音楽の教科書に載ることがニュースになったフジファブリックの曲か、あるいはミスチル「Tomorrow Never Knows」が主題歌だったキムタク主演ドラマからかという(間違いなく前者)タイトルからも察せられるように、若手アーティストの生き様を証明する場所を作るようなライブイベントである。
渋谷O-EASTでの2ステージ制で開催となるこの日は
ハンブレッダーズ
インナージャーニー
SUNNY CAR WASH
さとうもか
kobore
プッシュプルポット
という、まさに若者な6組。O-EASTに敷き詰められた、ほぼ全席指定席の客席に座る観客のほとんどもやはり若者。
このイベントはフジテレビのLOVE MUSICの若手紹介コーナーのライブ版でもあるということを主催者が注意事項とともに紹介する。その際には最近の様々なライブ、イベントがなくなっているということも合わせて口にされる。そこにはライブの主催者としてというよりも、やはり音楽を愛するものとしての忸怩たる思いが感じられる。
15:30〜 プッシュプルポット [YOUNG STAGE]
メインステージとサブステージの2つが作られ、そこで交互にライブが行われていくというのはO-EASTならではであるが、この日はサブステージのYOUNG STAGEから。
このステージの1番手、つまりこの日のトップバッターは石川県金沢市の4人組バンド、プッシュプルポット。
サブステージは4人編成のバンドがセッティングされると実に狭く見えるし、そこにひしめくようにしてメンバーが登場すると、エモーショナルな桑原拓也(ギター)のイントロから、とにかく感情を、熱量を歌に込めようというような山口大貴(ボーカル&ギター)のボーカルによる「愛していけるように」でスタートし、そのバンドの鳴らす音に呼応するかのように客席からはたくさんの拳が上がる。青春パンクなんかを彷彿とさせるような激しいロックサウンドと、シンプルではあるがひたすらにキャッチーなメロディをさらに際立たせるのが堀内一憲(ベース)と髭が若者たちの中に大人が混ざっているという印象すら受ける明神竜太郎(ドラム)も含めた全員によるサビもはや歌唱というようなレベルのコーラス。
彼らの地元の長閑な風景と、だからこそ別れの切なさがより一層強く感じられる情景が浮かぶような「街」と、まだ結成から4年ではあるが、すでにいろんなサーキットフェスへの出演や、実現はしなかったけれど石川県最大のフェスであるミリオンロックに出演するはずだったりと、ひたすらにライブハウスでライブをやってきたことがそうした舞台に繋がっていったことがよくわかるくらいのライブバンドであり、それは満足にライブができない(バンドのホームページのお知らせ欄には「中止」「時間変更」というものばかりが並んでいる)状況でありながらも全く変わっていないというか、むしろだからこそこの場で溜まっているものを全て吐き出そうとしているようにも見える。
そうしてこのステージに立っている山口はMCでは
「開場する前まで、スタッフの方々が客席の椅子の位置をずっと調整していたんですよ。距離を取るように、狭くならないようにって。そんなイベントに出れていることを本当に嬉しく思う」
と、自分たちが見たこのイベントの裏側の景色を観客にも伝える。それは杜撰な運営をすると全てが一瞬で崩れてしまうということがわかってしまった今の状況の中、そうした杜撰なイベントとは正反対の、音楽を何としてでも繋いでいきたいという気持ちを持った人たちがこのライブを作っているということを出演者側から伝えるように。
そんな言葉の後はまだ昼間であるけれども、外の様子がわからないライブハウスだからこその夜の景色に変える「曙光」でガラッとモードを変える。ただただ激しく突っ走るのではなく、この曲や、次の「春が終わる頃」というタイトルからしても切なさが滲み出ている曲があるからこそ、激しさだけではないメロディのキャッチーさや強さを感じさせてくれるのだが、
「岩手県出身、山口大貴です」
と言った後に演奏された
「突然すべて失ったこと あなたはありますか?」
という、胸に突き刺さってくるかのような歌い出しによる「13歳の夜」は文字通り山口が13歳の時に東日本大震災に見舞われた時のことを歌っている。
「14時46分 いつもと違う鐘が鳴った
無責任の”大丈夫”がやけに頭を駆け巡った」
というその瞬間のあまりに生々しい描写はもしかしたら聴くことが辛いという人もいるかもしれない。でもこうしてその時のことを音楽にして、曲にして、今も歌っているバンドがいるからこそ、あのことを忘れないでいることができる。何よりも、あの震災をこうして曲にしたということは、今のこの状況のこともこれからこのバンドは曲にすることがあるかもしれない。
「何度だって乗り越えていこうぜ!」
と、山口は曲中に何度も歌詞にない言葉を叫んだりするのだが、それは実際に乗り越えたことを曲にしてきた男の言葉だからこそ、綺麗事ではなく微かでも確かな希望となって、その音とともに我々に届いてくるのだ。
「向こうのステージ(メインステージ)でやりたいなぁ。関係者の方々、どうか次は向こうのステージに立たせてください!」
と、実際に自分たちが目にしたからこその野望も口にすると、バンドサウンドは再びパンクに加速する。激しいビートと随一のキャッチーさと随一の激しさを両立させた「笑って」のサビの
「ねえ、笑って欲しいのです」
でのメンバー全員での歌唱によるエモーショナルさは、その歌詞とは裏腹に聴いていて、見ていて泣きそうになってしまうくらいに、今まで自分が見てきたバンドたちと同じように音楽で、ライブで感動してしまう。それはこんなにも一緒に大合唱するべき曲で全く声を出すことなく、拳を上げているだけの客席の心強さも加わってのものなのかもしれない。
それは堀内がステージに膝をついてベースを鳴らし、桑原が大きく体を動かすことで、このバンドをもっと広いステージで見たいと思うと同時に、
「泣きたくなるような日々を今日も生きてくれた
涙零してしまうほどあなたが笑えますように」
とやはり全員で歌う「こんな日々を終わらせて」も同じことを感じさせる。
モッシュ、ダイブ、合唱というライブハウスにおける楽しみ方が熱狂となり、それがライブを重ねるごとにいろんな街やたくさんの人に伝わっていく。そうしてバンドは大きくなっていく。たくさんのバンドがその道をたどっていくのを見てきた。
でも今はそれができない。そうして大きくなっていくべきバンドがそうなることができない世の中になってしまった。それは本当に悲しくもなるし、勿体無いというか何とも言えないような気持ちにもなるけれど、そういう日がまた戻ってくるまで、笑って欲しいのです。
去年、ミリオンロックに行くはずだった。チケットも宿も交通機関も抑えていた。それはやはり中止になってしまった。そこで見たいバンドやアーティストがたくさんいたし、行ったことがない石川や金沢の景色を見て、その土地のものを口にして見たかった。
それは今年も叶わなかったけれど、このバンドに出会ったことによって、また一つ来年以降ミリオンロックに行きたい理由が増えた。このバンドが故郷にでっかい錦を飾る瞬間を見てみたい。その時にはこのEASTのメインステージにだって立っているはず。
1.愛していけるように
2.街
3.曙光
4.春が終わる頃
5.13歳の夜
6.笑って
7.こんな日々を終わらせて
16:05〜 kobore [YOUTH STAGE]
メインステージであるYOUTH STAGEに最初に立つのは、東京都府中市の4人組ギターロックバンド、kobore。今年開催予定のツアーの東京はEX THEATERでのワンマンであるだけにメインステージに立つのも納得であるし、個人的にはようやくライブが見れるという楽しみな存在である。
メンバー4人が「若者のすべて」というライブタイトルのフラッグが貼られた下に登場すると、そのライブタイトル、テーマに合わせるかのように「ティーンエイジグラフィティー」からスタート。パーマがかった佐藤赳(ボーカル&ギター)のボーカルは音源で聴くよりもはるかに力強さと、広いライブハウスだからこその伸びやかさを感じさせ、歌詞の内容がこちらもこのタイトルのライブにピッタリな「FULLTEN」では安藤太一(ギター)とともにギターを弾きながら飛び跳ねまくり、
「楽しいー!」
という言葉を自分たちの姿でも示しているかのよう。
「酒が飲めなくても、音楽で酔っ払うことはできる!」
という、ライブハウスで飲酒することができない、ライブが終わっても打ち上げをすることができない今の状況の中だからこそより一層音楽でトブための「HEBEREKE」は抜群の安定感でバンドサウンドとライブそのものの完成度を引き上げる伊藤克起(ドラム)のツービートが引っ張るパンクな曲と、ギターロックバンドではあるけれどそのサウンド、曲の幅は実に広い。一方でその伊藤とともにリズムを担う田中そら(ベース)が常にメンバーの方を向いて演奏しているのはバンド名が似ているKOTORIの佐藤知己のスタイルを彷彿とさせる。佐藤のようにベースとトランペットの二刀流というわけではないけれど、足元に並んだ機材はベースの音の変化によってバンドのサウンドの幅が広がっているということを示している。
この日は土曜日ということで、翌日に何をしようかという想像を膨らませる「SUNDAY」からはパンクから一気にポップさ、キャッチーさを全面に押し出したサウンドに。なんならTVのCMなどで流れていてもおかしくないほどであるが、
「どうも、若者です!…僕より年上の人がいたらすいません(笑)」
とその若さを謳歌するような佐藤の言葉から、安藤のテクニカルなギターフレーズがドリームポップ的な陶酔感を与えてくれるようにも感じられる「海まで」はきっとなかなか気軽に海に行くことすらできない今年の夏を経たからこそそう感じるところもあるとは思うけれども、来年以降は海に近い夏フェスの会場でもこの曲を聴けたら、と思う。
この「SUNDAY」「海まで」というポップな流れは今年の6月にリリースされたミニアルバム「Orange」収録通りの流れであるが、同様に「Orange」収録の「夜空になりたくて」もまたロマンチックなポップソング。そのポップさには佐藤のまさに若者な、少年らしさを含んだ歌声がそう感じさせるところもあるが、このメインステージが全然広く感じないようなオーラのようなものも確かにこのバンドは放っている。
悩む我々聴き手のことを、背中を押すようでもありながらそのままでいいと肯定しているようでもある「ダイヤモンド」は2年前のリリース曲でありながらも、今の世の中や音楽を取り巻く状況だからこそ、
「大事なモノを離れないように壊さないように
ぎゅっと抱きしめて ダイヤモンドに変えるのさ」
という大事なものであり、ダイヤモンドが音楽そのものであるかのように響く。それはきっとどんな状況であっても、それぞれが抱えている大事なものをそう思わせてくれるような普遍性に満ちている。
それは安藤がステージ前や下手まで出てきてギターを弾き、田中が己の体とともに音をうねらせながら、時には観客の方に向き直って演奏された
「僕にとっての音楽はさ 偉くなったり有名になったりすることじゃなくてさ
僕にとっての音楽で あなた1人を笑わせることができたならそれでいいんだよ」
という自らが音楽をやる理由を歌った「テレキャスター」もそうだ。その「あなた1人」が増えてきているということは、このバンドの音楽で笑うことができている人がたくさんいるということでもあり、バンドがその気持ちを失うことなく、何よりも自分たちが楽しむために音楽を鳴らせているということ。シンプルなようでいて、ライブを見ると本当に上手いなと思う伊藤のドラムをはじめとしたバンドの演奏がよりそう思わせてくれる。
そして佐藤は
「不要不急の意味を変えに来たんだ!」
と言って文字通りに爆音パンク・ギターロック「爆音の鳴る場所で」を歌い始めた。
「爆音の鳴る場所で 僕らは君と笑い合っている
爆音の鳴る場所で 僕らは君と愛し合っている」
そのフレーズが歌えるのは、爆音の鳴る場所=ライブハウスがこうして存在しているからだ。まるでライブやライブ会場そのものが悪である、みたいな報道やコメントも目にしたくなくても目にしてしまうことが増えてしまったここ数日であるが、こういう場所があるから笑うことができる人が確実にいる。それはその場所があることがその人にとっての生きる理由になっているはずだし、その場所があることで生活していくことができている人がいる。
自身の言葉の通りに、koboreは不要不急という音楽やライブが当て嵌められてしまいそうな言葉を、この日この会場にいた人にとってはそういうものではないということを自分たちの音楽とライブで示してくれたのだった。
きっと自分が今肉体的に中高生くらいの若者だったら、このバンドのライブを観にライブハウスに通っていたかもしれない、と思うくらいにkoboreの音楽、曲、ライブは本当にキラキラしていて、自分もそうであると思えるような訴求力に満ちている。それは今の状況において音楽への愛情や思いを歌っているバンドだからこそそう思う。
1.ティーンエイジグラフィティー
2.FULLTEN
3.HEBEREKE
4.SUNDAY
5.海まで
6.夜空になりたくて
7.ダイヤモンド
8.テレキャスター
9.爆音の鳴る場所で
16:50〜 さとうもか [YOUNG STAGE]
プッシュプルポットからkoboreというエモーショナルなバンドが続いた後なだけに、もはや鮮やかな金髪のさとうもかがステージに立っただけで別のイベントになったかのようにガラッと会場の空気が変わる。
前回新木場STUDIO COASTのBAYCAMPでライブを観た時は自身の弾き語り+打ち込みという1人でのライブだっただったのだが、来月にアルバムリリースを控え、そのリリースツアーはバンド編成でのライブになるということで、この日のライブがそのバンド編成のお披露目となる。
サブステージなので、さとうもか以外にギター、ベース、ドラム、キーボードという5人編成は正直めちゃくちゃ狭そうでもあるのだが、バンド編成になったことによって1曲目の「melt bitter」からすでにさとうもか本人はハンドマイクで歌唱に専念しているし、BAYCAMPでの形式で観た時は曲がバズっている状況であるし、そもそものサウンドがバンドの音でレコーディングされているものなだけに、バンド編成でやれば絶対にもっと良いライブになるのにもったいないな、とも思っていたのだが、見事にお披露目にしてしっかりとそれぞれの音がバンドとして鳴っているという感覚を感じさせてくれる。
そもそも音の響きや揺れ、歌声と同様にその人が目の前で鳴らしているからこそライブで観たい、聴きたいと思うだけに、さとうもかもエレキを弾きながら歌う「オレンジ」もまた今目の前で楽曲を構成する全ての音が鳴らされているというライブ感、それによってさとうもかのラブソングが持つ、幸せというわけではないどこか切ない感覚をより強く感じさせるものになっているし、ギタリストがそもそもソロのシンガーソングライターであり、だからこそコーラスも自在にこなせるシンリズムであるという点が楽器の音だけではない声の重なりもあって、音源とはまた違う楽曲の魅力を引き出してくれる。
ギターを手にしたり下ろしたりというセッティングの切り替えにはまだ慣れていない感もあるさとうであるが、改めてバンド編成で初めてライブをやっていることを告げると、MVも含めてさとうもかの存在を世の中に知らしめた「Lukewarm」もまたキーボードのメロディを軸としたバンドサウンドで生まれ変わり、それは
「私を傷つけるあなたが
私の痛み止めでもあったんだ
矛盾は愛ゆえに」
という締めのフレーズに思わずハッとさせられる描写を忍び込ませた「愛ゆえに」もそうである。
そしてこのバンド編成でのライブをするきっかけとなったアルバム「WOOLY」が10月にリリースされることを告知すると、そのアルバムタイトル曲もいち早くライブ披露。
さとうの歌はどことなく素朴さ(それは岡山出身というところも関係しているのかもしれない)を感じさせるものであるし、この日のように声を張り上げるエモーショナルなロックバンドの後に見るとより強くそう感じさせるのだが、この曲を歌っている時にはそれとはまた違う芯の強さみたいなものを感じさせた。まだ歌詞を完璧には聞き取ることは出来ていないが、まだレコーディング中というギリギリ過ぎじゃない?と思ってしまうようなスケジュールも含めて、今この状況の中で本当に自分が歌いたいことを音楽に出来ているからこその芯の強さであるようにも感じた。それだけにアルバムのほかの収録曲も楽しみであり、気になるところだ。
するとこの最後の曲前のタイミングでバンドメンバーを紹介し、このメンバーで全国を回るツアーを行うことも告げるのだが、その際にはやはり隠しきれない岡山訛りを感じさせるのがキュートだけれど、千鳥ほどガラが悪くはないし、藤井風ほど「こんなに!?」という感じでもないのは今は東京に住んでいるからだろうか。東京に住んでいるからこそ、
「岡山も大阪も名古屋も行くし、東京にも行くっていうか、東京にはいるし…」
という形態が変わっても変わらぬ天然っぷりにシンリズムなどのメンバーが思わず吹き出して笑ってしまうという場面も。
「みんな静かにライブ見ていて凄いですね。これディスってるわけじゃないですよ、そうせざるを得ないんですもんね(笑)」
という観客への言葉にはついつい観客側も笑い声を漏らしてしまう中、最後に演奏されたのはさとうが懐かしのパラパラのようなダンスを踊りながら歌う「パーマネント・マジック」。
この日のセトリの中では最も非バンドサウンド的なダンスポップソングだからこそシンリズムがほとんどギターを弾かずにコーラスに徹しているというのも面白いが、パラパラを踊る曲にありがちな享楽性はほぼ皆無で、そのさとうの踊りも我々が一緒に踊るという感じには全くならない、どこか異空間に飛ばされた中でライブを観ているような、ものすごく不思議な感覚に襲われた。それはきっとさとうもかのライブ、それもこうしたバンド編成でのライブでしか体験できないという意味でも、ツアーを回ってどんな形に進化していくかというのが楽しみでもありながら、想像が出来なかったりする。
1.melt bitter
2.オレンジ
3.Lukewarm
4.愛ゆえに
5.WOOLY
6.パーマネント・マジック
17:35〜 SUNNY CAR WASH [YOUTH STAGE]
さとうもかとともにBAYCAMPにも出演していたが、その際は岩崎優也名義でありながらもSUNNY CAR WASHのライブをやっていたが、この日は名義もSUNNY CAR WASH。ようやくここからまたバンドとして走っていくという体制や心境が整ったということだろうか。
岩崎優也(ボーカル&ギター)、羽根田剛(ベース)、クボタカヒロ(ドラム)というスリーピース編成でステージに登場すると、性急なリズムに言葉数の多いボーカルというandymori直系のギターロックを冒頭から炸裂させる。ドラムのリズムが物凄く強いというのもまたandymoriを彷彿とさせるが、間奏でステージに座り込んでギターを弾いたり、水を口に含んだ後にペットボトルを無造作に床に転がすという岩崎の無軌道さもまたandymoriを彷彿とさせる。
その岩崎は実に無垢というか、繊細さを感じさせるというか、なんならちょっとでも触れたら壊れてしまいそうな歌声をしているし、実際に岩崎が精神に不調をきたしてしまったことによってバンドとして止まらざるを得なかった期間もあったのだが、その体にブレーキが備わっていないかのような駆け抜けっぷりはまたそうはならないとしても、バンドというものがいつなくなってしまうかもわからないような儚いものであるということを感じさせて、なんだか感動とはまた違った理由で涙が出てきてしまいそうになる。本人たちは飛び跳ねたりしながら本当に楽しそうにライブをしているというのに。いや、そうして楽しそうにしているのももしかしたらすぐに終わってしまうかもしれないということを感じてしまうからか。
そんな駆け抜けるようなライブはしかしもう4年近くも前のリリースになるアルバム「週末を待ちくたびれて」のタイトル曲によって、おそらくそれを狙っているわけではないけれども緩急の緩の部分を挟んだりするのだが、前半に演奏された「BBB」や後半に演奏された「ムーンスキップ」「ファンシー」というアルバム未収録曲は音源としても聴きたいところであるが、こうしてバンド形態でライブをやるようになったということはその可能性も少なからず出てきたということであるような気もする。
岩崎のMCは正直言って意味不明というか、おそらくは話す内容も全く考えていないし、その時思い浮かんだ言葉を発しているという衝動に任せた部分も強いのだろうし、それは「キルミー」の演奏から発される、その素朴な見た目からは想像できないような燃え盛る音の衝動からも感じられるけれども、こうしてライブを観ていると、岩崎はもし音楽をやることができなかったらどうやって生きていくことができる人間なんだろうかと思う。
今は「この人は音楽やってなくてもきっとめちゃ出世しそうだな」というスキルを持ったミュージシャンもたくさんいるし、それがそのアーティストを他とは違う存在たらしめる要素にもなるけれども、岩崎のような、普通の企業で働いたり店で接客をしている姿が全く思い浮かばないくらいに音楽でしか生きていけないんだろうな、という人だからこそ感じられる純度の結晶みたいなものがあるバンドやミュージシャンも少なからずいて、今は全く真逆の世の中になってしまいつつあるけれど、その人がそうして音楽だけで生きていけるようであって欲しいとも思う。きっとどうしようもないくらいに何もないから音楽を聴き、ライブに来ている人はそうしたミュージシャンが音楽を鳴らしていることで救われているのだろうから。
演奏が終わった後に岩崎が
「ありがとうございました」
と言うと羽根田も
「ありがとうございました」
と言い、何回もそれを繰り返して、最終的には一度ステージから捌けてマスクを付けた岩崎が
「ありがとうございました」
と言いにまたステージに出てくるというのが面白くもあり、なんだかまだこのバンドは続いていきそうだな、と思えた。
18:20〜 インナージャーニー [YOUNG STAGE]
インナージャーニーのカモシタサラ(ボーカル&ギター)は自身のバンドのセッティングが終わってもずっとステージに止まって、SUNNY CAR WASHのライブをずっと見ていた。このバンドの名前もandymoriの曲名から取っているだろうだけに、それはどこか同じバンドから影響を受けて生まれた異母兄弟の姿を見ているかのようでもあった。それはこの2組の転換中に流れていたBGMがandymoriの「革命」だったことも含めて、主催側も理解しての順番だろう。
そんなセッティングからリハを経ての本番でメンバー4人が登場すると、もちろんバンドの核は作詞作曲を行う、もともとはソロのシンガーソングライターであったカモシタなのだが、このバンドの名前が大きく知れ渡ったのはドラムのKaitoの父親がMr.Childrenの桜井和寿だからということでもある。
しかしながらオープニングの「クリームソーダ」ではそのKaitoが曲後半でスネアを連打するというアレンジを見せてニヤリとする場面もありながらも、まるでモデルのようなスラっとした長身の本多秀(ギター)、巨漢に弁髪、メガネというあまりにイカつい風貌なのにコーラスも含めて声も話し方も穏やかなとものしん(ベース)、そしてどこかカネコアヤノを彷彿とさせる歌謡性を感じさせる歌声のカモシタと、メンバーそれぞれのキャラの立ち方が実に強いバンドであることがわかる。
すると
「シンガー そのままでいてよシンガー」
「シンガー 自由になってもいいよシンガー」
というフレーズがカモシタ自身に言い聞かせているかのような「夕暮れのシンガー」はこのライブの3日前にリリースされたばかりの新作EP「風の匂い」の1曲目に収録されている曲であるが、さらにそのまま同作2曲目収録の
「ラララララララ…」
というサビの、メンバーの声も重なるコーラスがとびきりキャッチーな「Fang」と新作曲が続くのだが、カモシタは
「今日はリリースされたばかりの新作の曲を全曲演奏したいと思います!」
という攻めまくりの内容になることを宣言。
なのでタイトル通りにまるで深い海の中をゆっくり進んでいるかのようなテンポとサウンド、さらには暗めの青い照明がこのライブハウスの中がまるで深海の中のような感覚に陥らせる「深海列車」、EPから先行配信された、ライブの終わりを告げるかのようでもあり、また次にどこかのライブ会場でこうして再会することを予感させるような「グッバイ来世でまた会おう」と続くのだが、過去作を含めて音源で聴くよりもライブを観るとバンド感をより強く感じる。それはカモシタの歌唱からもシンガーというよりもバンドのボーカルらしさを感じるというのもあるが、カモシタの弾き語り+バンドという形から曲や作品、ライブを重ねるごとにこの4人でのバンドという意味合いが強くなってきているのだろう。それは穏やかなようでいて体を揺らしなくなるリズム隊の強さによるものも大きいと思われる。
そしてラストに演奏されたのもEPの最後に収録されている「ペトリコール」。
「もうすぐ僕ら大人になるけれど
さよなら
また明日会えるさ
ぼくら大人になるけれど
さよなら
またいつか会えるさ」
という歌詞はカモシタの声質もあってか強い歌謡性を感じるものになっているが、まさかの新作EPを曲順通りに完全再現するという内容のライブはこのバンドのあまりに速い前進っぷりというか、バンドとして先へ行きたくて仕方がないというように感じさせるが、そのリリースされたばかりの曲たちをすでに完全にライブとしてモノに出来ているというあたりにバンドとしての覚醒を感じさせた。とものしんの演奏終了後の挨拶はやはり見た目からは想像できないくらいに穏やかなものだったが。
リハ.会いに行け!
1.クリームソーダ
2.夕暮れのシンガー
3.Fang
4.深海列車
5.グッバイ来世でまた会おう
6.ペトリコール
19:05〜 ハンブレッダーズ [YOUTH STAGE]
サウンドチェックの段階でメンバーがステージに出てきて、本編にフルで聴きたかった人も多かったであろう「COLORS」を演奏すると、
「サウンドチェックやってないような体で本番出てくるんで、よろしくお願いします(笑)」
とムツムロアキラ(ボーカル&ギター)が言って本当に若干緊張感を漂わせながら本番に登場したハンブレッダーズ。トリとして後輩バンドたちが繋いできたこの日のイベントを締め括る。
「時代遅れのガラクタで静寂をシャットアウト
たった一枚のディスクで真夜中をフライト
この先の人生に必要がないもの
心の奥がザラつくような一瞬を
時代遅れのガラクタで静寂をシャットアウト
小切手もノウハウも必要がない魔法
世界を変える娯楽を」
というフレーズが瑞々しいギターロックに乗せて歌われる「ユースレスマシン」でスタートし、珍しい上手側の金髪ベーシストのでらしはぴょんぴょんとステージ上を飛び跳ねるという高い機動力を見せながら演奏しているのだが、
「ひとり 登下校中 ヘッドフォンの中は宇宙
唇だけで歌う 自分の歌だとハッキリわかったんだ」
という「DAY DREAM BEAT」も、
「誰にも知られたくないのに
誰かにわかってほしいんだ
僕だけのフェイバリットソング
だけど世界中の誰もが
あの歌を歌ってしまったら
僕はきっと聴かなくなってしまうだろう
僕はきっと嫌いになってしまうだろう」
と歌う「フェイバリットソング」も、徹底してこのバンドは「音楽」についてを歌い、鳴らしている。もちろん持ち曲の中にはあの子への思いを募らせるラブソング的な曲もあるのだが、この日はそうした音楽で世界が変わった、音楽があるから生きてこれたという人間が鳴らす音楽へのラブソングが続いた。それは今の音楽やライブという存在がまるで悪いものであるかのような報道や意見も目についてしまう状況の中での、音楽を愛する者たちのささやかな反抗にして、自分たちの居場所がここにちゃんとあるということを、それをわかってくれている人の前でだけは高らかに鳴らしたいという意識を感じさせてくれる。それが今こうしてライブハウスでライブを観ているということ、そんな人生を選んだことすらも肯定してくれているかのようですらある。
「「若者のすべて」っていうタイトルのイベントですけど、僕ら27歳とかで、今日の出演者の中では最年長らしくて。ちゃんとそれを反映した順番になってる(笑)
でも僕は肉体的な年齢というのをあまり気にしていなくて。それよりも精神的な年齢の方が大事だと思ってるというか。年上の人にも精神年齢が幼いままの人もいるだろうし、僕らも精神年齢は17歳くらいのままだし(笑)(でらしも頷く)
今日は中高生くらいの人もたくさん来てるだろうけど、もっと年上の人も精神はそのくらいの年齢だろうし、このライブを作ってくれている人もおじさんとおばさんばかりだけど(笑)、精神年齢は変わらないんじゃないかと思ってます」
という実にムツムロらしい視点でこの「若者のすべて」というタイトルのイベントへの心境を語る。そうしたムツムロの発言というか文章の綴り方を実に面白いと思っているだけに、そのひねくれ文章感が炸裂していた「音楽と人」誌での連載が急に終わってしまったのは少し残念である。
夏はもう終わってしまったと言っていいように雨の日が続いて気温も下がってきているけれど、木島(ドラム)が細かく刻むドラムとでらしの跳ねるようなリズムが楽しいダンスロック的なサウンドとなりながらも、
「ふたりで過ごす時の方がさ
ひとりとひとりだって
わかってしまうんだな 僕ら」
と最終的には達観したかのような視点に少し切なくなる「SUMMER PLANNING」はしかし、曲前半のまさに夏の計画を立てるという行為が音楽ファンとしては夏フェスの計画を立てるということであるのだが、それがほとんどなくなってしまったという今年の夏がより切なくさせる。どこか悲しみを抱えたままで踊るかのような。
そうした、どうあっても音楽ファン、音楽を愛する人のために鳴らしているように聴こえてきてしまうのはメンバー自身がそういう人間だからであるが、2人で映画を観に行くというストーリーの歌詞の「ユアペース」ですら
「いつだって君のペースで物語は進んでいくんだね」
というでらしがムツムロのボーカルにコーラスを重ねるフレーズが、それぞれのペースでこうやってライブハウスに来てくれればいいというバンドからの呼びかけであるかのように響く。それは考えすぎなのかもしれないが、それはこの日唯一と言っていいバラードの「ファイナルボーイフレンド」すらも、最後まで一緒にいてくれるのは音楽である、と歌っているかのようですらあった。それは音楽のことについて歌っている曲たちをスタートから演奏し続けたという選曲の妙によるものでもあるはず。
それは
「頭良くない僕達は いつも考え込んじゃって
走り出すまでに少し時間がかかるけど
いつでも主人公は 遅れて登場すんだ
お待たせしました ド派手なエレキギター」
と、ギターを弾いたその瞬間に世界が自分のものになるという「ワールドイズマイン」で自分の中では確信めいたものに変わるのだが、そのフレーズ通りにサポートギタリストのうきはステージ前の台の上に立ったりしてギターを弾きまくるのだが、その様をムツムロに
「我が物顔でギター弾きまくって目立っているけど、サポートメンバー」
といじられていたのが面白かった。
そのうきがギターソロを決める後ろではムツムロとでらしが向かい合って、ムツムロがでらしのベースを触ろうとしてでらしが拒否するというやり取りが微笑ましく、さらにはうきがムツムロの膝に自分の足を乗せてギターを弾いたりという姿が実に楽しそうであり、こちらを楽しい気持ちにもさせてくれる「弱者のための騒音を」は、
「ロックはいつだって弱い者のためのものであって欲しい」
という言葉の通りに、弱い者でもロックがあればステージ上でこんなにも輝くことができるというように鳴らされていた。その輝きが客席にいる弱者である我々のことを照らしてくれているかのような。
そうしてこの日のハンブレッダーズのライブが音楽への思いを強く感じさせたのは、ここ最近のフェスやライブなどがまた次々に中止になってしまって、まるで音楽やライブが悪いものであるかのような扱いを受けることが目につくようになってしまったからだ。
そんな、きっとこの日会場に来ていた人や、来てはいないけれど普段ライブに行くのを楽しみにして生きている人が抱えているであろう思いをムツムロは口にした。
「今、テレビやSNSで音楽やライブが悪いもののように言われたりしていることに心を痛めている人もたくさんいると思う。
でもテレビが全てそういうことを言っているかというとそんなことはない。こうしてLOVE MUSICっていうテレビ番組を作っている人がライブを開催してくれているし、SNSだって良いように使っている人もたくさんいる。
だから、そういう言葉を目にしてもどうか気にすることないように。こうやって僕らが音楽がそういうもんじゃないってことをわかっていればそれでいいんです。最後に、こうやって音楽が鳴るライブハウスへのラブソングを歌って終わります」
と、こうした音楽への愛を伝える番組が作っているイベントのトリを務めるバンドとしての頼もしさすら感じさせてくれる存在になったんだな、と思わせてくれる言葉とともに演奏されたのは、昨年のライブハウスで音が止まってしまった、ライブがなくなってしまった時期にそのライブハウスへの愛を伝えるべくリリースされた「ライブハウスで会おうぜ」。
「さよならしなくて済むメロディ
正しすぎる日々の対義語
愛と平和 全部ここにあった
閉ざされたこの場所があれば
何処までも行ける気がするよ
ヘッドフォンの外にも宇宙があったんだ」
という、ライブハウスでライブを観ている全ての人が抱いたことのある感情を落とし込んだ歌詞。いつか観客も声を出せるような状況になったら、
「ヘイ ロンリーベイビーズ」
のコーラスを、全てのひとりぼっちたちで重ねたい。
「ヘイ ロンリーベイビーズ
ライブハウスで会おうぜ
僕ら孤独になって 見えない手を繋ぐのさ
ヘイ ロンリーベイビーズ
ライブハウスで会おうぜ
涙を流したって ここじゃきっとバレないさ」
という歌詞の通りに、見えない手を繋ぐために。今の状況でこの曲を聴くことで感動して涙を流したって、きっとバレないから。
演奏が終わるとアンコールを求める拍手も起きたが、ライブタイトルになっているフジファブリックの「若者のすべて」が流れて終演が告げられた。この「若者のすべて」はそれぞれのアクトのライブ開始前にも流れていたのだが、ムツムロはそれを
「あれ流れるの嫌ですよ。だってあんな名曲に勝てるわけないんだから(笑)あの曲の印象しか残らなくなっちゃうじゃないですか(笑)」
と言っていたが、この日のハンブレッダーズのライブは、渋谷から家に帰るまでの間にハンブレッダーズの曲ばかり聴きたくなるくらいに、この超名曲に上書きされない強さを放っていた。またそう思えるように、ライブハウスで会おうぜ。
リハ.COLORS
リハ.口笛を吹くように
1.ユースレスマシン
2.DAY DREAM BEAT
3.フェイバリットソング
4.SUMMER PLANNING
5.ユアペース
6.ファイナルボーイフレンド
7.ワールドイズマイン
8.弱者のための騒音を
9.ライブハウスで会おうぜ
今ではベテランや中堅と言っていいようなバンドたちもかつてはこうした若手主体のライブイベントでよくライブを見ていた。それこそRADWIMPSなんかもこのO-EASTでのイベントに出たのをまだ彼らが若手だった頃に見たことがある。
そうやっていろんな場所でライブをしまくって、いろんな人にライブを見てもらい、曲を聴いてもらう。それを繰り返すことで聴いてくれる人、ライブを見たいと思う人が増えて、ワンマンの会場が大きくなったり、フェスのステージが大きくなったりしていく。それはどれだけ時代が変わっても決して変わることのないもののはずだ。
でもその流れが途絶えてしまうような状況になりつつある。なかなかこうしたイベントができる場所や機会がなくなってきてしまったからだ。それだけに今の若手バンドたちは本当に大変だと思う。生活していくことが出来なくて音楽から離れざるを得なくなるような人だってたくさんいるだろうと思う。
でもこの状況を乗り越えて、このイベントに出演していたバンドたちをもっと大きなステージで見ることができるような日が来たら。その時にはきっとこの日のことを、何年経っても思い出してしまうだろう。そんなことを、まぶた閉じて浮かべているよ。
文 ソノダマン