この日はキュウソネコカミの新作アルバム「モルモットラボ」のフラゲ日であるが、そんな日にバンドはYouTubeで「アルバム収録曲をワンコーラスだけ演奏」という企画を開催。
今までならインストアイベントなりライブなりをやっていたと思われる日であるが、これまでに配信でのライブもやっているが、こうして面白い企画をやってくれるというのはこうした状況のキュウソならでは。
開始時間の19時になると、画面に映し出されたのはスタジオで向かい合っているメンバー。すぐさま演奏が始まるのだが、その曲は現在CMソングとして大量オンエアされている「家2」。アルバム収録曲を披露するというテーマであるにもかかわらず、いきなりアルバムに収録されていない曲を演奏してくるという視聴者への嬉しい裏切りっぷりはただでは終わらないバンドであるキュウソだからこそである。
するとヤマサキセイヤ(ボーカル&ギター)とヨコタシンノスケ(キーボード)をはじめとして、普通にトークを始めるメンバーたち。今回は1曲終わるごとに喋るというスタンスらしいが、ライブでのMCとは違う、普段キュウソがメンバーだけでスタジオに入っている時はこうした感じなんだろうなと思わせてくれる。スタジオでアルバムのリハをしているバンドの姿を覗き見しているかのような。
ニューアルバムのお披露目とはいえ、序盤の「3minutes」と「おいしい怪獣」はすでにライブでも披露されており、ワンコーラスどころかフルコーラスを聴いているという人も多いはず。
コロナが蔓延し始めた直後に作ったというバンドの瞬発力の速さと発想力の鋭さを見せてくれる「3minutes」、メンバーによるコーラスがキャッチーな、「怪獣のバラード」の人間視点バージョンという「おいしい怪獣」と、合間に曲にまつわるエピソードが語られていくのは実に面白いが、
「子供の頃に蟻を食べてたよな」
と脱線していくのは予想通りであり、長くなるとスタッフによって「巻き」の指示が出て演奏へ、というパターン。
「御目覚」も配信ライブですでに新曲として披露されていた曲であり、ようやくの音源化となる。この曲だけではないが、聴けるのがワンコーラスだけだとまた聴こえ方が違うし、それはキュウソが1曲の中に様々なアイデアを入れているバンドであるということでもある。
セイヤがギターを降ろしてハンドマイクになると、ここからはまだライブでは披露されていない、まっさらなアルバムの新曲。
まず完全にキュウソならではのラウドロックというような「囚」であるが、この曲はギターのオカザワが作った曲であり、オカザワの趣向性が強く出た曲であるが、メンバーもSiMや coldrainのフェスに出ても戦える曲を欲していたという点ではバンドが求めていた曲をオカザワが作ったということだろう。
しかしロッキンやCDJだけではなく、そうしたラウドバンドの主催フェスでも当たり前のようにメインステージに立っているという事実が、どこにも属してないバンドである独特の立ち位置のキュウソだからこそ成し遂げられていることである。そこに正面からぶつかっていけるラウドな曲を作れるということも。セイヤがオカザワに
「ある程度骨組みを作ってからバンドに持ってきた方が良い」
というアドバイスをしたというエピソードも普段のライブのMCでは聞けないものだろう。
さらに「薄皮」はベースのカワクボタクロウが作った曲であり、セイヤはこの曲でもハンドマイクで、ヨコタはピアノを弾く。すでにロッキンオンジャパンでのメンバー全員でのアルバムインタビューでも語られているが、ライブでは常に頼れる屋台骨としてバンドを支えてきたように見えるタクロウは個人的に深刻な状況だったようであり、そのタクロウが作詞したということで、しっとりとしながらもシリアスな曲になっているように聴こえる。
こうしたオカザワやタクロウが曲や歌詞を手掛けるというのは「モルモットラボ」というタイトルを象徴するような実験であると言えるが、セイヤ以外が書いた歌詞の曲であっても、どう聴いてもキュウソの曲となっている。
キュウソはどうあっても「この5人だからこそのバンド」であるが、それが曲を作る段階からそうなってきている。そこにそれぞれのメンバーの個性を纏って。これまでの方向とは違った形で進化を遂げている。これからもしかしたらユニコーン的な、全員がソングライターという存在のバンドになっていくような可能性も秘めるようになった。
するとここでオカザワとタクロウもスタジオの床に座り込んでの長いトークタイムへ。これまでは毎年大晦日までライブをやっていただけに、家でテレビを見て過ごすのが実に久しぶりだったという話にはこの状況だからこそのバンドの束の間の休息感を感じさせる。紅白はともかく、年末の音楽番組から全く声がかからないことにメンバーは恨み節であったが。
するとここで冒頭で言っていたように、途中から見ている人にもわかるようにと、「家」のアナザーバージョンを含めた「家2」を再び披露。不採用バージョンは「家」のキーを下げただけというくらいの、
「興味ない人だったら気付かない」
というレベルでのマイナーチェンジだったが、だからこそ「家2」のキャッチーさが改めてよくわかる。採用されなかったという歌詞があるバージョンも含めて。
すると再びアルバムの曲へ。「シュレディンガー」はかつてメンバーがコピーしていたというフジファブリックからの影響を感じるような、ヨコタがピアノを弾く曲。それによってメロディの良さが際立つという意味ではアルバムの中では最もストレートな名曲と言えるかもしれない。少しばかりラブソング的な要素も含んでいる歌詞なだけに、セイヤはいずれラブソングを書いてみるのもいいかもしれないとコメント。それはまたキュウソにとって新しい扉を開くことになるかもしれないし、この曲はそのきっかけとして大事な曲になるのかもしれない。
さらに驚きだったのは
「タイトルだけで敬遠する人がいるかもしれない」
という「ぬいペニ」。なんとイントロからセイヤがブルースハープを吹くという、サウンドとしてもビジュアルとしても斬新さ。そのブルースハープはなんとウルフルズのトータス松本から譲り受けたものであるらしいが、それをしっかり吹けているセイヤはたいしたものである。そのブルースハープの音色が曲の切なさを引き出す楽器であるということはブルーハーツなどの時代からわかっていることであるし、世代的にメンバーはゆずの影響も受けていることだろう。またキュウソにさらに一つ大きな武器が加わったし、それがこの特殊なタイトル曲をただのネタ曲にすることがない要素になっている。総じて早くCDを手に取って歌詞カードを読みながらフルに曲を聴きたい。
メンバー(特にセイヤ)が一際緊張した様子で演奏されたのは、インディーズ時代の「シャチクズ」の再録バージョン。何というか、隅から隅まで(ワンコーラスしか聴けてないけど)今のキュウソの技術と経験によって洗練された、より踊れるサウンドに進化している。
もちろんインディーズ期の勢いを重視したアレンジもいいのだが、メンバーは当時を振り返って
「曲を作ったら考える間もなくすぐにレコーディングするくらいに切羽詰まっていた」
と話していた。きっと当時から本来はこの形を目指していたのだろう。今ならばその設計図をしっかり描けるし、その通りに演奏することができる。様々な方向からバンドの進化を感じさせてくれる今作であるが、「成長」という意味ではこの曲が1番かもしれない。コメントにはインディーズ時代の曲を全曲再録しなきゃいけないんじゃないか、と思うくらいに次々にリメイクして欲しいいろんな曲の名前が挙がっていたが、「ファッションミュージック」に対しては
「歌詞があの頃の状況とは違う」
とセイヤもヨコタも揃って言うあたり、その冷静かつ客観的な視点の鋭さまでも進化・成長していることが伺える。
ちなみにこの「シャチクズ (2020ver.)」は本来なら年末のフェスで披露するはずだったらしい。
「大きいステージでやるのを意識したアレンジ」
と言っていたが、なかなかフェスでは演奏されることのない曲である「シャチクズ」がそこまで進化したというのが本当に感慨深いし、より一層コロナによってフェスがなくなってしまったことが悔しくなってくる。
そしてアルバム最後の収録曲として演奏されたのは、すでに先行曲として配信されている「ポカリ伝説」。すでにライブでも披露されているだけに、ワンコーラスで終わらせるのが逆に難しい感じもしたが、曲中にコメント欄にコーラスのフレーズが次々に並ぶのを見ていると、すでに先月のワンマンで聴いたとはいえ、思いやりとマナーを大切にするキュウソファンと早くみんなで歌える日が来ることを願わざるを得ない。
で、配信ならではのアフタートークに移行するのだが、ここで電波が悪くなってしまい、急遽バンド側はインスタライブへ移行。前の配信ライブもスタートが遅れてしまっていたが、どうにもキュウソの配信は何かが起こるようだ。本来、ここまで状況が悪くなっていなかったら色々な発表もできたはずだという。(このアルバムのリリースツアーの詳細もだろうか)
でもまだ今はそれを発表することはできないようなので、早くCDを手に取って、今回も収録されるシークレットトラックや、セイヤが口にしていた「アルバムの中に隠された2つのメッセージ」を見つけたり、値段の割に収録時間長すぎ、サービスし過ぎじゃない?というライブ映像ディスクを見ながらその時を待ちたいと思う。年末ギリギリまでツアーを回っていただけに、キュウソのライブを見れる日はきっと近いはずだ。
しかしなぜキュウソは今回こうした配信をすることにしたのだろうか。それはやはりこの状況下ということが強く影響していると思う。
本来ならば年末もフェスに出て、年始もすでにライブをしていて然るべきライブバンドなのに、まだライブを行うことができないし、ファンの前で演奏をすることもできない。
そんな状況でも少しでもファンに楽しみを与えたい、笑顔になって欲しい。そんな気持ちがバンドには間違いなくあるはずだ。
メンバーは
「俺たちの話が面白くないのはわかっている!」
と言っていたが、キュウソは自分たちがこうして話したりしているだけでもファンが喜んでくれるということをわかっているはずだ。普段のライブのMCであれだけ観客が笑ってくれているのを見てきたのだから。
だからこうして新曲を演奏しながら普段以上に喋る。それで喜んでくれる人たちがいることをわかっているから。そのために新曲もライブで演奏できるように練ってくる。最後に電波が悪くなってしまったことに、そうまでしなくてもいいのに謝ったり。そんなキュウソの優しさと思いやりを感じた、濃密な90分だった。次はまた我々の家ではなく、ライブハウスで。
1.家2
2.3minutes
3.おいしい怪獣
4.御目覚
5.囚
6.薄皮
7.家 (不採用ver.)
8.家2
9.家2 (歌詞ありバージョン)
10.シュレディンガー
11.ぬいペニ
12.シャチクズ (2020ver.)
13.ポカリ伝説
文 ソノダマン