andropの内澤崇仁、9mm Parabellum Bulletの菅原卓郎、THE BACK HORNの山田将司という今やすっかりベテランという立ち位置になったボーカリスト3人が集まって「UTAITSUGI」というイベントを開催。今回は近年は菅原卓郎のユニット「それとこれとはべつ」にも参加している、村山☆潤をピアノに迎えての編成である。
会場の渋谷PLEASURE PLEASUREは渋谷道玄坂にあるUNIQLOの上にある、かつてはMt.RAINIER HALLという名前だった、まるで映画館かのような座席と雰囲気の小さなホール。名前が変わってもMt.RAINIERがドリンクで飲めるのは変わらないが、このビルの下の階にはeplus カフェもあり、それとこれとはべつがそこでライブをやっているだけに、菅原卓郎をこのビルに観に来る機会が非常に増えている。
・Karin. (オープニングアクト)
この日のオープニングアクトは高校在学中にデビューを果たした、現在20歳のシンガーソングライター、Karin.。すでにアルバムも複数枚リリースしているが、こうしてライブを見るのは初めてである。
上下ともに黒い衣装を着たKarin.が登場すると、この段階ですでに村山☆潤も登場するという、村山☆潤がメインと言っていいライブであることがわかるのだが、そうして村山がピアノを弾くことで、Karin.はギターを弾かずにマイクスタンドの前に立って腕を動かしながら、前日にリリースされたばかりの新曲「二人なら」を歌い始める。
音源を聴いていた時は少女っぽさを強く感じるような歌声であると同時に、どこか強く押したら崩れてしまいそうな繊細さも孕んでいると思っていたのだけれど、こうして目の前で歌っている姿を見て、目の前で発している歌を聴いていると、どこか凛とした強さのようなものを感じる。堂々と構えているというわけではないけれど、こうして大先輩たちの前で歌っていることに何の引け目も感じていなければ、緊張もほとんどしていないような。それは学生時代から路上などで歌ってきたが故の芯の強さだろうか。
村山と初めて会った時に自身はadidasのパーカーを着ていて、村山もadidasのTシャツを着ているかと思ったらadiosと書かれた似ているTシャツであり、怖い人かと思ったというMCでクスッとさせてくれるが、音楽のスタイルとしてもこの2人の相性は抜群だと思う。
そこにさらにチェロ奏者の林田順平も加わり、トリオ編成で薬師丸ひろ子の「ウーマン」のカバーという、Karin.本人が生まれていない時代の曲を歌うことで、おそらくは親の影響で聴いてきて、ずっと歌っていたのであろうことがわかるくらいに違和感なく歌っているこの曲を歌い継いでいくという、Karin.としてのこの日のライブのコンセプトを感じさせる。
最後には1人でアコギを手にすると、現状のKarin.の最大の代表曲と言える「青春脱衣所」を弾き語り。
この曲で歌われるのは
「無理して笑ってた
君のつまらない話
無理して喋ってた
無言の通話の中」
という、息苦しさを感じる学校や社会の中での生活。それは今まさに学生としてクラスの中でそうした思いをしている人だけではなく、社会人としてキツい思いをしている人にだって届くような普遍性を、曲の持つメロディとKarin.の声で示している。
何故彼女はこんなにも生きづらそうなんだろうか、とも思ってしまうけれども、自分が好きなアーティストの中だと、さユりにも通じるものを感じる。正直、女性ソロシンガーソングライターという立ち位置的にはよほどの飛び抜けたものがないといつの間にか違う若い人が出てきていて…というパターンをこれまでに数え切れないくらいに見てきたけれども、Karin.はそこを超えられる存在になるだろうか。
1.二人なら
2.ウーマン
3.青春脱衣所
・菅原卓郎
今やすっかり村山☆潤が相棒の1人になりつつある、菅原卓郎。歌謡曲に徹したソロもあったし、こうして9mm以外の場でのライブも見慣れてきた感がある。
白いシャツを着てアコギを手にしてマイクスタンドの前に立つ卓郎と、捌けてからまた出てくるというのを繰り返すパターンらしい村山による「名もなきヒーロー」のメロディと歌詞のみをひたすらに抽出したような形のアレンジだからこそ、
「勝ち目が見当たらなくたって
逃げたくないから笑ってんだろ
くじけそうな 心をふるいたたせて
明るい未来じゃなくたって
投げ出すわけにはいかないだろ
また明日 生きのびて会いましょう」
という、9mmのストレートな応援ソングがこの状況の世の中を生きる我々の胸にも真っ直ぐに突き刺さる。こうして、卓郎が歌う姿を観るということを繰り返して生き延びてきた人だってたくさんいるはずだ。
村山とのユニット、それとこれとはべつでは近年のヒット曲のカバーを多数演奏しているが、この日は「歌い継ぎ」というコンセプトに乗っ取り、まずはかぐや姫の「22才の別れ」という実に渋いカバーを歌う。そもそも自分がかぐや姫などのフォーク全盛期をリアルタイムで全然知らないということもあるのだが、やはり近年の弾き語りやそれとこれとはべつのライブを見ていても感じるように、卓郎の歌声はその曲を完全に卓郎のものにしてしまう強い磁力を持っている。なんなら卓郎のソロの新曲、と言われても納得してしまうくらいに。
そんな中で林田順平も加わると、実は9mmが2014年に行った、武道館ワンマン2daysのストリングス隊の中に林田が参加していたという、過去にも接点があったことを語り、2daysの2日目にいつも通りに草履を履いて行ったら大雪になって、偉い人に怒られたというエピソードも開陳されるのだが、近年稀に見る豪雪の銀世界になったことによって、雪の中を夜中に歩いて家まで帰ったその日の思い出が鮮やかに蘇ってくる。それも含めて実に良い思い出のライブである。
そんな接点のある林田が加わって演奏されたのは、それとこれとはべつでも演奏されていた、フィッシュマンズの「いかれたbaby」。それとこれとはべつのライブでは東出真緒(BIGMAMA)が弾いていたヴァイオリンのフレーズを林田のチェロが担う、ダブというサウンド、ジャンルを一躍世に広めたこの曲が完全にピアノをメインとしたバラードに生まれ変わっており、だからこそ卓郎の色気のある声がよく似合うようになっているのだ。
さらにはスターダストレビューの「木蓮の涙」という、卓郎自身も
「別れるか、いかれてるかのどっちか(笑)」
というくらいに選曲に別れの曲が多いことを口にしていたが、そうした曲が自身のこうした爆音から離れた形態の歌声に合っていることを自分でわかっているのだろう。もちろん9mmにも「ロング・グッドバイ」を筆頭にそうした曲がたくさんあるのだが。
SHIKABANEでも共に活動する山田将司、同世代としてシーンを駆け抜けてきた内澤崇仁というこの日の出演者がもはや家族であるということを語ると、最後に演奏されたのはかつて林田が参加した武道館ワンマンでも演奏された「カモメ」。
この曲を彩る、その林田のチェロの厳かな音色があの日もそう感じたことを思い出させてくれる。バンドでの爆音ではないからこそ、この曲のメロディの美しさと名曲っぷりを感じさせてくれるアレンジで。短い時間ではあったけれど、改めて菅原卓郎というボーカリストの魅力を感じられる時間だったし、9mmファン以外の人にも少しでも触れて欲しいと思った。この日の配信は1000円で見れるだけに。
1.名もなきヒーロー
2.22才の別れ (かぐや姫)
3.いかれたbaby (フィッシュマンズ)
4.木蓮の涙 (スターダストレビュー)
5.カモメ
・内澤崇仁
東北ライブハウス大作戦関連のイベントや活動などでも弾き語りのライブを観る機会が増えている、内澤崇仁。デビュー時のandropがそもそも顔すら出していなかったことを考えるとこうした活動をするようになったのが実に感慨深い。
内澤も卓郎と同じく白のシャツという出で立ちであるが、最初から村山と林田を加えての3人で登場。律儀に捌けたり出てきたりを繰り返す2人は曲を覚えてくれているというところだけではなく、こうしたところも凄いけれども、そんな3人で演奏し始めたのは、9mmファンならすぐに気付いたであろう「Discommunication」のカバーであるが、それをチェロとピアノがメロディアスにというよりは不穏なサウンドでアレンジし、内澤自身も歌の拍を変えることによって、その清冽な歌声のみならず、練られたこの3人での演奏によってこの曲を完全に自分自身のものにしてみせる。
さらには自身が大好きな曲であり、歌詞の一節がこのイベントに実にふさわしいと言って披露されたのは、THE BACK HORN「空、星、海の夜」。こちらは曲が持つ壮大なスケールをピアノとチェロがさらに押し広げるというわかりやすい形のアレンジになっていたのだが、内澤の爽やかなボーカルは激情型と言ってもいい将司のボーカルとはまた違う魅力を曲から感じさせてくれる。将司の歌うこの曲の景色は暗い空に星が光る砂浜というイメージだと個人的に思っているのだが、内澤はその空にどこか青みがかっているようなというか。
「強く望むなら歌が導くだろう」
というフレーズは内澤の言う通りに「歌い継ぎ」というタイトルのこのイベントにふさわしいものだと言えるだろう。
ここまでの2曲でわかる通りに、内澤はこの日の共演者たちの曲を歌い継ぐことにしており、なので次に披露されたのはKarin.の「はないちもんめ」。この曲の持つ美しさを自身の口から説明したり、そもそもアルバムではなくEPに収録されていた(「君が生きる街 ep」)曲を選び、それを歌えるという段階で内澤がこの日の出演者の曲を普段からじっくりと曲に向き合うように聴いており、そこにリスペクトを持っているということがよくわかる。Karin.からしたら自分の曲を先輩ミュージシャンにカバーしてもらうという経験があるんだろうか。
そうしてこの日の出演者の曲をひとしきり歌うと、自身が幼少の頃から好きな曲であり、いつも聴くたびに勇気づけられてきたという「野に咲く花のように」をカバーするのだが、誰もが知り得るポップソングであるこの曲も、1983年にダ・カーポの曲としてリリースされており、作曲した小林亜星が今年亡くなったことによる追悼の意味を込めたものであるということを語ってから歌うあたり、本当に内澤は自分が今このライブでこうして歌うべき曲にしっかり向き合った上で歌っている。小学生の頃に音楽の授業で聴いていた記憶があるこの曲を、こうして内澤の爽やかなボーカルで聴くことになるとは。
そして最後はコーラス部分を観客と配信で見ている人に心で歌う練習をさせてから、andropのライブでもすでにおなじみとなっている新曲「Supercar」を披露。内澤はイントロからアコギとキックのリズムをその場でループさせて音を重ねていくという、弾き語り経験の豊富さが生きる音作りをしてから歌い始めるのだが、コーラス部分で
「もっといける!」
と心の声をさらに煽るのが実に面白かった。まだどういう形になるのかはわからないが、この曲がリリースされる時(JAPAN JAMでも演奏されていたし、配信で次々に新曲がリリースされているが、この曲は?)にはこのコーラス部分を声を出してみんなで歌えるようになっていたらいいなと思っていた。「Voice」も「Yeah! Yeah! Yeah!」もみんなで歌った楽しい記憶が、今の状況になると本当に愛おしいものであったと思えるものになったから。
1.Discommunication
2.空、星、海の夜
3.はないちもんめ
4.野に咲く花のように
5.Supercar
・山田将司
最後にステージに登場したのは、この日最年長のTHE BACK HORNのボーカルである、山田将司。卓郎、内澤とは対照的に、普段のバンドでのライブと同様に真っ黒な衣装での登場である。
村山と2人でステージに登場したので、弾き語りもやってはいるけれど、完全にギターを弾く気はないということがこの段階でわかるのだが、だからこそセリフ的な歌い出しから始まる、この秋と呼べる季節に合っているような気がする「月光」を、マイクスタンドを握りしめるようにして歌う。その姿は普段のバンドでのライブと良い意味で変わることはない。
だからこそ、続く名前だけでなく美しいメロディを村山のピアノが担う「美しい名前」もマイクスタンドを握り、ピアノとボーカルのみとは思えないほどに「激情」という言葉が似合うようなボーカルと表情を見せる。昨年にはポリープの手術も行ったが、その結果というか成果が出ているのがハッキリとわかるくらいにピンボーカルとしての凄みを今の将司は感じさせてくれる。
ここまでの2曲ともTHE BACK HORNの曲の再解体バージョンという形であるだけに、このライブへの向き合い方が卓郎とも内澤とも違うということはこの時点でわかるのだが、翌日に42歳の誕生日を控えており、この日が41歳としての最後のライブであることを告げて観客から拍手を受けると、
「卓郎とウッチーがカバーやってたから、1曲は俺もやってみようと思って」
と言って、林田も登場して、村山の美しいピアノのイントロで始まったのは松任谷由実「春よ、来い」のカバーであるが、そもそもTHE BACK HORNもバンドとしてこの曲をカバーして音源化しているために、カバー曲という目新しさこそないものの、最後のサビを思いっきり溜めてから歌うあたりはそのサビでの将司のボーカルの爆発力の強さを感じさせてくれるし、こうして目の前で歌っているのを聴きながら瞼閉じれば、懐かしい春の情景が脳内に浮かび上がってくる。将司はそんな力を持ったボーカリストなのである。
この編成であるが故に、どちらかというとTHE BACK HORNの中でもバラード的なタイプの曲を歌うのかとも思っていたのだが、そんな中で林田がチェロのサウンドをエフェクターで歪ませてこの曲の雰囲気に合わせてくれるのは「悪人」という意外な選曲。
しかしながら最後には悪人にも救済の光が降り注ぐかのように開けて行く神々しさすら感じるメロディを聴いていたら、この日の選曲は将司のボーカル力を最大限に発揮できる曲が並んだものになっているんじゃないかと思った。
だからこそ最後に歌ったのが「I believe」だったのだろう。結果的には今歌うことによって、コロナ禍を生きる我々の心境、我々に歌ってくれているミュージシャンの心境そのものであることを感じさせてくれるようになったこの曲は、
「ああ 夜が更けていった
ああ 二度と戻れないよ
ああ ひとり闇の中で
描け 光を描け」
という、本当に僅かな希望しかなくてもそれを信じて生きて行くしかないということを改めて感じさせてくれるようであり、それはこのフレーズを歌う将司のボーカルの包容力がそう感じさせてくれるのだ。ただ漫然と23年間もバンドを続けてきたのではなく、自分自身の表現としての歌を追求してきた年月であったことを確かに感じさせてくれる時間だった。
1.月光
2.美しい名前
3.春よ、来い
4.悪人
5.I believe
忙しそうにスタッフたちが転換の準備をしていると、マイクスタンドがずらりと並べられただけに、コラボが行われることはすぐにわかるのだが、そこに最初に登場したのは将司と内澤という、この日が初絡みである2人。
しかしながら実はandropは初めてイベントに出た時にTHE BACK HORNと一緒になっており、打ち上げで栄純をandropの4人で取り囲んでひたすら栄純の話を聞いていたらしいが、将司には怖くて喋りかけられなかったという。何となくそれはよくわかる気がするけれど。
そんな当時は将司のことを怖がっていた内澤にとっても、今となればこうして一緒にステージに上がれる良き先輩ということで、その将司のソロ曲「きょう、きみと」を2人のデュエットという形で披露するのだが、この曲を
「歌詞も素晴らしいんですけど、メロの運びが本当に凄い!」
と力説するあたり、内澤が本当にTHE BACK HORNのファンであり、将司のファンであることがよくわかる。
今では有名映画などのタイアップを務めることもあるTHE BACK HORNはそうしたタイアップの時にはポップな曲を提供したりもしているが、将司のソロであるこの曲は本当にそうした純愛的な映画の主題歌になっていてもおかしくないというか、実際にはCMで流れていたりしたのだが、そうした将司の持つポップな部分が前面に押し出された曲であり、なかなかこうして聴ける機会はレアなだけに、この曲を選んだ内澤に感謝である。
そして卓郎、Karin.、村山、林田という4人全員もステージに登場すると、1番下手側にいる卓郎が
「上手い具合に白、黒、白、黒ってオセロみたいに並んでる。俺の横にもう1人黒がいたら俺も黒になってる(笑)」
と笑わせると、このライブの影の主役として全アクトでピアノを弾いた村山は
「このライブは配信も非常にお値打ち価格になってるんで、UTAITSUGIの素晴らしさをここにいるみなさんに語り継いでいただけれだと(笑)」
と、やはり演奏時の集中力の高さと比べ物にならないひょうきんなキャラクターを発揮しながら、最後に全員で演奏したのは坂本九の「見上げてごらん夜の星を」のカバー。卓郎、将司、内澤、Karin.とボーカルを繋いでいき、最後には全員での美しいハーモニーを聴かせてくれるのだが、紅一点となったKarin.の声がその中でも良いアクセントになっていたし、
「ささやかな幸せを祈ってる」
というフレーズこそが、ステージ上にいた6人が観客と配信で見ていた人に最も歌いたかったフレーズなのだろう。この日、ここにいれてこの瞬間を見れたということが、何よりもささやかな幸せだったのだ。
encore
1.きょう、きみと (将司&内澤)
2.見上げてごらん夜の星を (全員)
文 ソノダマン