最後にライブを見たのはコロナ禍になる前のCDJ19/20のEARTH STAGEのトリ。ワンマンとなると、関東のチケットが全然取れなくて、でもどうしてもライブが観たくてライブが終わってすぐに夜行バスで帰ってきてそのまま仕事に向かった、2019年4月の仙台のゼビオアリーナ以来。
実に2年半ぶりとなるサカナクションのライブは、この規模のアーティストが今の動員数などの規制の中でライブをするのがどれだけ難しいかを実感せざるを得ない日々の果てにたどり着いたものだ。もちろんこの武道館2daysの2日目も当初は全然チケットが取れなかったのだが、この状況ということもあってか、リセールでようやくチケットを手に入れての参加。
武道館は席を空けることのないフルキャパ。それでもステージが見切れそうなステージサイド席からステージ寄りには席を作ってないので、サカナクションの規模のライブにしてはかなり席数は少ないのだろうと感じるが、開演前からステージは薄暗いために、何らかの建造物があるのはなんとなくわかるのだが、その全貌はこの時点ではまだ知ることができない。
開演時間の18時30分になるといきなり場内全体が暗転し、ステージ上のライトが回転するように客席を映し出すと、その客席の2階スタンド上方に設置された照明が青く美しく輝く。サカナクションが最も輝く夜の時間が訪れたことがわかるようなオープニングであるが、明らかにSEではない、実際に鳴らされているであろう音が流れてきて、その音が徐々に大きくなってくると、薄っすらとステージが見えるようになり、そこにはやはりすでにメンバーがいて演奏を始めている。しかしメンバー武道館のステージのかなり前の方に位置取っており、その真っ直ぐ後ろには照明器具が並んでいるのだが、その照明器具を覆う建造物、通称アダプトタワーにはライブ開始直後にして「なんだこれ!」と驚かされる。階段で登り降りできる2階部分も含めてまさに塔というか、サカナクションの居城のようなセットというかモニュメント。
果たしてこれがライブ中にどう使われるのだろうか、と思っていると、メンバーは「multiple exposure」というサウンド的には実に渋いというか、落ち着いた曲を演奏し始める。それだけにどこか場内、特に客席には緊張感が漂うのは
「そう生きづらい そう生きづらい
そう言い切れない僕らは迷った鳥
そう生きづらい そう生きづらいから祈った
祈った」
という、もう10年前の曲であるのに今この状況の中を生きている、我々音楽が好きな人の心境そのものであるかのような歌詞によるものだろう。山口一郎(ボーカル&ギター)の歌唱もどこか祈りを込めるかのようであるが、そこからは2daysの2日目という疲れや慣れのようなものは全く感じない。むしろここから始まるというかのような新鮮さすら感じさせる。ステージ両サイドにはLEDスクリーンが設置されているのだが、そこにはまだ映像は映らない。久しぶりに見る人もたくさんいるであろう、サカナクションが演奏する姿のみに注視せざるを得ない。
するとこのツアー(とオンラインライブ)から演奏されている、「multiple exposure」の流れを汲むようなサウンドの「キャラバン」からはスクリーンにメンバーの演奏する映像が映るのだが、そこには女優の川床明日香がガラス張りの容れ物の中に閉じ込められて、なんとかそこから出ようとしているという、この後の演出に繋がっていくであろう映像だが、まだこの段階では自分は「やっぱりサカナクションのライブなんだから映像使うよな」くらいの感じでしか見ていなかった。山口の歌唱はどこか歌謡性を強く感じさせるものに感じるのは「陽炎」以降に会得してきたものが活かされているのであろう。
すると山口が腕を交互に前に出して踊るように歌唱する「なんてったって春だ」からはこちらもサカナクションのライブにはおなじみのオイルアートがスクリーンに映し出され、「ああ、本当に久しぶりのサカナクションのワンマンを、これまで見てきたチームサカナクションの人たちが作ってくれている」ということを実感させてくれる。山口は間奏ではマイクスタンドの前に置かれたサンプラーを操り、この曲では草刈愛美(ベース)もシンセベースを操り、岩寺基晴(ギター)はほとんどギターを弾かないために自身の体をリズムに合わせて揺らしている。よく見ると岡崎英美(キーボード)はサングラスをかけて、SUPER BEAVERの渋谷龍太以上にドフラミンゴ感を感じる中、江島啓一のドラムがシンプルながらも心地良さと共に跳ねるような躍動感も感じさせる。ツアーを回ってきているということもあるが、サカナクションというバンドのライブは全く衰えていないことがこの段階ですでにわかる。
基本的にサカナクションのライブは曲と曲の間隔が全くない、曲が終わったらまたすぐに曲が始まるか、曲と曲を繋げるかという形でライブそのものが一つの作品や物語のようになっているのだが、一瞬の暗闇が訪れると、タワーの2階の広い部分に置かれたベンチに川床明日香が傘を差して座っており、
「降り落ちる雪はスロー」
という「スローモーション」の歌詞に合わせて粉雪がステージに舞い、それを被らないように傘を差していることがわかるのだが、サビ前に階段を降りてメンバーのいる1階部分に移動したかと思いきや、岩寺と山口の轟音になるギターの音が耳に押し寄せてくるかのような間奏ではステージ下手の中2階的な踊り場に行くと、そこに置いてあり、映像が映し出される紗幕に挟まれるというのが「キャラバン」の映像内での閉じ込められている姿をリアルで体感させてくれているようなのだが、その川床の姿がスクリーンに映ると、それが映像なのかリアルタイムの映像なのかすらわからなくなる。つまりは完全にサカナクションの「アダプト」の世界に引き込まれているのだが、
「だんだん減る だんだん減る だんだん減る未来 未来
だんだん知る だんだん知る だんだん知る未来」
というフレーズでは山口以外のメンバー、主に草刈と岡崎の女性メンバー2人によるコーラスが神聖な雰囲気を感じさせるように重なっていき、その瞬間にはまさに「だんだん減る未来」という歌詞に合わせるかのように、スクリーンには残り時間がどんどん減っていくような演出が。それはこのライブも始まったばかりのようでいてすぐに終わってしまうものであり、それは人の一生もそういうものであるということを示しているかのようだ。
「日本武道館!みんな、自由に踊ろう!」
と山口が改めて自由に踊ることを促すと、まさにそうして踊るための曲である「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」ではサビで山口の真似をしてこの曲の象徴的な踊る人もたくさんいるけれど、音に合わせて体を揺らす人もいる。その誰もがこうしてライブという場で踊ることを楽しんでいるのだが、唯一タワーの中2階にいる川床は椅子に座ってテレビを眺めている。そのテレビの画面に映し出されているのは、まさに今サカナクションが演奏している姿。ここで彼女が密室の中でもサカナクションの音楽に出会ったということを感じさせるとともに、この曲のMVを思わせるような演出である。
その川床がテレビを見ていた中2階部分は曲が終わる頃にはスムーズにテレビが撤去されて、代わりにそこにはルームランナーが置かれると、山口がそこに移動してルームランナーの上を歩きながら歌うのはこちらもこの「アダプト」から演奏されている新曲「月の椀」。
「気になりだす 気になりだす」
というサビのリフレインが印象的かつキャッチーな曲であるのだが、その歩いている山口の背後にはテレビくらいのサイズで自然の映像が、カメラが山口を正面から捉えるとセピア風味に加工された山口がまさに自然の中を歩いている、テレビの中から外へ出たことを感じさせる演出に。単純なようでもあるけれど、実際にライブとして見ていると、こんな手法でステージにいながらもステージとは別の場所にいるような演出ができるとは、と改めてチームサカナクションの発想力と実行力の凄まじさに恐れ入る。ずっと歩きながら歌っている山口のボーカルにも。
天井からステージに向かって六芒星を描くように赤いレーザーライトが降り注ぐようにして始まった「ティーンエイジ」は「NIGHT FISHING」収録という懐かしさすら感じるような曲なのだが、中2階の壁に川床が寄りかかるようにすると
「壁は灰色」
と山口が歌い始め、間奏からは川床がカメラに向かって百面相かと思うように表情を次々と変えていき、それが彼女には豊かな感情が確かに備わっているとも見れるし、同じように引き攣るような顔をステージからカメラに向かって映す山口と顔が毎秒毎に切り替わることによって、どこかホラーのようにすら感じる。山口の表情の作り方ももはや俳優かと思うくらいのレベルであるが、もしドラマや映画に出演する側になったら(普通にこなせそうだけど)、より作品のリリースまで間が空いてしまいそうなので、できればその話が来ても受けないでいただきたいと思ったりする。
その山口を薄っすらとした照明が微かに照らす「壁」はかつて2015年にもこの武道館で演奏した時に一切照明を使わずに真っ暗な中で演奏されたことを思い出させながらも、この日はやはり中2階で川床がパズルのようなものを組み立てていく姿が映し出されたりと、完全に真っ暗というようなものではないし、ステージのアダプトタワーを象るようにしてその形状の輪郭を赤いレーザーがなぞるように光る。それによって改めてこのアダプトタワーの巨大さが理解できるのだが、アウトロではここまでで1番というくらいに岩寺が思いっきり体を捩らせながら轟音ギターを鳴らす。淡々としたリズムと歌唱から始まる曲だけれども、曲が進むにつれてその印象が大きく変わっていくというのは今もサカナクションの曲に取り入れられている展開でもある。
そして2010年に初めてこの武道館でワンマンを行った際に最後に演奏された曲である「目が明く藍色」が始まると、まだライブ中盤くらいであるのにもうライブが終わるかのような空気になるのは、この曲がこれまでにそうした記念碑的なライブなどでも最後に演奏されてきたからであり、スクリーンに映る笑顔で海岸を走る川床の映像が、彼女の出演する物語がここで終わるということを示しているからである。
「光はライターの光 ユレテルユレテル
つまりは単純な光 ユレテルユレテル
この藍色の空 目に焼き付けて
次 目を開いたら目が藍色に」
「メガアクアイイロ メガアクアイイロ メガアクアイイロ メガアカイイロ」
というまるでロックオペラかというように目まぐるしく展開していく部分では光が会場に明滅し、まさに目が明くような感覚に陥ると、最後にステージに川床が登場して、山口に歩み寄って2人は手を握ってステージが暗転する。
それは閉ざされた世界の中にいた少女が光が射す外の世界へとサカナクションの音楽をきっかけにして出て行くという物語であり、まるまる曲のMVの映像として流れていてもおかしくないようなもの。すでにオンラインライブでしかできないものを自分たちなりのやり方で発明したサカナクションはそれをリアルなライブでリアルだけど映像的なものとして具現化したのであり、同時にその物語はどこかコロナ禍になって家の中に閉じこもらざるを得ない状況から外の世界に笑顔を浮かべて(=マスクをしないで)出て行くことができるようになるということを描いているようでもあった。
もうここまで見れた段階で、S席のチケット14000円が高過ぎるんじゃないか、これでは自分が学生だったらチケット買えないぞ…というライブ前までの思いは完全に消え失せ、むしろこのチケット代でなんとかチームサカナクションの皆様にこれからもこうした素晴らしいライブを作っていただき、少しでも美味しいものを食べられるような豊かな生活を送って欲しい、と思わざるを得ないくらいの満足感に包まれていた。
もちろんまだまだこれではライブは終わらずに、また一瞬の暗闇がステージを包むと、その間にメンバーはタワー2階の下手にある、明らかにメンバー5人が横並びになるためのブースに移動しており、やはりサングラスをかけてそこでラップトップを操作して(岩寺はギター持参)、インスト曲「DocumentaRy」で大量のレーザーが飛び交いまくる中で観客はコロナ禍になる前と変わらないように踊りまくる。
その際に改めて驚くのが、そもそも改修をしたとて音楽をやるための会場ではないだけに、こうしたダンスミュージックのサウンドとは相性が良くない武道館とは思えないくらいの音の良さ。低音がズンズン耳と体に響いてくるのは、ステージ両サイドだけならず天井やスタンド2階席のあらゆる方向にも設置されたスピーカーによるものであり、これまでにも音響にこだわりまくるあまりに赤字になるというツアーを意地とプライドで敢行したこともあるサカナクションならではの拘りと譲れない部分である。これには武道館の会場側にも大いに協力してもらったと山口は後にMCで言っていたが、その音響システムを作ることができたというのは今後のサカナクション以外のアーティストが武道館でライブをやる際にも活かされていくものになるはずだ。
曲後半ではメンバーが階段を降りてステージに戻るのだが、レーザーライトだけではなく映像そのものもプロジェクションマッピングのようにタワーに映し出されたりするので、スクリーンに映る映像がこのリアルタイムなタワーのものなのか、あるいはバーチャルなものなのかがわからなくなってしまう。それは先程までのライブのようでありながらも映像のようでもあるというライブの作り方にも通じるものであるが、そのリアルとバーチャルがぼやけていくような視界が、メンバーが楽器を持って演奏することによってグッとリアルに引き寄せられていく。
その「DocumentaRy」の生演奏から一転して岡崎のシンセのサウンドが鳴るとともにレーザーが幕を作るように光り、山口が歌い始めたのは「ルーキー」。その瞬間にたくさんの腕が上がるというのがこの曲をみんなが待っていたことを感じさせるのだが、イントロでは岩寺と草刈がフロアタムを連打してからスティックを鳴らして手拍子を煽る。コンセプトなしの、肉体的なサカナクションのライブのモードに突入していることがわかるのだが、
「見えない夜の月の変わりに 引っ張ってきた青い君」
というこの曲の象徴的なフレーズを山口以外のメンバーがコーラスで重ねると、最後のサビに入る前に山口は
「武道館ー!」
と叫び、さらに観客の熱気をあふれさせる。その様を見ていてブワッと湧き上がるような感覚で思い出した。昔、まだこうした演出を使えるようになる前にライブハウスや、フェスでも小さいステージや昼間の時間にライブをしていた頃でもサカナクションは演出なしで、ただただライブの地力の強さで勝ち上がっていったことによって、そうした演出を使える規模の会場やフェスの夜の時間帯にライブができるバンドになったんだということを。それはコロナ禍になって本当に久しぶりにこうしてライブを見ても変わることは全くない。ただただカッコいいライブをするバンドの姿だ。
そこに連なる新曲が昨年末に配信リリースされた「プラトー」であるが、このコンセプトが強いライブの後の、剥き出しのバンドの状態で演奏する曲だからこそ一足先に配信という形で世に出たんだとも思うが、こうしてこのツアーで多数新曲が演奏されていると、もしかしたら次のアルバムはそんなに待つことなく聴けるんじゃないかとも思う。
さらには岩寺と草刈がステージ左右の通路に出ていきながら演奏する「アルクアラウンド」のBメロでの、江島がスティックを合わせるようにする、あるいは山口が手を叩く姿に合わせて手拍子をするのがサカナクションのライブを観れているという事実を改めて思い出させてくれる。ギターを弾きながら歌う山口の姿も完全にライブバンドのボーカリストとしてのものである。
「声は出せないけど心の中で「アイデンティティ」歌えるか!」
と山口が続け様に言うと、イントロが始まる前のカウントから観客が指で一緒にカウントして「アイデンティティ」へという、そうだ、この後半の息つく間もないキラーチューンの連打に次ぐ連打がサカナクションのライブだった。それだけの曲を生み出してきたバンドであり、その曲たちを最大限の力で演奏することができるバンドだった。
「アイデンティティがない 生まれない」
というコーラスフレーズを今は我々が歌うことはできない。サカナクションのライブでこのフレーズを観客が全く歌わないなんていうことになるなんて想像したことすらなかった。いつも大合唱が起こっていたのは、そうしたくなるくらいのエネルギーをバンドの鳴らす音や姿が放出していたから。でも声を出せなくてもそれが変わることはない。間奏で腕を左右に振る観客たちの姿を見た山口は
「すごい!みんな本当にありがとう!」
と言う。この日を含めた武道館4days(前日と土日)はチケットが全日ソールドアウトしたが、それでも1/4ものチケットがリセールに出されたという。自分はそれによってチケットを手に入れることができたし、そういう人もいただろうけど、ということは同じくらいに来れなくなったという人もいる。それでもこの状況下でもこんなにたくさんの人がサカナクションのライブに足を運んで、こんなに楽しそうに踊っているのをみると、本当にみんながライブを見れるのを待っていたんだよなと思うし、そのライブが必要ないものじゃなくて、日々を生き抜いていくために必要なものであることをみんながわかっているんだろうなと思う。少なからずここにいた人たちはこれまでにサカナクションのライブでその感覚を抱いてきた人たちだろうから。
そんなこれまでのサカナクションのライブのクライマックスの流れにはなかったのが、この日になった瞬間に配信が開始された新曲「ショック!」であり、スクリーンにはワイドショーのコメンテーターたちが画面(このライブの映像)を見ながら意見するような映像が始まり、その中の1人は紛れもなく古舘佑太郎(2,ex. The SALOVERS)なのだが、その中にも登場しており、サカナクションの作る動画や番組ではおなじみの存在である、るうこがカメラマンを引き連れてステージに現れ、メンバーにマイクを向けてインタビューをしようとするのだが、当然メンバーは演奏中なのでインタビューには答えず(岩寺の微動だにしない無表情っぷりは思わず笑いが起こっていた)、そのメンバーの様子を見たスクリーンの中のコメンテーターたちは大荒れになるという、リアルとバーチャルが混じり合うような演出もありながらも、何よりも強いのはこの曲のディスコファンク的なダンスサウンドで「ショック!」というフレーズを連呼するサビのキャッチーさと、脇を開いたり閉めたりする、両手を頭の上に合わせて左右に伸びるという山口の恥ずかしさを微塵も感じていないかのような笑顔でのダンス。それが観客にも広がっていく様子は、間違いなくサカナクションが新たな超キラーチューンを手に入れたことを示していたし、これからもいろんな場所でこのダンスをみんなで踊れるはずだ。インタビューには答えなかったが、山口が間奏で
「岩寺さん、最高ですか?」
と問いかけると岩寺は
「最高です!」
と叫ぶ。それはここにいた全員の気持ちそのものだったはずだ。
そんな新しいクライマックスを描いてもなおまだライブは続く。「モス」を聴いているとどこか「ショック!」に繋がるサウンド、曲の構成でもあるように感じるのだが、違うのはこの曲では山口がギターを弾きながら歌っているので踊りはしないこと。もちろん観客は踊りまくっているが、「ショック!」という単語しかり、この曲の「マイノリティ」という単語しかり、聴いたら頭から離れなくなる単語をここしかないくらいのメロディに当てはめることができる山口の作詞家、メロディメーカーとしての発想力はここにきてさらに花開いてきている感すらある。
そうして新旧のキラーチューンを連発して、疲れている人もいるんじゃないかとすら感じる熱気の中で山口が
「みんなまだまだ踊れる?」
と言って演奏されたのはもちろん「夜の踊り子」で、本人たちはステージには登場しないものの、スクリーンにはおなじみの踊り子である舞妓さんの舞う姿が映し出されるのだが、
「行けるよ 行けるよ 遠くへ行こうとしてる
イメージしよう イメージしよう 自分が思うほうへ」
というフレーズは久しぶりにライブを見てもなおこんなにも我々を驚かせてくれるサカナクションのこれからの可能性をさらに感じさせてくれるように響いていた。さすがにこんなすごいバンドのこの先は我々のイメージでは到底及ばないものだと思うけれど。
さらにはイントロの一音目が鳴った瞬間にレーザーが飛び交い、観客の無数の腕が上がる「新宝島」というキラーチューンの波状攻撃は改めてサカナクションがこんなに凄い曲たちを作り続けてきたバンドであることを示している。(なんならそれでもまだ演奏してないそうした曲もたくさんある)
ステージ上では山口、岩寺、草刈の3人がステップを踏みながら演奏すると、観客もその姿に合わせて体を左右に揺らす。ふとステージから発射されているレーザーの先を見てみると、スタンド2階席後方にはレーザーで「新宝島」というタイトルが描かれている。その様を見て、METROCKのメインステージのトリとして何度となくこうして森にレーザーで文字を映し出したりしていた時のことを思い出していた。岩寺が前に出てきてギターソロを決める姿を見ながら、ロックフェスの夜の時間はこのバンドのものだったんだよな、としみじみと思うとともに、早くまたいろんな場所でそうした光景を見れるようになりますようにと願っていた。
「今日は皆さん、本当にありがとうございました!」
と山口が言うと、ステージ上を覆うスモークの中で山口が後ろを向いてハンドマイクを持って歌い始めたのは「忘れられないの」。絞った音数も山口の歌唱も、まるで昔の歌謡曲の音楽番組が今の時代にアップデートされて目の前で行われているかのようであるが、Bメロでは山口が腕を大きく左右に振ると、観客もそれに合わせて腕を振る。それはどこか別れを告げながらも、再会を約束するようなものだった。今までのライブもそうだったけど、過去最高レベルにこのライブのことを、忘れられないの。
アンコールではツアーグッズを紹介するかのようにTシャツに着替えるなどしてメンバーが出てくると、
「数少ないミュージシャンの友達に、コロナ禍にするライブのMCは気をつけた方がいいよって言われた」
と言って、岩寺、草刈とともに
「ツアー回ってきて最後がこの武道館4日間。それがこんな状況になるとは思わなかったし、こんな状況でも来てくれた皆さんに本当に感謝しています」
と真摯に観客への感謝を告げるのだが、江島は頬が膨らんでいるように見え、太ったんじゃないかと突っ込まれ、岡崎に至っては1人だけMCを振られないという結果に。これは山口が岡崎に振るのを忘れてしまったんだろうか。
「僕ら今年でデビューから15周年になりますんで、15年前の曲を」
と言って岩寺が刻むギターの音は紛れもなくサカナクションの始まりの曲とも言える「三日月サンセット」なのだが、岡崎が効果音的な音をイントロに加えていたり、江島のドラムからはどこか大人の余裕のようなものを感じさせたりと、サウンドのアレンジには15年間の経験によるアップデートが図られているのだが、この曲を演奏している際は夕暮れを思わせるようなオレンジ色の照明に照らされているのみという最小限の演出は2010年のこの武道館でこの曲が演奏された時を思い出させるし、それは続けて演奏された「白波トップウォーター」の水中というよりは水面を飛び跳ねながら演奏しているかのような薄っすらとメンバーを照らす照明もまた、その初武道館のアンコールでこの曲が演奏された時のことを思い出させる。最小限の演出で最大限の効果を、というのは初期のサカナクションのライブのスタイルであったし、それこそが今もサカナクションのライブの核であり続けていることがわかる。それが揺るがないからこそ、バンドとして様々な新しい演出にも挑戦してこれたということも。
そしてエンディングを告げるかのように演奏されたのは、かつてライブの最後を常に担っていたし、観客からも演奏されるのを待ち望まれていた「ナイトフィッシングイズグッド」。フォークの要素を強く感じるゆったりとしたリズムと歌唱から始まって、
「ラララ きっと僕が踊り暮れる 夜の闇に隠れ潜む
ラララ ずっと僕が待ち焦がれる恋のような素晴らしさよ」
というロックオペラ的なメンバーのコーラスから、夜から朝になっていくように一気にサウンドがダンサブルに変化していく瞬間のカタルシス。そして最後の
「この先でほら 僕を待ってるから行くべきだ 夢の続きは
この夜が明け疲れ果てて眠るまで まだまだ」
というフレーズから確かに湧き上がってくる明日からへの活力と希望。サカナクションにも、まだまだやりたいことが、夢の続きがある。それがこの状況であっても最後に希望に繋がっていく。
この後のMCで山口は音楽が不要不急と言われてきたことによってショックを受けて傷付いたということも口にしていたが、確かに興味が全くない、音楽を普段から一切自発的に聴かないという人も間違いなくいるし、そういう人からしたらこの状況の中でライブに行くなんてことは信じられないことなんだろうと思う。
でもこうしてサカナクションのライブを久しぶりに見ることができて、やっぱり音楽やその他の芸術表現(このライブでの演出もそうしたものだ)は観ている人や聴いている人に間違いなく力を与えてくれるものだと思えるし、こんな心が沈んだり腐っていくような状況だからこそそうした芸術表現によって心に活力を得られる人がたくさんいる。これだけ広いフィールドでたくさんの人を巻き込んで活動しているサカナクションのライブだからこそ、より強くそうした思いを感じることができる。それはきっとメンバー自身がそういう想いのもとにこのライブを行ってきたからだ。
そのMCでは時折山口が感極まるように言葉に詰まる部分もあったのだが、
「ロックバンドとして…自分たちでロックバンドっていうのも気恥ずかしいけれど、何かこの状況の中で新しいことをやらなければいけないと思って、配信ライブだからできることをやったりしたんだけど…。それは人からしたらわかりづらかったりしたこともあったと思う。音源のリリースだってしてないし。
でもそんな僕たちを武道館4日間がソールドアウトするくらいに観たいと思ってくれてる人がたくさんいるっていうことは本当に自信になりました。今一度このライブを作ってくれた、チームサカナクションに大きな拍手をお願いします!」
と言うと、スクリーンにはアリーナ席最後列にあるPAブースにいる、ライブではおなじみのチームサカナクションの人々が映し出されて観客から大きな拍手を受けると、最後にエンドロールとしてメンバーの名前やチームサカナクションの名前、このライブを作ってくれたスタッフの名前が全てスクリーンに映し出されながら「フレンドリー」が演奏される。
「正しい 正しくない」
というサビの二元論のフレーズは間違いなくコロナ禍になったことによって書かれたことだろうが、何が正しいか正しくないかなんて人によって違う。でもそれを戦わせたり、違う意見の人を攻撃しても何も生まれることはないし、それは本来ならば戦わなくて良かったはずの相手だ。この「フレンドリー」というタイトルの曲を聴いて、このライブを見て、改めて理解できなくても、認められないとしても、否定したり攻撃したりはしないという人間でいたいと思った。それはもしかしたらこの中にもそうした考えが違う人もたくさんいるかもしれないけれど、その人も自分も誰もがこのライブを楽しんでいた、感動していたという意味では同じ価値観の一つを持った人間だからだ。
演奏が終わると川床明日香とるうこも呼んで改めて観客に挨拶すると、メンバーも男性チームと女性チームに分かれてステージ左右へ行き来して手を振り、最後には真ん中に並んで頭を下げてからステージを去っていく。最後まで残った山口は
「また必ず会いましょう、サカナクションでした!」
と言ってからステージを去った。こんなに素晴らしいライブがこれから先も見れる機会が必ずある、こんなに素晴らしいバンドがこれからも音楽を作り続けていく。そう思うだけで、これから先の夜も、日々や生活も、乗りこなしていけるような気がしていた。
確かにサカナクションは配信ライブでもサカナクションにしかできない表現を見事に提示してきたバンドであるが、そうしたライブをできるようになったのも、単純な演奏の表現力や技術や熱気を持っているバンドだからだ。
それはこれまでのライブでも観客の楽しそうに踊る姿、驚いた顔、歌っている声、手拍子の音…。そうした目の前にいるから見える、聴こえるものがバンドに力を与え、その力をまた観客に与えるということができるバンドだったから。
「みんなからも僕らが見えてるってことは、僕らからもみんなが見えてるってことだから」
と山口は言っていた。それはあれだけ凄い配信ライブをできるバンドであっても、やはり1番大切なのは目の前にいる人たちに音や思いを届けるリアルなライブであり、それがサカナクションというバンドが生きている一つの大きな理由である。それが今まで以上によくわかった武道館ライブだった。
1.multiple exposure
2.キャラバン
3.なんてったって春だ
4.スローモーション
5.『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
6.月の椀
7.ティーンエイジ
8.壁
9.目が明く藍色
10.DocumentaRy
11.ルーキー
12.プラトー
13.アルクアラウンド
14.アイデンティティ
15.ショック!
16.モス
17.夜の踊り子
18.新宝島
19.忘れられないの
encore
20.三日月サンセット
21.白波トップウォーター
22.ナイトフィッシングイズグッド
23.フレンドリー
文 ソノダマン