのいしわたり淳治の歌詞が1番真価を発揮するメロディを生み出せるのは今でもナカコーだと思っている。そのマジックはきっともう体感することはできないんだろうけれど。
そんな聞き手の感傷的な気持ちとは裏腹に、3人は本当にこうして演奏しているのが楽しそうで、ただでさえいろんなアーティストのドラムを叩いている沼澤も
「この3人でツアーやろう!」
と大きな手応えを感じていた様子。ツアーに出るにあたって機材車の運転が自分しかできないんじゃないかと思っていたら、まさかの345が運転免許を持っていることに驚いていたが、それくらいにマジでツアーに行くつもりなんだろう。
その沼澤のドラムを叩く音が一気に強く大きくなり、345のベースもより太くなる、つまりはこの日最もロックな音像で演奏されたのは、ナカコーがフルカワミキ、田渕ひさ子、agraphと組んだバンドであるLAMAの「Parallel Sign」。ある意味では原曲に1番近い形(田渕ひさ子の轟音ギターこそないが)で演奏された曲と言えるが、agraphの打ち込みのビートではなく沼澤と345の生のリズムはこの曲に新たな躍動感を与えていた。LAMAも結局は活動としてはフェードアウトしていってしまったけれど、本当に好きな曲、今でもカッコいいと思う曲が多いだけに、またいつかライブを見たいと思う。
本編のMC中にナカコーが
「ミスしたからもう1回やる」
と言っていたことで、そのままこの日2回目の「cream soda」へ。
「またミスったら明日もやる(笑)」
と言っていたが、ミスしたのをやり直したいとはいえ、この曲をもう一回演奏することにしたのはファンサービス的な側面も強かったんじゃないかと思う。みんなが1番聴きたいと思っている、それぞれが特別な思いを抱いているのがこの曲であるということをわかっているかのように。
もちろん2回目はアレンジ自体は1回目と変わらないが、ミスなく演奏したのはもちろん、解散後はむしろSUPERCARとは遠いところへ向かおうとしているようにすら見えていたナカコーが、リアレンジアルバムの作業なども経て、今こうしてSUPERCARの曲と本当に楽しそうに向き合うことができている。それはきっとこれからもナカコーがSUPERCARの曲を歌う姿を見れるということであるし、演奏後に両腕を上げて手を叩きながらステージを去っていったのを見て、2日目と3日目が本当に楽しみになった。それはナカコーの楽しそうな姿をあと2日も見ることができるから。
1.I Know
2.B.O.Y.
3.Open Your Eyes
4.cream soda
5.SUNSHINE FAILY LAND
6.Rain
7.Cry
8.Key
9.WARNING BELL
10.Love Forever
11.Parallel Sign
encore
12.cream soda
文 ソノダマン