先月、アコースティックセルフカバーアルバム「Dress Up」をリリースしたロックンロールバンド、THE PINBALLS。
この世の中の状況であるだけに、通常の形でのライブを行うのはなかなか難しいが、「Dress Up」を携えてのアコースティックライブという形にして開催し、会場も神戸クラブ月世界とBlue Motion YOKOHAMAというなかなかロックンロールバンドを見るという意味では珍しい場所に。
すでに2018年のアルバム「時の肋骨」リリース時にも青山の月見ル君想フにてアコースティック編成でのライブも行っているだけに、「Dress Up」と今回のツアーはこの世の中の状況だからアコースティックで、というわけではなくバンドの持つ一つの側面を見せるのがたまたま今だったということだろう。
会場であるMotion Blue YOKOHAMAは赤レンガ倉庫のレストラン街の3階に入っているのだが、この日は外で犬のイベントが行われており、右を見ても左を見ても前を見てもカフェの中を見ても犬ばかりの中、15時過ぎに開場。今回のライブは神戸、横浜ともに2部制であり、今回参加したのは1部の方。なので早い時間の開場となっている。
初めて入るMotion Blue YOKOHAMAは少しこじんまりとしたビルボード東京という感じであるが、バーテンダーがシェイカーを振る本格的なバーカウンターが客席内にあったりと、実に格式高い感じがするし、それはドリンクの値段や客席の椅子に座る観客の普段のライブハウスより少しフォーマルな出で立ちからも窺える。
もちろん座席は対面には人が座らないように距離を保つのはもちろん、入場時には検温と消毒をするというウイルス対策も行っている。
16時15分ほどになると場内がゆっくりと暗転し、ステージにメンバーではない男性と女性が登場。会場に入った時から機材がセッティングされていたので薄々勘づいてはいたが、この日はサポートメンバーとしてシンガーソングライターでもあるキーボードのfuraniとパーカッションを加えた編成という、THE PINBALLSのライブとしては実にレアな形だ。ちなみにパーカッションはドラムの石原天の師匠であり、毎回バンドとともにレコーディングに参加している森秀輝である。
そのキーボードとパーカッションの2人が先に音を鳴らし始めると、その音をSEのようにしてメンバーが順番に登場。ロングコートを着た石原、ハットを被った森下拓貴(ベース)、鮮やかな金髪におなじくハットを被ったいつも通りにクールな中屋智裕(ギター)、緩いニット地の服を着た古川貴之(ボーカル&ギター)の順。
「Dress Up」のアー写の通りとはいえ、普段はスーツで揃えているバンドが、スーツの方が似合いそうな会場にスーツではない服でステージに立っているというアンバランスさが面白いが、これはなかなか見れない姿でもある。
ドラムセットに座る石原だけでなく、古川、中屋、森下の3人も椅子に座り、森下はアコースティックベースだが中屋は通常通りにエレキギター。普段はギターを弾きながら歌う古川はギターを持たずに、
「what a wonderful world!」
と高らかに歌い始める。「Dress Up」のオープニングナンバーである「欠ける月ワンダーランド」であるが、キーボードとパーカッションを加えたアコースティックアレンジは実に上品さを感じさせるし、
「ぐるぐる月がめぐる
ぐるぐるあたままわる」
というフレーズに合わせて古川は指をぐるっと回すような仕草を見せながら歌う。一時期は喉の調子が不安定なこともあったが、今は全くそんなことは感じさせない。自粛期間中にもしっかりボーカリストとして鍛錬を積んできたであろうことがわかるし、それはファンもツイッターでのカバー弾き語りという形で目にしてきたことだ。
古川もアコギを手にして、一気にテンポも速くなり、アコースティックという編成で生じるようなまったりとした空気を全く感じさせない、ただひたすらにカッコいいロックンロールバンドであるという原曲の持つ魅力を座ったままの演奏でも感じさせる「劇場支配人のテーマ」での
「近頃じゃお客を呼べるような
まともなピアノ弾きなんていないし」
というフレーズにキーボードが応えるかのよう。普段は森下が主に務めるコーラスもこのキーボードのfuraniが務めており、普段とはまた違った声の重なり方を感じさせてくれる。何よりもアコースティックアレンジとなったこの曲が想起させてくれるイメージがこの会場に本当に似合っている。
そんな会場を
「普段は結婚式とかにも使われている、誰かの夢を叶えてくれる場所でライブができて、本当に今日は夢みたいです」
と評すると、
「迷い込んで 目が覚める
夢の中のゆめのゆめ
長い間 二足歩行の幻を見ていた
ここは眠りの町」
「どうかこの夢が 終わらないように
どうかこの夢を 忘れないように」
というフレーズがある通りに、古川も
「そんな夢のような日に夢のような場所で、この夢の曲を歌えるのが嬉しい」
と口にした「沈んだ塔」は再び古川がギターを弾かずに歌に専念する。その姿はこうしたライブバーで歌っているジャズシンガーのようですらあるが、個人的にはタイトルはスーパーファミコンの名作RPG「ロマンシング・サガ2」にタイトルと同名の「沈んだ塔」というダンジョンがあり、ほとんど同世代と言っていいメンバーなだけにそこから着想を得たのだと思い込んでいたが、どうやらそういうわけではなさそうである。
アコースティックや弾き語りという編成になると音圧や歪みがなくなるために、メロディがより剥き出しの形で現れる。そうした勢いでゴリ押しすることができない形なだけに、純粋な演奏の巧さとメロディの強度が問われるのだが、演奏の巧さはもちろんのこと、改めてこのバンドがメロディと歌詞という2つの軸がしっかりしているバンドであることがよくわかるし、「DUSK」はそのメロディの良さを一層引き出されている曲だ。実際に「Dress Up」を聴いた時に最も「この曲、こんなに良い曲だったんだな」と思った曲であるし、
「さまよい続けた 夕闇のまぼろしで
どこかで 湖に 風が吹いている事だけを知っている」
というフレーズはどこか周りに公園が多いこの場所に実によく似合っていたように聞こえた。
キーボードとパーカッションが全編に渡って参加していることからもわかるが、「Dress Up」には通常のギター、ベース、ドラムという楽器以外の音も加えられている。「Dress Up」にはクレジットには記載されていなかったが、明らかにホーンの音も入っており、それはこの日はfuraniのキーボードがシンセとして担うのかと思っていたが、ここでさらなるゲストとしてサックス奏者の薗田佳煇。
なので音源でもホーンの音が入っていた「悪魔は隣のテーブルに」を7人編成で演奏するのだが、まさにテーブルに座ったままで聴くこの曲は隣の席に座っている人がもしかしたら悪魔だったりして…とも思ってしまう。
そしてそのままの編成で「299792458」へ。「Dress Up」リリース時からファンに非常に評判が良かったこの曲は元より持っているポップさをサックスが入ったことによるジャジーなサウンドがより引き立てている。まさかTHE PINBALLSのライブでサックス奏者の演奏を聴くことになるとは思わなかったし、それがこんなにも相性が良いものであるとも思わなかった。
しかしながら「Dress Up」の曲に入っているサウンドはサックスだけではない、ということでサックスの薗田に代わって今度はヴァイオリン奏者のemyuがステージに登場すると、
「カバーをやるんだけど、俺の好きなOasisの曲で。Oasisはリアムとノエルっていう兄弟のバンドなんだけど、ノエルが作る曲が好きで。でもノエルは二言目には「ファッキン○○」っていうくらいに口が悪くて(笑)
でもそれは優しさの裏返しだと感じていて。俺はノエルみたいなロックンロールスターになれない人だけど、ノエルの作った曲を聴いているとそういう優しさを感じる」
と自身がOasisの音楽とノエル・ギャラガーの人間性から強い影響を受けていることを語ってから演奏されたのは、そのノエルの優しさが強く表出したOasisの代表曲「Wonderwall」。リアムの精悍な野獣のようなボーカルとは違うけれど、古川もまた間違いなくロックンロール・ボーカリストだよなぁと思うし、そういえば青山でやったアコースティックライブの時も最後にOasisの「She’s Electric」を演奏していた。古川は本当にOasisが好きなんだなぁと思うし、THE PINBALLSがロックンロールバンドの中でもメロディが強く立っているバンドであるのはOasisの影響が強いからなのかもしれないと思った。
「今ではバイクに乗って移動することが多いんだけど、昔は徒歩がメインの移動手段で、歩いている時に感じる「このままどこまででも行けるな」っていう感覚を曲にした」
と古川が曲が生まれた背景を解説すると、「Wonderwall」でも見事にメロディを奏でていたヴァイオリンが春の桜が舞うような美しい情景を浮かばせる「way of 春風」へ。
ライブ前は季節的にこの曲をやるのはどうだろうか、とも思っていたのだが、その生のヴァイオリンの音とバンドサウンドの絡み合いっぷりと、この会場はコスモワールドが見える立地にあるということで、
「観覧車が回るたびに 君を思い出すけど
僕は帰らない」
というフレーズはまさにここで歌われるべき曲として鳴っていた。金木犀の匂いがなければ今が春だと思えたかもしれないほどに。
さらにこのバンドの曲の中で随一のライブで聴くと本領を発揮する「毒蛇のロックンロール」はヴァイオリンとギターの激しい果し合いのようなぶつかり合いがもはや完全にアコースティックの範疇を超えたサウンドになっており、立ち上がって声を上げながら見たくなるほどに。形態が変わってもどうやらこの曲が最もライブ映えする曲であることは変わらないというか、このライブを見てより一層そう思えたかもしれない。
その「毒蛇のロックンロール」もそうだが、イントロをヴァイオリンのサウンドが担うという「アダムの肋骨」も含めて、この辺りの曲は完全にヴァイオリンありきでアコースティックアレンジをしていったのだろう。そのアレンジを考えてこうして形にしたというところにこのバンドの間違いなくロックンロールバンドだけどもそれだけではない引き出しの多さと音楽的な器用さを感じる。
だけども古川貴之という男は音楽とは裏腹に実に不器用な男である。サポートメンバーがいったん捌けてメンバー4人だけになり、さらに石原はドラムセットの前に出てきてカホンを叩くというアコースティックらしい編成になると、
「普段1人で歌ってる時に「これ最高にかっこいいな」って思ったりするんだけど、そのままの状態を見せたいというか…。
俺は俺のためだけに歌おうと思ってる。それがみんなが楽しめたり、かっこいいって思ってくれるようなものになればいいなって」
と口にしたい思いはあれど、それが完璧な形では口にできないというか。
でもそれが古川らしさであるし、その「自分のためだけに歌う」というのはロックンロールバンドとして決して間違っていない。人の目を気にしたり、打算的なことを考えて生み出した曲は自分がかっこいいと思えなくなるからである。
自分が心から「これはかっこいいだろう!」と思うものを作って、バンドで演奏する。それを聴いた人が「これめちゃくちゃカッコいいな」と反応してライブを観に来る。それは爆発的な人気には繋がらないような原初的な活動形態ではあるけれど、そうした意志こそがこのバンドをロックンロールバンドたらしめているものである。
そんな、自分のためだけに歌おうとして作った曲が
「もしももう一度 唄を唄うなら
僕だけのために唄おう
すべてをなくしても
すべてをなくすだけだから」
という歌詞にも決意を滲ませる「ワンダーソング」。でも自分だけのために歌おうとして作ったこの曲はもう古川だけのものではない。バンドのものであり、バンドを愛する人のものでもある。そうやって自分だけのために歌った歌が誰かのためのものになっていく。普段とは違う編成・形態だからこその感動が確かに感じられた瞬間だった。
アンコールではまず古川が1人だけで登場。アコギを手にすると、今後も1人で弾き語りをやっていくという決意を口にして、「片目のウィリー」を弾き語りで。
個人的にはTHE PINBALLSと出会ったきっかけが、スペシャのCMでこの曲が流れてきて「なんだこのカッコいい、そして良い曲は」と思った時だったので、その曲が生まれた時の姿(おそらく)で聴けるというのは実に嬉しいし、やはり弾き語りという形態だと改めてメロディの素晴らしさを感じることができる。これからもこうして、笑いながら涙を流しながら生きていけたら、と思う。
しかし古川は1人で弾き語りをすることによって逆に普段どれだけバンドのメンバーたちに助けられているか、守られているかがよくわかるということを口にした。それは自分の弱さやメンバーの存在の大切さをわかっているからこそ口にできるものだ。
なので最後はメンバーに加えてfurani、森、薗田、emyuというこの日参加したサポートメンバー全員による「あなたが眠る惑星」。さらには観客までもが手拍子で演奏に参加して、この日この時間にこの会場にいた人全員で作り上げる曲になっていた。
「一人きりでいる時は 一人きりだと思う時は
忘れないであなたを
愛する人がいる事を」
というフレーズは古川が1人で弾き語りをやった後にこうして愛する人たちと一緒に音を鳴らしているからこそよりその存在を愛おしく感じることができたし、
「白黒に見えた世界が 色づく音に灼かれて
生まれた意味を知るでしょう
おやすみよ おやすみよ」
というフレーズのとおりにこのライブを観た後は安らかに眠りにつけるような感じしかしなかった。
最後にはメンバー4人が手を繋いで一礼。少し古川は感極まっているような感じもあったが、まだこの日はこれからもう1本ライブがある。それを終えた後に公式アカウントがツイートしたライブ終了後の全員集合しての写真とメンバーそれぞれのソロショットは本当にこの日が幸せな日であったことを証明していた。
個人的にTHE PINBALLSは実に惜しい、もったいないと思うことが多いバンドだ。なぜかやたらリリースからツアーまで日にちが空いていたり、メジャーデビューしてこれから!というタイミングで古川が喉の調子が悪くなったり。
もう少しガツガツ活動を後押ししてくれるようなマネージメントがいたりしたら今いる位置はだいぶ違っていたんじゃないか、と思うこともあるけれど、でもそうなっていたら古川は自分のためだけに歌えるような状況になっていなかったかもしれない。それはロックンロールバンドとしての純度に直結してしまうことだ。
だからそうしたこれまでの活動も全て古川らしいというかTHE PINBALLSらしいとすら思える。かなり大きなタイアップに向けてまたしても決定打的な名曲(個人的には「蝙蝠と聖レオンハルト」も決定打的な超名曲だと思っている)を生み出している。
自分のためだけに歌っているロックンロールが、少しでも多くの人に届くように。
1.欠ける月ワンダーランド
2.劇場支配人のテーマ
3.沈んだ塔
4.DUSK
5.悪魔は隣のテーブルに
6.299792458
7.Wonderwall
8.way of 春風
9.毒蛇のロックンロール
10.アダムの肋骨
11.ワンダーソング
encore
12.片目のウィリー (弾き語り)
13.あなたが眠る惑星
文 ソノダマン