昨年に2020年を代表する傑作アルバム「hope」をリリースするも、ツアーを始めとした有観客ライブはほとんどが中止になってしまった。豊洲PITでの配信ライブもあったが、その「hope」の傑作っぷりを示すかのように、テレビの音楽番組に出演する機会も、テレビで曲が流れてくることも増えた。
それだけに、コロナがなかったら今頃どんな大きいステージに立って、どんな景色を我々に見せてくれたんだろうかと思う筆頭格的なバンドとも言える、マカロニえんぴつ。
11月には早くも新作にしてメジャーからのリリースとなったEP「愛を知らずに魔法は使えない」をリリース。今やミュージックステーションに過去にリリースした曲でも出演するほどの存在になった中で今回の配信ライブの舞台はKT Zepp Yokohama。新作はもちろん、「hope」の収録曲のほとんどをライブで聴けていない状態だが、実際にこの会場でワンマンが(通常のキャパで)開催されていたらチケットを取れていただろうか。
車に乗ったメンバー4人の姿が待機画面として映されながら「hope」が曲順通りに流れる中、19時を少し過ぎた頃に画面が切り替わって映し出されたのは日が灯った蝋燭。その向こう側ではすでにステージ上でギターを弾きながら歌うはっとり(ボーカル&ギター)。歌い始めたのは「夜と朝のあいだ」。
メンバーの音も入ってくると、画面は普段のようにステージ全体や各メンバーの演奏する姿も捉えるのだが、薄暗い照明の中で時折オープニング同様に蝋燭越しのはっとりの姿も映る。
「愛しているよ 君だけを 君だけを
愛しているよ 君のこと 君よりも
愛しているよ 君だけを 君だけを
愛していてね 今だけを 今だけを」
という、はっとりの性格やトリッキーなバンドのアレンジからすると、ひねくれたようなラブソングが多いのもよくわかるけれども、そんな中でもどストレートなラブソング。この曲から始まるというのは実に意外であったが、実際に夜のライブハウスでこの曲を聴きたくなってしまう。
メンバーの背後にスクリーンが現れてそこに様々な図形などの映像が映し出されていくのは「hope」収録の「遠心」。長谷川大喜のキーボードの音が音源よりも大きく聴こえるのはライブならではのバランスだろうけれど、こんなにもキャッチーな曲であっても田辺由明がフライングVのギターを弾いているというのが彼のハードロック愛を示しているし、そこがどこまでポップな音楽をやっていてもロックバンドとしてのカッコ良さと強度、ダイナミズムをこのバンドが備えている理由なのかもしれない。
緑色の照明に照らされる中、ドローンで撮影していると思しきメンバーの真上からの映像や、はっとりの機材(ギターのヘッド?)につけられたと思しき画角での至近距離からの映像など、配信ライブならではの視点で見ることができるのは「ボーイ・ミーツ・ワールド」。
はっとりもこの後のMCで、
「アルバムというのはリリースして終わりではなくて、ツアーを回って演奏して完成するものだから、「hope」はまだ未完成」
と言っていたように、やはりまだどこかライブで演奏するのを慣れていないような感じがはっとりの歌唱やメンバーの演奏からも感じだが、それは緊張なり、ライブとは言えども観客がいないという特殊な環境によるものだろうか。
「hope」の中でも異彩を放つのは長谷川がピアニカやピアノと言った鍵盤のサウンドをフル活用しながら、はっとりのヨーデル的な歌唱、さらには田辺のハードロックなギターソロ、ポップなメロディ…と1曲の中に何曲分のアイデアを詰め込んだんだろうかという、このバンドの持つ良い意味での変態性を感じさせる「Mr.ウォーター」。背後のスクリーンには光が飛び散るような宇宙空間のような映像が映ったかと思ったら、
「大丈夫」
という田辺と長谷川だけではなく高野賢也(ベース)もコーラスをするフレーズだけが文字として映されるのがどこか曲同様にシュールに感じられる。
そのメンバーの背後にはアルバムタイトルの「hope」という単語が光り輝いていたので、その通りにタイトル曲の「hope」が演奏されるのかと思いきや、演奏されたのは通常の楽器と機材というロックバンドそのものの編成でありながらもどこかオーガニックな聴き心地を感じさせる「たしかなことは」。
サウンドの通りに切なさも感じる中で、最後の
「目と目を合わせて
ピント外れのこの恋を信じてみる
心の距離は見えないけど
愛していいのか、たしかめてくれ
誰も知らない優しい恋を
たしかに愛したのは僕らだけ 二人だけ」
という歌詞からは微かな希望-それは2人だけにしかわからない、分からなくていいものであるが-を感じさせるあたりが「hope」の言葉を背負って演奏される曲だったのかもしれない。
ここまでの2曲は「hope」の後半に収録されている曲だったが、さらに「ヤングアダルト」という、普通にライブやフェスが開催されていて、このバンドを見るためにたくさんの人が集まっていた場所でライブの最後によく演奏されていた曲までもが早くもここで演奏される。
マカロニえんぴつはライブのテンポが非常に良いバンドであるが、この曲をこの位置に持ってこれるようになったというのは、「hope」以降のキラーチューンの揃いっぷりとそこへのバンド自身の自信を確かに感じさせるし、語りかけるような部分もあれば張り上げる部分もあるというはっとりの歌い方も含めて、やはりこの曲がここまでの曲の中で最もライブで演奏するのに慣れている感覚があった。
早くまたこの曲を聴けていた時のようにライブで実際に会いたい気持ちは強くなるばかりだけれど、こうして配信であってもその姿を見れる、演奏しているのを見ていられるだけで、
「夜を越えるための唄が死なないように
手首からもう涙が溢れないように
無駄な話をしよう 果てるまで呑もう
僕らは美しい
明日もヒトでいれるために愛を集めてる」
という歌詞から溢れる、共感せざるを得ない孤独感を解放してくれるかのような。
するとなぜか「hope」というアルバムをめくり、そこにはメンバーの幼少期からの写真が次々に映し出され、メンバーが子供の頃に思い描いた「hope」=憧れが開陳されると、画面にはその子供の頃の憧れの姿になったメンバーが客席部分で円を描くような体制で演奏している。
はっとり=阪神タイガースの背番号7
田辺=金髪ロン毛のロックスター
高野=セーラーマーキュリー
長谷川=コック
という笑ってしまいそうなくらい(特に高野)の姿で演奏されているのに、鳴らしている音はいたって真面目な、感動すらしてしまうのはその姿で演奏している曲が「あこがれ」だったから。
「才能ないとか やめちまえとか言われても
憧れはやめられないから」
という歌詞とは裏腹に、メンバーはこの姿になることはできなかった。でも今はバンドとしてメンバー自身が見ている誰かの憧れになっている。それもまた「hope」の一つであるが、インディーズの初期からそれを歌っていたのである。
マカロニえんぴつがROCK IN JAPAN FES.に初出演したWING TENTでのライブの最後にこの曲を演奏していた。この場所が自分たちの憧れの場所であるかのように。今聴くこの曲はまた当時とは違った意味を持って聴こえてくるけれど、
「自分で選んだようでいて、流動的に生きてきて今がある」
というはっとりの言葉は憧れたものにはなれなくても、その人生も決して悪くはないということを我々に伝えてくれる。
その姿のままで長谷川がクラシックの影響を感じさせるピアノを弾き始めると、高野のうねりまくるベースラインに合わせて光るミラーボールが呪術的なはっとりのボーカルと田辺のコーラス(格好がコーラスの声にめちゃくちゃ似合っている)の雰囲気を醸し出し、途端にエレクトロポップなサウンドも顔を出す「この度の恥は掻き捨て」へ。はっとりは歌詞がところどころ飛んでしまっていたが、それも致し方ないと思ってしまうくらいの目まぐるしい展開。
「ライブでできるのかこの曲!」とも思うけれども、そんな曲ですらもツアーで毎回演奏すればもっとライブで映える曲になっていくはずだ。
するとはっとりが1人キャンプをするべくキャンプ用品を買いに行くという「少年キャンプ」なる動画など、かなり告知的な映像が挟まれたのはメンバーのセットチェンジのためだろう。
やはり画面に映るメンバーが着替えてステージの上に戻ると、かねてから募集していたリクエスト曲を演奏するコーナーへ。投票結果のTOP3を3位から順に披露するのだが、まずは高野のベースのイントロから始まる「愛の手」。
もう5年も前の曲であるだけに近年の曲に比べると展開が実にシンプル(この前の曲があまりに複雑だったというのもあるが)であり、それは青白い照明に照らされるのみという演出もそうであるが、切なさとエモーションが混じり合うというのは今に至るまでのマカロニえんぴつの軸の一つでもあり、その軸を作った曲でもあると思う。
サポートドラマーの高浦”suzzy”充孝が曲間にもリズムをキープしてから、
「やっぱりみんなライブを観たいんだなと。ライブで大きな声を出したいんだなっていうのがよくわかる投票結果だった。全国のライブハウスに捧げます」
と言って演奏されたのはやはりライブ定番の曲である「ワンドリンク別」。おそらく視聴者の誰もが叫んだであろうタイトルフレーズを叫んだのは画面の中でははっとりのみ。しかしだからこそ、またライブハウスで、マカロニえんぴつのライブでみんなで一緒にこのフレーズを叫びたいし、その日が来ると信じて待つことができるのだ。やはり観客がいなくてもテンポが非常に速いあたりは、この曲がバンドにとって最速を記録するためのアクセルであるということだ。はっとりは
「ライブハウス、愛してるー!」
と曲終わりに叫んだ。その場所は紛れもなくライブハウスのステージだった。
そして1位は今もバンドが掲げる「グッドミュージック」を体現する曲である「MUSIC」。
「染まりたい 今日のサンセット」
というサビのフレーズに合わせてステージはオレンジ色に照らされる。それはいつか夏の野外フェスの夕景の時間にこのバンドのライブを観たいと思わせられたし、結果的にこの投票の上位3曲はどれも違った角度からマカロニえんぴつの軸を形成してきた曲であった。そういう意味では実に納得のいく結果であった。
「このままでいいとは思っていない。音楽を愛するお客さんがいて、音楽を愛するスタッフがいて初めて成り立つものがあると思っている」
と改めてはっとりが有観客ライブへの想いを口にすると、料理が好きな長谷川はライブのケータリングが美味しくて食べ過ぎてしまうという緊張と緩和のMCをしてから演奏されたのは「アルバム知らずに魔法は使えない」のフレーズが歌詞に登場するという意味では最新作のタイトル曲と言ってもいい「mother」。
馬の集団が荒野を駆け抜けていく、壮大かつどこか母性を感じさせる映像の前で高野は体を左右に揺らしながらベースを弾き、はっとりのボーカルはこの後半に来てさらに本領を発揮するようにノビを増している。
後半であってもアッパーなだけにはならず、そこにムーディーな要素を感じさせる「愛のレンタル」はもともとは私立恵比寿中学に提供された曲であるが、音源もそうだがこうしてライブでメンバーが演奏しているのを見ると、やはりこの曲はマカロニえんぴつの曲であり、はっとりが歌うための曲であると思う。
「愛していたいのに消えてなくなってしまうな
やめられないよ
感情的にはなれない君は僕と踊ればいい
ずっと僕と踊ればいい」
という歌い出しのフレーズからして実にはっとり節であるし、そのはっとりが田辺と向かい合うアウトロのギターも含めて。
さらには待ってましたと言わんばかりに期待されているであろう「恋人ごっこ」をこうしてしっかり演奏してくれるというあたりにこのバンドのポップなバンドとしてのバランス感覚を感じさせるが、地上波のCMでもガンガン流れているというあたり、この曲をこのバンドの代表曲だと思う人もたくさんいると思う。
個人的には
「もう一度あなたと居られるのなら
きっともっともっとちゃんと
ちゃんと愛を伝える」
というフレーズから始まるDメロが抜群に素晴らしいと思うし、サビ以外の部分でそう思えるのがこのバンドの音楽の素敵な部分であり、一筋縄ではいかないバンドを好きになった理由でもあると思う。
「希望はありましたか?俺たちはどこにも行かないんで。絶望にちゃんと向き合うと決めました」
とはっとりがこれからのバンドの覚悟を口にしてから演奏されたのは、いつか生ストリングスを入れた形でも見てみたいと思う音を長谷川のシンセが奏でる「hope」。タイトル通りに眩しいくらいの光がメンバーを照らす。音楽が、バンドが放つことのできる希望の光を確かにマカロニえんぴつは放っている。
「手を繋いでいたい
手を繋いでいたいのだ
弱さだけを握りしめて居たいのだ
僕らはまだまだ それぞれだけれどね
それでも、それでも
君が好きだ 君が好きだ」
というサビの歌詞と思いっきり開けたメロディから感じることのできる希望。ああ、この音楽が、「hope」というアルバムがあれば、絶望してしまいそうになるようなことばかりの世の中でもまだまだ大丈夫だと思える。結局僕らはそれぞれだけれど、お茶の間で流れて老若男女が口ずさめるようなポップさ、キャッチーさを存分に感じさせる楽曲と、アバンギャルドと言っていいような展開を生み出すロックバンドだからこその強さを両立させることができるマカロニえんぴつというバンドがいれば。そんな確かなhopeを感じさせてくれた90分間だった。
きっとツアーも含めて、マカロニえんぴつは延期しての開催や、有観客での開催をきっとギリギリまで模索していた。だからこそ、配信ライブなどで動き始めたのは他のアーティストに比べて決して早いタイミングとは言えなかったが、それでも配信だけではなく、ミュージックステーションの出演なども含めて、マカロニえんぴつは画面越しとはいえ、我々が今リアルタイムで見ることができるという意味ではトップクラスの頻度を誇るバンドになってきている。
もちろん配信も自分たちだけではなく、この日はっとりが感謝を告げていたスタッフやライブハウスの協力あってこそできることであるし、テレビ番組となるとそもそもオファーがなければ出ることができない。
そのテレビ番組にしても、オファーが来ても出ないという選択をするバンドもたくさんいる。生演奏できるか、曲をフルでやらせてもらえるのか。そうでなかった場合に自分たちの音楽や存在が曲解して伝わったり、良さをフルに伝えられないんじゃないかと。なんならマカロニえんぴつもミュージックステーションでは1曲フルで流れたわけではなかった。
それでも、そうであっても出演する。それはきっとこうしてライブをすることができなくなってしまったことで、ファンや見てくれる人に会える場所や見てもらえる機会があるなら出ようと思っているところもあるはずだ。たった1曲だけでも、その1曲がフルという形ではなくても、自分たちが演奏することができて、自分たちの曲がテレビから流れて、それによって少しでも明日へのhopeや活力を得ることができるのなら。
その姿勢は実に聴き手に対して誠実なバンドであると思えるけれど、やっぱりこうして見ていると配信ではなくて自分の目の前で演奏しているのを見たくなる。それが「hope」というこんな名盤の曲を演奏しているのだから尚更。その日まで、夜を越えるための唄が死なないように。
1.夜と朝のあいだ
2.遠心
3.ボーイ・ミーツ・ワールド
4. Mr.ウォーター
5.たしかなことは
6.ヤングアダルト
7.あこがれ
8.この度の恥は掻き捨て
9.愛の手
10.ワンドリンク別
11.MUSIC
12.mother
13.愛のレンタル
14.恋人ごっこ
15.hope
文 ソノダマン