すでに国民的シンガーソングライターと言ってもいいくらいに次々にヒットシングルを飛ばし、今年は9月にニューアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」リリースとなったが、そもそも予定されていた大規模なツアーはコロナ禍によってやはり中止を余儀なくされてしまった。存在としても、ライブアーティストとしてもさらなる飛躍の1年になるはずだった。
そうしてツアーが中止になった中、あいみょんは日比谷野音で無観客の配信ライブを行った。その際の
「これが最後の無観客ライブにしたい」
という言葉を自分の意思と力で実現するために、有観客ツアーを開催。11月30日に大阪城ホールでスタートしたこのツアーは12月27日という年末の福岡マリンメッセまで、アリーナクラスの会場を回るというこの状況での強い覚悟を持った大きな決断。この日はツアーとしてはちょうど折り返しになる、さいたまスーパーアリーナ2daysの初日公演。
入場時に混雑しないように各エリアごとに入場時間の分散というアリーナ規模だからこその対策から検温と消毒、全席指定の客席を一つずつ開けるという感染対策に加えて、場内には「ミート・ミートを楽しむための5つの方法」として、シュールな漫画によるこの状況下でのライブの楽しみ方的な注意喚起がなされている。堅苦しくないようにそうした喚起をするというのが実にあいみょんらしい。
さいたまスーパーアリーナはスタンド最上段までいっぱいになっており、このご時世にこうした広いアリーナに広がるその光景だけでも込み上げるものがあるのだが、開演時間の18時を少し過ぎるといきなり場内が暗転して、ステージ中央にピンスポットが一つ当たる。そこにいるのはアコギを持ったカジュアルな出で立ちに見える、あいみょん。歌い始めたのは「おいしいパスタがあると聞いて」の1曲目である「黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を」。途中からバンドメンバーたちが参加するが、やはりアルバムのリリースを経てのライブという側面を強く感じる立ち上がりだ。
今回のライブは自身もアコギを弾くあいみょんに加えてギター×2、ベース、キーボード、ドラム、パーカッションという今までのライブ以上の大人数編成。だからこそついに初めて埼玉で鳴らされた(タイアップである「クレヨンしんちゃん」の舞台は埼玉県春日部市である)「ハルノヒ」での音源とはまた違うバンドサウンド(特にASA-CHANGのパーカッションが加わり、時にはツインドラムのようになるリズム)はこのツアー、このライブならではのものになっているし、そうした要素もまたあいみょんがこうしてこんな状況の中でもライブをやりたいと思う理由の一つなのだろう。
最初は椅子に座っていた観客が「ハルノヒ」で一斉に立ち上がってビートに合わせて手拍子をしながら体を揺らしていた「満月の夜なら」においてもそうであるが、割といつもそうではあるとはいえ、あいみょんは本当に歌いながらよく客席を見渡している。それこそ両サイドの1番上の席にいる人の存在までを自分の目でしっかりと確認するかのように。その目線に気付いて観客が手を振ったりするのもあいみょんのライブならではと言える。
曲のアウトロでのあいみょんの「Ah」という吐息が漏れるようなスクリームが実にラブリーだ。
だからこそ挨拶的なMCではあいみょんに向かって「今日のネイル何色?」と書かれたボードを掲げたファンもおり、それに「水色!」と顔を覆うように指を見せながら答えるというのも実にあいみょんらしいが、
「どうせ死ぬなら二度寝で死にたいわ」
というボーカルのみによって始まる「どうせ死ぬなら」では井嶋啓介(ベース)がステージに前に出てくるというバンドサウンドも一気にロックに振り切れていくのに加え、あいみょんのボーカル自体も1段階ギアを上げたようなイメージだ。
すると観客による
「まだ眠たくないのセックス」
というフレーズの合唱がおなじみである「ふたりの世界」ではその部分で当然ながら観客はこの状況では声を出せないだけに、あいみょんも歌わずに無音で通り過ぎたと思ったら、急に演奏を止め、その部分で合唱ができない状況であるだけに、ささやきくらいの感じでの曲への参加を観客に促す。その際に井嶋が例として発声していたのを見るに、井嶋はバンド内でも強い存在感を放っていることがわかる。井嶋はsumikaでもゲストプレイヤーという枠を超えてもはやレギュラーメンバー的な立ち位置になっているが、そうしたsumikaのサポート感を感じさせないことに加えて、あいみょんのライブでもソロアーティストのバックバンドというよりも、ステージに立っている人全員でのバンドという感覚にさせてくれるのは彼の存在や貢献が大きいんじゃないかと思わせる。
そうしてささやくような「セックス」コールはあいみょんが
「今までで1番セクシーだった」
と言うものになると、官能的な情景が誰もが知るような言葉で綴られていくことによって、ファミリーでライブに来ている人でもJ-POPの曲として楽しめる「シガレット」から、それまではあいみょんを中心とした演奏するメンバーが映し出されていたステージ左右のスクリーンに加工されたサイケデリックな映像が映し出される「マトリョーシカ」と、徐々に曲の流れがストレートなポップというものから変容していく。
「家でダラダラ酒飲んでいる私はなんかあいみょんではなくて。こうやってみんなの前に立っていることによって私はあいみょんでいることができる」
というMCでの言葉はこのツアーをやることに決めた何よりの大きな理由だろう。自分があいみょんという存在でいるためには、ファンの前に立って歌っていなければならない。アリーナに立つアーティストとしての音楽業界への責任感もあるとは思うけれども、それ以上にこうして観客の前でライブをやらないと自分があいみょんであるという感覚が薄れていく。そのためにもあいみょんはこの状況でもライブをやらないといけなかったのだ。
そんな心境を歌ったという「風のささやき」は1コーラス目を弾き語り、2コーラス目からはバンドという形態によって、バンドの音が加わった瞬間のカタルシスを感じさせてくれるが、続く今年の大ヒット曲「裸の心」は山本健太のピアノとあいみょんの歌から始まり、また途中からバンドサウンドになるも、あいみょんはギターを弾かずに歌唱に専念するという形に。そこからはあいみょんのバンドメンバーへの強い信頼が感じられる。
武道館ワンマンは弾き語りという形だったけれど、今はこのメンバーが鳴らす音があってこそ自分の曲が完成して生きているという感覚があるのだろう。
曲終わりでステージが真っ暗になると、オープニングのようにピンスポットが当たる場所には1人アコギを持ったあいみょんが。バンド編成でのライブでも用意されているということは、やはりこれがあいみょんの原点であるということ(MCでも路上ライブをやっていた時のことを話していた)を示すように弾き語りで披露されたのは「青春のエキサイトメント」の1曲目である「憧れてきたんだ」。
それまでよりもはるかにラフな歌唱とギターの演奏は音源でのイメージそのものであるが、この曲を今になって聴くと、自分自身が様々なアーティスト(それこそあいみょんが日本武道館でライブを見た初めてのアーティストである銀杏BOYZも)に憧れてきた感覚を、今こうしてあいみょんのライブに来ている人たちはあいみょん自身に抱いているんだろうな、ということを思わずにはいられない。
そのまま弾き語りで歌われた「from 四階の角部屋」も、曲が終わった瞬間にあいみょんがすぐさま
「ありがとう!」
と言って終わるというのは弾き語りならではであるなぁと思うとともに、どこか普通のバンドマンがバンドの曲を弾き語りするのとは違うビートの感覚を感じるのは、そもそもこうした形で生まれてきた曲だからだろうか。
弾き語りということでいったんステージから掃けていたバンドメンバーたちを呼び戻しながらのメンバー紹介へ。名前だけではなくそれぞれのエピソードや人間性に触れるあたりも実にあいみょんらしいのだが、個人的には今でもメレンゲのライブのサポートメンバーでもあり、メレンゲのクボケンジの弾き語りでも相棒的な存在としてキーボードを弾いている山本健太がこんなに売れっ子サポートメンバーになっているのが実に感慨深いというか、こうしてあいみょんのサポートをやるようになってもメレンゲのサポートを続けてくれているのが本当に有り難く思える。なんなら彼が昔やっていたオトナモードというバンドのライブも見ていただけに。
するとここでメンバーがそれぞれ楽器を持ち替えてのアコースティックコーナーへ。井嶋もベースを持ち替えていたのは少し意外というか、そうして楽器を変えてアコースティックに対応するというタイプのベーシストというイメージがなかったからであるが、最新作収録の「ポプリの葉」がこの編成でのアレンジで演奏されるということも、アコースティックであるのに赤い照明にあいみょんが照らされていたことによってサイケデリックさがより増していた「二人だけの国」も含めて、選曲もアレンジもかなり意表をついたアコースティックコーナーであったことは間違いない。
「A.P.C. の黒い財布
なくしてしまって海へダイブ」
「のぞいて心の奥の内部
たぶん汚れてるかもねだいぶ」
という固有名詞を使った韻を踏んだリズミカルな歌詞があいみょんの新たな作家性の扉を開いたことを感じさせる「チカ」、両サイドのスクリーンに生々しい女性の情念を感じさせる歌詞が次々に映し出されていく「朝陽」と新作の曲が続くと、一転して「愛を伝えたいだとか」という代表曲の一つでもあるシングル曲へ。R&Bなどの要素を自身のポップミュージックとして見事に昇華した曲であるが、あいみょんの情熱的な歌声とバンドサウンドがロックさをそこに強くまぶしたものになっている。音源のイメージ以上にライブでこそ映える曲だ。
そしてここであいみょん最大のヒット曲である「マリーゴールド」へ。ステージだけならず会場全体が黄色い照明に照らされる中、観客は腕を左右に揺らす。その姿を光景を見たあいみょんは
「この景色を見れて良かった」
と口にする。それは観客がいなければ絶対に見れないようなもの。観客がライブを作る要素になっているということを改めて感じさせてくれたし、あいみょんには自分があいみょんでいるためにそれが必要なのだ。
そしてあいみょんが客席のあらゆる方向へ
「まだまだ盛り上がれますかー!」
と煽ると、あいみょんの着ている服の丈が短いことがギターを持たないことによってよくわかるし、それによって素肌が露出した状態で歌う、スピッツからの影響が色濃い「マシマロ」は曲の歌詞もあって、もはやセクシーというかエロいとすら感じられる。
さらには「夢追いベンガル」でも
「走る走る」
という歌詞に合わせてその状態でステージを右へ左へと走り回りながら、カメラに接近したり、投げキスをしたり、NiziUの縄跳びダンスも取り入れて、もう全てを追うには目が実に忙しいけれども、本人がこのライブを1番楽しんでいるかのように見える。バンドメンバーたちも動けるメンバーはガンガン前に出て行くという意味ではバンド感を最も感じさせる曲と言えるかもしれない。
そんな狂騒空間から一転してあいみょんがアコギを弾いて歌い始めたのは「君はロックを聴かない」。観客が音に合わせて体を左右に揺らしていると、普段のライブではその観客が大合唱するパートであり、日比谷野音の配信ライブでは画面越しに歌っているであろう人たちの声を聴くようにしてマイクから離れた、
「君がロックなんか聴かないこと知ってるけど
恋人のように寄り添ってほしくて
ロックなんか聴かないと思うけれども
僕はこんな歌であんな歌で」
というフレーズをあえて小さい声でマイクから少し離れて歌う。それはやはり観客の心で歌っているであろう声を聞くようにして。そこからの
「また胸が痛いんだ」
の思いっきり声を張るような歌唱は、まさに聴いているこちらが少し胸が痛くなるような。僕はこんな歌でこの状況を乗り越えていきたいと思ったのだ。
「またここにきてね
ファインダー越しに見える
笑った顔が好きでした」
「また会いに来てね
馬鹿馬鹿しいほどに私は恋をしていたわ
消えないでいてね
まだまだ知りたいことがあります」
という歌詞がこの会場に来ている人全員に向けられた言葉であるように響いていたことを思うと、今回のライブで演奏されたことが意外には思えなくなるような「漂白」から、最後にしてロックなサウンドに振り切れて行く「さよならの今日に」の
「不滅のロックスター
永遠のキングは
明日をどう生きただろうか」
というフレーズがこの状況だからこそよりリアルに、焦燥的に響く。今も最前線でライブハウスに立っているロックスターもいれば、なかなか状況的に人前で演奏することができないロックスターもいる。でも確かなことはみんな生きているということ。明日からをどう生きていくかを日々考えているということ。そんな中であいみょんはこうして観客の前で歌うことを選んだ。どれが正解か間違いかなんて今はまだ誰にもわからないけれど、きっと我々はこの日のことを「あの時にあいみょんのライブが観れてよかったよね」って思えているはずだ。
バンドメンバーがステージから去り、大きな拍手に会場が包まれると、あいみょんがアコギを弾いて弾き語りをしたのは最新作の最後に収録されている「そんな風に生きている」。薄幸な女性視点の歌詞であるが、
「だから 私はいつも風まかせ
そんな風に生きてる
私はいつも運まかせ
そんな風に生きてる
そんな風に乗ってる
そんな風に生きてく」
というフレーズは今こうしてライブをやるということを選んだ、あいみょんの決意表明であるかのようだ。あいみょんはこんな風に生きていくことを選んだ。そこには確固たる覚悟がある。だからこそ、その声はどこまでも力強く、ポジティブなエネルギーに溢れていた。
歌い終わるとあいみょんは客席のあらゆる方向に近づいて、一人一人に向き合うように丁寧に手を振ってからステージを去っていった。去り際に再び縄跳びダンスをしていたのはもはやご愛敬かもしれないが、その笑顔はどこか我々の抱える鬱屈とした不安を吹き飛ばしてくれるような、スーパーガールそのものの姿だった。
楽曲の素晴らしさはもちろんのこと、なぜあいみょんがこんなに広い会場に立てるアーティストになったのかがハッキリとわかったような気がした。どうかこのツアーが最後まで無事に完走できますように。それが出来る状況の世の中でありますように。
1.黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を
2.ハルノヒ
3.満月の夜なら
4.どうせ死ぬなら
5.ふたりの世界
6.シガレット
7.マトリョーシカ
8.風のささやき
9.裸の心
10.憧れてきたんだ
11.from 四階の角部屋
12.ポプリの葉
13.二人だけの国
14.チカ
15.朝陽
16.愛を伝えたいだとか
17.マリーゴールド
18.マシマロ
19.夢追いベンガル
20.君はロックを聴かない
21.漂白
22.さよならの今日に
23.そんな風に生きている
文 ソノダマン