9mm Parabellum Bulletの菅原卓郎がBIGMAMAの東出真緒とキーボーディストの村山☆潤とともに新たに始めたユニット「それとこれとはべつ」。
5月にお披露目兼ユニット名発表ライブを行った際には「夜に駆ける」や「うっせぇわ」という近年の有名ヒットソングを卓郎が極上のアレンジで歌うというレアな場面も見れたのだが、ユニット名が決まってからは初のワンマンではどんな曲を披露するのだろうか。
会場は前回と同じく、このライブがなかったらまず足を踏み入れることがないであろう渋谷道玄坂のUNIQLOの上にあるeplusリビングルームカフェ&ダイニングという、普段のライブハウスとは全く異なる場所となっており、現在はアルコールを提供していないワンドリンク制のドリンクも「大衆居酒屋なら生ビール2杯飲めるな…」とか思ってしまうような価格でソフトドリンクやノンアルコールビールなどが提供されている。
早めの開演時間である17時になると場内がゆっくりと暗くなり、上下黒い服を着た菅原卓郎を先頭に3人がステージへ。
上手に卓郎、真ん中に東出、下手にグランドピアノに座る村山☆潤という立ち位置は前回と変わらず、卓郎がアコギ、東出がヴァイオリンを手にすると、村山☆潤がしっとりとピアノを鳴らし始め、卓郎が
「悲しい時に浮かぶのは いつも君の顔だったよ」
と歌い始めたのは、ダブという音楽を日本に知らしめた第一人者であるフィッシュマンズ「いかれたBaby」のアコースティックアレンジ。
共にSHIKABANEを形成する卓郎の盟友である佐々木亮介(a flood of circle)も弾き語りの時にはよくレパートリーに入れるという意味ではこの世代のミュージシャンとしても特別な存在の曲なのだろうと思うのだが、この編成によって原曲のサイケデリックさはなくなり、ヴァイオリンとピアノのどちらもがメロディを強調するものになっているし、これは原曲を知らない人からしたら卓郎の歌うこのユニットとしてのオリジナル曲だと思うんじゃないかと思ってしまうくらいに卓郎のボーカルはこの曲を自分の色に染め上げている。
前回は「今の最新のヒットソングのカバー」というコンセプトであったが、その際にも演奏されていた優里の「ドライフラワー」はやはりフォークなどを思わせるくらいにメロディを押し出したような、原曲との距離感を感じないような始まりから、間奏では村山のピアノが一気に激情と言ってもいいような感情を感じさせるものになるなど、こうして前回に続いて今回も演奏されたことによって、さらにこの3人でのアレンジが研ぎ澄まされているような感覚だ。なんなら卓郎ももはや自分の曲とすら思っているんじゃないか、と思うのは自分が原曲をミュージックステーションくらいでしか聞いてないから、卓郎の声によるものがデフォルトになりつつあるというところもあるかもしれないけど。
「こんにちは。時間的にはこんばんはじゃなくてこんにちはだよね(笑)」
と早い時間の開演ならではの挨拶をすると、この日のカバーの選曲が最新のヒット曲だけではなく、3人の原点的な、世代を感じさせるものになることを告げると、夜を思わせるような暗く青い照明の中で
「夜明け前の街 今はこんなに」
と卓郎が歌い始めた段階で何の曲だか一瞬でわかった。キンモクセイの「二人のアカボシ」。もう20年くらい前になるが、この曲がヒットしたことによって紅白歌合戦に出場したバンドであり、自分が高校生の時に初めてライブハウスにライブを観に行ったバンドだからだ。
まだネットでチケットを取るということすらなかった時代に、同級生と2人で初めてお台場、Zepp Tokyoまで行って「ライブってこんなに長い時間立ちっぱなしなのか」って話していたのに、そんなライブにこうして毎日のように足を運ぶ人生になるなんて、千葉の田舎の高校生だった当時は全く想像していなかった。
そんな記憶が強く今も残っているからこそ、今この曲を卓郎が歌っているという事実だけで涙を堪えてステージを見るのはなかなかに大変なことだったのだが、肝心の演奏の方はというと、歌い出しから東出のコーラスが卓郎の声に重なり、最初のサビでは卓郎はファルセットで歌っており、やはりこの曲、というかキンモクセイはキーが高いんだな、当時のライブでも歌も演奏も本当に上手かったし、MCも面白かったな、ということを思い返していたのだが、最後のサビでは卓郎も原曲キーで歌っており、今の卓郎のボーカリストとしての技量の高さに感嘆させられる。その歌声あってこそ、こうして演奏している人やアレンジこそ違えど、実に久しぶりなこの曲との邂逅に目頭が熱くなったのだ。
さらには原曲に宿る、本人の声ならではの魔法のような激情をグッと抑えて、ひたすらに良いメロディ、良い歌詞という削ぎ落とされたアレンジを味合わせてくれるCocco「ポロメリア」と、90年代後半〜2000年代前半に青春期を過ごした者にはど真ん中ストライク的な曲が続く。それまではフェスなどに出てもヒット曲をほとんどやらなかったCoccoがベストアルバムをリリースした後にこの曲などを含めた代表曲的な名曲を次々に演奏して、なんて素晴らしい瞬間なんだろうか…と思ったことを思い出す。
Coccoは個人的に今までライブを見てきた中で最も魔法のような声、歌唱力を持つボーカリストだと思っているので、さすがにそうした魔力までは感じられないけれど、卓郎のキーを下げた歌にもそうした過去の記憶を呼び覚ますような力は確かに宿っていることを感じていた。
このユニットでは基本的に「J-POPと向き合う」というテーマを持っていると思っていて、だからこそ最新のヒット曲を歌っていたのだと思っていたけれど、ここで明らかに歌詞がいわゆるJ-POPとは全く違う、古風なというか、この人の書いた歌詞でしかないとわかるような、そしてそれは絶対に卓郎が選んだんだろうな、と思うのがeastern youthの「青すぎる空」で、日本の叙情的・エモーショナルギターロックバンドの祖と言えるバンドの曲がピアノとヴァイオリンというメロディの楽器によって解体され、ひたすらにその曲の持つポップなメロディの部分のみを抽出したものになっている。タイトルとは裏腹にどこか夜空を想起させるアレンジでもあるというか。
そうした、おそらくは卓郎にとっての原点であり、青春である曲の後は東出の原点であり青春であるという、T.M.Revolution「HEART OF SWORD 〜夜明け前〜」を、これまた原曲のドラマチックさを極力排除した、ムーディーなアレンジによって演奏するのだが、卓郎が
「完璧とちゃう 人生の収支
プラマイ・ゼロだなんてば ホントかな?
死ぬまでに使いきる 運の数
せめて 自分で出し入れをさせて」
という2Aの節回しを少し変えて歌っていたことにすぐに気付いたのは、自分が子供の頃にこの曲で出会ってから、パンクなどの今も聴いているような音楽に出会うまでの間、T.M.Revolutionが1番好きなアーティストであり、この時代の曲は今でも全て歌詞が頭の中に完璧に入っているくらいに自分の原点と言えるような存在だからである。
それは東出にとってもそうだったようで、
卓郎「他にも「HIGH PRESSURE」とか「LEVEL4」とかある中でどうしてこの曲に?」
東出「この短冊型のシングルCDのジャケットで西川さんがななめ45°の表情に心を撃ち抜かれた」
と、当時の衝撃を語っていたのだが、
卓郎「るろうに剣心のエンディングテーマだったんだよね。そもそも「HEART OF SWORD」ってタイトルが「剣心」だしね(笑)
でも俺の実家の山形は2年くらいフジテレビが映らない期間があって、この曲が流れてるるろうに剣心を見れなかった。
ドラゴンボールでセルの上半身が吹っ飛ばされた次の週からフジテレビが見れなくなったから、俺の中ではセルの上半身は2年間吹っ飛んだままだった(笑)」
東出「再生するのに2年かかったんだ(笑)」
(おそらくはセルゲームで悟空がセルの目の前に瞬間移動してかめはめ波を打った場面。セルが再生できることを知らないヤムチャと天津飯はセルを倒したものだとぬか喜びしていたのが印象的だ)
という青春期の話で同じ青春期を共有している自分としては本当に笑わせてもらったのだが、こうして卓郎がこの曲を歌うことによって、やっぱり当時の、まだ幼少期と言える時期のこと、自分がハッキリと「この音楽が好きだ」と自発的に思った瞬間のことを思い出させてくれるし、その瞬間やその感覚を持っている人間だったから、後にロックやパンクにも同じ感覚を抱いて、それを強く感じさせてくれる存在のバンドである9mmとこんなに長い付き合いになって、今ではこうして卓郎がバンド以外の場所で歌っている姿を見に来るようになっている。それは原点でもあり、今にも繋がっていることなんだなと卓郎の声で歌うことで感じることができる。
今年は中止になってしまったけれど、いつか、できれば来年にでも、西川貴教が主催しているイナズマロックフェスに行きたいと、この日この曲を聴いていて改めて思った。それはこの曲に出会った、幼少期の自分に会いに行くということでもあるから。
東出がT.M.Revolutionを選んだ一方で村山が選んだのは、これまた懐かしのJungle Smileの「片思い」。Jungle Smileはボーカルの高木郁乃とコンポーザーの吉田ゐさおの2人組で、この曲ではないのだが、当時深夜に放送されていたCDTVのエンディングテーマになっていたりしたことによって、当時から耳にしていた。(高木が割とボーイッシュな髪型をしていたのも印象に残っている)
そこまで売れていたユニットというわけではないけれど、村山はこの曲と「抱きしめたい」という曲の2曲を
「こんなに美しいメロディの曲はない」
と評しており、こうした90年代後半のザ・J-POP的な曲を挙げるところに村山の原点が見えるし、その美しいメロディがこの3人の編成による研ぎ澄まされたアレンジと卓郎のボーカルによってさらに前面に押し出されたものになっている。こうして卓郎が歌うことによって再評価に繋がったりしないだろうか。
そんな原点を確かめた後は最新のヒット曲のカバーコーナーへ。THE FIRST TAKEでのアレンジが話題になってヒットした、あいみょん提供によるDISH「猫」はやはりこの編成によるアレンジがまるで卓郎がTHE FIRST TAKEでこの曲を歌っているかのようであるし、
「猫になったんだよな君は
いつかフラッと現れてくれ
何気ない毎日を君色に染めておくれよ」
というフレーズを卓郎が歌うことでドキッとしたり、酔い痴れたりする人も多かったはず、というくらいの色気を卓郎の声は放っている。
さらには朝ドラの主題歌として折坂悠太(声明を出してフジロックへの出演を辞退したことも話題になった)の名前を世間に知らしめた「朝顔」は原曲から感じるフォークの部分が卓郎のアコギと歌からも確かに感じられ、そこにピアノとヴァイオリンが色をつけていく。
そんな最新のヒット曲に続いて演奏されたのは、イントロこそ村山のピアノが金澤ダイスケのもののように響くが、途中からは東出のヴァイオリンが原曲におけるピアノのメロディを担い、村山のピアノはむしろ打楽器的にリズムとして機能していくという、ピアノという楽器の奥深さを感じさせてくれるようなアレンジになり、そこに卓郎による
「最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな」
という教科書に載ることにもなった名フレーズが載っていく。来年、この3人でラブシャのWATERFRONT STAGEに出演してもらって、夕暮れに染まる湖畔を眺めながら最後の花火を待つようにこの曲を聴きたいと思った。それは原曲の良さは持ち合わせつつも、浮かんでくる情景は今月2回ライブで聴いた、今のフジファブリックのものとは違うものであるということだ。それこがこの曲が名曲である所以と言えるのかもしれない。
卓郎「最後の曲です、って言った時に起こる拍手がどういう気持ちになるのかの実験」
として、盛大な拍手が起こった場合と、パラパラと拍手が起こった場合を実践させて検証するのだが、
村山「なんだか早く終わって帰りたいみたいな感じに聞こえる(笑)」
と、まだこの状況下でのライブの最後の持っていき方に思案していることを伺わせながら、この日最も軽やかに、リズミカルにピアノとヴァイオリンが跳ね回り、黄色やオレンジなどの暖色の色合いの照明が飛び交う、卓郎の英語歌詞混じりの歌唱が少し新鮮に感じるBONNIE PINK「Heaven’s Kitchen」という意外な選曲で締めたかと思ったら、
「締めのデザートみたいな感じで」
と言ってアンコール的にそのまま演奏されたOasis「Stand By Me」はもうイントロから鳴らされる東出のヴァイオリンがどっからどう聴いてもOasisだと一発でわかるような黄金律を奏で、やはり卓郎の全英語歌詞という、かつて9mmがメタリカの「Motorbreath」をカバーした時のような絶妙な違和感というか、洋楽を歌っているのに歌謡性が滲み出てくるというのは、9mmというバンドに宿るそれは卓郎の声が持つものであり(ソロ名義ではど真ん中の歌謡曲をやっていたし)、リアム・ギャラガー的なオーラと野獣のようなロックンロールスターにはなれなくても、菅原卓郎は菅原卓郎という素晴らしいシンガーである、ということを示すようなワンマンライブとなったのだった。
昔、まだ若手だった頃の9mmを見ていた時にはここまで歌の重要度が高くなるというか、ボーカリストがこんなに上手くなるバンドになるなんて全く思っていなかった。
もちろん9mmは歌謡性を持ったバンドでありながらも、誰か1人でも欠けたら成り立たなくなるくらいに、それぞれがそれぞれの持ち味を持っていて、それが重なることで9mmになっている。
だからこそここまで卓郎のボーカリストとしての魅力を感じることができる機会というのは、こうした編成のユニットでない限りはそうそうないとも言える。母体の9mmでここまで卓郎のボーカルを押し出したらバランス的にそれは9mmのサウンドではなくなってしまうからだ。
そんな9mmも先日の9月9日のワンマンで素晴らしいライブを見せてくれ、卓郎はボーカリストとして様々な情景や記憶を呼び起こしてくれるような歌が歌えるようになった。そろそろこのユニットでもオリジナル曲が聴けるかと思ったけれど、それがなくても充分に楽しめるカバーライブだった。このユニットでの活動は9mmとはまた違った形で、ともするとまだファン以外にはちゃんと伝わっていない卓郎のシンガー、ボーカリストとしての凄さを今一度世の中に広く知らしめるものになるかもしれない。というよりそうなって欲しいし、なるべきだと思っている。
1.いかれたBaby (フィッシュマンズ)
2.ドライフラワー (優里)
3.二人のアカボシ (キンモクセイ)
4.ポロメリア (Cocco)
5.青すぎる空 (eastern youth)
6.HEART OF SWORD 〜夜明け前〜 (T.M.Revolution)
7.片思い (Jungle Smile)
8.猫 (DISH)
9.朝顔 (折坂悠太)
10.若者のすべて (フジファブリック)
11.Heaven’s Kitchen (BONNIE PINK)
12.Stand By Me (Oasis)
文 ソノダマン