前日に続いてのナカコーことKOJI NAKAMURAのトリオ編成ライブ。毎日セトリが変わる、しかも被り曲がほとんどないというあたりがこれは3days全て観にいかなくては、と思わせる。
この日も検温と消毒を経て440の中へ。当たり前だが前日と全く変わらない光景である。
19時を少し過ぎると場内が暗転し、前日と同じように3人がステージに登場。
「昨日も言ったんですけど、沼澤さんが手術を終えて退院しました(笑)」
というナカコーのツカミには沼澤尚も
「今日もそれ言うの!?」
とツッコむ。ナカコーいわく明日も同じことを言うそうである。
前日同様にナカコーと345は椅子に座ってそれぞれギターとベースを持つと、ナカコーは1人セッション的にギターの音を重ねていくのだが、それは1曲目の「BGM」のイントロとは違うものである。
その「BGM」はナカコーの弾き語り的に始まり、途中から沼澤と345が参加してバンド演奏になるというアレンジで演奏されたが、リリース時には「デジタルヒップホップ」とも評された、単語のフレーズ一つ一つで韻を踏んでいく、あまりにも時代に対して早過ぎた、今ならもっと普通に受け入れられていたかもしれない、SUPERCAR後期のシングル曲。
ナカコーはリリース時にこの曲が出来たことの手応えを語っていたが、一方作詞とギターのいしわたり淳治はバンド解散時に「シングルで出すような曲じゃなかった」とも語っており、そこに両者の音楽観の違いが如実に表れているし、よくその2人がそこまでバンドを一緒にやっていたな、と思う。
だからこそナカコーが今こうしてこの曲をセトリに入れているのも必然であると言えるのだが、この曲は今までこうしてライブで演奏されたことがあっただろうか。あったとしてもなかったとしても確かなのは、ナカコーが今どんな時期よりも声が出ている、歌えているということである。曲の後半になるにつれて沼澤のドラムを軸としてバンドの演奏が激しさを増していくというアレンジになっていることにはこの3人でこの曲を演奏している意義を感じる。
だからこそSUPERCARのダンスロックバンドとしての金字塔的なアルバムである「HIGH VISION」収録の「OTOGI NATION」も、このアコースティックにも似た編成だからこそ、そのナカコーの声、歌が強く生きる形になっている。そういえば「ANSWER」リリース時のインタビューでもフルカワミキは
「うちらはやっぱり曲と、ナカコーの声ですね」
とバンドの持ち味について語っていた。いしわたり淳治の歌詞はないのか、とも思っていたが、その独特の気だるさを孕んだナカコーのボーカルは今はより力強さを感じさせるものになっているし、原曲のデジタルサウンドを一切取り払ったアレンジだからこそ、曲の持つメロディの良さを改めて実感させてくれる。
「2日目になると緊張感がなくなりますね」
というナカコーの言葉に沼澤は同意するものの、345は
「緊張してます(笑)」
と実に素直だが、345からすれば上の世代のレジェンド的なミュージシャン2人であるだけに、それはやはり何度やっても一緒にライブをするのは緊張するだろう。凛として時雨のライブの時は全く緊張感を感じさせないボーカルを聴かせてくれるけれど。
冒頭からSUPERCARの名曲が続いたが、ここでSUPERCAR解散後にナカコーが始めたソロプロジェクトであるiLLの「Kiss」が演奏される。始動時はナカコーの音楽マニアな面が強く出ていた感じも強かったiLLが思いっきりポップなメロディとロックなサウンドに振り切れた、つまりはナカコーのそもそもの持ち味を最大限に発揮した曲。だからこそバンドの演奏もナカコーのボーカルも実に音が漲っているし、シングルのジャケットに元モーニング娘。で、当時は問題児的なニュースになることも多かった加護亜依のキスマークがプリントされていたことも懐かしく思える。
このKOJI NAKAMURA名義の「Masterpiece」収録の「Blood Music」ではアウトロでセッション的な長尺の演奏が展開されるのだが、ナカコーは演奏が終わった後に何故か再びこの曲のギターを弾き始めるとメロディに合わせて口笛を吹き、
「リハでやった口笛が正解でしたね」
と言うと、再び3人でアウトロを演奏して、そこに口笛を乗せていく。SUPERCAR時代から口笛を吹くイメージというのが全くないけれど、ナカコーは口笛も本当に上手いことがわかる。体全体が音を発する器官であるかのように思えてくるくらいに。
演奏するセトリが先行公開されている今回の3daysライブの中で唯一全日のセトリに入っているのが「Epitaph」収録の「Open Your Eyes」であるが、これはなかなかリリース後にライブが出来なくなってしまったことにより、こうしてライブができる時に演奏しておきたいんだろうということがわかる。この編成だと至ってシンプルなアレンジであるが、形態が変われば間違いなくアレンジもそれに伴って変わるだろう。
同じく「Epitaph」収録の、アルバムリリース前に先行で配信されていた「Lotus」も自分はこうしてライブで聴くのは初めてであるが、MVの煌びやかな映像の原曲に比べると、この編成だとやはり剥き出しの形でのロックサウンドという感覚が強い。
前日は中盤にはアンビエントさなども感じさせるような演奏もあったが、この日を貫いていたモードは「ロック」。それが最も強く感じられたのは、345のうねるベースとナカコーのギターがグルーヴし、沼澤の乾いたスネアのアタック音が強く響くiLLの「Scum」。様々な名義で音楽の旅を止まることなく続けてきたナカコーの芯にあるロックさを垣間見ることができるし、それが今なお消えていないことがわかるのが実に嬉しいことだ。もちろんNYANTORAなどのアンビエントなサウンドの活動も好きだが、やはり根本にはSUPERCARというロックバンドの存在があるだけに。
「人生で初めてコピーした曲を。だから何だって話だけど(笑)
The Jesus and Mary Chainの曲です」
と自虐的に観客を笑わせてからナカコーがギターを弾きながら歌い始めたのは1992年リリースのアルバム「Honey’s Dead」収録の「Good For My Soul」。
My Bloody Valentine「Loveless」とともにリリースから20年以上経った今なおシューゲイザーの金字塔として高く聳える「Psychocandy」でもなければ、初期SUPERCARのメロディアスなギターロックというスタイルに強い影響を与えたであろう「Darklands」というバンドの代表作からは選ばないというのが実にナカコーらしいが、そのシンプル極まりないギターサウンドがたまらなくカッコよく感じるのはやはりナカコーが弾いているからだ。若き日、まだ髪が長くなかった中村弘二少年もこうしてこの曲を一人で部屋で歌い、ギターを弾いていた。そう思うと実にAOHARU YOUTHな情景である。個人的にもSUMMER SONIC 2008でColdplayを見ないでこのバンドを見ていたというあまりにAOHARUなYOUTHを思い出す。
ナカコー「ジザメリはコード3つ覚えれば弾けるから。誰でもできるのでオススメですよ」
沼澤「じゃあ俺もやってみようかな?」
ナカコー「沼澤さんがジザメリを弾いてたら、どうしたんだ?って思われますね(笑)」
というやり取りからは、SUPERCARのデビューアルバム「スリーアウトチェンジ」が同じようにバンドを始めたばかりの人でも演奏できるものだったことに通じるものを感じさせる。だからこそBase Ball Bearが高校の学祭でSUPERCARのコピバンとしてステージに立ち、今でもその影響を感じさせるギターロックを鳴らしているのだろう。自分自身、楽器を手にした時にSUPERCARの曲はすぐに演奏できて感動を覚えたものだ。自分がSUPERCARの曲を演奏できてる!って。
しかし後期のSUPERCARはそんな誰でも演奏できるものとは全く異なる方向へ進化していく。その極みがオリジナルアルバムとしては最後となった「ANSWER」であるが、その中から実にレアな「Harmony」までもが演奏される。
「甘い余韻に夢見ていなよ
泡の時代がそうだったように」
という歌い出しの歌詞の韻の踏み具合、もうこれしかこのメロディに合う歌詞はない、というくらいの調和っぷりは今もナカコーといしわたり淳治によるマジックを感じさせてくれる。
その「Harmony」とは対称的にに初期SUPERCARの名曲ギターロックである「I need the sun」はナカコーの弾き語り的な歌い出しで始まり、やはり沼澤と345の強いロックサウンドが重なっていき、ナカコーはサビの声が重なるかどうかという部分さえも1人でサラッと歌ってみせるのだが、KOJI NAKAMURA名義での初ライブの際もこの曲は演奏されていた。オープニングゲストという立ち位置でありながら、曲を知っている誰もがあの時に口ずさんでいた、
「何だっていい、夢中になれたらそれですべて。
だいたいでいい、未来が見えたら始めるのさ。
安心していい、舞台は今からつくればいい。
単純でいい、それですべては素晴らしいのに。」
というサビのフレーズはリリースから20年以上経った今も人生の真理として響く。こうして音楽に、ライブに行くことに夢中になったこと、それがずっと自分にとっての全てであるから。
ナカコー「今日はアンコールという名の補習はないですね。ミスしてないから」
沼澤「最後の曲でやるかもよ?(笑)」
ナカコー「いや、この曲は大丈夫ですよ」
という言葉通りにミスすることなく演奏も歌も完遂されたのはSUPERCARの代表曲の一つと言える「AOHARU YOUTH」。
ナカコーの弾き語り的に始まってバンドサウンドとなり、そのサウンドが激しくなっていったと思ったら最後には慈愛を感じさせるように柔らかい音になっていくというアレンジであるが、ナカコーはKOJI NAKAMURA名義になって以降、何回かこの曲を演奏しているけれど、その際の少しぶっきらぼうな歌い方よりも音源に近い歌い方になっていた。それはより歌が際立つこの編成だからこそということもあるだろうけれど、歌を音ではなくて歌そのものとして今のナカコーが捉えているということがよくわかる歌唱であった。そんな中でもこの曲の持つ、決して希望に満ち溢れたものではない、どこか空虚さを感じさせる青春を描き出す音像は今の世の中にこそ強くマッチしているようにすら思えた。今のこの世の中の、この果てには。
前日はミスした「cream soda」をもう一回やったが、この日はどれもミスなく演奏できただけに予定されていた曲の演奏のみとなった。それでも、
「また明日お会いしましょう」
と言って去っていったナカコーの姿からは、かつてとは異なる、こうしてこの状況でもライブを見に来てくれる観客への強い感謝の念が感じられた。それはファンみんなが聴きたい曲をこうして演奏してくれているということからもわかるけれど、そうした曲を聴くと今でも頭の中に歌詞が出てくる。もはやSUPERCARの存在すら知らないくらいの若いバンドもたくさん出てきているし、そうしたバンドの音楽を聴いていても素晴らしいと思うし、カッコいいと思うけれど、もうきっとあの4人でのライブを見ることはできないバンドの曲がこうしてライブで聴けていることの尊さを感じられることはそうそうないし、どれだけ解散してから年月が経過したとしても、今でもSUPERCARの音楽が大好きなのだ。それですべては素晴らしいのに。
1.BGM
2.OTOGI NATION
3.Kiss
4.Blood Music
5.Open Your Eyes
6.Lotus
7.Scum
8.Good For My Soul
9.Harmony
10.I need the sun
11.AOHARU YOUTH
文 ソノダマン