この場所で行われてきた様々なライブやそれにまつわる事件・事故も含めて、日比谷野音はライブの聖地的な場所である。
しかしそんな野音も春からの開放後にコロナが蔓延した状況によって、普通にライブが行われるのは厳しくなってしまった。自分も毎年Base Ball Bearなどのライブによってこの会場で年に何本もライブを見てきたが、今年は現在のところは配信でこの会場を使ったライブを見てきただけである。
そんな中で「野音の申し子」と言ってもいいくらいに野音の似合うバンドであり、何度もこの会場でライブをしてきたSPECIAL OTHERSがこの状況下で野音ワンマンを開催。それによって今年も無事に野音でライブが見れることに。
密になるのを避けるために従来の正面だけでなく、様々な方向の入り口から時間を分けて入場、体温測定とアルコール消毒という万全の対策を期しての体制になっているが、席では自発的に体内をアルコール消毒している人もたくさんおり、席の間隔を空けてはいるものの、この牧歌的な雰囲気はいつものスペアザの野音そのものである。
開演予定時刻の16時を10分ほど過ぎた頃だろうか。実に簡素な、というか楽器とアンプ、それ以外にはメンバーを照らす照明くらいしかないステージにSEが鳴ってメンバーが登場。出で立ちや雰囲気は今までと全く変わらないし、楽器を手にするとしばらくジャム的な演奏をするというスタイルもやはり変わらない。
そうして音を出し合いながら、自然と曲に繋がっていく。野音の雰囲気によく似合う穏やかなサウンド。しかしメンバーはそれぞれの顔をじっくり見合わせて呼吸を合わせている。
まだこの段階では観客は全員座って鑑賞するという感じだったのだが、スペアザの観客は自分が普段行っているライブの観客とはちょっと生息地帯が違うというか、ライブハウスに通っている人たちというよりは海や山にキャンプに行くという感じの人たちであるだけに、この状況下でどうやってライブを楽しむかをまだ探っているような感じだった。
しかし芹澤”REMI”優真のキーボードの音色によって始まった「Good Morning」では芹澤と宮原”TOYIN”良太(ドラム)、柳下”DAYO”武史(ギター)のボーカルパートに合わせて座っている観客たちの腕が上がる。
スペアザは基本的にはインストバンドであるし、だからこそメンバーも歌が上手い人たちというわけではないのだけれど、ゲストボーカルが参加していないスペアザの曲のボーカルパートは絶対にこのメンバーでないと成立しないであろう絶妙なハーモニーを奏でている。
自分がスペアザのライブを初めて見たのはちょうどこの「Good Morning」がタイトル曲であるアルバムをリリースした直後にアジカンの「ファンクラブ」のツアーのゲストで幕張メッセのステージに立った時だった。当時はまだ「誰?」的な空気が実に強かったが、あれから15年くらい経って、何度となく日比谷野音のステージに立ってきたバンドはこの状況下でもこうして野音のステージで音を鳴らしている。そんなことを思い返していたらなんだか感慨深くなってしまった。
この日が実に7ヶ月ぶり。結成してからこんなにライブをやらなかったことは初めてであるということを宮原が話し始めると、
宮原「この期間中にめちゃくちゃ楽器買ったんだけど、Fenderの売り上げが過去最高に達したくらいにみんな楽器買ってるんだって。家から出なくてもいいから。
あと、自分の家の庭にテント貼って自宅キャンプするみたいなことを、自分では発明だと思ってやり始めたら、もう先にいろんな人がやってた(笑)」
芹澤「俺もこういう時期だから植物を育てようと思って買ってみたら、みんな同じことやってたっぽい(笑)」
と久しぶりのライブで話したいことがたくさんあるとばかりにMCをしまくるのだが、芹澤が
「ルール的には間隔を保ってもらえれば立って踊りながら見るのはOKだから。周りの人への思いやりを持って、せっかく来たんだから楽しめるだけ楽しみましょう!」
と言うとそれまで座っていた人たちが待ってましたとばかりに立ち上がって、音に合わせて体を揺らし始める。
バンドとしては5月に久しぶりのフルアルバム「WAVE」をリリースしたものの、当然リリース後にライブをするのはこの日が初めてなわけで、リリースライブというわけではないけれど、南米的なダンスミュージックの要素を取り入れた「Puzzle」など、このバンドならではのテンポの速い演奏に、曲によってウッドベースと使い分ける又吉”SEGUN”優也もリズムに合わせて体を揺らしながらエレキベースを弾く。
観客がイントロの宮原のドラムのリズムに合わせて手拍子するのがおなじみの「PB」では歓声を上げることができないが故に一層手拍子の音が大きく聞こえるのだが、この曲はリリース時はこうしたリアクションや盛り上がり方はなかった。ライブを重ねまくってきたことによって観客が楽しみ方を見つけて、それが定着して今に至っているのだ。
しかしながら曲中に又吉がスタッフを呼ぶと、ベースとアンプの配線あたりにトラブルがあったのか(確かに序盤から物がステージに落ちるようなノイズ音が発生していた)、演奏を続けながらも修復作業へ。
当然ながらその間にはベースの音は止まってしまうのだが、それを見た3人はその場でベースレスのジャムセッションに瞬時に突入していく。普段の曲とは違う演奏に拍手をして沸き上がる観客たち。そんなトラブルをこの日ならではの演奏やアレンジに変えてしまう。それができるのはジャムバンドであるスペアザならではであるし、その瞬間の反応や観客のリアクションはこうして実際に演奏している姿を見ていなければわからない。そうしたその日しか体験できないものがあるというのはこうして時間やお金を使ってライブに足を運ぶ醍醐味である。
すると柳下と又吉の弦楽隊2人がいったんステージから去り、芹澤と宮原というステージ両サイドで向かい合うおしゃべりコンビのセッション的な演奏へ。めちゃくちゃ手数が多かったりとか音が強かったりとかというわけではないけれど、相手の演奏を見ながらそれに合わせるように音を重ねていくという軽やかさはこのバンドにしかできないものだと思う。
じっくりとした演奏から始まって、後半になるにつれてボーカルパートも入って熱を帯びていき、観客も緩く体を揺らしていたのが腕を挙げたりとダイレクトに音に反応してリアクションを変化させていくのは最新アルバムのタイトル曲「WAVE」であるが、基本的にデビュー時からスペアザは1曲あたりが非常に長い。7〜8分くらいあるような曲ばかりだし、だからこそ持ち時間の短いフェスでは3〜4曲しかやらないことだってザラにある。
サブスク時代と言われる今は曲が始まって歌に入るまで5秒以上あるとスキップされてしまうらしい。だからそれに合わせてイントロを短くするアーティストもいると。
でもそうして時代に合わせた曲は、また時代が変わった時にはきっと時代遅れなものになってしまうと思う。時代を意識しないで作って受け入れられたものはどんな時代であっても聞かれる普遍性を持っている。スペアザの音楽は間違いなくそうした時代を意識しないで、自分たちのやりたいことをやりたいようにやって作られている音楽だ。きっとそれはこれからも変わらないだろうし、スペアザは今後も時代に翻弄されることなく、ただ楽しく音楽を鳴らし続けていくバンドであり続けていくのだろう。
そして芹澤のキーボードの軽快なイントロが鳴った瞬間にたくさんの人が立ち上がって踊り出したのはバンドの必殺曲と言ってもいい「AIMS」。この流れでこの曲が演奏されているということは、今日が普段のスペアザの1部、2部で分かれたライブではない、1本のライブであり、ここからクライマックスに向かっていくということでもある。
なので続け様に「Laurentech」という最強のコンボに。「PB」と同じようにイントロのリズムで手拍子が起こり、ボーカルが入るフレーズでは天上世界で鳴っている音楽かのような神聖な空気が野音を包み込んでいく。スペアザがこの会場が似合うバンドであると言われる所以である。
タイミング的には「WAVE」の曲を連発しても良さそうなものであるし、本人たちも本来ならばせっかくアルバムという形で収録できた曲たちをライブという場で披露したい気持ちも強いだろう。実際にメンバーは高校時代以来というくらいにこのライブに向けて練習を重ねまくったという。
でも7ヶ月ぶりという久しぶりのライブであるだけに、こういう状況の中でも勇気を持って会場に来てくれた人たちが喜ぶような、盛り上がれるような曲もちゃんとやる。その曲たちは自分たちがやりたいことの結晶であるけれど、その曲たちがライブという場で愛されて育ってきたのをメンバーたちはその身をもって実感してきている。やりたいことをやりながらも、それを喜んでくれる人たちの姿がバンドの力になっている。だからスペアザは変わらずにスペアザのままでいることができる。久しぶりのライブはそんなことを確かめ合うような場所でもあったのだ。
MCでは宮原と芹澤が
「S社とY社とP社とR社で値段やポイントを見て楽器を買うタイミングを決めている」
という実に周りくどいことを言いながらも、
「音楽への愛はマジだから」
「やっぱり音楽がある人生っていうのが1番美しいものだと思う」
と、自分たちが音楽によって救われてきたからこそ、何よりも音楽の力の凄さをわかっていることを伝える。それはそうだ。このバンドには言葉がない。ただ鳴っている音が全て。その音でたくさんの人を踊らせ、感動させてきたんだから。そのメンバーたちが言うからこそ何よりも説得力がある。
そんな中で最後に演奏されたのは「WAVE」の最後をしっとりと締める「Beautiful Orange」。開演が16時というのはこの曲を演奏する時にちょうど夕暮れのオレンジ色の自然な照明がメンバーを照らすためじゃないだろうか、と思っていたのだが、すでに日比谷公園は暗くなっており、メンバーは背後にある照明によってオレンジ色に照らされながらこの曲を演奏したのだった。
アンコールではここまで喋っていない又吉にこの期間何をしていた?と問いかけると、
「ガンプラ作ってた。あと2×4の木材使ってDIYで家具作ったりとか」
という音楽ではない製作に精を出していた模様で、宮原の期待した答えではなかった様子。
柳下はこのライブに向けて練習していた時に、高校生時代にみんなでミスチルのコピバンをやっていた時のことを思い出していたという。しかも曲が「Everybody goes 〜秩序のない現代にドロップキック〜」だったということだが、このライブはカメラが回っていてなんらかの形で映像化されるらしいので、そのタイトルなどはぼかすように喋っていたのだが、それによってかえって失礼な感じになっていた。
そんな喋り足りないくらいに喋りまくった後に演奏されたのは最初期の曲でありながらも今もキラーチューンであり続けている「BEN」。もちろん曲中の細かいアレンジなどは今のメンバーだからこそできることが取り入れられているし、宮原の長尺ドラムソロ時にはその様子を芹澤がスマホで撮影するという一幕も。そんな姿がこのバンドのメンバー同士の関係性を伝えてくれるし、曲終盤のボーカルパートでは観客が腕を上げながら踊る。その腕の先には売店で販売されている酒を手にしている人もたくさんいる。こんな状況だからこそ、この日比谷野音という開放的な場所で息苦しい日常から解放されるための大いなる福音のような音が鳴らされていた。その瞬間は本当に幸せだった。
演奏を終えると4人はステージ前に並んで一礼し、観客をバックに写真を撮ると、最後にステージに残った又吉が
「家に帰るまでがライブだから。気をつけて帰って!」
と観客に告げてからステージを去っていった。まだ次に会えるのがいつになるかはわからないけれど、その表情からは不安は一切ない、ただこの日のライブへの充実感だけを感じさせてくれた。
なんだか、こうしてスペアザのライブを野音で見ていると、これまでに何度か見たスペアザの野音と全く変わらないように感じる。違うのは観客がマスクをしていることくらいで。メンバーはMCでちょこちょこ口にしていたけれど、コロナに怯える日々がフィクションであるかのように、かつてここで見たスペアザのライブと同じ。
スペアザのライブは背中を押したりとか、引っ張り上げるとかそういう感覚になるものじゃない。ただこの音が鳴っている、それを聴いている時だけは、幸せであると感じられる。それはこの4人がバンドを続けている限り、どんな世界になったとしてもきっと変わらない。その感覚がどれだけ愛おしくて尊いかを知っているから、これからもこうしてライブに足を運ぶ。来年くらいに行われるであろう「WAVE」のツアーとかで、また。今度は喋りすぎることがないくらいの間隔で。
1.TRIANGLE
2.Good Morning
3.JAM
4.Puzzle
5.PB
6.SERI & RYOTA1
7.WAVE
8.AIMS
9.Laurentech
10.Beautiful Orange
encore
11.BEN
文 ソノダマン