4月にひさしぶりに日比谷野音でワンマンを行った、GRAPEVINE。そのライブでも演奏していた新曲を含めたアルバムをリリースし、6月からツアーを回るという、去年こそライブがほとんどなかったりもしたが、今年は自分たちのペースでの活動を取り戻したようにも見える。
雨が降る中、検温と消毒を経て久しぶりのDiverCityの中に入ると、客席には椅子が並べられていて…というすっかり見慣れてしまったZeppでのロックバンドのライブの客席の光景もGRAPEVINEにおいては違和感を感じないのは近年はホールなどの椅子がある会場でのライブを数多く見てきたからだろう。
開演時間の19時になると場内がスッと暗くなっておなじみの5人がステージに登場するのだが「立った方がいいのか座っていた方がいいのか」という登場時の客席の雰囲気は実にバインのライブならではであるし、田中和将(ボーカル&ギター)が観客に向かって深く頭を下げ、金戸覚(ベース)がグルーヴィーなリズムを刻み始めると、やっぱり立つしかない!という感じで観客が立ち上がり始めるのがバインのライブに来てるんだなという感覚にさせてくれる。かといって誰もが誰も立ち上がるわけではなくて、座っている人もいるという一切の同調や強制力のなさもまたバインのライブだからこそだ。
そのイントロの金戸のベースが鳴っているのを聞いた時は、「「CORE」からスタートとはこれはとんでもないライブになるな」と思ったのだが、そのグルーヴは「新しい果実」に実ったものであり、
「ここは想い描いた未来
ネオもアキラもマックスもいない
時は20XX年
亜空間のクルージング
いざ五感を研ぎ澄まして行かん
あかん羅漢」
という歌い出しからして、全くストレートさのかけらもないが、紛れもなくバインなりの、作詞を手がけ、今や文学界からも注目を浴びる存在になった田中ならではの今の世界への視点が歌われた「阿」であった。
「ど阿呆と阿修羅が跋扈して阿吽
で二千云十年かかって
阿鼻叫喚のクルージング
偽阿弥陀呼び覚まして無双
夢想
無想」
という「阿」のつく単語が並ぶ歌詞はどうやったら思いつくんだろうかと思うけれど、ライブで数え切れないくらいに演奏されてきた「CORE」と思ってしまうくらいのバンドのグルーヴと
「踊るがいいぜ
阿るミュージック」
という曲最後のフレーズでの田中の声の伸びやかさも合わせて、リリースされたばかりのアルバムの曲とは全く思えない仕上がりっぷり。まるで10年以上ずっと演奏してきた曲かのようだ。
新作の曲で始まったとはいえ、オープニングの曲は「この曲でライブ始まるの?」というものであるというところからもGRAPEVINEというバンドの天邪鬼っぷりが伺えるが、普通であれば新作アルバムのリリースツアーなら冒頭から新作の曲が演奏されるのがパターンであるのだが、次に演奏されたのが「放浪フリーク」のカップリング曲である「ポリゴンのクライスト」というあたりが天邪鬼極まれりというか、一瞬にして「今日何のツアーだっけ?」と意識を飛ばしてくれる。
「つまりだ いつまでこうやって隔離するつもりなんだ
私は、だ
もう正常だ もう健康だ
誘惑すんなよ看護婦さん」
という歌詞がある曲を演奏したのはこのご時世を皮肉るような意図もあるんじゃないかとも思うけれども、そう言うときっと田中はいつものインタビューの調子で否定するのだろう。
さらには「TWANGS」収録の、バインの持つブルース色の強さを田中のボーカルとメロディ、さらには西川弘剛のギターによって感じさせてくれる「Afterwards」と続くものだから、このツアーに参加するのが初めての身としてはこの後の展開が全くわからなくなる。
というか普通であれば新作アルバムのツアーというのはそのアルバムの曲+バンドの代表曲というセトリになるのが一般的なのだが、こうした全く代表曲とは言えないような曲が新作の曲と並んでいる。でもファンはそれを楽しみにしているし、待っている。毎回こうして我々を良い意味で裏切ってくれるライブをやってくれるバンドだからであるし、そうした代表曲ではない曲でこそバインの持つ多様な要素を存分に堪能することができるからである。
「ツアーの中締め日ですね。(この日を終えると次は9月まで飛ぶ)
立ちたい人は立つ、座りたい人は座る、寝たい人は寝る、盛り上がりたい人は盛り上がると、みんな自由に、好きなように楽しんでください」
と突き放しているかのようでいてどんな楽しみ方の人でも受け入れるという寛容さを持ったMCの通りに、すでに観客は思い思いの方法でライブを楽しんでいる。そこにはバンドと観客双方の揺るぎない信頼関係がうかがえる。
「「新しい果実」というアルバムが発売されまして、まさか聴いていないという人はいないとは思いますが、そういう人がいたら実に肩身の狭い思いをすることになるでしょう(笑)」
と田中らしい皮肉を込めた言葉があっただけに、ここからは「新しい果実」のモードになるんだな、と思いきや演奏されたのはバンド屈指の名盤として名互い(再現ライブもやったし)「Lifetime」収録の「SUN」。リリースされた1999年当時はまだこれからシーンを担う若手バンドと目されていたし、目に見えてエネルギッシュなライブをやっていた。(今のバインには実に似合わない形容詞であるが)
でも今のバインが演奏するこの曲から感じられる印象もやはり「ロック」でしかない。亀井享のシンプルであるけど余計な装飾の全くない力強いドラムからもそれを感じさせる。この「SUN」を作曲したのも亀井であり、田中とは異なるメロディメーカーであることを今なお強く感じさせてくれる。
「遠いはずの明日の為に
残り僅かなお楽しみに
生まれ落ちた子供達の為に
あなたはいつも同じ顔で見るがいい」
という歌詞も今聞くことによって実に示唆的に響いてくる。
で、そうした田中の歌詞の鋭さ、一見意味不明なようでいて聴き手がそれぞれの解釈を持つことができる深さは当然今の曲の方が強い。ましてやこの状況の中で生み出されたアルバムであるだけに、
「手弁当ぶら下げて
屈辱も食ってやるが
見返りもほんの少し
「リヴィングジャストイナフフォーザシティ」
「足るを知る」って言うが
誰の話かね」
という「目覚ましはいつも鳴りやまない」の歌唱時の語感の良さと込められたであろう生活者としての視点たるや。何故だかそうした歌詞も音源で聴くよりもライブで聴く方がハッキリと捉えられる。それは目の前でその言葉を口にして、歌として歌っていることによる振動がもたらす説得力があるからだろう。
再び金戸のベースを軸にグルーヴを強めていくのはライブではたまにやることもある「COME ON」。その音の隙間を生かしたグルーヴから西川がステージ前に出てきてギターソロを弾くと、周辺の座席の観客は一斉に腕を挙げる。バンドが、メンバーが鳴らしている音にダイレクトに反応している瞬間である。
素朴かつ「目覚ましはいつも鳴りやまない」に通じるようなタイトルでありながらも、歌い出しからの
「思い知るのは人波の中
ありとあらゆる脆さ
笑う子どもと妻の顔を見ていた
けれど
そこで目が覚めて醒めて
涙拭いて忘れて
伸びをして次で降りて
かなしい顔 封印したら駅を出て
家まで歩こう
意地を張るのは 思い詰めるのは
よくある話と思いたい
泣く子どもと居ない夫の声を
聞いた
そこで目が覚めて醒めて
この手 責めてもしょうがない
営みは繰り返されて
やさしい顔 用意したら買い物へ」
という対比を描いた「居眠り」の歌詞はもはや短編小説と言っていいレベルのものであり、バンドの静謐としたサウンドと薄暗いステージの照明がそれをより引き出している。もしかしたら田中は町田康や辻仁成に連なる作家になれるバンドマンと言っていいのかもしれない。
そんな中でまたしても不意打ちを喰らうのは、タイトル的にもアルバムの最後を締める曲順にしても、今回のライブでも最後に演奏されると思っていた「最期にして至上の時」がこの中盤で演奏されたからである。
「最期にして至上の時
我が身の不浄 流れてゆけ
五臓に触れ 胸を穿ち
祈りの向こう
めぐり逢えると」
というフレーズを含めて、まさにライブの最後にこの曲を聴いて「至上の時だったな」と思うものだとばかり思っていたからである。だからこそ早くもクライマックスを迎えた感すらあった。
田中がアコギに持ち替えて歌った「weight」には
「「ここに雨を降らしてよ
全てを洗い流してしまうくらいの」
何もかもを冷やして
当たり前の顔をして」
というサビのフレーズがあるが、それは間違いなく雨が多いこの時期のツアーだからこその選曲だろう。田中のアコギの柔らかな調べとは対照的に間奏の西川の激しいギターソロはその雨音がさらに強くなったことを表しているかのようですらある。音からそう感じることができるあたりは演奏力、技術、経験というありとあらゆるバンドの持つ力の賜物である。
すると高野勲のシンセによるサウンドが怪しい雰囲気を作り出して演奏されたのは「新しい果実」のリード曲である「ねずみ浄土」。極限まで振り絞った音数の少なさに乗る田中のボーカルは音源以上にネオソウルからの影響を強く感じさせた。それは田中のファルセットによるフェイクを多く含んでいたからかもしれないが、田中のボーカルはもはやロックバンドのボーカルという枠すらも超えているように感じられる。そのボーカルで歌われる
「新たな普通
何かが狂う
眉ひとつ動かしもぜず」
というフレーズの視点は童謡のタイトルなどを多く含むこの曲において間違いなく現在の社会に向けられている。
それはSNS社会への警鐘も含んだ
「能面の顔で書き足すコメント
匿名の名の下で満たす邪念
小便と脂を炒めるスメル
放免と開き直り喚く真似
まるで
股関節が外れてしまった時代は
飢えに飢えり
射干玉の逃避行」
という歌詞による「ぬばたま」も同様であるが、「新しい果実」は今の世の中への田中の視点がメインとなり、そこにサウンドがついてきているような印象すらある。それはタイトルからして光を感じさせた前作アルバム「ALL THE LIGHT」とは対照的と言っていいかもしれない。だからこそ一聴すると地味な印象に聴こえるかもしれないが、こうしてライブという場で聴くとバインが今作るべきアルバムを作ったんだということがよくわかるし、まだ2年しかインターバルが空いていないにもかかわらず、こうしてアルバムのツアーに来ているというのが実に久しぶりな感覚もある。
そんな中でのバインのライブにギターロックバンドとしての風を吹かせるのは「Circulator」収録の「lamb」であるが、
「叫んでみたのは 若さの証明 他にない
歪んでいったのは いつかの少年に違いない」
という歌詞も含めて、年齢を重ねても未だに残る、音や所作から垣間見えるメンバーの少年性を感じられる。こんなにも瑞々しく見えるベテランロックバンドもそうそういないだろう。
「新しい果実」の先行曲としてリリースされた「Gifted」の神聖さを感じるサウンドとメロディの中に乗る
「神様が匙投げた
明らかに薹の立った世界で
狩る者と狩られる者と
ここでそれを嗤っている者
どれもこれももういい
さよなら」
という「Gifted」という言葉の意味に思考を張り巡らさざるを得ない歌詞。ある意味では今作のアルバムやツアーの始まりになった曲としてこんなにふさわしいものはないだろう。それはそのままこの時代におけるGRAPEVINEの生き方でもあるのだから。
冒頭で触れた4月の野音ワンマンの際にGRAPEVINEは「新しい果実」の中から2曲新曲を演奏していた。まだ当時はタイトルも分からなかったのだが、この「リヴァイアサン」がその2曲のうちの1曲であるとアルバムを聴いた時にすぐにわかったのは、この曲が近年のバインの中では珍しいくらいのギターロック的なサウンドの曲だからだ。だからこそアルバムももしかしたらそうした内容に振れたものになるのかも?とも思っていたが、ライブ後に公開された「ねずみ浄土」によってその予想はあっさりと裏切られたのである。
そんな、目をつぶって聴いたら、ボーカルが田中じゃなかったら若手バンドの曲かと思うくらいの瑞々しさすら感じさせる「リヴァイアサン」が、まさにバイン自身がまだ若手だった頃に作られた「(All the young) Yellow」へと繋がっていくと、間奏では田中が高野のキーボードを紹介し、さらには西川のギターも
「そして、アニキ!」
と紹介すると、西川はステージ最前まで出てきてギターを弾きまくる。すると反対側では田中もステージ最前まで出てきてギターを弾く。見た目からして経てきた年齢とキャリアを感じさせる西川と、今も若々しい白シャツ姿の田中というのは真逆と言っていいけれど、ギターのスタイルもまた真逆と言っていい。あくまでも飄々と弾く西川と、若い頃に飛び跳ねながらギターを弾いていたパンキッシュさの面影を感じる田中。そんな対照的とも言える2人がこうしてずっと同じバンドのメンバーでい続けていて、そこには亀井も、サポートという立ち位置さえ超えている金戸と高野もいる。客席には病気でバンドを脱退せざるを得なかった、元リーダーの西原誠もいる。それはきっとこれからも変わらずに続いていく関係だ。もちろん我々ファンも含めて。
そんなロックな展開をバインらしく裏切るように高野の不穏なシンセの音に包まれたかと思ったらあっけに取られたように終わっていく「josh」で空気を再び一変させると、今やライブにおける定番曲になった「Alright」で田中に合わせて観客が手拍子をすると、その田中は最前から最後方、さらには2階席までをも指差しながら歌う。その表情は笑顔でしかない。口には決して出さないけれど、この状況の中でもこうしてライブを見に来てくれる人たちの顔をしっかり見て、その存在を確かめている。
「あと7万曲…」
と嘯くのも照れ隠し的な部分も強いはずだ。
「マスクの下は笑顔になっている」
ということをわかっているだけに。
日比谷野音で演奏されていたもう1曲の新曲は田中がアコギを弾きながら歌う、これまでに見せてきたグルーヴや不穏さや社会への警鐘を忘れさせるように美しいメロディを前面に出した「さみだれ」。
「ただこうやってただこうやって
あなたのそばに立って
風と雨 光と影
言葉はもう要らなくて」
というフレーズがどこか今の混沌とした世の中とは別の、明晰夢のような光の射す景色へと誘ってくれるかのようだ。
そう、光。GRAPEVINEは近年のライブでは必ずこの光というフレーズが入った屈指の名曲「光について」を毎回演奏している。田中にだけ薄明かりが灯る中で、最後の
「僕らはまだここにあるさ」
のフレーズでステージ全体に光が包まれる。何度体験しても震えるような素晴らしさの、でも決して派手なことや最新鋭の技術を使うわけでもない演出。いつか田中にどうしてこの曲を毎回演奏するようにしたのかを聞いてみたい。フェスでも全曲アルバム曲というセトリも珍しくなかった過去もあるだけに。
そしてすでに「新しい果実」の曲を全て演奏していただけに、最後を担うのはやはり「Everyman, Everywhere」あたりだろうかと思っていたら、最後に演奏されたのは「吹曝しのシェヴィ」という「Empty Song」のカップリングというまさかのレア曲。
そうした選択もまた実にバインらしいと思いながらも、
「涙乾いた
こうなったなら戻せやしないが
止まった時間がまだ
終わったことにしないのさ
しないのさ
本当は
本当は」
という歌詞がこれからもバンドが、ツアーが続いて行くということを細やかに、でも確かに示すように鳴らされていたのだった。
アンコールではライブTシャツに着替えた田中が
「嬉しいお知らせを。8月26日にZepp YokohamaでTempalayと2マンやります!」
と発表。それは去年予定されていた対バンツアーのリベンジの一環という要素もあるだろうけれど、意外なくらいに客席が湧きあがっていた。それはバインのライブが見れるからか、それともTempalayとの2マンだからなのかはわからないが、Suchmosなども含めて、音楽性としてはNICO Touches the Wallsのように正統的な後輩バンドというわけでは決してないバンドたちから今になってバインがラブコールを受けているのは、彼らが決して誰にも媚びずに自分たちのやりたい音楽のみを追求するという姿勢をバインから継承しているからなんじゃないかと思う。
そのバインの姿勢はアンコールの1曲目が「ジュブナイル」のカップリング(タイトル曲も超名曲なのにリリース直後以外は全然ライブで演奏してくれない)である「冥王星」という選曲によく現れているが、金戸と亀井によりリズムのみのAメロから解放されたようにロックサウンドに転じて行くサビ、さらにはセッション的なアウトロの演奏と、バインのライブに引き込まれる要素がこの1曲の中に詰まっている。
そして田中が
「また9月にLINE CUBE SHIBUYAで会おうぜ〜!その前に8月にZepp Yokohamaで会おうぜ〜!」
と言って最後に演奏されたのは「光について」に並ぶバインの稀代の名曲シングル「スロウ」。そこには決して口には出さないけれど、こうしてライブに来てくれる、なんならずっと自分たちのことを好きでいてくれる観客、ファンへの感謝が表れていた。ずっとこの曲を聴いてきてくれたんだろう?というような。ここにいた人たちは間違いなくそうした人たちだった。
今、また音楽というもの、ライブというものの存在が問われるような状況になっている。かつて自他ともに「LAKEの番人」として2000年代のフェスの歴史を作ってきた(矢沢永吉や坂本龍一という超大物の真裏の時間帯だったことも含めて)ロッキンが中止になった。今年はバインは出れなかったけれど、2年前には実に10年ぶりに、フェスの20周年を祝うように帰ってきたフェスだ。かつては田中も
「夏のロッキン、冬のなんとかジャパン、とにかく今年もロッキンオンにお世話になるからよろしく!」
と言っていたくらいに、かつてのGRAPEVINEはロッキンオンの象徴と言えるバンドだったし、きっとバンドの1年もあのフェスに出ることを前提に回っていた。
今でこそそうしたイメージはなくなってきたけれど、それでもこうしてZeppのキャパがソールドアウトするくらいの人が今でも、この状況でもいる。きっと、これから先の未来に今みたいなパンデミックや、もっと良からぬ現象が起きて我々の身に降りかかったとしても、ライブをやれるのであればいついかなるどんな状況でもバインはライブをやってくれる。
そして我々はそれを見に行く。時には田中のMCにクスクス笑いながら、練り上げられたグルーヴに引き込まれながら、美しいメロディに涙を流しながら。もう20年近く繰り返してきたそれは、きっとこれから先にどんなことがあっても変わらない。誰も言葉には出さないし、触ることのできない、でも確実に存在する絆のようなものが、この状況でも変わらずに存在していた。いつも、いつも僕らはまだここにあるさ。
1.阿
2.ポリゴンのクライスト
3.Afterwards
4.SUN
5.目覚ましはいつも鳴りやまない
6.COME ON
7.居眠り
8.最期にして至上の時
9.weight
10.ねずみ浄土
11.ぬばたま
12.lamb
13.Gifted
14.リヴァイアサン
15.(All the young) Yellow
16.josh
17.Alright
18.さみだれ
19.光について
20.吹曝しのシェヴィ
encore
21.冥王星
22.スロウ
文 ソノダマン