今年の1月にフルアルバム「C3」をリリースし、実に久しぶりとなる対バンツアーをUNISON SQUARE GARDEN、the telephones、KANA-BOONという豪華なバンドとともに廻るはずだった、Base Ball Bear。
しかしその対バンツアーも、アルバムのリリースワンマンツアーもコロナで中止に。今年も精力的に、例年にも増してシーンへの健在ぶりを見せようとしていただけに非常に残念であるし、何よりも「C3」の収録曲をライブで披露するという機会が未だにない。
(先行EPに収録された曲たちは恒例の日比谷野音での昨年のライブなどでも演奏されていたが)
そんな状況を受けて、「C3」のアルバムを再現するスタジオ配信ライブを開催。実は常にライブハウスなどの現場で音を鳴らしてきたストイックかつ肉体的なバンドであるだけに、スタジオライブを見せるというのは非常にレアな機会でもある。
21時になるとスタジオにメンバーが現れる。やはり配信とはいえスタジオライブだからかどこかリラックスしたというか、緊張を感じさせない柔らかい表情だ。
小出祐介(ボーカル&ギター)と関根史織(ベース)がヘッドホンを装着して、それぞれが立ち位置に着くと「C3」のオープニング曲「試される」が演奏されるのだが、画面が3人それぞれを写すように三分割になったり、小出だけが歌う部分では小出だけが写り、関根のコーラスが絡むと関根の歌う姿が小出と二分割で写ったりというスタジオライブだからこその凝ったカメラアングル。もちろん堀之内大介(ドラム)の
「カモン!」
というシャウト部分では笑顔の堀之内が自身の近くのカメラに目線を送りながらドラムを叩く。小出の短めの髪型はどこか若返ったというか爽やかさすら感じさせるようになっているが、その小出の声の調子の良さも含めて、我々が見てきた今までのベボベそのものである。
アルバム通りに「いまは僕の目を見て」と続くのだが、5分割された画面のうちの3つに小出が映り、残りの2つに関根と堀之内が映るというカメラワークから、ベボベらしい青春性の強いポップなギターロックが鳴らされる。「いまは僕の目を見て」というタイトルもこうして3人が向き合うという立ち位置でのスタジオライブで演奏されると今までに聴いてきたこの曲とは意味が違って聴こえるような。
チューニングのわずかな曲間を経てからは轟々というよりは強かに、でも絶えることなく燃え続ける青い炎のような「Flame」へ。画面が上下に分割されたり、小出の弾くギターがアップで映るというこれまでとは違う別れ方はこのライブのために入念な準備やリハを行ってきたことが伺えるし、スタジオの内部も照明によって時には赤く、時には青く変化していく。
「自分で いくつも吹き消した炎も くすぐったいドラマも
誰もが乗り越えてきた痛みと 飲み込んで
もう諦めてた残火を 育てるのは呼吸
これからも忘れられないかなしみを 引き連れてく Birthday」
というフレーズは3人になってもこのバンドを続けていく、ベボベとしてこれからも生きていくということの意志そのものだ。
実に30台という多数のカメラの位置などを
「関根さんの足元だけを映すカメラ」
「ハイハットの動きだけを追うカメラ」
とめちゃくちゃ細かい部分まで映すものであることを解説しながら、小出のギターと関根のベースの単音の絡みがメロディと、
「そして氷は溶け続ける」
という情景が想像できる小出の私小説的な歌詞を際立たせる「Summer Melt」へ。本来ならば今年も氷のように溶けそうになるくらいの灼熱の野外の夏フェスでのベボベのライブでこの曲を聴けていたのだろうか。
小出のボーカルと関根のコーラスの絡みがカメラで同時にアップになることによって、ベボベの王道的なギターロックサウンド以上にフィーチャーされる「L.I.L.」では
「生きている 生きている 僕も君も 完全に
言の葉が 舞い踊る このフロアで Oh Baby
聞こえるか 聞こえるか 最高の瞬間 見えそうじゃん
触れそうに 届きそうに 生きているのさ さぁ、おいで」
と、こうして生きているからこそこのライブを観れている、聞こえているという生の実感をくれる。画面越しだとやはり届きそうにないように感じてしまうから、ライブハウスで聞きたかった曲だ。
小出が
「伝家の宝刀」
と紹介すると関根が恥ずかしがったのは、関根がベースからチャップマンスティックにチェンジしたからであるが、そのギターとベースを1人で担うようなとんでもない楽器を関根がマスターしたからこそ、小出がラップ的な歌唱をできるようになったのは、バンドの結成から今に至るまでを見事な韻の踏み方のリリックによってセルフボーストならぬバンドボーストとした「EIGHT BEAT詩」。
歌詞にも出てくる関根のチャップマンスティックの演奏シーンがこんなにもアップではっきりと観れる機会というのは世界的に見ても実に貴重な場面だと思われるが、ファン的にはそれと同じくらいにハンドマイクを握って体を揺すりながら歌う小出の姿も目に焼き付けておきたいくらいに貴重なシーンである。
ちなみにこの曲の歌詞の冒頭には高校生の頃にスーパーカーのコピーバンドをしていたという、よく知られたエピソードが登場する。「EIGHT BEAT詩」というタイトルも「AとBとC」と書くことができるが、スーパーカーが解散した時にリリースしたベストアルバムが「A」と「B」で(A面曲が入ったのが「A」でB面曲が入ったのが「B」という素っ気なさ)、ベボベのメジャーデビューアルバムが「C」だった。
「ストーンズのように クラプトンのように いつまでもRollin’ Rollin’
出会いがあって別れがある でも、その度 果実の甘味は増す
新しい曲を書いて 旅に出て また次の君の街へ
AtoZ 書き足してゆくAとBとC いまも Just Like EIGHT BEAT詩」
というフレーズからも分かるように、スーパーカーから受け継いだものをまだまだこれから先も3人は鳴らし続けていこうとしている。ストーンズやクラプトンはもはやおじいちゃんと言ってもおかしくないような年齢だ。それでも現役のミュージシャンであり続けている。ベボベとその年齢まで一緒に生きていけるのだとしたら、同世代としてそんなに頼もしいことはない。
ベボベと言えば「ドラマチック」や「BREEEEZE GIRL」や「electric summer」など、夏の名曲をたくさん持つバンドである。そんな夏バンドであるベボベの最新の夏ソングとなるのは、かつてのキラキラした夏ソングとは少し違う、どこか淡々と過ぎ去っていく夏の日々を想起させるのが、フェスがことごとく中止になってしまった今年の夏のテーマソングのようでもあった「セプテンバー・ステップス」。
小出と関根は演奏する姿に楽器だけ別角度のモノクロの手元が被せられるという演出。スタジオライブというと演奏する姿をひたすら映すだけというイメージが強いし、それをじっくり見れるものというイメージもあるのだが、メンバーは普段と比べて特別なことをやっているわけではないのに、明らかに特別なものが目の前の画面に映っている。それは独立したことによって自分たちの考えられることを全て具現化できるようになった状況を作ることができたバンドと、それを支えるチームの勝利である。
「EIGHT BEAT詩」同様にヒップホップ要素が強いながらも形態としては通常のスリーピースとして演奏された「PARK」はそうしたサウンドだからこそ、初期はNUMBER GIRLに憧れてダウンピッキングのルート弾きがメインだった関根のうねるようなベースがバンドを支えている。この関根のベーシストとしての覚醒(それはチャップマンスティックをマスターしたことも含めて)がベボベを3人だけで成立するバンドにさせたと言ってもいいだろう。その関根はリズムに乗って体を小さく飛び跳ねさせながら演奏。スタジオとはいえやはりこうして3人揃って演奏しているというのはレコーディングとは違うライブそのものだ。2人の音や声に1人が乗せられて、さらにその乗せられた音に2人が乗せられ…そんなバンドの魔法が今の3人には確かに宿っているのがわかる。
そのまますぐに「C3」の中で最もアッパーなギターロックサウンドの「Grape Juice」へ。
「でかいギター ひくいベース はやいドラム よ、吹き飛ばして」
というフレーズはまさにこの曲を演奏している時のバンドのサウンドそのものを指しているというくらいにロックバンドとして、スリーピースバンドとしてのダイナミズムに満ち溢れている。堀之内の4つ打ちのドラムもまた、このバンドのサウンドがロックシーンの雛形の一つを作ったんだな、ということを実感させてくれる。
「3」に纏わる歌詞が小出、堀之内、関根という順番のボーカルリレーによって次々に飛び出す、それはスリーピースバンドとして生きていく決意をベボベらしい形で歌うこととした「ポラリス」では堀之内にボーカルが移る際に小出が堀之内を紹介。
「イーグルとシャークとパンサーか
ファルコンとライオンとドルフィン」
というフレーズは子供が生まれて父親になってもずっと子供っぽさの残る堀之内にピッタリのものであるし、サビの「赤青黄」というフレーズに合わせて照明もその色に変化していくというのも本当にライブそのものだ。
また関根のボーカルには
「街と海と私の三角関係
三部作くらいじゃ終わりそうもない」
という「GIRL OF ARMS」のフレーズ、メロディがリプライズするという昔からのファンならばニヤリとするようなものも。
この曲を演奏する姿を見ていると、スリーピースバンドとして生きていくという意志を感じさせるとともに、ずっとスリーピースバンドとして活動してきたようにも感じる。それくらいにメンバーそれぞれの演奏とバンドのグルーヴが練り上げられているのだ。
しかしそんな手練と言ってもいいような技術とキャリアを得てきた3人をしても、
「やはりライブでやらないと曲は育たない。だから「L.I.L.」とかはまだプリプリの状態」
と、まだまだ「C3」の曲は完成形ではないということを口にする。確かに我々はベボベのツアーに毎回参加することによって、音源よりもさらに曲が進化した姿を数え切れないくらいに見てきた。それを見ることによって、さらにアルバムや曲が好きになっていって、バンドそのものもさらに好きになっていく。それを繰り返して15年にも渡ってずっとベボベと共に生きてきたのだ。
そんな思いを抱きながらも、早くもライブは最終盤へ。昨年のCOUNTDOWN JAPAN出演時に新曲としてライブの最後に演奏していたことからも、曲の持つメロディの良さをメンバーもわかっていると思われる「Cross Words」へ。
「息をするように君の名前を呼びたい 感じてほしい 僕を
同じでこんなに違うからこそ 愛おしいんだよ すべてがヒントなのさ」
という、具体的な描写はないけれど確かにお互いを大切な存在と思っている2人の姿が想像できる、ベボベならではのラブソング。何というか、そういう歌詞を書くバンドになったということ、それが理解できるようになったということが、お互いに年齢を重ねてきたんだよなぁと実感させられる。
小出は今こうした状況になったことによって、旅をしていないと口にしていた。全国をバンドで旅して回って、曲が育っていく。そんな日々を繰り返してきた。そんな旅をしていくバンドだからこそ歌える曲である「風来」が「C3」の最後を飾る曲だ。
しかし小出が背後のカメラの方を向いてギターを弾こうとした瞬間にヘッドホンのコードが抜けてしまい、やり直すことに。そんなキメようとして決まりきらないのが実にベボベらしいし、そんな場面を見て3人がみんな笑い合えるという姿に、こうしてバンドを続けるという選択を3人が選んで本当に良かったと思えた。それくらい、こうしてバンドをやっていることが楽しそうなのだ、今のベボベは。
「「血のめぐりを固めないためには『同じ姿勢でいないこと』」
湯に浸かり 次の旅 思うよ」
と、バンドは旅を終えてまた次の旅へ出て行く。でも「C3」を持って廻るはずだった旅はまだ始まってもいない。旅を経てきた果てで、その旅から帰ってきたバンドを待つたくさんの人の前で鳴らされた時に、この曲は本当の意味で完成を迎える。
「今年は難しいかもしれない」
とも小出は言っていたけれど、
「また次の旅で」
とも言った。いわゆるパンクやラウドバンドのような意味でのライブバンドではないかもしれないが、ベボベは紛れもなくライブバンドだ。ライブという旅を繰り返して生きてきたバンドなのだから。
アルバム1枚、12曲。それはライブとしてはかなり短い。しかしすぐに来月にまた次の配信ライブが開催されることが発表された。「C3」以外の曲はきっとそこで聴くことができるだろうし、もしかしたらこれから配信ライブは恒例化していくのかもしれない。毎月ベボベのライブを見ることができるというのは、まだお互いに10代だった頃、あらゆるイベントやフェスに出演しまくっていた頃のようだ。15年くらい経っても、今でもベボベでその感覚を味わうことができる。カメラ30台を駆使した映像も、スタジオだからこその音質も素晴らしかった。でもそれ以上にずっと刻み込まれてきたあらゆるライブの記憶とそれを更新する活動こそが、自分にとってはベボベでしかできない、鳴らすことができないものだ。
1.試される
2.いまは僕の目を見て
3.Flame
4.Summer Melt
5.L.I.L.
6.EIGHT BEAT詩
7.セプテンバー・ステップス
8.PARK
9.Grape Juice
10.ポラリス
11.Cross Words
12.風来
文 ソノダマン