毎年恒例のBase Ball Bearの日比谷野音でのライブ「日比谷ノンフィクション」。今年で8回目の9公演目(1度2daysをやったから)ということで、Base Ball Bearとそのファンにとってはこの野音は完全に聖地的な場所になっている。
しかし今回がいつもの「日比谷ノンフィクション」と違うのは、配信リリースされた最新EPの「Grape」をツアー会場限定(一応今回はそのリリースツアーの初日に当たる)で販売し、その発売日の初日がこの日になっているからか、普段は全く並ばずに買えることでおなじみのこのバンドの物販がめちゃくちゃ並んでいることである。なので14時前から並んだのだが、結局先行物販の時間に買うことができず、開場待ちをして開場後に買えたのは17時30分頃。ベボベの物販に3時間30分も並んだ、という事実だけで何度となく参加してきたベボベの野音であるが、今回は忘れられない日になりそうである。
ステージにはツアータイトルの「Guitar! Bass! Drum!」の文字が書かれたバックドロップが掲げられている中、まだ空に明るさの残る18時になると、おなじみのXTCのSEが流れてメンバーが登場。いつも通りに元気いっぱいな堀之内大介(ドラム)は髪を短くしてさっぱりしており、上下黒い衣装の関根史織(ベース)、いつものようにジャケットというか黒いシャツを着こなす小出祐介(ボーカル&ギター)がドラムセットに集まって堀之内会議をすると、この日の1曲目はタイトルフレーズのリフレインが心地よい、ブラックミュージックのエッセンスを絡めた「試される」。
「やたら僕は 試される」
というフレーズはここまでバンドを続けてきた上でいろんな経験をしてきたからこそ書ける歌詞であると思うが、アウトロでは堀之内のドラムが一気に高速化して観客の歓声を呼ぶ。それに合わせる関根のベースも見事で、冒頭からライブタイトルの3つの楽器の絡みっぷりを堪能させてくれる。
その関根のボトムをしっかり支えるベースのイントロから始まる「Stairway Generation」を終えると、小出が
「いやー、降りませんね!数日前までは夜に雨が降るっていう予報だったにもかかわらず!昨日あたりになったら予報変わってましたからね。もうこれからは気象庁はBase Ball Bearのスケジュールをチェックしてから予報を出した方がいいですよ(笑)
この日はBase Ball Bearが野音でワンマンやるから雨降らないな、みたいに。この辺の近くに気象庁あると思うけど(笑)」
と、9回もやって全て雨が降っていない(この日もそうだし、何回かは雨予報があったにもかかわらず降らなかった)というロックバンド界の天気の子っぷりを遺憾なく発揮すると、ここで早くも「Grape」収録のリード曲であり、川で撮影したMVも話題を呼んでいる「いまは僕の目を見て」を披露。
原点に立ち返るというか、ベボベはギターロックバンドとしてこれからも進んでいくという意識を感じるような、実にベボベらしいギターロック曲。それは小出がマテリアルクラブという実験的なプロジェクトを始めたのも大きいけれど、「光源」の時の新たなバンドの可能性を探るような形のモード(それをこの野音でキーボードやホーンを入れた形で見せたこともある)とは完全に変わっていると言えるだろう。
3人編成になってからは小出がリードギターとしての役割を担うようになり、なかなか持ち曲の全てをライブでやるのは難しくなっているが、それも変わるような気がする、と思えたのは「彼氏彼女の関係」や「「それって、for 誰?」part.1」のような曲を3人編成バージョンにアレンジして演奏していたからである。そもそもが湯浅将平もそうだったが、弓木英梨乃も含めてベボベの過去の曲は演奏が上手いギタリストと小出のカッティングという形で成り立っていた。それを小出が1人だけでできる形にアレンジしていて、リズム隊もそれによって変わっているというのはバンドの努力や工夫が見えるが、何よりも小出がギタリストとして、ギター&ボーカルとしてさらに覚醒してきている。
ということは、これからどんな時期の曲もこうして3人で演奏するのを観れる可能性があるということ。
もちろん4人編成の時のことを忘れたわけじゃない。というか忘れられるわけがない。数え切れないくらいにたくさん見てきたんだから。でも今のベボベのそうした過去曲のスリーピースでのアレンジは、もともとこういう曲だったのかと思ってしまうくらいに自然だ。飄々と演奏しているが、それはギター、ベース、ドラムという3つの楽器だけでできることの可能性を突き詰めてきたバンドだからできることである。
そうなるとますますライブを見逃せなくなってくるし、過去曲にどんなアレンジが施されて生まれ変わるのかが楽しみだ。
小出「僕、前も野音で言いましたけど、よく客席に「え?死んだ?」って聞くじゃないですか?(笑)
あれって、野音は本当にみんなが見えないんですよ。今はまだちょっと明るい時間帯だけど、もうちょっとすると暗闇に向かってライブしてるみたいな感じになって。前回のこの野音にRHYMESTERが出てくれましたけど、宇多丸さんも打ち上げでそう言ってて。あ、普段我々だけだと打ち上げやらないんですよ。でもゲストが出ると打ち上げやるっていう。だから今日は多分打ち上げないです(笑)
だからみんなはちょっと大きめにMCにリアクションをくれないと、ちゃんと聞こえてるのかわからないんですよ(笑)」
堀之内「もう最初に野音でやってから10年くらい経ってるのに(笑)」
小出「10年経ってようやく野音の攻略法がわかってきた(笑)まだ入り口くらいですよ(笑)
ボスのところに行くまでにはまだまだ時間がかかる(笑)」
堀之内「それならまだ20年でも30年でもやりましょうよ!」
というやり取りは決めていたのかたまたまそう着地したのかはわからないが、結果的にはバンドをこれからもずっと続けていくという信念が見えるものになり、大きめなリアクションをする必要もないくらいに大きな拍手が湧き上がる。この言葉が我々にとってはどんなに面白いMCよりも聞きたいものだ。
そんな、この3人の音でバンドを続けていくということをそのまま曲にした「ポラリス」では小出に続いて堀之内と関根のパートになるとやはり大きな歓声が上がる。もともとツインボーカル的な曲もあった関根はともかくとして、堀之内が歌うという姿を見れるようになったのもバンドが続いてきたからこそである。
「いくつも吹き消した炎も くすぐったいドラマも
誰もが乗り越えてきた痛みと 飲み込んで
君がそっと点けてくれた炎もあたたかいトラウマも
誰もが忘れられないかなしみと引き連れてく」
という歌詞でこれもバンドのこれまでの経験とこれからの覚悟を感じさせる「Flame」も「ポラリス」に収録された曲であることから、「ポラリス」というEPはベボベにとって本当に大きなものになるだろう。
するとループするようなリズムが淡々とした日常の風景である
「コーヒーの氷は溶け続ける
透明へと近づいていく 少しずつ」
という歌詞をより強く脳内に描かせる「Summer Melt」はタイトル通りに
「「カラン」と音が響いた 秋の始まり」
と、それは同時に夏の終わりを感じさせるフレーズで締められる。かつては夏バンドとして燃え上がるような暑い夏の曲を生み出してきたベボベはそうではない夏の風景を描くことのできるバンドになった。
そしてまさかこの曲をここで3人でやるとは、と思ってしまう「ダビングデイズ」から、関根と堀之内のリズムがグルーヴしまくる上に小出のラップが乗る「PARK」へ。もともとギターロックバンドとしてはヒップホップへの関心が強かったバンドであるが、ギターだけでなくボーカルスタイルすらも未だに進化を続けていると感じられるのが頼もしさを感じさせてくれる。
するとここで「いまは僕の目を見て」のMV撮影の話へ。今までに様々なMVを作ってきたが、結局はバンドが演奏しているシーンがあればOKとのことで、かつては小出がやたらと「ゾンビをMVに出したい」と言っていたのは全く通らなかったが、自主レーベルを立ち上げた今は自分のやりたいことができるようになったことを語る。
それはMVだけでなく、全ての活動に自分たちに責任があるという立場になってきたことでもあるけれど、MVで演技をしないと決めている小出に対し、かつて映画に出演している関根は変なポーズを取って演技の先輩っぷりをアピール。
そんなMCは我々社会人が勤続年数が経つとそれだけ仕事の責任が重い立場になっていくのと全く同じだ。自分たちで決めるということは間違えたりしたら全て自分たちの責任になる。近年はよくアーティストが自主レーベルを作ることがあるが、それがどういうことなのかということをこんなにわかりやすく伝えてくれたバンドは他にいない。
するとそうして状況も立ち位置も変わり続けていくことのテーマソングとして、リリースから年数を重ねるごとに曲のメッセージに重みが増していく「changes」からは後半戦へ。バックドロップがパサッと落ちると、現れたのはかつてのベボベのビジュアルの象徴だった三角形と、「Grape」のジャケットになっている逆向きの三角形の電飾。
「十字架You and I」ではその電飾が様々な色に変化しながら、完全に夜の闇に包まれた野音を彩っていく。おそらくはこうして暗くなる時間に合わせたであろう演出であるが、こんなにも完璧に決まるとは。
そして「Grape」のタイトル曲的な位置の「Grape Juice」は
「甘いジュースをごくごくして」
というフレーズの語感の良さもさることながら、
「でかいギター ひくいベース はやいドラム よ、吹き飛ばして」
というフレーズ通りのロックチューン。「ポラリス」に連なるようなこの3人の楽器の演奏がベボベの音楽になるということを感じさせてくれる曲である。
おなじみの「LOVE MATHEMATICS」で観客も一緒にカウントすると、「CRAZY FOR YOUの季節」ではライブならではの高速化を果たす。原曲を聴いたら遅く感じてしまうくらいにテンポが速くなっているが、ここまでの14曲を経てきたからこその走りっぷりとグルーヴであるし、「彼氏彼女の関係」とともにこの日演奏された曲の中では最も古い曲がこうして進化し続けて「カッコよすぎる…」と思わせてくれる。今年のロッキンで演奏された時もそうだったが、その姿はいつも過去を思い出させるのではなく、今この瞬間を生きているということを感じさせてくれる。
そして最後に演奏されたのは「Grape」収録の「セプテンバー・ステップス」。
「摘み取った グレープバインに」
というフレーズは小出が影響を受けてきたであろうGRAPEVINEへのリスペクトが感じられるが、タイトル通りに夏の終わりの風景を描いたこの曲を始め、「Grape」から漂ってくるのは決して暑苦しくない、爽やかな空気。それはこの日の野音に漂っていたものと同じもの。
ただ雨が降らないから持っている、というのではなく自分たちの新作の内容に最も合うような時期にこの野音でライブをすることができる。野音を愛し、ずっとここでライブをしてきたバンドだからこそそうした奇跡的なことが起きる。「Grape」の曲のクオリティはどれもシングルにできそうなレベルのものであるが、その魅力をさらに引き出していたのがこの野音という舞台だった。
アンコールではサラッと出てきたメンバーが
「終わりは、そう終わりじゃない」
「僕の人生は続く 続く」
という「二十九歳」というアルバムの物語を歌った「The End」のフレーズが、今はこれからのバンドの意志として響いていくと、なんと早くもリリースの発表が。アルバムはこれから制作すると言っていただけに、なんらかの映像作品かな?と思っていたら、
「堀之内さんが第一子をリリースいたしました!」
という衝撃的なもの。そもそも結婚していることすら発表してなかったが、2ヶ月前に子供が生まれたばかりで、結婚はその前にしていたのでできちゃった婚ではないとのこと。
「MC楽になりますね。話題なくなったら「最近子供の調子どう?って聞けばいいんだから(笑)」
と小出と関根は違う意味で子供の誕生を祝っていたが、関根はすでに結婚しているとはいえ、ずっと少年のままのような男である堀之内が父親になるとは…と考えると感慨深いというか、我々は完全にそういう年齢であることを否が応でも自覚させられるが、自分は千葉県内の某所で堀之内が綺麗な女性と一緒にいるところに遭遇したことがある。その時の姿はバンドの時とはまた違う表情であったが、小出が口にしていた責任というものをバンドだけでなく家庭でも背負うことになった堀之内の演奏はこれからまた少し変わっていくのかもしれない。
そして小出のシャツがギターのストラップに絡まりながらも演奏されたのは、小出が堀之内の結婚式の時に歌ったという「ドラマチック」。そこには堀之内の家庭がドラマチックなものになりますように、という願いが込められていたものと思うが、かつてはよくケンカをしたりしていたこともあったにもかかわらず、そうした堀之内の人生にとって大事な瞬間を小出に任せているという事実に、これからもずっとこのバンドが続いていくことを感じていた。
演奏が終わると堀之内への「おめでとうー!」という声も飛ぶ中、帰り際に小出は
「いやー、バンドって本当にいいものですね」
と映画好きらしく水野晴郎のマネをしてからステージを去っていった。それを確かに実感させてくれた9回目の「日比谷ノンフィクション」は同時にベボベの野音って本当にいいものだよな、と思わせてくれるものになった。
小出も触れていたように、この日は鈴虫がうるさいくらいに鳴いていた。これまでに見てきた日比谷ノンフィクションでこんなに鈴虫が鳴いていたことはあっただろうか。あったとしても覚えていないのは、これまでのベボベは昼間の蝉の鳴き声が似合うようなバンドだったから。それが今は秋の夜の鈴虫の鳴き声が似合うバンドになっている。物販にあんなに並んだっていう経験をしなくても、今回も忘れられない日比谷ノンフィクションになった。
1.試される
2.Stairway Generation
3.いまは僕の目を見て
4.彼氏彼女の関係
5.「それって、for 誰?」 part.1
6.ポラリス
7.Flame
8.Summer Melt
9.ダビングデイズ
10.PARK
11.changes
12.十字架You and I
13.Grape Juice
14.LOVE MATHEMATICS
15.CRAZY FOR YOUの季節
16.セプテンバー・ステップス
encore
17.The End
18.ドラマチック
文 ソノダマン