基本的には「自分たちはライブハウスのバンドだし、みんな(ファン)だってそうだろう」という意識を持っているだけに、武道館でもワンマンをやっているとはいえ、昨年横浜アリーナでのワンマンをサンボマスターが発表したのは驚きであった。
しかし結果的にはその横浜アリーナも無観客の配信となり、JAPAN JAMには出演したとはいえ、サンボマスターのワンマンを見るのは本当に久しぶりなことになった。
それがライブハウスではなくホールツアーになったというのは今までと同じようなライブハウスでの楽しみ方ができないこの状況によるところも大きいのだろう。
ドラムの木内泰史の出身地(柏だからちょっと遠いけど)でもある千葉の千葉県文化会館はこのツアーの2箇所目であり、千葉城のある敷地内にあるこの会場はホールならではの清潔感はあるが、トイレの個室が全部和式というあたりに歴史を感じさせる。
いつも通りに検温と消毒を経て場内に入ると、席は一つずつ空席にしたディスタンスを保つ形。最近は席を開けないフルキャパのライブも多くなってきている印象だが、そこらあたりはアーティストごとの判断によるものなのだろうか。
開演時間の18時を少し過ぎた頃、場内が暗転するとおなじみの「モンキーマジック」のSEが流れ、会場備え付けのステージの幕が上がると、さらに紗幕がかかっている。いつもならメンバー3人が登場してSEがほぼフルで流れる中で観客を煽って…という形で始まるのがサンボマスターのライブのパターンなのだが、この日は流れ始めたSEがすぐに止まるという、いつもライブを見ている人ほど「トラブル?」と思ってしまうような展開になるのだが、それは紗幕の奥にすでにメンバーが楽器を持ってスタンバイしているからで、紗幕が落ちる瞬間にバンドが音を鳴らし始める。
「底無しの闇を超えてきたんだね でももう苦しまなくていいんだよ」
という歌詞がまさにサンボマスターになかなか会うことができない日々を乗り越えてこの日のライブを迎えたように響く「忘れないで 忘れないで」からスタートするのだが、ホールでライブをするというのはライブハウスなどとは音作りが全く違うというのは天井が高くて音が響くのがすぐにわかるホールならではの構造からもすぐにわかるところであり、ライブハウスバンドほどそこに合わせた音作りに苦心するパターンもあるのだが、サンボマスターはこの始まった時点でホールに適した自分たちのサウンドをすでにモノにしていることがわかる。
だからこそ山口隆(ボーカル&ギター)と近藤洋一(ベース)の鳴らす楽器の音も歌唱やコーラスも、今どの音がどう鳴っているのかがハッキリと聞き取れる。それは音響などの長年の経験ある信頼できるスタッフがいることの賜物であるが、同時にサンボマスターの3人の技術の高さも改めて感じさせてくれるものでもある。
SEの段階からすでに立ち上がり、声は出せないまでも拍手をしたり腕を上げたりというこの状況の中でのサンボマスターのライブを最初から目一杯観客は楽しんでいるが、
「ダメじゃないよ僕たち 終わらせんな 可能性
誰かに笑われたって かまわないんだよ
もっと もっと 強く思ってやる」
「あぁ 希望とは はかないもの だからこそ捨てちゃダメなのさ」
という歌詞がこのコロナ禍における我々の心境を歌っているかのようであり、それを奮い立たせてくれるかのような「可能性」、
「オリンピックの金メダルは1人だけ、甲子園の優勝校は1校だけ。でもロックンロールは全員が優勝できるんですよ!全員優勝!全員優勝!」
と、こちらが声を出せないというのに全く変わらず山口が観客を煽りまくり、1席空いて距離が取られていることによって、隣の人と体がぶつかったりすることなく踊りまくることができる「ミラクルをキミとおこしたいんです」と序盤から遠慮なしにキラーチューンを連発しまくるが、それはどんなに観客の楽しみ方が変わったり、世の中や社会や世界自体が変わってしまったとしても、自分たちは自分たちのロックンロールをやり抜くというバンドの意思によるものだろう。
だからこそ近藤と木内によるキャッチーなコーラスと打ち込みも使った山口のラップ的な歌唱が印象的な「はじまっていく たかまっていく」でも山口はこの千葉の会場でライブをやることによって凱旋を果たしたと言える木内に何度もこのまま演奏に入ってもいい盛り上がりなのかどうかを確認させ、何度もダメ出ししてやり直す。声は確かに出せないけれど、そうしたバンドと観客のやりとり、それはツアータイトルにもなっている「ホール&レスポンス」がホールとは思えないくらいに会場の熱気を強くしていく。なんだか、いつもとはこちら側は何もかも違うけれど、いつもと変わらないライブのような気さえしてくる。
なので歌えないということ以外は観客はサビに合わせて腕を振り、間奏のギターソロでは山口が
「俺、コロナ禍でもめちゃくちゃギター上手いんですけど!」
と言ってギターを弾きまくる「青春狂騒曲」と、やはりバンド側がやることは何も変わらない。それこそが最高であり、来てくれた人が「全員優勝」と思えるものであるということをバンドがわかっているからである。
とはいえMCでは木内の出身地である千葉で久しぶりにワンマンを行うことができること、こういう状況ゆえにキツかったら座るなどして自由に楽しむことを口にするのだが、そこで山口に話しかけるように声を発したり、気持ちが昂って声が出てしまうような人もいた。
山口はそれを、
「声は出さねえでくれ。あんまりこっちがああしろみたいに言うのも嫌なんだけど、ルールを守ってライブシーンをみんなで守っていくんだ」
と、あくまで優しく諭した。
きっとその人はこうしてライブに来るのがめちゃくちゃ久しぶりなんだろうと思う。それこそコロナ禍になる前、2年ぶりとかくらいに。それはサンボマスターのワンマンくらいしかライブに行くこともないから今のフェスやライブがどんな形で行われているのかを見ていないし、SNSをやっていないから厳格なルールをみんなで守ってライブを作っていることも知らない。少なからずそういう人がいるということを、もう15年以上前からサンボマスターのライブに行っているだけにわかっているつもりだ。それは年齢などの様々な要素があってのことだということも。
だから山口が諭した後には声をあげることはしなかった。それが今のライブのルール、サンボマスターのライブのやり方であるということをきっとわかってくれたんだろう。たとえルールを破ってしまっても自分たちのライブに来てくれた人を排除したり、嫌な気持ちにさせることは絶対にしない。そこにはサンボマスターの3人の人間性が表れていた。その人間性はそのままサンボマスターの音楽になっている。
その人間性が表れた最新の曲が、朝の情報番組のテーマソングになっている「ヒューマニティ!」。山口はこの曲を、
「差別や暴力などの分断に抗うために作った」
と口にしたが、サンボマスターの持つポップな部分が最大限に発揮された、一緒に歌うというよりは踊って手を叩くというのはこの状況の中でリリースする曲であるということも少しは意識しているはずだ。山口のギターは普通なら歌いながらとても弾けるものではないようなレベルのものであるが、山口は
「いっぱい練習したけどなかなかできない」
と言っていた人とは思えないくらいに軽やかに演奏してみせた。
さらに次の曲も新曲。打ち込みっぽいビートに明確にラップと言える山口の歌唱から始まり、バンドサウンドに転じるとともにキャッチーなメロディとともに
「確かめてみたいのさ」
というこの状況下でも前向きに歩みを進めていくメッセージを感じさせる歌詞が乗る曲であるが、前半のラップパートはトラックも含めて完全に現行のUSのエモラップからの影響だろう。ただひたすらに熱いメッセージを放ち、熱いライブをやるバンドという見られ方をすることもあるが、特に山口は誰よりも音楽マニアとして日々新しい音楽を聴いたりレコードを掘ったりしている。そうした部分は確実に自分たちの音楽として昇華されているのである。
そんな新曲の連発から一転して山口のギターのイントロが鳴った瞬間に観客が一斉に腕を上げたのは「歌声よおこれ」。当然ながら我々の歌声は今はおこらない。MVでもサンボマスターを愛する人たちがバンドとともに大合唱するという、まさに歌声がおこってきたこの曲であっても。それでもやっぱり歌声はおこるのだ。自分もそうであったように、心の中ではバンドとともに思いっきり歌っていたし、これまでに何度も見てきたこの曲での光景が脳内に焼き付いているからこそ、山口はこの辺りから何度も
「取り戻すんだよ!」
と叫んでいた。それは間違いなくああいう景色を取り戻すということだ。でもすぐに、一気に取り戻すことはできない。だから少しずつでもこうして出来ることからやっていく。それがあの景色に近づいていくことになるのだ。
個人的にサンボマスターのポップサイドの極みでもありながら、めちゃくちゃ曲は良いのにファン以外は知らないし売れなかった不遇の曲だと思っている「君を守って君を愛して」が近年になってこうしてワンマンなどでセトリに入っていると、やっぱり良い曲だよなと改めて再確認させてくれるし、木内のハットの刻みは我々を心地よく踊らせてくれる。同じようにリリース時はあまり売れなかったけれど、今やサンボマスターの代表曲となっている「できっこないを やらなくちゃ」のように今からでも何らかのCMのタイアップにでもなればこの曲もまたそうしたバンドにとっての代表曲になるくらいのポテンシャルを持っているのに、と思う。
そうして我々を踊らせてくれるビートを刻む木内の千葉凱旋MCでは、普段千葉でライブをやるとなると柏ALIVEという木内の地元でやることが多いだけに、こうして千葉の大きなホールでライブをやれることに感慨を覚えながら、
「みんなライブシーンとか音楽シーンを守りたいと思って来てくれてるところもあるはず」
とも口にしていた。きっとサンボマスターの3人はバンドをやっていなかったとしたらこうして我々と同様にこの状況でもそうした思いを持っていろんなバンドのライブに足を運んでいるのだろう。
するとこの中盤で早くも「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」が演奏される。もちろん「愛と平和」というこれまでに何百回叫んだかわからないようなフレーズを今は叫ぶことはできない。それでもこの曲が演奏されている時の客席は本当に楽しそうだった。それは高鳴る予感がするものであり、その光景こそを世界はそれを愛と呼ぶのかもしれない。「愛と平和」という言葉がこんなにもリアルに必要とされるような世の中や世界になってしまっているだけに。
そのままバンドサウンドのアレンジで演奏された「孤独とランデブー」も横浜アリーナでの配信ライブ以降は欠かさずにセトリに入ってきている曲であり、観客がサビで腕を振る姿を見ているとこの曲の人気の高さがよくわかるし、それはまさに孤独な日々を過ごさざるを得なかったこの1〜2年がよりそう感じさせるようになったのかもしれない。
そんな楽しい空気から山口は一転してシリアスな口調になり、
「こうしてツアーを回ることにしたのは、いなくなっちまった人に「一緒に生きてくれてありがとう」って言いに行きたかったからなんだけど、それだけじゃねぇ。
俺はこうしていろんなことがありながらも来てくれた君たちに、おめぇに、あんたに「ありがとう」って言いに来たんだ。おめぇが今まで生きてきて最低だったことなんか一度もないんだからな!おめぇの居場所はここだからな!」
と山口はまくしたてると、客席からは涙を啜るような音も聞こえてきた。なんなら自分の前にいた人はめちゃ泣いてた。ここにいた1人1人がどんな人間で、普段どうやって暮らしているのかなんて知る由もない。でもみんなきっとただ盛り上がりたいからなんていう短絡的な考えでサンボマスターのライブには来ていない。それぞれに人生において辛いことや悲しいことがたくさんあって、それを経験してきて不安に押しつぶされそうになるような日があるけれど、それでも自分が生きている実感が欲しくて、自分が生きていることを肯定して欲しくてこうしてサンボマスターのライブに来ているのだ。
きっと山口にはコロナ禍になったことによって二度と会えなくなってしまった人だっているはずだ。だからこそこの日演奏された「ラブソング」は最後のサビを歌い出すまでにかなり長い間を置いて(多分1分くらいあった)から歌った。それはその時間にその人たちのことを思い浮かべているようだった。この曲が演奏された時はほとんどの観客が座っていたけれど、座っていてもこんなに感情が揺さぶられる。サンボマスターにとってのこの曲やバラードというタイプの曲はただじっくり聴くというものではない。五感の全てや記憶などを総動員して向き合うというものなのだ。
そんな「ラブソング」での涙を、
「俺はコロナ禍の中でニール・ヤングとかボブ・ディランとかビートルズとかブルーハーツのレコードを聴いて過ごしていた。ロックンロールだ。でもその人たちだけがロックンロールってわけじゃない。俺たちにとってはあんたら1人1人がロックンロールなんだ!あんたらがこうして生きていてライブに来てくれるんだからロックンロールは死んでねぇ!」
と違う意味の涙に変えてくれる「ロックンロール イズ ノットデッド」で座っていた観客たちは一斉に立ち上がる。ロックンロールが死んでいないことを示すかのように。
「何度だって立ち上がるんだよ 君よもう悲しまないでくれ
強く願って明日を変えたい ロックンロール イズ ノットデッド
誰にも言えない孤独だとか 君の不安を終わらせに来た
君が生きるなら僕も生きるよ ロックンロール イズ くたばるものか
ロックンロール イズ ノット ノットデッド」
と歌うこの曲に今まで何度背中を押され、励まされ、奮い立たされてきただろうか。それはどんな状況の時でもそうだったが、何度だってロックンロールは立ち上がるというのはまさに今この状況でロックンロールが鳴らされているという瞬間そのもののことじゃないか。どんなに不要不急だとか言われたとしても、決してロックンロールは死なない。何度だって立ち上がる。サンボマスターがこうして立ち上がるように。そしてその音楽が我々を立ち上がらせてくれるように。10年前の震災の時だって自分は今こそロックンロールが必要だって思っていたけれど、それは今もそうだ。この状況だからこそロックンロールが、サンボマスターが必要なんだ。コロナ禍になってからの初めて客席で見るサンボマスターのワンマンはそんな確信を与えてくれたのだ。
そのまま木内がスティックを合わせるようにするとそれに合わせて観客も手を叩く「輝きだして走ってく」へ。
「負けないで 負けないで」
というフレーズに山口だけでなく近藤と木内の声も乗る。我々の声は今は重ねることができないけれど、だからこそその言葉は今目の前にいる我々に向けられているように響いていた。そのメッセージを放つサンボマスターは誰よりも輝いて見えた。
そしてこうして声が出せない、マスクをしてないといけない、ライブハウスではなくてホールといういつもとは何もかもが違う、
「ここがフジロックじゃねぇから、ライブハウスじゃねぇから、時間制限があるからできねぇと思ってんのか」
と、あらゆる制約があることを山口もわかっている上で、それでもやるしかないということを示すように演奏された「できっこないを やらなくちゃ」は、やはり
「アイワナビーア君の全て!」
という「愛と平和」に並ぶサンボマスターの大合唱フレーズを一緒に叫ぶことはできない。できないけれど、この曲が描き出したこの会場の景色は、与えてくれたのた感覚や感情はいつもと全く同じ、何にも物足りなさなんて感じさせないものだった。つまりサンボマスターはできたのだ。このコロナ禍で制約がある中でも。何を。それは伝説のライブに決まっている。そしてそれを我々も一緒に作ることができたのだ。世界に一つだけの強い光を、我々は確かに見たのだ。
そう思うくらいに完全に入り込んだ状態だったため、山口は「花束」でギターを取り替えるのを完全に忘れており、間奏部分で気づいて慌ててギターを変えた。その忘れていたのをチャラにするかのようにやはりあまりに上手すぎるギターソロを決めたのだが、後で近藤からは
「無難なソロだった(笑)」
といじられていた。山口本人は
「ホールで音が響くから、俺がギター上手いのがめちゃくちゃよくわかる」
と自画自賛していたが。それでもこの「花束」、コロナ禍になる前から演奏されていたが、その時はまだリリースされていない新曲として演奏されていた。もう配信されてからかなり経ったからこそ、
「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」
のフレーズのコール&レスポンスのレスポンスをメンバーだけじゃなくて我々観客も一緒に返せる日が少しでも早く来て欲しいと心から思う。
アンコールにすぐさま登場したのはこの会場の使用時間が迫っているからという理由からだろうが、それにしては山口が
「なんか決める時はとりあえず「近ちゃん、どう?」って振るようにしている(笑)」
というバンド内あるあるを話したりと、全然すぐ演奏に入らないのは
「時間がないのもわかってるけど、終わって欲しくない気持ちもわかって欲しい」
という山口の心境をそのまま表しているのだろう。それは我々もそうだ。終わって欲しくない、名残惜しい、もっと長い時間、もっとたくさんの曲を。そんな様々な思いが去来していた。
そんな中で千葉に凱旋となった木内はこの会場のすぐ近くの天台スポーツセンターに中学生の頃に部活で来て、終わった後に顧問の先生に焼肉を食べさせてもらったというエピソードを語るが、これは千葉県の学校で運動系の部活をやっていた人なら誰しもがわかる話だろう。実際に自分も何度も天台に部活で足を運んだけれど、その頃は稲毛駅からバスで行っていた。帰りに駅の近くの安楽亭で焼肉を食べて帰っていたというのも木内と全く同じだ。来週は中野サンプラザでもワンマンがあるので、都内在住の人はそちらに行くのかと思っていたら意外にもこの日は千葉以外から来た人も多かったようだが、柏のディスクユニオンでCDを掘っていたというエピソードも含めて、世代が同じくらいだったら自分は木内といろんなところで遭遇していたのかもしれない、と思う。
そうした終わって欲しくない感慨を持ちながらも最後に山口がやはりいつも通り、いや、最後だからいつも以上に煽りまくるようにして演奏されたのは「世界を変えさせておくれよ」だった。
「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」もそうであるが、ずっとサンボマスターは世界を変えるということを叫んできた。でも実際には世界は変わっていないし、もしかしたら音楽では変えることができないのかもしれない。それでもサンボマスターはこうしてずっとこの曲に全ての感情を注ぎ込むように演奏している。今は変わっていなくても、変えることができるということを決して諦めていないからだ。今の世界を変えるということは、コロナによって一変してしまった世界を、音楽シーンを、ライブシーンを変える、元に戻すということ。
それならばきっとできる。こうしてサンボマスターがロックンロールを鳴らし続けてさえいればいつかその日は来る。そしたら君と夢が見たい。また満員の観客がみんなでサンボマスターのライブを見て「愛と平和」って叫んでいる夢を。こうしてサンボマスターのライブを見ていると、それは決して不可能じゃないなって思える力が湧いてくる。だからサンボマスターのライブに来るのはやめられない。
山口はこの日
「この1〜2年で1番幸せになってくれ!」
と何度か言っていた。それはやはりコロナ禍になってからそう思える日がなかったことを山口はわかっているからだ。まだ100%何の不安も後ろめたさもなしにライブに行くということは難しい。ライブに来ると変わってしまったものがあることを実感せざるを得ないからだ。それでもサンボマスターのライブを見ていた2時間は、本当に幸せだった。コロナ禍においても伝説のライブをやってくれて、全員優勝させてくれる。そのサンボマスターの凄さ、偉大さは今こそより強く実感することができる。この日も確かにミラクルをおこしたのだった。
1.忘れないで 忘れないで
2.可能性
3.ミラクルをキミとおこしたいんです
4.はじまっていく たかまっていく
5.青春狂騒曲
6.ヒューマニティ!
7.新曲
8.歌声よおこれ
9.君を守って君を愛して
10.世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
11.孤独とランデブー
12.ラブソング
13.ロックンロール イズ ノットデッド
14.輝きだして走ってく
15.できっこないを やらなくちゃ
16.花束
encore
17.世界を変えさせておくれよ
文 ソノダマン